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二人の関係は、一般的な恋愛に近いが、それでも何かが違った。 情熱的な告白も、甘いささやきもない。
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『静かに流れる、ふたりの刻(とき)』
隆介と菜緒子は、ランチやお茶を楽しむだけでなく、日帰り旅行に行っても心地よい時間を過ごしていた。
まるで時間が飛ぶように過ぎていく。
「なぜこんなに時間が早く感じるのだろう?」と隆介は考えた。
時間は物理的には常に一定の速度で進むが、人間の心の状態によって、体感時間は大きく変わるものだ。
ある雨の日、菜緒子から突然のメッセージが届いた。
「隆介さん、今、駅前にいるの。でも傘を忘れてきちゃって…」
隆介は迷わず傘を持ち、駅へ向かった。菜緒子は駅の軒下で、肩を濡らしながら立っていた。
「待たせてごめん、菜緒子さん」
「ううん、来てくれてありがとう」
隆介が差し出した傘の下で、菜緒子は少し照れたように笑った。その笑顔に、隆介は思わず見とれた。
その日は近くの喫茶店で過ごすことにした。
楽しい時間を共有していると、脳が多くの情報を処理するため、時間が早く過ぎるように感じるのだという。
菜緒子といる時間が早く感じられるのは、共通の話題が多く、感情が動かされる瞬間が多いからかもしれない。
「ねぇ、隆介さん、覚えてる?私たちが初めて会った日のこと」
菜緒子がふいに言った。窓の外では雨がしとしと降り続けていた。
「もちろん。菜緒子さんはオレンジのタートルネックに、ベージュのセーターを着てたよね」
「えっ、本当に覚えてるの?」
「当たり前さ。あの日の菜緒子さんは…」
隆介は言葉を途中で止めた。あまりにも鮮明な記憶に、自分でも戸惑った。
ある日、二人は朝10時に喫茶店に入り、昼食を忘れて14時まで語り合っていた。
その途中、菜緒子が突然、真剣な表情で切り出した。
「隆介さん、2月、私、転勤になるかもしれないの」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「どこへ?」
「福岡。まだ確定じゃないんだけど…」
窓の外を見つめる菜緒子の横顔に、夕暮れの光が差し込んでいた。
「そっか…」
隆介は言葉が見つからなかった。頭の中が真っ白になる感覚。
結局、菜緒子の転勤は見送りとなった。その報告を受けた日、二人は海辺の公園に行った。
「ホッとした?」
隆介が尋ねると、菜緒子は少し考えてから答えた。
「うん…でも、少し複雑な気持ち。だって、もし行くことになってたら、私たち、どうなってたんだろうって」
「変わらなかったと思うよ。距離は関係ないから」
「そう…かもね」
菜緒子はニコリと微笑んだ。
ある夜、日帰り旅行の帰り道。人混みを抜けた後、静かな住宅街を歩いていた時のこと。
「隆介さん、夢じゃないよね」
突然、菜緒子が呟いた。
「何が?」
「これが夢だったらって。目が覚めた時に、全部なくなってたらって」
隆介は菜緒子の手を取った。温かかった。
「夢じゃないよ。ほら、触れるでしょう?」
菜緒子は小さく笑い、隆介の手を強く握り返した。
お互いにとって心地よい関係とは、形に囚われず、ただその瞬間を大切にすることだった。
二人の関係は、一般的な恋愛に近いが、それでも何かが違った。
情熱的な告白も、甘いささやきもない。
ただ、お互いの存在がどれほど心地よいか、それだけが確かなことだった。
季節が変わり、秋の終わりのある日。
「来年の今頃は、どうなってるかな」
紅葉の舞う公園で、菜緒子がそっと呟いた。
「それはその時になってみないとわからない。でも…」
「でも?」
「きっと、今よりもっと素敵な時間が待ってるよ」
菜緒子は満足そうに頷いた。落ち葉を踏む音が、静かな午後に響いていた。
「菜緒子さん」
「なに?」
「やっぱり、君と過ごす時間は特別だね」
菜緒子は少し赤くなって俯いた。
「私もそう思う…隆介さんといると、時間が違って流れるの」
そして、また会う約束をして、二人は別れた。
時計の針は止まることなく進み続ける。
