あのちんぽこよ、どこ行った - 僕のちんぽこの変化

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小学五年の頃のちんこ

僕は小学五年生になった。
時が経つのは驚くほど早い。ついこの間小学生になったと思ったのに、もう五年生だ。小学校生活も残すところあと二年しかない。そう考えると、胸の奥が少しざわつく。二年ごとに訪れるクラス替えは、いつも僕の心を重くさせる。知っている顔ぶれが散り散りになり、また一から関係を築かなければならない。それが面倒で、どこか憂鬱だった。

新しい教室のドアを開けて、教室を見渡すと、見覚えのある顔はほとんどなかった。僕の周りの席には、まだ名前も知らない、これまで話したこともない子たちばかりが座っていた。
「やだなぁ」
心の中で呟いた言葉は、消えてくれなかった。僕の頭の中で何度も何度も反響し、こだまのように繰り返された。その言葉が頭から離れない。繰り返される度に、不安が少しずつ大きく膨らんでいった。このクラスで本当に友達ができるのだろうか。誰かと笑い合える日が来るのだろうか。そんな疑問が心を重く押しつぶしていた。

新学期が始まってから数日が過ぎた。少しずつクラスの雰囲気にも慣れてきた頃、自然と言葉を交わすようになった相手ができた。

これまで僕が友達になってきた子たちとは、どこか違う空気を纏っていた。前のクラスの友達とは明らかに別のタイプだった。でも、彼と話していると、理由はうまく説明できないけれど、「この子となら、きっとうまくいく」という予感のようなものが湧いてきた。根拠はない。ただ、そう感じた。

この時期の僕は、自分がまだ完全に子供だと信じて疑わなかった。
身体は小さく、世の中のことなんてあまり知らなかった。生まれてからずっと、自分のことを子供以外の何かだと考えたことなど一度もなかった。それは当たり前のことだった。疑う理由なんてどこにもなかった。
けれど、そんな自覚とは裏腹に、僕の身体には目に見えない変化が少しずつ起きていたのだと思う。僕が頼んだわけでもないのに、僕の知らないところで、身体は勝手に準備を始めていた。精巣から男性ホルモンが分泌され始めていたのだろう。それは僕の意思とは無関係に進む変化だった。

それによって、この年齢になってから少しずつ、本当にわずかな目に見える変化が起こり始めていたのだろう。気づかずに通り過ぎてしまってもおかしくないほど、僅かな変化だった。僕もたまたま気づいただけで、気づかなければそのまま見過ごしていたかもしれない。でも、大人になった今思えば、それは間違いなく「始まり」だった。何かが動き出した瞬間だった。

客観的に見れば、小学五年生の僕はまぎれもなく子供だった。それは疑いようのない事実だ。でも、これまで歩んできた子供時代の道のりの中で考えてみれば、僕は確実に大人という存在に向かって近づいていた。遠いか近いかで測るなら、明らかに距離は縮まっていた。まだ遠い。でも、確実に近づいている。それでも、やはりまだ子供だった。

ちんこだって、まだ小さなままだった。ちん毛なんて当たり前のように生えていない。何も変わっていない、子供のままのちんこ。触れてみても、これまでとまったく同じだった。性的なことについても、頭の中にあるのは漠然としたイメージだけで、具体的な理解には程遠かった。
テレビで断片的に目にしたり、大人たちの会話の隙間から漏れ聞こえてきたりした情報は、どれも曖昧で、確信を持てるものではなかった。それは自分とは無縁の、どこか遠くの世界で起きている出来事のように感じられた。
もちろん、小学一年生の頃と比べれば、知識は少しずつ増えていた。身体も多少は成長していた。でも、ちんこはまだ子供のままだった。子供のままでいてほしい。どこかでそう思っていたのかもしれない。変わってしまうことが、少し怖かった。

