あのちんぽこよ、どこ行った - 僕のちんぽこの変化

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小学四年の頃のちんこ

僕は小学四年生になった。いよいよ高学年と呼ばれ始める最初の学年だ。

三年生から四年生になって、周りの環境は特に変わりばえがしなかった。クラス替えもなかったから、教室の中の顔ぶれは去年とまったく同じ。担任の先生も持ち上がりで、去年と同じように朝の会を始める。この春、僕の中で何か特別な変化があったかと問われると、正直なところ、あまり感じられなかった。

内面を覗いてみれば、僕の中身は相変わらず低学年の気分のままだった。たしかに年齢は一つ増えた。けれど、自分の中の何かが大きく変わったという実感はまるでなかったのだ。それが当時の僕の偽らざる気持ちだった。

ただ、今振り返ってみれば、小学一年生の頃と比べて身長だって少しは伸びていたし、知識も確実に増えていた。それは勉強だけの話ではない。人生にまつわるさまざまなこと、大人たちが隠そうとしていることや、世界の仕組みについても少しずつ理解が深まっていた。自分が気づかないだけで、僕という存在は確実に変化していたのだろう。

例えば、この世界には勝ち負けというものが厳然と存在していて、人はみんな何かと競い合いながら生きているということをぼんやりと感じ始めていた。親同士の会話やテレビから「受験」という言葉が聞こえてくるようになった。今までだってその単語は飛び交っていたに違いない。けれど僕の耳はそれを素通りさせていた。それが四年生になった頃から、その言葉が妙に引っかかるようになっていたのだ。みんなが手を取り合うだけの世界ではないということ、そういう現実をぼんやりとした僕なりに感じ始めていたのだと思う。きつい競争という名の波が、いつか自分のところにも押し寄せてくるのかもしれない。そう思うと、少し怖くなった。胸の奥に小さな不安が生まれた。でも同時に、自分はきっと上手くやれるんじゃないかという根拠のない自信も心の片隅にあった。今思えば、まだ何も知らないくせに、よくそんな風に思えたものだと苦笑してしまう。
それはおそらく、幼い頃に何でもなれると思っていたところから、宇宙飛行士になりたいみたいな壮大すぎる夢は無理だと薄々気づき始めて、もっと現実的な範囲に目標をスケールダウンしただけなのだろう。ふわふわとしていた自意識が地面に固定されて、現実という重力に引っ張られ始めた。いつの間にか、そういう風に考え方が変わっていた。自分で選んだわけでもなく、誰かに言われたわけでもなく、ただ気づいたらそうなっていた。世界が少しずつ狭く、でも確かなものになっていく感覚だけがあった。

幼稚園児の頃は、世界が童話の中みたいだった。好きも嫌いも、本当に純粋な好き嫌いだった。自分の感情に嘘がなかった。あの頃の僕は、欲しいものは欲しいと叫んだし、嫌なものは嫌だと泣いた。何でもなれるし、何でも手に入る。そう信じて疑わなかった。結婚も単純に好きだからするものだと思っていた。好きな人と一緒にいたいから結婚する。それ以上の理由なんて必要なかった。
でも小学生になって、少しずつ、それとは違うベクトルがあるのかもしれないということが見え始めていた。それが、大人たちがエッチなことを好きだということだ。そういうことも、だんだんとわかってきた。まだ僕にはエッチなことが具体的に何なのかはわかっていなかったけれど、そこに何か特別な意味があるらしいということは感じ取っていた。大人たちが隠そうとしているもの、けれど隠しきれていないもの。それがどこか甘く危険な香りを放っているような気がした。触れてはいけないと言われているものほど、気になってしまう。そんな矛盾した感情が胸の中で渦巻いていた。

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ある日、家族で遊園地に行った。

僕は最初は楽しんでいた。乗り物に乗って、歓声を上げて、そういう子供らしい時間を過ごしていた。空は晴れていて、家族みんなが笑っていた。何の心配もない、ただ純粋に楽しい一日だった。

お昼の時間になり、お弁当を食べることになった。芝生の上にレジャーシートを広げて、母が作ってくれたお弁当の蓋を開ける。卵焼きやから揚げが綺麗に並んでいる。いつもの母の味だ。父も母も機嫌が良さそうだった。二人とも穏やかな表情で、何か楽しそうに話している。

