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いきなりですが、ぼくは死にました

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はいはい、ぼくは死にました。

頭の上で光っている輪っか。これがその証拠です。そしてここは雲の上。目の前に、なにか神々しい姿の人が立ってます。なんとなくわかります、これ、神さまだって。

ぼくの名前は本庄たけし。まあ、今はもうその名前はどうでもいいけどね。だってぼくは死んだのだから。ああ、ここは天国か。いいとこみたいだなー。ずっとここにいたいな。もうあんな世界は御免だ。毎日毎日苦労して、クソみたいなやつらにこき使われてばかりいた。揚げ句の果てに過労死。いったいぼくの人生って何だったんだろう。そうしてぼくはわかったんだ。世界を一番ダメにしてるのは人間だったって。でももうそれも終わりみたいだ。

「だからここでニートやらせてください」
「お断りします」

そう神さまに言われた。あー、正確には女神さまかな?だって女の子の姿だったんだもん。

「いやいや、基本的に天国ってニートの集まりですよね?」
「どうしてそう思う?」
「だって誰も仕事してないし」
「そう見えるか?」

なんとなくみんなのんびりしてるし、とくにさっきすれ違った長髪の神さまっぽいやつなんか、天女っぽい女の子はべらせちゃって、もうそれってハーレム?ってやつじゃん。

「だってさっき、だれか女の子に囲まれてギター弾いて歌ってるだけのようにみえましたけど?」
「ああ、あいつはそういう神さまなの。音楽の神ね。ジョン・レノンっていう名だったかな、たしか。知ってる?」
「知りません」

誰だそれ。まあとにかくああいうふうに過ごしたいものだ。希望、見えてきちゃったな。さすが天国。

「ちなみに聞くが、おまえ、カーストって知ってるか?」
「はあ」

カースト?馴染みありすぎ。まあ、もとはインドのヒンドゥー教の身分制度だったかな。転じて企業カーストなんていうふうに使われた。結局見えないそういうものにぼくたちすべてが支配されていた、いわば社畜世界のヒエラルキーなのだ。神さまのその言葉で、察しのいいぼくは、さっきまで見えていた希望が、消えていた。

「もともとここの制度を奴らはまねたのだ。新参で天国で無資格のてめえは、この天国でその最底辺なんだが、意味わかるよな?」

なぜか女神はそこのところを凄んで言った。余計な質問はするなということらしい。

「ああ、そうですよねー。世の中そう都合いいわけないですよねー。ってか資格いるんだ―」

天国ここに来る途中、それを見かけた。死者の列を整理するやつ、はみ出すやつをけ飛ばしたり、書類と本人を照合したり、赤ん坊だったらおむつを替えたり。しかも老人の死者が半端なく多い。みな介護を必要としている者ばかりだ。天国にまで来てそんなことさせられるのはニート志願のぼくの望むところではない。

「世の中ではない。ここは天上界。不浄な世界と一緒にするな」
「不浄で悪かったですが、その世界とはきっぱり足を洗ったんです。そこで女神さまにお願いがあります」
「却下」
「いきなりかい」
「ろくなことではあるまい」

お見通しか。だが天国で働かなくていい方法…。そいつは、女神の恋人になっちまうこと!愛人!いやヒモ!男妾!ああ、なんと甘美な響き…働かなくていい…ああ、天国だ。

「ぼくをあなたの…」
「絶対ことわる。ていうか嫌!だいいちおまえは好みではない」

がっかりだよ。それじゃ仕方ない。働かなくても努力しなくても済む世界に行こう!

「わかりました。天国ここがどういう場所かも。どうやらここはぼくの望む場所ではないようです。ですから地獄の方に放り出してはくれませんかね?」

こんなところであくせく働かされるより、地獄の方がまだ何もしなくていいような気がする。ニート志願としては当然の選択だ。

「変わったやつだな。おまえ、なぜ天国に来れたか理解しておらんのか?」
「知りませんよそんなこと」
「呆れたやつだな。天国の門で審査受けたろう?」
「ああ、超待たされましたよ」

天国の階段ってとても長い。永遠続いてるかと思うくらいだった。やっと登りきると今度は長ーい入国審査だ。前にハワイに行ったときの入国審査なんか及びもつかないほど長く待たされた。もっともどんなに長い階段だって肉体がないので疲れなかったし、待たされるのだって、まあ、なんにもしないのでむしろぼくは全然快適だったけど。

「おまえは前世でなにもしなかった」

ニート志願つかまえてそりゃないだろ。働きすぎて嫌になったからのニートだというのに。

「そ、そんなことはありませんよ!勉強して、働いて、いや働かされて、そりゃあもう死に物狂いで働かされましたよ」

ちょっと盛ってみた。死に物狂いは大げさか。でも過労死したんだからやっぱりそれは嘘じゃない。

「そこら辺が審査資料と食い違うんだが、まあいい。そういう何もしない、じゃない。おまえは死ぬまで一度も魂の穢れることをしなかった。だからここにいる。つまり、地獄への入獄資格はない」

また資格かよ。どんだけ資格いるんだ、死んでからもそういうの必要なんて知らなかった。生前、なんか資格取っておくんだった。運転免許はあるけど、大型二種でも取っとけばいいってことか。

「その、魂の穢れるって、どんなことでしょう?逆に身に覚えありすぎなんですけど。未成年のときタバコ吸ったり酒飲んだり、最近じゃ酔っぱらって神社の鳥居に立ちションしたり、コンビニでひとの傘間違えて持ってきちゃったり」
「おまえ、ろくなことしてないな」
「すいません」
「いやそうじゃなくて、人をだましたり嘘をついたり人や生き物をいじめたり、あげくは殺人や自殺とかしなかったか。そういうことを言う」

