1 / 5
……ここ、どこだ?
しおりを挟む
「……空、広すぎないか」
仰向けのまま、ユウは呟いた。
雲が流れている。遅い。やけにゆっくりだ。
「……あれ?」
身体を起こすと、背中に伝わるのは土の感触だった。
「……地面?」
起き上がって周囲を見回す。
草原。
少し離れたところに、轍の残る一本道。
「……街道、だよな。これ」
昨日の記憶を辿る。
「仕事帰りで……夕飯どうしようって考えて……」
そこから先が、ない。
「……はいはい」
額を押さえて、軽くため息。
「これは……転移、だなぁ」
驚きはある。
でも、混乱は不思議と少ない。
「……とりあえず、生きてる」
立ち上がって身体を確認する。
「怪我なし。服そのまま……」
ポケットに手を突っ込み、
「財布とスマホは、きれいさっぱり」
苦笑する。
「まぁ……そうなるよな」
街道に向かって歩き出す。
街があるなら、人もいるはずだ。
少し歩いたところで――
「おーい、兄ちゃん!」
後ろから、張りのある声。
振り返ると、一頭立ての小型馬車が止まっていた。
御者台から、中年の男がこちらを見ている。
「そんなとこで何してる?」
「えっと……歩いてました」
「そりゃ見りゃ分かる」
男は馬車を降り、近づいてくる。
「街道の外で人が倒れてたって聞いてな。気になって見に来た」
「倒れて……た、らしいです」
「“らしい”って何だ」
男は呆れたように鼻を鳴らす。
「記憶ないのか?」
「途中から、すっぱり」
「それはそれで怖ぇな」
そう言いながら、じっとユウを観察する。
「……盗賊じゃねぇな。目が違う」
「それは、よく言われます」
「言われるのか」
少し笑ってから、男は街道の方を指した。
「街に行くのか?」
「……行くしか、ないですね」
「だよな。こんなとこで立ち往生しても仕方ねぇ」
男は、あっさり決めたように言う。
「乗れ。日が落ちる前に入ったほうがいい」
「……いいんですか?」
「いい。俺も帰りだ」
馬車に乗ると、男は水筒と硬いパンを差し出した。
「腹、減ってるだろ」
「正直に言うと、かなり」
「だろうな。顔に出てる」
「そんな分かりやすいです?」
「仕事柄な」
パンをかじると、確かに硬い。
「……噛み応え、ありますね」
「噛めば味が出る。それがいいパンだ」
「前向きですね」
「商人だからな」
少しして、男が名乗った。
「俺はハロルド。行商もやるが、今日は街に戻るだけだ」
「ユウです」
「ユウか。……で、街に着いたらどうする?」
「仕事、探します」
「即答だな」
「考えても、他に選択肢ないので」
「身分証は?」
「ないです」
「だろうな」
ハロルドは、顎を撫でた。
「なら、今日は宿だな。紹介がないと面倒だ」
「助かります」
街が見えてくる。
「リーフェンだ。派手じゃねぇが、住みやすい」
門をくぐり、宿へ――
「……満室?」
「今日は寄付の日でして」
宿の主人が申し訳なさそうに言う。
「孤児院関係者が多くて」
ハロルドは舌打ちする。
「よりによって今日か」
ユウは一瞬考えてから言った。
「……野宿、します?」
「馬鹿言うな」
即座に却下された。
「街の外は危ねぇ」
「ですよね」
「……仕方ねぇな」
ハロルドは、踵を返した。
「孤児院だ」
「え?」
「一晩だけだ。俺の古巣だし、話は通る」
少し迷ってから、ユウは頷いた。
「一晩だけ、なら」
「それで十分だ」
孤児院の門を叩くと、
白髪交じりの女性が出てきた。
「事情は?」
「一晩、泊めてやってほしい」
「……そちらは?」
「ユウです。明日には出ます」
女性は、ユウの顔を一度だけ見て、
「分かりました。一晩だけ、ですね」
それだけだった。
通された部屋で、布団に腰を下ろす。
「……なんか」
小さく息を吐く。
「思ったより、何とかなってるな」
街の外から始まった一日は、
こうして――
静かに、生活へと繋がった。
仰向けのまま、ユウは呟いた。
