【R18】魔女が愛に溺れる月夜まで【完結】

双真満月

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序幕

繰り返しの終わりへ

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 ベッドの上、花に囲まれた夫の亡骸を、トゥトゥナは涙せずただ静かに見つめていた。

 ――また、なのね。アロウス……。

 この小さな村では喪服すら用意することができない。他の村人と同じようにできるだけ質素な普段着カートルに身を包み、乾いた目をハンカチで拭く振りをする。

「トゥトゥナ、辛いだろうに。子供もいないから独り身と来たものだ」
「村長……皆さん、本日は夫であるアロウスを見送って下さり、ありがとうございます」
「水くさいことを言わんでくれ。アロウスは病弱だったが、ワシらによくしてくれた」
「アンタも元気をお出しよ、トゥトゥナ。いつものようにまたあたいらを診てくれ」

 村人たちの優しい言葉に、それでもトゥトゥナは目を伏せた。うつむけば赤毛の髪が数本垂れる。手が自然と震えた。夫を亡くしたことではなく、これから訪れるであろう恐怖に。

 ――私は何度、あなたが死ぬ様を見ればいいの。

 涙は出ない。なぜならトゥトゥナは知っていたから。

 夫となったアロウスと出会ったのは二十歳のとき。三年間、優しい彼と穏やかな時間を過ごした。閨を共にしたことはなくとも、病によって兵役を逃れたもの、そして医者の真似事をしているものとして互いに身を寄せ合う日々は、素朴だが優しかった。

 それでもトゥトゥナが落涙すらできないのは、自失しているからではない。数えることをやめたほど、夫の死を繰り返し体験しているからだ。

 繰り返す時間はトゥトゥナ自身が死んでも終わらない。何度死亡したとしても、二十歳のときからまた、はじまる。アロウスがこのドルナ村にやってきたところから。

 村長の勧め、あるいは村人からの要望でアロウスと結ばれ、三年間過ごしたあとはアロウスと自分の死が待っている。

 ――今度はどんな死に方かしら。

 亡骸に花を添える子供の姿を見て、トゥトゥナは小さくため息を漏らした。

 最初の頃、繰り返す時間に戸惑いがなかったと言えば嘘だ。絶望し、自ら命を絶ったこともある。他の町に逃れたときには事故死だった。しかし繰り返しは終わらない。

 幾度となく繰り返される死に、疲れた。そう思いながらアロウスを見つめたときだ。

「トゥトゥナ=エンディアはどこにいる!」

 馬のいななきと共に、怒声が外から聞こえた。村人たちが肩を跳ね上げる。声の主をトゥトゥナも知っていた。スネーツ男爵。一度この村にやって来た際、トゥトゥナに夫がいることを知りながら口説いてきた領主だ。

「りょ、領主様……なぜトゥトゥナを……?」
「医者だってことがバレちまったんじゃないんか……」
「皆さん、落ち着いて下さい。私が行けば済むことですから」

 蹄の音と繰り返される怒号は、着実にトゥトゥナの家に近付いてきていた。怯える村人たちに少しだけ微笑み、軽く頭を下げる。

「アロウスの埋葬をよろしくお願いします」

 それだけを言って、扉から外に出た。

 ――今度も私を魔女として断罪するのね、男爵。

 これも繰り返しの中であった出来事だ。医療行為は、決められた男性しか許されないというのがこの国、ザインズール聖龍国の掟でもある。もちろん小さな村全てにきちんとした医者など派遣されるはずもない。自分のような闇医者がいるのは暗黙の了解だ。

 しかし、露見すれば魔女として処刑される。スネーツ男爵は袖にされたことを根に持ち、また、医者の真似をしていたトゥトゥナを魔女として見定めたのだろう。

 小屋の周りの森で兵士たち、そして男爵の乗った馬にトゥトゥナは取り囲まれる。

「トゥトゥナ=エンディア。久しぶりだな」
「……お久しぶりです、スネーツ男爵閣下」
「貴様は不逞な医療行為を行い、ザインズールの掟を破った。魔女として館に連行する」

 肥えた体を揺らし、下卑た笑みを浮かべるスネーツに、トゥトゥナは何も言わない。

 繰り返す時間の中で、何度もスネーツに無理やり抱かれたことがある。そのときも魔女として拷問にかけるという名目だった。今世もまたそうなるのだ。

 ――たった数日で私は死ぬわ。火炙りの苦しみに比べれば、破瓜の痛みなんて……。

 愛も恋もない陵辱の苛みはしかし、死の苦悶には遠く及ばない。

 無言を肯定と捉えたのだろう。兵の一人が縄を持ち、馬から下りた。トゥトゥナは両手を差し出す。失望の中、ただ初夏の風だけが胸に空いた風穴を吹き抜けていく。

 兵がトゥトゥナの手に縄を手にかけようとした、その直前だった。

「待ちなさい、スネーツ男爵」

 静かだが張りのある、凛とした声が響いた。トゥトゥナを含め、誰もが声の方を見る。

 一頭の白馬に乗った男性が、兵を掻き分けるようにしてスネーツの横についた。

「不躾ものが、誰に向かって……」
「さて、不躾ものは誰だろうね」
「なっ……!」

 顔を真っ赤にするスネーツに、しかし男は怯まない。トゥトゥナは呆然と男を見上げた。

 首までの緩やかな銀髪。モノクルをかけた細目はまた、同じく銀色。紺色の衣の上には紫のローブを羽織っている。鼻梁の整った顔立ちは中性的と思えるほど美しい。

「貴様、誰だか知らんがこのスネーツに向かいなんたる!」
「……シュテイン、先生?」

 激昂する男爵に構わず、トゥトゥナは思わず声を上げた。その途端、スネーツの顔色が見る見るうちに青ざめていく。兵たちもざわつきはじめた。

 シュテイン=リシュ。身なりが違うから一瞬わからなかったけれど、数年前までこの村の教師として着任していた男である。だがなぜここに、とトゥトゥナは目を瞬かせた。

 彼とはほとんど交流がない。繰り返しの中でもシュテインと話したことなんて、数えられるほどしか記憶にないのだから。

 困惑するトゥトゥナを流し見し、シュテインは笑う。これ以上なく柔和に、豪胆に。

「シュテイン=リシュ=トトザール。ここに僕の名前を知らない人間はいるかな?」
「トッ、トトザール様……!」 
「リシュ卿だ、龍皇りゅうおう候補のリシュ卿……」

 兵士たちとスネーツがどよめく。

 龍皇と言えば、ザインズールの国王だ。シュテインの台詞が信じられずに、トゥトゥナは赤い瞳を見開いた。

「引け、スネーツ男爵。彼女が魔女かどうかは僕が判断する」
「し、しかしですな! このものが医療行為をしていたのは……」
「引け、と言っているのがわからないのかい?」

 スネーツがぐ、と唸りを上げる。放たれたシュテインの言葉は低く、凄みを帯びており、誰もがたじろぐのをトゥトゥナは見た。

 ――どういうこと? こんなこと、今までになかったわ。

 再び声を荒げ、スネーツが兵を引かせて逃げ去っても、ただ混乱するだけだ。

「トゥトゥナ=エンディア」

 先程の声音とは違った、とても優しい声に我に返る。

「あの……」
「君を連行する。着いてきなさい」

 一瞬の希望が暗雲に満ちた。ああ、とトゥトゥナは静かに瞼を閉じる。

 ――人が変わっても、また死ぬだけなのね。

 魔女として火炙りにされるだろう未来を想起し、うなずくことしかできなかった。
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