たとえば、精子というものがいずれ自分のちんこから出るようになるという話は、どこかで聞いたことがあった。知識としては頭に入っていた。でも、それがどういう仕組みで起こるのか、どんな感覚を伴うものなのか、想像すらできなかった。小学三年生くらいの頃から、その謎は僕の頭の片隅に存在していた。でも、それが本当に自分の身体で起こる現実だなんて、実感として受け止めることはできなかった。

それから、大人たちがどうしてエッチなものに興味を抱き、そこに心を奪われたりするのか。それが僕にとっては理解の範囲を完全に超えていて、どこか不思議で仕方がなかった。当時の僕はそういう反応をすることが一種の様式美なのかとすら思っていた。決まり事のような、大人の世界の不思議な習慣のように捉えていた。

今となって考えてみれば、僕はまだその世界に片足すら踏み入れていなかった。ただ、自分では気づかないうちに、知らない間にじわじわと、確実にその世界に近づいていた。身体も、心も、知識も。だって完全無垢だった小学一年の時より、エッチなことの解像度は確実に上がっていたはずだ。まだまだ分かっていないことだらけだったろうけど。でも、そんな風に変わっていることは当時まったく気づいていなかった。おとぎ話や童話の世界にはもういなかった。いつの間にか出てしまっていた。いつ出たのか、その瞬間は分からない。自分では変わっていないつもりでも、日々の小さな経験や知識にじわじわと慣らされて、知らぬ間に少しずつ変わっていく。そういうものだった。ドロドロした大人の世界にはまだ足を踏み入れていなかったけれど、その入り口には確実に近づいていた。

僕のちんこは生まれてからずっと子供のちんこだった。
しかし、小学五年生のある日、それまで一度も変化したことのない自分のちんこに、本当に小さな、ほんのわずかな変化が起きていることに気づいた。

トイレで便器に座り、何気なく自分の睾丸に触れた時だった。人差し指と親指でそっとつまんでみる。指先に伝わってくる感触が、微妙に、本当にわずかに大きくなっているような気がした。今まで指でつまむと薄くて小さかった睾丸が、ほんの少しだけ厚みを帯びている。もしかしたら気のせいかもしれない。でも、確かに何かが変わっているように思えた。そう感じた瞬間、胸の奥が妙にざわついた。

当時の僕にはこの変化の意味など理解できなかったが、今思えば、それは第二次性徴の始まりが目に見える形で現れた最初の瞬間だった。僕の子供そのものだった幼い睾丸がゆっくりと目を覚まし始めていた。その中で男性ホルモンが静かに生成され、精子を作り出すための準備が密かに始まっていた。だからこそ、そのサイズがほんのわずかに膨らみ始めていたのだ。

その睾丸の成長のスイッチがいつ入ったのか、それは誰にも分からない。僕にだって分からない。あの日突然始まったわけではなく、きっともっと前から、ずっと前から、誰にも気づかれることなく進行していたのだと思う。もしかしたら小学四年生の頃には、すでにあの小さな睾丸の中で変化が始まっていたのかもしれない。僕が何も知らず、相変わらず子供として過ごしていた日々の裏側で、僕の睾丸は密かに準備を進めていた。

最初は本当にわずかに、ほとんど感知できないほどの微量な男性ホルモンが分泌され始め、その影響で確実に、僅かだけど睾丸自体が膨らみ始めていたのだろう。一日で変わるわけではない。一週間で変わるわけでもない。本当に少しずつ、気づかないほどゆっくりと。やがてホルモンの分泌は少しずつ増え、その度に睾丸もまた、わずかずつ膨らんでいく。それは目に見えないほどの変化で、毎日触れていても気づかないほど緩やかな変化だった。でも確実に、止まることなく進んでいた。
そう考えると、あの日僕が触れて気づいた睾丸の成長は、すでに進み始めていた成長が、ようやく僕の感覚でも捉えられる段階にまで達したということだったのだ。

この発見は、僕にとって特別な意味を持つものだった。なぜなら、それは僕のちんこが子供のものから大人のものへと別物に姿を変えられていく、その変化の始まりに気づいた瞬間だったからだ。自分のちんこはずっと子供のままで、これからもずっとそのままだと信じて疑わなかった僕に、否応なく現実を突きつける出来事だった。変わらないと思っていたものが、実は静かに変わり続けていたのだ。

