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形而上のオネイロス
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手紙の切れ端はここぞとばかりに声を発した。それはまるで赤ん坊の声のように耳にまとわりついた。決して嫌な感じじゃなかったのに、身もだえしてそれを振り払おうとした。
「ねえ、これ夢なんでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「自分の実態が感じられないからよ」
「そんなのは誰でも感じているじゃないか」
「あなたは誰?」
ぼくはきみ、とそういう答えを期待した。
「それをぼくがこたえたら、きみはすぐにこの場からいなくなってしまう。ここには人はもう何万年ぶりなんだ。もう少しいておくれよ」
「何万年って、あんた神さまなの?」
「そんな矮小なものじゃないよ」
「神さまが矮小だなんて…あんた大きく出たわね」
そもそも神さまに大きさなんてあるのかしら?そもそも神さまがいるって前提で話してんじゃない。おかしいわ。
「神に大きさを求めるなんて、心に質量を求めるようなものさ」
「確かにそうだけど、それじゃ神は矮小ってあんたの根拠もなくなるわ」
「ほらほらすぐに大きさにこだわる。リンゴはみな同じ大きさでなければならない、だね」
「神とリンゴは違うもの」
なにそれ。やっぱ見た目?それとも本質?神の本質って何よ?
「ぼくは未来。年齢はきみと一緒。ここに姉と住んでいる」
「あたしは…」
「知っている。きみは未来。中学三年生。お母さんと二人暮らし。友だちはつぐみちゃん、だったっけ?」
こいつは知っている。知っているはずだった。聖霊流しの手紙の子なんだ。
「あなたは手紙をくれた人ね?この手紙、どうやって送ったり受け取ったりできるの?それにあたしはもう十五歳じゃないわ」
送りつけられる身にもなれ
ただただあなたの文字を追い、思いを追っていた
あなたはどこにいるのか、それさえも
運命の流れのなかに消えてった
ずるいのは、狡猾なのは、あたしかも知れないって
あんた知ってた?
「あそこの山、見えるだろ?楡鷹山だ。ここからだと真西になる」
「それがどうしたのよ?」
「あの中腹に月名読尊社という神社があるんだ。毎年、夕影祭が開かれる…」
「それがどうしたのよ!あたしには何の関係もないわっ!」
ああ、いまはほとんど見かけない爪襟の学生服。ごめん、あんたにそんなに強く言うつもりはなかった。でも、あたしはいったいどうしたのか、早く…早く知りたかった。
真鍮のように、ただ不変で、永遠で
万物もそれを認めて
あたしはそれに期待し満足する
漂泊は時間の隙間
抗えるうちだったら、もう少し美しかったのに
あたしは変わりようもない
ひび割れた空気の傾斜、ただの燃えかす
そんなあたしの腐れた身体は
真鍮のように、ただ不変で、永遠で
「不安障害って病気、知ってる?」
クスクスとあんたは笑った。
「知るわけないじゃない!」
「そんなに怒らないの。…ぼくと話すの嫌?」
そう、みらいは言った。嫌じゃないけど苦痛。苦痛じゃないけど楽しくもない。つまり興味がない。
「あたしは何でここにいるの?死んでるの?生きているの?それとももう人間じゃないの?」
切実な…それはいつもあたしが思っていたこと。うちでも外でも校舎の入り口のあの錆び汚れた門扉の奥の据えた匂いの下駄箱の並んだ…それはふわふわした雲、なでらかなゼリー、曖昧な記憶…それは生きていたという追憶。
つまり汚れたあたしの現実という記憶。これに封じ込めたものを、いまさらこじ開けさせはしない。
「きみの欲求はつまり、きみが生きていたってことを自ら説明しようってことかな?でもそれはやめた方がいい」
わからない!なぜ、いま自分が生きてるって言うのを、他人に説明しなきゃなんないのよ?自分がここにいて、ほらちゃんと息してるし、手足だって動く!これ以上に生きてるって言える?
空は空らしくそこにある 夢のようだけど現実はこんなに切ないものでもない
見えないけれど、恐らく空気の塊である空は…あなたの吐き出すため息の残照
燃え上がるほどの情念がかき消されるのため息の、その刹那こそあたしの永遠
永遠ならば答えなさいよ!…夢はどこに消えた…あなたはあたしの永遠の 輪舞曲に問おう!あなたの居場所と役目を。何のためのあなたのか、いまここで教えて頂戴…。
「ぼくや、ましてきみがそれを知る必要はない。永遠に、逆らう者などいない。疑う者などいない。たとえその先で、ポッキリと折れ曲がっていたとしてもね。人は気がつかないんだ…その奈落の底の道しるべ」
「奈落の底?」
「そうなるかならないかはきみ次第」
「意味わかんないよ」
いまきみは歌っていたよ静かな森に
木洩れ日を避けてるみたいに、ちまちましたきみが
ほんとに願いが遠い思いの果てにあると知っているように
消えない日の光を慈しむように
でもそれは、ほんとのきみじゃない
きみはもっとずっと…いいひと…
「はあ?いい人ですって?あんたなに言ってんの?あんたねっ!」
そう言って意識がまた遠くなった。
遠くで波の音がした。
それは静かな場所。
動くものがまったくいない、たぶん呪われた空間。
ここは東京だ。
「ねえ、これ夢なんでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「自分の実態が感じられないからよ」
「そんなのは誰でも感じているじゃないか」
「あなたは誰?」
ぼくはきみ、とそういう答えを期待した。
「それをぼくがこたえたら、きみはすぐにこの場からいなくなってしまう。ここには人はもう何万年ぶりなんだ。もう少しいておくれよ」
「何万年って、あんた神さまなの?」
「そんな矮小なものじゃないよ」
「神さまが矮小だなんて…あんた大きく出たわね」
そもそも神さまに大きさなんてあるのかしら?そもそも神さまがいるって前提で話してんじゃない。おかしいわ。
「神に大きさを求めるなんて、心に質量を求めるようなものさ」
「確かにそうだけど、それじゃ神は矮小ってあんたの根拠もなくなるわ」
「ほらほらすぐに大きさにこだわる。リンゴはみな同じ大きさでなければならない、だね」
「神とリンゴは違うもの」
なにそれ。やっぱ見た目?それとも本質?神の本質って何よ?
