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午後は、静かじゃない
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昼ごはんが終わって、孤児院は一度、落ち着いた。
……ように、見えただけだった。
洗濯物を確認していたエレナが、ふと首を傾げる。
「……あれ?」
「どうしました?」
「一枚、足りないんです」
小さい子の上着らしい。
朝に干したはずの場所を見ても、確かに一本だけロープが空いている。
「風で飛んだ、とか?」
「この高さで?それはないですね」
二人で顔を見合わせた、その時だった。
「それ、ここ」
建物の裏から、小さな声。
振り返ると、昼ごはんを一番静かに食べていた男の子が、上着を両腕で抱えて立っていた。
「どうしたの?」
エレナが声を低くして訊く。
「濡れてた」
「それで?」
「……干し直そうと、思った」
一人で?
そう聞かれて、男の子は小さく頷いた。
「リオ」
エレナが、少しだけため息を混ぜる。
名前を呼ばれた瞬間、リオの肩がぴくっと跳ねた。
「勝手に持っていくと、心配するって言ったでしょう」
「……ごめん」
差し出された上着を見て、なんとなく、胸の奥がきゅっとなる。
怒られるのに慣れてる反応だ。
僕はしゃがみ込んで、リオと目線を合わせた。
「乾きやすい場所、分かる?」
少し考えてから、リオが指を差す。
「……さっき、ここ」
風の通り道。
ちゃんと見てる。
「いいとこだね」
そう言って上着を受け取り、一緒にロープまで歩く。
「次からは、声かけてからにしよう」
「……うん」
それだけで、リオの肩から力が抜けたのが分かった。
少し離れたところで、小さな女の子がこちらを見ていた。
「リオ、怒られた?」
「怒られてない」
「ほんと?」
「……うん」
女の子は、ほっとした顔になる。
「ミア、行こ」
リオに呼ばれて、ミアは小さく頷き、リオの手を引いていった。
二人の背中を見送りながら、僕は息を吐く。
「……あの」
「はい?」
「子どもたちの名前、ちゃんと教えてもらってもいいですか」
エレナは一瞬驚いてから、苦笑した。
「そうですよね。ちゃんと紹介、してませんでした」
午後。
廊下の端で、腕を組んで立っている年上の女の子がいた。
周りをよく見ている。
一歩引いた位置。
「……ユウ」
呼ばれて、少しだけ驚く。
「どうした?」
「床、滑る」
「拭いたけど?」
「そこじゃない」
指差された先を見ると、日陰で少し湿ったままの場所があった。
「……あ」
「誰か、転ぶ」
短い言葉だけど、的確だ。
「教えてくれてありがとう。名前、聞いてもいい?」
少し間があってから、答えが返ってくる。
「……エマ」
「エマ。助かった」
「別に」
そっぽを向くけど、否定はしなかった。
夕方が近づいた頃、エレナは一度、事務室に入った。
戻ってきたとき、少し表情が変わっている。
「……院長に、話しました」
「え?」
「今日のこと。朝ごはんから、今まで全部」
手が止まる。
「……まずく、なかったですか」
「逆です」
即答だった。
「すごく助かってるって」
でも、と続ける。
「だからこそ、ちゃんと話さないといけないと思って」
今は“一晩だけ”。
それがずるずる伸びるのは良くない。
正論だ。
「夕方、院長が一度話したいそうです」
「……分かりました」
僕は、ここに居続けるつもりはなかった。
今日中に仕事を探す予定だった。
でも。
今日一日で、名前を知った子は三人いる。
リオ。
ミア。
エマ。
それぞれ、違う距離感で、ちゃんとここに生きている。
「……少しだけ、話を聞きます」
それだけ答えた。
エレナは、ほっとしたように笑った。
「それで、十分です」
まだ、決めてない。
約束もしてない。
それでも。
この日の午後は、ただ通り過ぎるだけの日じゃなくなっていた。
……ように、見えただけだった。
洗濯物を確認していたエレナが、ふと首を傾げる。
「……あれ?」
「どうしました?」
「一枚、足りないんです」
小さい子の上着らしい。
朝に干したはずの場所を見ても、確かに一本だけロープが空いている。
「風で飛んだ、とか?」
「この高さで?それはないですね」
二人で顔を見合わせた、その時だった。
「それ、ここ」
建物の裏から、小さな声。
振り返ると、昼ごはんを一番静かに食べていた男の子が、上着を両腕で抱えて立っていた。
「どうしたの?」
エレナが声を低くして訊く。
「濡れてた」
「それで?」
「……干し直そうと、思った」
一人で?
そう聞かれて、男の子は小さく頷いた。
「リオ」
エレナが、少しだけため息を混ぜる。
名前を呼ばれた瞬間、リオの肩がぴくっと跳ねた。
「勝手に持っていくと、心配するって言ったでしょう」
「……ごめん」
差し出された上着を見て、なんとなく、胸の奥がきゅっとなる。
怒られるのに慣れてる反応だ。
僕はしゃがみ込んで、リオと目線を合わせた。
「乾きやすい場所、分かる?」
少し考えてから、リオが指を差す。
「……さっき、ここ」
風の通り道。
ちゃんと見てる。
「いいとこだね」
そう言って上着を受け取り、一緒にロープまで歩く。
「次からは、声かけてからにしよう」
「……うん」
それだけで、リオの肩から力が抜けたのが分かった。
少し離れたところで、小さな女の子がこちらを見ていた。
「リオ、怒られた?」
「怒られてない」
「ほんと?」
「……うん」
女の子は、ほっとした顔になる。
「ミア、行こ」
リオに呼ばれて、ミアは小さく頷き、リオの手を引いていった。
二人の背中を見送りながら、僕は息を吐く。
「……あの」
「はい?」
「子どもたちの名前、ちゃんと教えてもらってもいいですか」
エレナは一瞬驚いてから、苦笑した。
「そうですよね。ちゃんと紹介、してませんでした」
午後。
廊下の端で、腕を組んで立っている年上の女の子がいた。
周りをよく見ている。
一歩引いた位置。
「……ユウ」
呼ばれて、少しだけ驚く。
「どうした?」
「床、滑る」
「拭いたけど?」
「そこじゃない」
指差された先を見ると、日陰で少し湿ったままの場所があった。
「……あ」
「誰か、転ぶ」
短い言葉だけど、的確だ。
「教えてくれてありがとう。名前、聞いてもいい?」
少し間があってから、答えが返ってくる。
「……エマ」
「エマ。助かった」
「別に」
そっぽを向くけど、否定はしなかった。
夕方が近づいた頃、エレナは一度、事務室に入った。
戻ってきたとき、少し表情が変わっている。
「……院長に、話しました」
「え?」
「今日のこと。朝ごはんから、今まで全部」
手が止まる。
「……まずく、なかったですか」
「逆です」
即答だった。
「すごく助かってるって」
でも、と続ける。
「だからこそ、ちゃんと話さないといけないと思って」
今は“一晩だけ”。
それがずるずる伸びるのは良くない。
正論だ。
「夕方、院長が一度話したいそうです」
「……分かりました」
僕は、ここに居続けるつもりはなかった。
今日中に仕事を探す予定だった。
でも。
今日一日で、名前を知った子は三人いる。
リオ。
ミア。
エマ。
それぞれ、違う距離感で、ちゃんとここに生きている。
「……少しだけ、話を聞きます」
それだけ答えた。
エレナは、ほっとしたように笑った。
「それで、十分です」
まだ、決めてない。
約束もしてない。
それでも。
この日の午後は、ただ通り過ぎるだけの日じゃなくなっていた。
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