食べ物を口に運ぶ。温かい卵焼きの味が口の中に広がる。

でも、その時だった。突然、ある考えが浮かんでしまった。

この遊園地に来たのは何回目だろう。年に一回来れば十分なところだ。多くても二回くらいだろうか。

僕は今10歳。いつの間に僕は10歳になったのだろう。ついこの前まで6歳とかだった気がするのに。時間が経つのが早すぎる。

あと何回ここに来られるんだろう。何回こうやって家族として過ごせるんだろう。子供でいられる時間は、あとどれくらい残っているんだろう。

その瞬間、世界が色を失ったような感覚に襲われた。さっきまで鮮やかに見えていた景色が、急に色褪せて見えた。すごく悲観的な気持ちになった。胸の奥が冷たくなっていく。時間が残酷なまでに有限であることを、その時初めて本当の意味で理解してしまったのだ。いつか、こんな風に家族で笑い合う日々が終わる。父も母も年を取る。僕も大人になる。そして、こんな何気ない幸せな時間は二度と戻ってこない。そう思った瞬間、胸が締め付けられるように苦しくなった。息をするのも辛くなった。

食事が喉を通らなくなった。卵焼きを口に入れても、味がしない。噛むことすらつらかった。さっきまで美味しそうに見えていたお弁当が、急に食べられなくなった。楽しかったはずの時間が、突然重苦しいものに変わってしまった。周りの笑い声が遠くに聞こえる。家族の声も、他の人たちの声も、全部が遠い場所から聞こえてくるようだった。僕だけが別の世界にいるような気がした。時間の流れが違う場所に取り残されてしまったような、そんな孤独な感覚だった。

帰りに寄ったファミレスでも、僕は食事をしなかった。何も食べたくなかった。というより、食べることができなかった。胃が重くて、何かを飲み込む気力もなかった。

ファミレスのソファー席に寝転ぶ。冷たいビニールの感触が頬に当たる。

「どうしたの」と母が心配そうに聞いてきた。父も僕の顔を覗き込む。二人とも本当に心配している顔だった。でも僕は「体調悪い」とだけ答えた。それ以上、何も言えなかった。本当のことは言えなかった。こんな悲しい気持ちになっていることを、どう説明すればいいのかわからなかった。時間が過ぎていくことが怖い、家族でいられる時間が終わってしまうのが怖い、こんな幸せな日々がいつか消えてしまうのが怖い。そんなことを言っても、きっと理解してもらえないと思った。

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小学四年生になり、僕の中で何か特別な変化があったかと問われると、当時の僕はあまり感じていなかったと記憶している。

しかし、それでも、今になって振り返ると、小学四年生のあの頃、僕の体の中では今までにない変化が静かに始まっていてもおかしくなかった。気づかないだけで、何かが確実に動き出していたのだろう。

小学四年生の時、いつものように鏡を見ても、何も変わった様子はなかった。相変わらず幼い顔が映っているだけだ。お風呂で体を洗うときも、相変わらず小さなちんこと睾丸がそこにあるだけ。物心ついたときから何も変わらない。つるつるの股間。小さくて柔らかい睾丸。子供そのもののちんこ。

でも、その見た目に変化がない小さな睾丸の中では、大人になるための男性ホルモンが少しずつ作られ始めていたんだろう。突然第二次性徴が始まるわけではないから、目に見えない段階から準備は始まっていてもおかしくない。体の奥深くで、何かが静かに目覚め始めていた。それはまだ形にはなっていないけれど、確実に進行していた。

それは、確実に僕を子供の世界から放り出すための冷たい準備だった。僕の意思なんて関係ない。体は僕の気持ちなんて無視して、勝手にその作業を進めていく。誰にも止められない。拒否することもできない。ただ体が決めた通りに、僕は変わっていくしかない。その頃の僕には、自分の中でこんな変化が始まろうとしているなんて、想像すらできなかった。まだ自分が子供だと信じていた。このままずっと子供のままでいられると思っていた。

僕は子供のままでいたかった。大人になりたくなかった。このまま時間が止まってくれればいいのにと思っていた。でも当時の僕が気づかないうちに、体は着実に変化の準備を進めていたのかもしれない。

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僕は小学三年生のとき、性の絵本という子供向けの性教育本を読んだ。それを開くと、ちんこから精子が出るということが書いてあった。初めて知ったその事実は、子供だった僕にとって、なんだか不思議で少しだけ恥ずかしい内容だった。そんなものが自分の体から出るなんて、信じられないような気持ちだった。