僕のちんこは、これまでの性が未分化な子供の状態から、明確な性を持つ存在へと移り変わっていく。この発見は、その変貌の最初の兆しだった。当時の僕には、その変化が持つ本当の意味を知る由もなかった。これから自分の身体に何が起きるのか、どんな変化が待っているのか、まったく想像もできなかった。ただ「何かが違う」という感覚があっただけだった。でも、あの指先で感じたわずかな膨らみは、これから僕のちんこに訪れる大きな変貌の始まりを静かに告げる、紛れもない前触れだったのだ。

第二次性徴の始まりは睾丸の成長から始まると言われているが、ほとんどの男の子は自分のちんこが生殖器になっていく最初の変化、その睾丸の変化に気づかない。変化があまりにも小さいからだ。

しかし、僕は気づいてしまった。その極めてわずかな変化を、偶然にもはっきりと捉えてしまったのだ。もしこの時に気づかなければ、やがて始まるちんこそのものの成長や、ちん毛が生え始めるといった、より劇的で目立つ変化で初めて第二次性徴に気づいたはずだ。そうなれば、睾丸の変化には気づかなかっただろう。その時にはもう睾丸が大きくなっていて、もしかしたらその中で精子が作られ始めているかもしれないのに、他の部分の変化があまりにも顕著だから、睾丸が大きくなったという事実には目が向かなかったはずだ。

話を元に戻すと、トイレで睾丸のサイズがわずかに大きくなっていることに気づいた瞬間、嫌な感情が胸の奥底にじわりと広がっていった。それは静かに、しかし確実に染み込んでくるような、どうやっても拭い去ることができない感覚だった。まだちんこ自体は何も変わっていなかった。でも、睾丸は変わり始めていた。その事実が恐ろしくて仕方なかった。

自分のちんこは小さいものだという意識が深く根付いていて、そこから逸脱することが許せなかった。

睾丸が大きくなるということは、何か自分が子供ではなくなってしまうような気がして、無性にそれが怖かった。今のままでいたかった。このまま何も変わらずに、ずっと子供のままでいたかった。変化するということが、自分という存在そのものを失ってしまうことのように感じられた。子供の僕が消えてしまう。そんな喪失感が胸を強く締め付けた。

胸の奥に広がった嫌な感情は、忘れていた記憶を呼び覚ました。二年前、僕が小学三年生で、兄が六年生の頃のことだ。家族旅行で訪れた宿の大浴場で、湯船に向かう際、偶然兄のちんこが目に入った。その前の年までは、兄のちんこも僕のものと大して変わらず、小さな子供のちんこだった。だってお互いに子供なんだからそれが当然で、僕の記憶の中で兄のちんこは小さなちんことして残っていた。それが当たり前だと思っていた。

しかし、その時に目にした兄のちんこは、まるで別物だった。はっきりと太さを増し、長くなっていた。そして何より、その形がどこか大人のちんこのように見えたのだ。子供のちんことは明らかに違う形をしていた。大人の今だからこそ分かるが、その大人のちんこのような形と感じたのは、亀頭が成長して先端が膨らみ始めていたからだろう。包皮は被っていたが、そのフォルムが以前とは明らかに違っていた。ただ、ちん毛は生えていなかったが、今になって思うと早晩生えただろうと思う。
あの時の兄のちんこは、子供と大人の境界線上にあった。完全に大人になりきってはいないけれど、もう子供のものではない。そんな中途半端な状態だった。兄のちんこが、僕の知っている兄のちんこではなくなっていた。

その時の僕は、兄は変わったけど、自分がそうなるなんて考えもしなかった。まるで他人事だった。兄は兄で、自分は自分だと思っていた。兄に起きたことが自分にも起きるなんて、想像すらしなかった。変化は兄だけのもので、自分には関係ないと信じていた。