雲が流れている。遅い。やけにゆっくりだ。
「……あれ?」
身体を起こすと、背中に伝わるのは土の感触だった。
「……地面?」
起き上がって周囲を見回す。
草原。
少し離れたところに、轍の残る一本道。
「……街道、だよな。これ」
昨日の記憶を辿る。
「仕事帰りで……夕飯どうしようって考えて……」
そこから先が、ない。
「……はいはい」
額を押さえて、軽くため息。
「これは……転移、だなぁ」
驚きはある。
でも、混乱は不思議と少ない。
「……とりあえず、生きてる」
立ち上がって身体を確認する。
「怪我なし。服そのまま……」
ポケットに手を突っ込み、
「財布とスマホは、きれいさっぱり」
苦笑する。
「まぁ……そうなるよな」
街道に向かって歩き出す。
街があるなら、人もいるはずだ。
少し歩いたところで――
「おーい、兄ちゃん!」
後ろから、張りのある声。
振り返ると、一頭立ての小型馬車が止まっていた。
御者台から、中年の男がこちらを見ている。
「そんなとこで何してる?」
「えっと……歩いてました」
「そりゃ見りゃ分かる」
男は馬車を降り、近づいてくる。
「街道の外で人が倒れてたって聞いてな。気になって見に来た」
「倒れて……た、らしいです」
「“らしい”って何だ」
男は呆れたように鼻を鳴らす。
「記憶ないのか?」
「途中から、すっぱり」
「それはそれで怖ぇな」
そう言いながら、じっとユウを観察する。
「……盗賊じゃねぇな。目が違う」
「それは、よく言われます」
「言われるのか」
少し笑ってから、男は街道の方を指した。
「街に行くのか?」
「……行くしか、ないですね」
「だよな。こんなとこで立ち往生しても仕方ねぇ」
男は、あっさり決めたように言う。
「乗れ。日が落ちる前に入ったほうがいい」
「……いいんですか?」
「いい。俺も帰りだ」
馬車に乗ると、男は水筒と硬いパンを差し出した。
「腹、減ってるだろ」
「正直に言うと、かなり」
「だろうな。顔に出てる」
「そんな分かりやすいです?」
「仕事柄な」
パンをかじると、確かに硬い。
「……噛み応え、ありますね」
「噛めば味が出る。それがいいパンだ」
「前向きですね」
「商人だからな」
少しして、男が名乗った。
「俺はハロルド。行商もやるが、今日は街に戻るだけだ」
「ユウです」
「ユウか。……で、街に着いたらどうする?」
「仕事、探します」
「即答だな」
「考えても、他に選択肢ないので」
「身分証は?」
「ないです」
「だろうな」
ハロルドは、顎を撫でた。
「なら、今日は宿だな。紹介がないと面倒だ」
「助かります」
街が見えてくる。
「リーフェンだ。派手じゃねぇが、住みやすい」
門をくぐり、宿へ――
「……満室?」
「今日は寄付の日でして」
宿の主人が申し訳なさそうに言う。
「孤児院関係者が多くて」
ハロルドは舌打ちする。
「よりによって今日か」
ユウは一瞬考えてから言った。
「……野宿、します?」
「馬鹿言うな」
即座に却下された。
「街の外は危ねぇ」
「ですよね」
「……仕方ねぇな」
ハロルドは、踵を返した。
「孤児院だ」
「え?」
「一晩だけだ。俺の古巣だし、話は通る」
少し迷ってから、ユウは頷いた。
「一晩だけ、なら」
「それで十分だ」
孤児院の門を叩くと、
白髪交じりの女性が出てきた。
「事情は?」
「一晩、泊めてやってほしい」
「……そちらは?」
「ユウです。明日には出ます」
女性は、ユウの顔を一度だけ見て、
「分かりました。一晩だけ、ですね」
それだけだった。
通された部屋で、布団に腰を下ろす。
「……なんか」
小さく息を吐く。
「思ったより、何とかなってるな」
街の外から始まった一日は、
こうして――
静かに、生活へと繋がった。
25
あなたにおすすめの小説
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる