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朝ごはんは、待ってくれない
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「……で、人数は?」
鍋に水を張りながら、ユウは訊いた。
「えっと……今日は十七人」
エレナが指を折って数える。
「大人が三。子どもが十四」
「……なるほど」
多い。
でも、無理な数じゃない。
「パンは?」
「一人一つ、でギリギリ」
「じゃあ、スープ多めで」
「ですよね」
二人の間で、自然と話が噛み合う。
ユウは鍋に刻んだ野菜を入れ、火を調整した。
強すぎない。弱すぎない。
鍋底が鳴き始める、少し手前。
「最初は味、入れないんですね」
エレナが横から言う。
「はい。野菜の味、出てから」
「……へぇ」
感心半分、疑問半分といった声。
その間にも、
廊下の向こうが少しずつ騒がしくなってきた。
「おなかすいたー」
「まだー?」
「パンだけ?」
声が近づいてくる。
「来ますね」
「来ます」
ほぼ同時だった。
最初に顔を出したのは、背の低い男の子だった。
無言で、じっと鍋を見る。
「……いいにおい」
ぽつり。
「もうすぐだよ」
そう言うと、男の子は何も言わず、
でも離れなかった。
次に、女の子が二人。
「このひと、だれ?」
「きのうきたひと」
「ごはんつくるの?」
質問が矢継ぎ早だ。
「今日はね」
「ずっと?」
「今日は」
そこは、はっきりさせておく。
「……ふーん」
納得したのかしてないのか分からない反応。
ユウは、鍋を一度混ぜてから塩を入れた。
一気に入れない。
少しずつ。
味見をして、もう一つまみ。
「……うん」
「どうです?」
「ちょうど」
エレナは半信半疑でスプーンを口に運ぶ。
「……あ」
目を瞬かせる。
「……薄くない」
「足りてます?」
「足りてる、っていうか……」
言葉を探してから、
「ちゃんと、味がする」
「よかった」
ユウはそれだけ言って、火を弱めた。
パンを軽く温め、
スープを器に注ぐ。
「配りますよー」
エレナの声で、子どもたちが一斉に集まる。
「いただきます!」
誰が言い出したのか分からない。
でも、自然に声が揃った。
最初の一口。
食堂が、静かになる。
スプーンの音。
息を吸う音。
「……あったかい」
「やさい、はいってる」
「これ、すき」
小さな声が、ぽつぽつと落ちる。
無口だった男の子が、
もう一口すくってから、ユウを見た。
「……おいしい」
それだけ言って、また食べる。
エレナは、その様子を少し離れたところから見ていた。
「……」
何か言いかけて、やめる。
代わりに、小さく息を吐いた。
「……朝、こんなに静かなの、久しぶりです」
「そうですか?」
「ええ」
ユウは、子どもたちを見渡す。
皆、ちゃんと食べている。
こぼさないように。
急がないように。
――落ち着いてるな。
それが、正直な感想だった。
「……ユウさん」
「はい」
「もしかして……」
エレナは、少し言いづらそうに続けた。
「前にも、こういう場所で……?」
「あります」
即答だった。
「前の仕事で」
それだけ。
エレナは、それ以上聞かなかった。
朝ごはんが終わり、
器が片付けられていく。
子どもたちは、さっきより少しだけ元気だ。
「ねえ」
さっきの女の子が、また来た。
「ひるも、ごはん?」
「たぶん」
「じゃあ、またね」
そう言って、走っていく。
ユウは、ふと気づいた。
――ここに来てから、まだ半日も経ってない。
それなのに。
「……朝ごはんだけで、こんなに違うんだな」
誰に言うでもなく、呟く。
異世界での一日は、
まだ始まったばかり。
でも、
朝ごはんは、ちゃんと終わった。
鍋に水を張りながら、ユウは訊いた。
「えっと……今日は十七人」
エレナが指を折って数える。
「大人が三。子どもが十四」
「……なるほど」
多い。
でも、無理な数じゃない。
「パンは?」
「一人一つ、でギリギリ」
「じゃあ、スープ多めで」
「ですよね」
二人の間で、自然と話が噛み合う。
ユウは鍋に刻んだ野菜を入れ、火を調整した。
強すぎない。弱すぎない。
鍋底が鳴き始める、少し手前。
「最初は味、入れないんですね」
エレナが横から言う。
「はい。野菜の味、出てから」
「……へぇ」
感心半分、疑問半分といった声。
その間にも、
廊下の向こうが少しずつ騒がしくなってきた。
「おなかすいたー」
「まだー?」
「パンだけ?」
声が近づいてくる。
「来ますね」
「来ます」
ほぼ同時だった。
最初に顔を出したのは、背の低い男の子だった。
無言で、じっと鍋を見る。
「……いいにおい」
ぽつり。
「もうすぐだよ」
そう言うと、男の子は何も言わず、
でも離れなかった。
次に、女の子が二人。
「このひと、だれ?」
「きのうきたひと」
「ごはんつくるの?」
質問が矢継ぎ早だ。
「今日はね」
「ずっと?」
「今日は」
そこは、はっきりさせておく。
「……ふーん」
納得したのかしてないのか分からない反応。
ユウは、鍋を一度混ぜてから塩を入れた。
一気に入れない。
少しずつ。
味見をして、もう一つまみ。
「……うん」
「どうです?」
「ちょうど」
エレナは半信半疑でスプーンを口に運ぶ。
「……あ」
目を瞬かせる。
「……薄くない」
「足りてます?」
「足りてる、っていうか……」
言葉を探してから、
「ちゃんと、味がする」
「よかった」
ユウはそれだけ言って、火を弱めた。
パンを軽く温め、
スープを器に注ぐ。
「配りますよー」
エレナの声で、子どもたちが一斉に集まる。
「いただきます!」
誰が言い出したのか分からない。
でも、自然に声が揃った。
最初の一口。
食堂が、静かになる。
スプーンの音。
息を吸う音。
「……あったかい」
「やさい、はいってる」
「これ、すき」
小さな声が、ぽつぽつと落ちる。
無口だった男の子が、
もう一口すくってから、ユウを見た。
「……おいしい」
それだけ言って、また食べる。
エレナは、その様子を少し離れたところから見ていた。
「……」
何か言いかけて、やめる。
代わりに、小さく息を吐いた。
「……朝、こんなに静かなの、久しぶりです」
「そうですか?」
「ええ」
ユウは、子どもたちを見渡す。
皆、ちゃんと食べている。
こぼさないように。
急がないように。
――落ち着いてるな。
それが、正直な感想だった。
「……ユウさん」
「はい」
「もしかして……」
エレナは、少し言いづらそうに続けた。
「前にも、こういう場所で……?」
「あります」
即答だった。
「前の仕事で」
それだけ。
エレナは、それ以上聞かなかった。
朝ごはんが終わり、
器が片付けられていく。
子どもたちは、さっきより少しだけ元気だ。
「ねえ」
さっきの女の子が、また来た。
「ひるも、ごはん?」
「たぶん」
「じゃあ、またね」
そう言って、走っていく。
ユウは、ふと気づいた。
――ここに来てから、まだ半日も経ってない。
それなのに。
「……朝ごはんだけで、こんなに違うんだな」
誰に言うでもなく、呟く。
異世界での一日は、
まだ始まったばかり。
でも、
朝ごはんは、ちゃんと終わった。
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