でも、この日、自分の睾丸に変化を感じた瞬間、兄のちんこの記憶が急に現実感を帯びて蘇ってきた。あの時の光景が鮮明に頭の中に浮かび上がった。もしかしたら、自分のちんこもあんな風になるのかもしれない。そんな予感が胸の奥に重くのしかかった。そして、それがどうしようもなく嫌だった。

僕は何とかして睾丸を元に戻したいと思った。必死だった。そして、睾丸を強く握りつぶすように試みた。力を込めて、ぎゅっと握りしめた。その瞬間、鋭い痛みが身体を貫いた。身体の奥底から突き上げてくるような、耐えがたい痛みだった。顔をしかめ、思わず息を止めた。でも、それでも僕は止めなかった。痛みに耐えながら、もっと強く握りしめた。

毎日トイレに行くたびに、僕は同じことを繰り返した。便器に座る度に、自分の睾丸を握りしめた。痛みは毎回容赦なく襲ってきた。でも、それでも続けた。もしかしたら、これで元の大きさに戻るかもしれない。そんなかすかな希望にすがりついていた。変化を止められるかもしれない。子供のままでいられるかもしれない。そう信じたかった。

けれど、当然のことながら、それで小さくなることなどあり得なかった。僕がどれだけ痛みに耐えても、どれだけ必死に握りしめても、睾丸は小さくならなかった。それどころか、わずかに成長していたかもしれないが、さすがにその変化は実感できなかった。でも、もちろん小学五年生だから、変化したといっても、一気に大きくなったわけではなく、見ている分にはほとんど気づかない程度の変化だった。これまでのちんこと、ほんのわずかな違いがあるだけで、見た目には子供のちんこのままだったと思う。写真を撮ったとしても差はわからないだろう。でも、そんな少しの変化でも、今まで起きたことのないことが起きたという事実が重要だった。それが起きるか起きないかは、すごく大きな差なのだ。そして、それが大人のちんこへの始まりだとは、当時の僕は思いもしなかった。

今思えば、ただ僕が偶然睾丸の変化、すなわち第二次性徴のスタートの兆候に気づいただけで、ほとんどの同級生は気づいていなかっただろう。当時、みんな子供にしか見えなかったし、同級生のほとんども自分が子供だと思っていたはずだ。でも、みんなの睾丸も成長を開始していたのではないか。その小さなサインに気づかず、知らぬ間に自分のちんこが別物に変えられていくということに気づいていなかったのだろう。男性ホルモンが少しずつ分泌され、睾丸は膨らみ、ちんこそのものが成長し、やがてちん毛が生え始める。気づいたときには、もう自分のちんこは子供のものではなくなっている。そうやって誰もが、気づかないうちに子供でなくなっていく。
けれど今になって思う。みんな、いつそのことに気づいたのだろう。いつ、自分のちんこが「子供のちんこ」ではなくなったと気付いたのだろうと。

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ちんこが変わることに対する嫌悪感は、僕の中でどうしようもなく大きなものだった。その気持ちは、何とかしてこの変化を止めたいという行動につながっていった。今思い返しても、あの時の自分は本当に必死だった。

そんな中で、僕が最初に試したのは、睾丸の動きを止められないかと考えることだった。ちんこと睾丸は繋がっているはずだという単純な発想から、そこに何かを流し込めば、睾丸の機能が止まるんじゃないかと本気で考えたのだ。
そして、僕が思いついた方法は、ちんこの皮を剥き、尿道口にシャンプーのノズルを押し当てて、そのままシャンプーを尿道の中に入れるという行為だった。シャンプーが尿道を伝い、睾丸に届けば何かが壊れてくれるのではないか、そうすれば睾丸の成長が止まるのではないかと僕はそれを本気で信じていた。