「ぼくは未来。年齢はきみと一緒。ここに姉と住んでいる」
「あたしは…」
「知っている。きみは未来。中学三年生。お母さんと二人暮らし。友だちはつぐみちゃん、だったっけ?」
こいつは知っている。知っているはずだった。聖霊流しの手紙の子なんだ。
「あなたは手紙をくれた人ね?この手紙、どうやって送ったり受け取ったりできるの?それにあたしはもう十五歳じゃないわ」
送りつけられる身にもなれ
ただただあなたの文字を追い、思いを追っていた
あなたはどこにいるのか、それさえも
運命の流れのなかに消えてった
ずるいのは、狡猾なのは、あたしかも知れないって
あんた知ってた?
「あそこの山、見えるだろ?楡鷹山だ。ここからだと真西になる」
「それがどうしたのよ?」
「あの中腹に月名読尊社という神社があるんだ。毎年、夕影祭が開かれる…」
「それがどうしたのよ!あたしには何の関係もないわっ!」
ああ、いまはほとんど見かけない爪襟の学生服。ごめん、あんたにそんなに強く言うつもりはなかった。でも、あたしはいったいどうしたのか、早く…早く知りたかった。
真鍮のように、ただ不変で、永遠で
万物もそれを認めて
あたしはそれに期待し満足する
漂泊は時間の隙間
抗えるうちだったら、もう少し美しかったのに
あたしは変わりようもない
ひび割れた空気の傾斜、ただの燃えかす
そんなあたしの腐れた身体は
真鍮のように、ただ不変で、永遠で
「不安障害って病気、知ってる?」
クスクスとあんたは笑った。
「知るわけないじゃない!」
「そんなに怒らないの。…ぼくと話すの嫌?」
そう、みらいは言った。嫌じゃないけど苦痛。苦痛じゃないけど楽しくもない。つまり興味がない。
「あたしは何でここにいるの?死んでるの?生きているの?それとももう人間じゃないの?」
切実な…それはいつもあたしが思っていたこと。うちでも外でも校舎の入り口のあの錆び汚れた門扉の奥の据えた匂いの下駄箱の並んだ…それはふわふわした雲、なでらかなゼリー、曖昧な記憶…それは生きていたという追憶。
つまり汚れたあたしの現実という記憶。これに封じ込めたものを、いまさらこじ開けさせはしない。
「きみの欲求はつまり、きみが生きていたってことを自ら説明しようってことかな?でもそれはやめた方がいい」
わからない!なぜ、いま自分が生きてるって言うのを、他人に説明しなきゃなんないのよ?自分がここにいて、ほらちゃんと息してるし、手足だって動く!これ以上に生きてるって言える?
空は空らしくそこにある 夢のようだけど現実はこんなに切ないものでもない
見えないけれど、恐らく空気の塊である空は…あなたの吐き出すため息の残照
燃え上がるほどの情念がかき消されるのため息の、その刹那こそあたしの永遠
永遠ならば答えなさいよ!…夢はどこに消えた…あなたはあたしの永遠の 輪舞曲に問おう!あなたの居場所と役目を。何のためのあなたのか、いまここで教えて頂戴…。
「ぼくや、ましてきみがそれを知る必要はない。永遠に、逆らう者などいない。疑う者などいない。たとえその先で、ポッキリと折れ曲がっていたとしてもね。人は気がつかないんだ…その奈落の底の道しるべ」
「奈落の底?」
「そうなるかならないかはきみ次第」
「意味わかんないよ」
いまきみは歌っていたよ静かな森に
木洩れ日を避けてるみたいに、ちまちましたきみが
ほんとに願いが遠い思いの果てにあると知っているように
消えない日の光を慈しむように
でもそれは、ほんとのきみじゃない
きみはもっとずっと…いいひと…
「はあ?いい人ですって?あんたなに言ってんの?あんたねっ!」
そう言って意識がまた遠くなった。
遠くで波の音がした。
それは静かな場所。
動くものがまったくいない、たぶん呪われた空間。
ここは東京だ。
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