しかし、隆介と菜緒子にとっては、それもまた一瞬の出来事でしかなかった。
それでも、二人の間で流れる時間は、かけがえのない宝物のように輝いていた。
隆介と菜緒子は、ランチやお茶を楽しむだけでなく、日帰り旅行に行っても心地よい時間を過ごしていた。
まるで時間が飛ぶように過ぎていく。
「なぜこんなに時間が早く感じるのだろう?」と隆介は考えた。
時間は物理的には常に一定の速度で進むが、人間の心の状態によって、体感時間は大きく変わるものだ。
ある雨の日、菜緒子から突然のメッセージが届いた。
「隆介さん、今、駅前にいるの。でも傘を忘れてきちゃって…」
隆介は迷わず傘を持ち、駅へ向かった。菜緒子は駅の軒下で、肩を濡らしながら立っていた。
「待たせてごめん、菜緒子さん」
「ううん、来てくれてありがとう」
隆介が差し出した傘の下で、菜緒子は少し照れたように笑った。その笑顔に、隆介は思わず見とれた。
その日は近くの喫茶店で過ごすことにした。
楽しい時間を共有していると、脳が多くの情報を処理するため、時間が早く過ぎるように感じるのだという。
菜緒子といる時間が早く感じられるのは、共通の話題が多く、感情が動かされる瞬間が多いからかもしれない。
「ねぇ、隆介さん、覚えてる?私たちが初めて会った日のこと」
菜緒子がふいに言った。窓の外では雨がしとしと降り続けていた。
「もちろん。菜緒子さんはオレンジのタートルネックに、ベージュのセーターを着てたよね」
「えっ、本当に覚えてるの?」
「当たり前さ。あの日の菜緒子さんは…」
隆介は言葉を途中で止めた。あまりにも鮮明な記憶に、自分でも戸惑った。
ある日、二人は朝10時に喫茶店に入り、昼食を忘れて14時まで語り合っていた。
その途中、菜緒子が突然、真剣な表情で切り出した。
「隆介さん、2月、私、転勤になるかもしれないの」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「どこへ?」
「福岡。まだ確定じゃないんだけど…」
窓の外を見つめる菜緒子の横顔に、夕暮れの光が差し込んでいた。
「そっか…」
隆介は言葉が見つからなかった。頭の中が真っ白になる感覚。
結局、菜緒子の転勤は見送りとなった。その報告を受けた日、二人は海辺の公園に行った。
「ホッとした?」
隆介が尋ねると、菜緒子は少し考えてから答えた。
「うん…でも、少し複雑な気持ち。だって、もし行くことになってたら、私たち、どうなってたんだろうって」
「変わらなかったと思うよ。距離は関係ないから」
「そう…かもね」
菜緒子はニコリと微笑んだ。
ある夜、日帰り旅行の帰り道。人混みを抜けた後、静かな住宅街を歩いていた時のこと。
「隆介さん、夢じゃないよね」
突然、菜緒子が呟いた。
「何が?」
「これが夢だったらって。目が覚めた時に、全部なくなってたらって」
隆介は菜緒子の手を取った。温かかった。
「夢じゃないよ。ほら、触れるでしょう?」
菜緒子は小さく笑い、隆介の手を強く握り返した。
お互いにとって心地よい関係とは、形に囚われず、ただその瞬間を大切にすることだった。
二人の関係は、一般的な恋愛に近いが、それでも何かが違った。
情熱的な告白も、甘いささやきもない。
ただ、お互いの存在がどれほど心地よいか、それだけが確かなことだった。
季節が変わり、秋の終わりのある日。
「来年の今頃は、どうなってるかな」
紅葉の舞う公園で、菜緒子がそっと呟いた。
「それはその時になってみないとわからない。でも…」
「でも?」
「きっと、今よりもっと素敵な時間が待ってるよ」
菜緒子は満足そうに頷いた。落ち葉を踏む音が、静かな午後に響いていた。
「菜緒子さん」
「なに?」
「やっぱり、君と過ごす時間は特別だね」
菜緒子は少し赤くなって俯いた。
「私もそう思う…隆介さんといると、時間が違って流れるの」
そして、また会う約束をして、二人は別れた。
時計の針は止まることなく進み続ける。
しかし、隆介と菜緒子にとっては、それもまた一瞬の出来事でしかなかった。
それでも、二人の間で流れる時間は、かけがえのない宝物のように輝いていた。
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