けれど、そんなことがうまくいくはずもなかった。ただ、シャンプーが尿道に入ることで強烈な痛みが走っただけだ。その痛みは予想以上だったけれど、それでもどこかで「これが睾丸の動きを止めてくれているのかもしれない」と思い込んでいた。だから、結局その痛みに耐えながら何度も繰り返してしまった。
もちろん、何も変わるわけがなかった。ただ、自分の身体が拒絶するその痛みだけが、僕の行動の結果として残った。けれどあの頃の僕は、その痛み自体を何か成果のように感じていたのだと思う。

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夏休みのある日、友達と一緒に市民プールに出かけた。じりじりと照りつける太陽の下、冷たい水の感触が心地よくて、ぼくらは時間を忘れて遊び回った。流れるプールは特に人気で、ゆっくりとした流れに身を任せながら、水しぶきを上げて笑い合う時間が楽しかった。
その時だ。目の前から、少し年上に見える中学生くらいの男の子が流れてきた。こちらに気づいていないのか、ぶつかりそうになった僕は慌てて体をひねって避けようとした。その瞬間、その男の子がふと腕を上げ、体勢を立て直した。何気ない動作だったはずなのに、僕の視線はその一瞬で彼の腋に釘付けになった。
そこには、薄っすらと柔らかそうな毛が生えていた。大人にしか生えないと思っていた脇毛が、自分より少しだけ年上の男の子にある。驚きとともに、どこか居心地の悪さを感じた。なんだか不潔に思えたけれど、それと同時に「自分にもいつか生えるのだろうか」という妙な違和感が胸をざわつかせた。その光景は、頭の中に強く焼き付いて離れなかった。

プールから帰った後、部活から帰宅した兄がリビングでTシャツを脱ごうとしている姿を何気なく目にした。そして、腕を上げた瞬間、兄の腋にも薄い毛が生えているのが分かった。兄の変化に、僕は再び驚かされた。
でも、その驚きと興味に混じって、どこか落ち着かない気持ちがあった。兄の変化は、いずれ自分にも訪れるものだという予感がしたからだ。それが成長の証なのだとしても、僕にはまだその準備ができていなかった。未来の自分を想像するたびに、怖さと不安で心がいっぱいになった。
僕は、まだ子供のままでいたかったのだ。今の自分が変わっていくことが、ただただ嫌だった。

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小学五年生の時、林間学校という大きなイベントがあった。クラスメイトと一緒に泊りがけで出かけるのは初めての経験で、胸が躍った。行き先は、たぶん青少年の家のような施設だったと思う。山奥にあって、自然に囲まれた静かな場所。普段の学校生活とは違う特別な空間に、みんな少し興奮していた。
日程の中には、バーベキューや飯盒炊爨、夜にはキャンプファイヤーなど、学校では経験できないような活動が詰め込まれていた。
普段見られないクラスメイトの一面や、火を囲んで歌ったり笑ったりした時間は、鮮明に記憶に残っている。

そしてもう一つ、印象的だったのが大浴場だ。それまで家族以外とお風呂に入ることなんてなかった僕にとって、クラスメイト全員で大きなお風呂に入るというのは、少し緊張するような体験だった。
最初は少し緊張したけれど、誰もそんな様子を気にする素振りはなく、すぐに慣れた。
その時の僕たちの身体に、大人らしさなんて微塵もなかった。誰のちんこも、まさに子供そのもので、小さくて毛なんて生えていなかった。それが当たり前で、誰かがそれを気にする様子もなく、ただ無邪気に子供の姿のままで笑っていた。

でも、今振り返ると、あの幼いままのちんこが、ほんの数年後には毛が生え、大人びた姿に変わるというのは不思議な感覚だ。あの目の前にあった小さな姿が、変化の中で完全に失われ、全く違う形へと変わっていく。もう二度と取り戻せない、小さな時期の象徴ともいえる姿だった。それが消えてしまう感覚を、今になって思うと少し寂しく感じる。

当時、そんなことを考えることなんてもちろんできなかった。ただ、あの頃の僕たちのちんこにも確実に時間は働きかけていた。その時間は静かで、はっきりとは見えないけれど、着実に忍び寄って、僕たちの身体を変えようとしていたのだ。変化はあの時すでに始まっていたのだと思う。

