異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐

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昼ごはんは、ひと手間で変わる

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「それ、どうするんですか?」

調理台の端から、声がした。

顔を上げると、
さっき洗濯を手伝っていた背の低い男の子が、
まな板の上をじっと見ている。

「これ?」

ユウが示したのは、
刻まれた根菜と豆をまとめたボウルだ。

「煮る」

「もう煮てるのに?」

「まだ、途中」

男の子は首を傾げた。

「途中って?」

「今は、柔らかくしてるところ」

「味は?」

「後」

「……あと?」

その反応に、少しだけ笑ってしまう。

「最初に味を入れるとね」

包丁を置きながら、ユウは続けた。

「素材の味が出にくくなる」

「素材……?」

「野菜そのもの」

「ふーん……」

納得したような、してないような顔。

鍋に火をかけ直し、
コトコトと音が出る手前で火を弱める。

「ここで、少し待つ」

「待つの?」

「待つ」

「……なんで?」

質問が止まらない。

「急ぐと、味がバラける」

「ばらける?」

「薄いとこだけ、薄いままになる」

男の子は一瞬考えてから、

「……それ、やだ」

「だよね」

即答だった。

しばらくして、
ユウは塩をひとつまみ入れた。

「え、少なくない?」

「足りなかったら、足す」

「最初から入れたほうが楽じゃない?」

「楽だけど」

ユウは鍋を軽く混ぜる。

「失敗したら戻せない」

「……あ」

そこは、分かったらしい。

味見をして、
もう一つまみ。

「……うん」

「できた?」

「ほぼ」

その頃には、
他の子どもたちも台所に集まってきていた。

「なにそれ」

「スープ?」

「パンある?」

「あるよ」

「やった」

エレナが横から様子を見ている。

「……いつもより、静かですね」

「お腹すいてるからですかね」

「それもありますけど」

エレナは、鍋を見て言った。

「落ち着いて待ってる」

確かに。
誰も騒がない。

昼ごはんは、
具だくさんの野菜スープと、温めたパン。

特別なものじゃない。
でも、ちゃんと腹に溜まる。

「いただきます」

誰かが言い、
自然と声が揃う。

一口。

「……あったかい」

「これ、やさいいっぱい」

「パン、つけていい?」

「いいよ」

子どもたちは、思い思いに食べ始めた。

背の低い男の子が、
スープをもう一口すくってから言う。

「……どこすくっても、同じ味」

「うん」

「前のは、たまに薄かった」

「それは……」

エレナが苦笑する。

「量を優先すると、どうしても」

「今日のは、いい」

その一言で、
また黙々と食べ始めた。

エレナは、ユウの方を見た。

「……特別なこと、してませんよね?」

「普通のことです」

「普通の基準が、違う気がします」

ユウは、少し困ったように笑った。

「前の仕事で、やってただけです」

それ以上は、聞かれなかった。

食べ終わったあと、
器を重ねながら、子どもがぽつりと言った。

「また、これ」

「また?」

「また、これがいい」

「……考えとく」

「やった」

それだけで、満足そうだった。

昼の鐘が鳴る。

まだ、今日一日は終わっていない。

でも。

「……一晩だけ、のはずだったんですけどね」

エレナが、ぼそっと言う。

「そうですね」

ユウは、鍋を洗いながら答えた。

「でも、昼までって話でしたし」

「もう、昼です」

「……ですね」

二人で、少しだけ笑った。

まだ、決めていない。
まだ、約束もしていない。

それでも。

この日の昼ごはんは、確かにここに残った。
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