でも、その頃の僕にはまだその知識をうまく理解するには早すぎた。絵本には精子の絵が描いてあったけれど、それが実際にどういうものなのか、おしっことどう違うのか、全く分からなかった。おしっこと精子の違いなんて分かるはずもなく、僕はしばらくの間、自分のちんこから出るおしっこを精子だと思い込んでいた。どちらも液体で、どちらもちんこから出る。だったら同じものなんじゃないか。そんな単純な理解だった。そして、そんな勘違いをしたまま、当たり前のように日常を過ごしていた。誰にも確認することなく、自分の中で勝手に納得していた。

小学四年生になった頃、ふとした時に考えた。男の子のおしっこと女の子のおしっこを混ぜたら、もしかしてそれで受精して子供ができるんだろうか、と。今思えば、幼さゆえの純粋な発想だけど、当時の僕は真剣にそう考えていた。本気でそれが正しいと信じていた。疑う理由なんてなかった。

性というものは、当時の僕にとってまだまだ遠い存在だった。テレビや大人の会話に出てくる言葉ではあったけれど、それが自分とどう関係するのか、全く想像できなかった。

僕自身の認識にも経験にも、性に関する具体的なイメージは全くなかったし、自分のちんこについても、それがただおしっこをするためだけのものだと思っていた。お風呂で洗うときも、トイレで使うときも、それ以外の用途があるなんて考えたこともなかった。性的な快感や性欲なんて言葉も、その意味すら知らず、もちろん感じたことも一度もなかった。それが僕の普通だったし、そんなものが世の中に存在していること自体、想像もしていなかった。

だから僕は、子供をつくることも、そんな普通の行為なんだと思っていた。おしっこをするように、そんな簡単なことなんだと。特別な感覚も必要なく、ただやろうと思えばできる、そんなものだと信じていた。大人たちが何か特別なことをしているなんて、全く理解していなかった。

「赤ちゃんが欲しいな」って思った時に、男の子と女の子がおしっこを混ぜ合わせれば、それだけで子供ができるんじゃないか。そんな単純な発想を、僕は真面目に信じていた。コップにおしっこを入れて混ぜるのか、それとも別の方法があるのか、そこまでは分からなかったけれど、とにかく混ぜ合わせることが重要なんだと思っていた。

ただ純粋に、おしっこを混ぜ合わせるだけで新しい命が生まれる。そんな魔法のような出来事を、僕は科学の一つとして疑うことなく受け入れていた。理科の教科書に載っている事実と同じように、当たり前のこととして信じていた。

今思えば、その考えは本当に子供らしい純粋なものだった。汚れのない、無邪気な発想だった。でも、当時の僕にとって、それは疑う余地のない真実だった。誰かに教えてもらったわけでもないのに、自分の中で勝手にそういう結論に達していた。

僕はまだ、性がもたらす変化の入り口にも立っていなかった。その扉の存在すら知らなかった。

しかし、性がもたらす変化は、知らない間に確実に僕の体に近づいていたのだろう。僕の小さな睾丸の中で、何かが静かに準備を始めていた。いつか訪れる嵐の前の、穏やかな静けさのような時期だった。それでも、小学四年生だった僕には、そのことを知る術はなかった。体の奥で何が起きているのか、気づくことは不可能だった。

僕にとっての毎日は、相変わらず楽しく、何も変わらない子供の日々だった。友達と校庭を駆け回ったり、新しい遊びに夢中になったりする中で、自分の体の中でこっそりと始まっている変化のことなど、考えたこともなかった。ゲームの話をして、笑って、走って、汗をかいて。そんな当たり前の日常が永遠に続くと思っていた。

子供から大人へと移り変わる準備が、少しずつ動き出していたのかもしれない。でも、それは当時の僕が気づくにはあまりに控えめで、目には見えないものだった。まだ何の予兆もなかった。体も心も、まだ完全に子供のままだった。

この時期が「童話のような無邪気な子供の世界」で過ごす最後の瞬間だったのかもしれない。最後の平和な時間だった。嵐が来る前の、穏やかな夕暮れのような時期だった。

小学四年生の僕には、性への興味も、異性への特別な感情もまだなかった。女の子はただのクラスメイトで、それ以上でもそれ以下でもなかった。その生活が変わりつつあるなんて、思いもよらなかった。このままずっと子供でいられると信じていた。でも、時間は容赦なく進んでいく。僕の意思なんて関係なく、体は勝手に大人への道を歩み始めていた。それが、後になって分かることだった。