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小学高学年になると、クラブ活動が始まったのを覚えている。週に一度、水曜日の放課後に約一時間ほど、各自が一年の初めに選んだクラブで活動するというものだった。中学校の部活動への準備のような感覚で、内容自体はどこか簡素で、大雑把なものだった気がする。
僕は小学五年生の時、体操クラブに入った。正確には、ジャンケンで負け続けた結果、選択肢が残っておらず、仕方なく体操クラブに入ったというのが本当のところだ。不本意な選択だったのは間違いない。でも、実際に活動してみると、それなりに楽しい部分もあって、嫌々ながらも何とかやっていた。
そんなクラブ活動中に起きた、何げないけれど妙に記憶に残った出来事がある。活動が始まる前、僕たちは体育館の床に体育座りをして、先生の指示を待っていた。足に冷たい感触がじんわり伝わり、周りでは友達同士が小声で話したり、ふざけ合ったりしていて、どこか落ち着かない雰囲気だった。ぼんやりと視線をさまよわせていた僕の目に、隣に座る六年生の男の子の姿が入った。
その時、僕は彼の半ズボンの裾からちらりと見えたものに気づいた。みんな体操服を着ていたから彼も同じく半ズボン姿だったが、ふとした瞬間、その裾から睾丸が見えてしまったのだ。それは、明らかに僕や同学年の子たちのものよりも大きかった。その瞬間、僕はただ「なんか大きいな」と思っただけだった。特に驚きもしなければ、深く考えることもなかった。ただ、どこかぼんやりとその光景が記憶に刻まれた。

今になって思い返すと、あの六年生の睾丸は大人のちんこへと変わっていく過程にあったからだと思う。彼もきっと、一年前までは僕らと同じように小さな睾丸だったはずだ。でも、その頃から少しずつ男性ホルモンが分泌され始めて、五年生から六年生の一年間の間に、男性ホルモンの影響を強く受けていたのだろう。それで、あの時僕の目に飛び込んできた、あの肥大した睾丸になっていたのだろう。
今思えば、僕らの睾丸も彼と同じ道をたどっていたのかもしれない。その変化の過程を、彼の姿が何となく暗示していたのかもしれない。僕たちが子どもから少しずつ大人へと変わっていく、その予兆のようなものを、あの出来事は静かに僕に教えていたのだ。

それは、赤の他人であり、同じ小学生である彼の身体的な変化を目の当たりにした瞬間だった。僕にとって、兄以外の誰かが性的な成長を見せた、初めての具体的な経験だった。その時は何も感じなかったし、深く考えることもなかった。ただ、その光景がなんとなく記憶の片隅に刻まれていただけだ。
でも今振り返ると、あれは僕の周りで「子ども」から「大人」への移り変わりを、明確に表した初めての出来事だったのだろう。だからこそ、あの何げない一瞬の光景が、今でも鮮明に残っているのだと思う。それは、僕自身が経験していく変化を、間接的に予感させた瞬間でもあったのかもしれない。

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小学五年生の終わり頃、僕は自分のちんこが少しずつ変わり始めていることに気づいた。
トイレで用を足すたびに、そこにいるそれは、ほんの少しだけど以前と違う形をしている気がしたのだ。今まで見慣れた細くて小さかったちんこが少し太くなり始めている気がした。

最初、その変化をどう受け止めればいいのか分からなかった。もちろん、誰かに聞くことなんてできない。まるで自分の身体の一部なのに、そこにいるのは「自分のもの」ではないような、そんな変な感覚に襲われていた。

もしもちんこがこのまま変わり続けてしまったら、僕は今の僕ではなくなってしまうかもしれない。そんな未来がどんどん迫ってくる感覚が嫌でたまらなかった。子供のままの僕でいられる時間が、無理やり終わらせられようとしていることがとても怖かった。

ある日、トイレで友達と並んで小便器に立っているとき、僕はふと横目で友達のちんこを見た。それは、僕が知っている子供のちんこのままだった。小さくて華奢で、なんの変哲もない。成長の兆しなんてどこにも見えない。それを見た瞬間、どうしようもない寂しさが胸に押し寄せてきた。

もしも、ちんこが変わるということが、「今の自分」が消えていくということなのだとしたら?僕には、それがたまらなく怖かった。昨日の自分が少しずつ変わっていって、気づいたときには全く別の「誰か」になってしまう。子供のままの小さなちんこで、子供のままでいられる時間がもう少しだけ続いてほしかった。

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小学五年生の一年間。それは、僕が子供としての時間から少しずつ抜け出し始めた一年だった。
四年生までは、本当に無垢な子供として過ごしていた。幼稚園の頃から経験や知識は少しずつ増えて、背も伸びていたけれど、性に関してはまだ何の変化も感じることなく、ただ無関係のままでいられた。

しかし、小学五年生になった頃、僕の体に少しずつ変化が訪れ始めた。
特に目立って変わったのは、自分のちんこだった。

これまでの僕のちんこは、生まれてからずっと変わらず、ただおしっこをするための器官だった。性とは全く無縁で、それらについても何も知らなかった。友達と一緒にちんこの話題でふざけて笑ったことはあったけれど、そこに特別な意味があるなんて考えたこともなかった。それは友達も同じで、ただ面白い言葉として話題にしていただけだった。

僕にとって「性」というものの存在はまだ全く理解できていなかったし、自分のちんこにそういった側面を結びつけることもなかった。

小学五年生になった頃、僕の睾丸がほんの少し大きくなり始めた。それは本当にわずかな変化で、周りの誰も気づくような変化ではない。でも僕にとっては、それがこれまでの自分の体と何かが確実に変わり始めたことを知らせるサインのように感じられた。

僕の体はまだ小さく、ちんこも子どものままで、性的なことについて何も知らなかった。それでも、睾丸の中ではすでに男性ホルモンが分泌され始めていて、精子を作る準備が静かに進んでいた。それに気づかない僕は、自分の体がこれから「子ども」から「大人」へと変わっていく準備を始めていることなど、まるでわかっていなかった。
僕が知らないうちに、自分の体は着実に変化を進めていく運命にあった。やがてちん毛が生え、ちんこが成長し、睾丸の中で精子が作られるようになる。そしていつか性欲を感じ、精液を射精するようになる日が訪れる。睾丸の成長は、そうした大人へのプロセスの始まりだったのだ。しかし当時の僕は、その意味も、自分の体が既に少しずつ「子供」から「大人」へと移行し始めている事実も、何一つ理解できていなかった。

当時の僕は、自分の体の中で静かに進んでいる変化にほとんど気づいていなかった。性について考えることもなければ、それに関する知識もほぼゼロ。小学四年生の頃と何も変わらない毎日を、特に疑問を抱くこともなく過ごしていた。ただ、その一方で、体の中では誰にも気づかれることのない小さな変化が、ひっそりと始まっていたのだ。
その変化は、僕にとってどうしようもなく恐ろしかった。
心の奥底には、確かな感情が渦巻いていた。「変わりたくない」「このまま子どものままでいたい」という思い。でも、そんな気持ちとは裏腹に、体は僕の意思とは関係なく、静かに、そして確実に変化を進めていた。

そして次に、僕は小学六年生になる。小学生生活がいつまでも続くと思っていたのに、気づけばその終わりが少しずつ見え始めていた。「六年生」という言葉には、期待と不安が入り混じっていて、心の中に絡みつくような感覚があった。

この一年間で、自分のちんこが急速に変化するということを。形だけでなく、その役割や性質までも変わっていくことを。そして、自分の中に芽生えつつある何かが、今までの無邪気な日常を徐々に塗り替えていくことを。
まだ幼さの残る僕の心は、目の前に迫る思春期という嵐を直視できずにいた。

しかし、新年度が近づくにつれて、気づけば勃起することが増え始め、それは今まで知らなかった新しい感覚と共に、自分を未知の領域へと引き込んでいく予兆だった。
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