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小学四年生の頃、僕たちの間で「野球拳」という遊びが流行っていた。誰かがテレビか何かで覚えてきたらしく、ルールは単純だ。ジャンケンをして負けたら、服を一枚ずつ脱ぐ。それだけ。
放課後や休みの日、友達と集まるたびにこの野球拳をやっていた。僕たちは、大人がこれを何のためにやるのかなんて全然分かっていなかった。ただ、負けたときのちょっとした緊張感や、掛け声のテンポ感、そして最後に服を全部脱いで裸になるやつをみんなで笑うのが楽しかった。
遊びに夢中になっていた僕たちは、何のためらいもなく服を脱いだ。僕も含めて、その場にいた全員が一回は裸になったはずだ。みんな同じように、小さくて可愛い子供のちんこだった。当然、ちん毛なんて生えていない。僕たちにとって、それはただの遊びであり、大人の世界とは無縁の、純粋に笑って楽しむための時間だった。

でも、僕は何となく自分のちんこが他の友達より少しだけ大きい気がして嫌だった。特別目立つわけではないけれど、ふとした瞬間に気がついて、小さく心の中でモヤモヤしていた。他の子たちは気にしていない様子だったけど、自分だけが違うような気がして、どこか落ち着かない思いがあった。

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夏の温泉旅行でのことだ。その日、僕は中学1年生の兄と一緒に大浴場に入った。湯気が立ちこめる中、兄は白いタオルを腰に巻きつけていて、どこか居心地悪そうにしていた。僕は特に気にせず、湯船に向かって足を進めていたけれど、ふとした瞬間、視界に信じられないものが飛び込んできた。
湯船から上がるとき、兄のタオルが少しずれて、彼のちんこが一瞬見えた。その瞬間、僕の呼吸が止まりそうになった。兄のちんこの周りに黒い毛が生えていたのだ。去年まではツルツルだった兄のそこに、確かに毛が生えている。「ちん毛」というのは大人だけに生えるものだと思っていた僕にとって、それは驚きでしかなかった。

去年、小学6年生だった兄のちんこは、僕のものと比べると太くて長かった。それまで普通に小さくて子供のちんこだったはずなのに、去年見たときには明らかに違う形をしていて、それが妙に引っかかっていた。でも、その頃はまだちん毛がなくて、僕の中では「兄はまだ子供だ」という認識が残っていた。毛が生えるなんて考えたこともなかったからだ。
それが、今年になって兄にちん毛が生えていた。それを見た瞬間、兄が急に「子供」ではなくなったように感じて、言葉にしづらい不思議な感覚が胸に広がった。その変化を目の当たりにして、僕は自然と自分のちんこのことを考えた。僕のちんこはまだ小さくて、昔の兄のちんこに似ている。けれど、僕の中には「いつか自分も兄のように変わっていくのだろうか」という疑問と、それに対する何とも言えない嫌悪感が入り混じっていた。
まだ子供のままでいたいという気持ちがどこかにあったのだと思う。何かが変わることに抵抗を感じていたし、そうなったとしたら自分がどうなるのか、わからない不安も抱えていた。でも、変化はいつか訪れる。そんな簡単には割り切れない複雑な気持ちを抱えながら、僕は自分の体と心を見つめていた。

僕は父親の体を見て、ちん毛は大人の証だと思っていた。お風呂場で見かける父のちんこには、黒くて濃い毛が生えていて、それは大人の象徴のように感じられた。自分のちんこはまだツルツルで、大人になってちん毛が生えるのは遠い未来のことだと思っていた。
それなのに、たった三歳上の兄のちんこに毛が生えているのを目撃して、その遠い未来が突然、目の前まで迫ってきたように感じた。兄は去年までは僕と同じような子供だったのに、ちんこに毛が生えてる。その事実が、僕の中で大きな動揺を引き起こした。

自分もいつか同じように変わっていくのだろう。その事実に気づいたとき、背中を冷たいものが走るような恐怖を覚えた。なぜだか分からないけれど、嫌悪感も湧き上がってきた。僕は今のままでいたかった。変わることが怖かった。毛が生えるのも、成長を実感するのも、すべてが自分の住む世界を勝手に変えていくような気がして、不安で仕方なかった。

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ある日、お風呂場で体を洗っていたとき、何気なくちんこの皮を剥いてみた。皮が剥けることは幼稚園の頃から知っていたけれど、普段は自然と皮が被っているから、わざわざ剥くことはほとんどなかった。

そこで目にしたのは、亀頭全体を覆う白いチンカス。その時の僕は、ただただ汚いという気持ちでいっぱいになった。取ろうとして指で触れた瞬間、予想もしない鋭い刺激が走った。粘膜が外気に触れる機会が少なかったせいか、指先が触れるだけでも痛みを感じた。

皮を剥いてみると、そこには思いがけない発見があった。亀頭の表面全体に、白いチンカスがびっしりとついていた。汚いと思った僕は、すぐに取ろうとして指で触れてみた。その瞬間、予想もしなかった鋭い痛みが走った。触っただけなのに、粘膜が敏感すぎて痛かった。

仕方がないので、両手ですくったお湯を、ゆっくりと亀頭に流してみた。お湯なら痛くなかった。何度も何度も繰り返しながら、少しずつ白い汚れを洗い流していった。きれいになったのを確認したときは、心から安心した。
それからは、お風呂に入るたびに必ず皮を剥いて、お湯で洗うようになった。特に誰かに教わったわけじゃない。ただ、あんな風に汚れが溜まるのが嫌だったから、自然とそうするようになっていた。

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小学四年生くらいの頃から、トイレでおしっこをするときに、どういうわけかおしっこの行き先がおかしくなることが増えた。普通に便器に向かって出るはずのおしっこが、ときどき全然違う方向に飛び散るのだ。

その頃の僕のちんこは、まだ皮がしっかりと先端を覆ったままだった。その皮が、おしっこの水圧を受けてぷっくりと膨れ上がる。風船が空気を吸い込んで膨らむように、皮の中におしっこが溜まると、先端がパンパンになり、方向が定まらなくなるのだ。そして出口が変な方向を向いた瞬間、飛び出したおしっこは壁や床に容赦なく飛び散る。

トイレの床に飛び散ったおしっこの跡を見るたび、僕はなんとも言えない気持ちになった。もちろん、そのまま放置するわけにはいかない。トイレットペーパーを手に取って、壁や床を必死で拭う僕の姿は、なんとも情けなかった。

そんなある日、僕はちんこの皮を剥いてみることにした。そっと指先で皮を下に引っ張ると、ツヤツヤとしたピンク色の亀頭が顔を出した。その亀頭は、表面がとてもなめらかで、どこか濡れたような光沢があった。その先端には、小さな切れ目みたいな穴がくっきりと見えた。

切れ目から真っすぐにおしっこが放たれた。今までのような飛び散りは一切なく、きれいな放物線を描いて便器の中へと落ちていった。
それ以来、僕はおしっこをする時だけは必ず皮を剥くようになった。

今まで、ずっと皮をかぶったままの子供のようなちんこが、おしっこの時だけは皮を剥かれて亀頭が露出し、大人のような姿になっていた。

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僕は小学四年生の一年間を、これまでと変わらない子供として過ごしていたように思う。

でも今、あの一年を振り返ってみると、性というものが、とても静かに、でも確実に僕の周りに近づいていたことに気がつく。それは、教室で交わされる友達との会話の中に時々出てくる性的な単語だったり、兄の様子の成長だったり。
そして僕の体の中でも、きっと目に見えない変化が始まっていて、男性ホルモンが少しずつ作られ始めていたのかもしれない。
そういう気配は、当時の僕には全く気づけなかったけれど、確かにそこにあったんだと思う。

そんな気配があっても、僕のちんこは、相変わらず小さくて可愛らしいままだった。毛も生えていないし、まだまだ子供そのもの。性的な機能なんて、まるで想像もできないような幼さだった。
毎日見る自分の体に、特に変化は感じられなかった。だから、この先もずっとこのままなんだろうと思っていた。

しかし、今になって考えると、小学四年生だったあの頃のわずか四年前、僕はまだ幼稚園児だった。砂場でトンネルを掘ったり、ブランコを友達と取り合ったり、そんな風にただ遊ぶだけの毎日を過ごしていた。あの頃、性的なことなんて僕たちの世界のどこにも存在しなかった。それは遠く離れた、全く知らない別の世界の話だった。

それが、小学四年生になった今では、クラスの中で誰かがふざけてエッチな言葉を口にするのを耳にするようになった。僕たちはその意味をちゃんと理解しているわけじゃないけれど、なんとなく面白がって笑ってみたりする。
僕が幼稚園児だった四年前、兄は僕と同じように子供だった。でも今では兄は中学生になり、兄のちんこに毛が生え始めている。

無邪気で純粋だった子供の世界は、気づかないうちに少しずつ違う色である性に染まり始めていたのだ。何も知らずに走り回っていた幼稚園の日々からわずか数年で、僕の周りは静かに変わり始めていた。
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