まあ確かにそれはそうだ。ペットは飼っていなかったし、人に騙されはしたが騙してはいない。そういう勇気はなかった。彼女がたくさんいたが、あれはぼくの財産が目当てであって、そういう意味でぼくは彼女たちをもてあそんではいなかった。むしろぼくがもてあそばれたけど、それはそれで楽しかったなあ。

「で、ぼくをもてあそんでくれると?」
「だれがか!なんであたしがそんなことしなきゃなんない!めんどくさいやつだな」
「じゃあおそばにいるだけでも。お言葉通りぼくなにもしませんから」
「意味わかんない。って言うか、神に寄生しようとする魂胆ありありなんだけど」
「いけませんか?」
「いいわけないだろ!」

どうやら地獄も行かしてもらえないようだ。あそこならなにもせずにただ拷問さえ受けてればいいと思ったのになあ。ああ、いやだなー、はたらきたくないなー。

「そんなあなたに朗報です」
「な、なんですか?」
「転生です。よみがえるのです。生まれ変わって新たな人生を歩むのです!」
「いやです」
「即答すんなよ」
「だって最初からやるんでしょ?生まれて育って勉強してまた働いて」
「当たり前だろ。だいいちお前は覚えてないだろうが、そうやってずっと繰り返してきたんだぞ」

それは知らなかった!ああ、なんて馬鹿なぼく。そんな超かったるい輪廻を繰り返していたなんて。早く気がついてよかった。いや、早かったかどうかはわかんないけど。

「ではその輪廻を断ち切って、ぼくを永遠のニートに」
「この次元にそういう不条理なシステムは存在しません。いいですか?世に魂の数は一定なのです。例えば人間が増えればどこからか魂を補填しないとなりません。あんたたちの世界で言うなら、絶滅した動植物がそれに当てられます」

なんてこった!ぼくたち人間が増えるからニホンオオカミや二ホンカワウソが絶滅したのか!

「つまり無駄に魂を遊ばせる余裕はない、ということ。アンダスタン?」

女神はにっこりぼくに笑った。なんてこった。魂になってもニートにはなれんのか。女神は続けて言った。

「まあそれでも、天国に来れたんだからよしとして、なにか特典を与えることにしましょう。いうなればご褒美、みたいなもんね。そういうの興味ない?」
「特典、ですか…?そりゃあ天国の特典なんて聞いたら期待しちゃいますが。でもたとえば天国の門の保守管理の資格を取得――とかいうのはいやなんですけど」
「どこまでもねじ曲がってるわね、あんた」
「働きたくないだけなんですけど」
「そこまで徹底してるとある意味立派ね」
「照れます」
「褒めてない」
「はあ」

だが特典って何だろう?天使にでもしてくれるのかな?

「はいどうぞ。さあこれ引いて」

女神が何やら穴の開いている箱を取り出した。コンビニでみたことあるぞ、それ。

「なんですか?」
「だから引いて」
「は?」
「一枚だけよ。さあ」
「これって」
「余計なこと考えず、さあ」
「はい」

手に三角の紙片が。これってまさか三角スピードくじ?

「さあめくって」
「これって三角スピードくじじゃあ?」
「まあそうともいうわね。それはあなたが生まれ変わるとき、ひとつだけ持てるスキルが書いてある。まあだいたいは語学に堪能とか容姿が端麗とか力が強いとかそんなとこ」
「イケメン、というのはそそられますが、あとのはなんだかなあ。どれもニートにはいらないスキルですね」
「まだニート言ってんのか。おまえいい加減くびき殺すぞ」

女神は本気で怒ったみたいだ。やれやれ、こんなんでも怒らせたら面倒だ。適当にあしらおう。

「ぼくはニートになりたいんじゃなく、誰もがニートのように苦労せず安心安全な世の中にしたい、とそう考えてのニートです」
「え?ん?えーと、あーそう。じゃあいいか…」

チョロい。

「で、これをめくるんですね?」
「あ、ああ、はやくめくれ」

ぼくは端っこをコキコキしてめくった。

「何と書いてある?」
「えーと…『一日一願』、ってなにこれ?」
「ほほう、かなりレアなやつを引いたな。まあお前にはちょうどいいかもしれんな」
「なんですか、これ?」
「なにって、そのとおりだが?」
「いや意味わかんないでしょ?一日一願なんて。そんな四文字熟語ないし。一日一善ならわかるけど」
「だからそれだよ。一日一回、善を行う、じゃなく、願いがかなう、だな」

願いがかなう?なにそれ。

「つまり、一日一回だけぼくの願いがかなう、ということですか?」
「そういうこと」
「それってちょっと待ってください…それどんな願いもですか?」
「いや、そうとも言えるがそうでもない」
「ですよねー」

そんな甘くはないのだ。ここは天国で、相手は神さまだ。そんな都合よくぼくの願望をかなえさせてくれるわけはない。

「いいか、そのスキルはあくまで善の力だ。だからあいつを殺したいとか苦しめたいとか、果ては世界を滅ぼしたいとか天界の禁忌に触れる願いはかなえられん。わかるな」
「つまり悪意ある願いは叶わないと?」
「そういうことだ」
「もし誰かに殺されそうになった時、相手を攻撃は?」
「出来ません。潔く殺されなさい。また天国でお会いしましょう」
「はあ、なんか無力感でいっぱいに…あ、ニートなんだから当然か…」

結局ぼくはそのつまらない壊れスキルを持たされ転生させられた。転生するとき女神はおかしなことを言った。

「言っておくが、そのスキルは一日一回のみだ。使わなくても累積加算はされん。あと、前借りもダメ。当然だがそのスキルに何か願いをするのもナシ。無限に願いを、なんてことだな。アラジンの魔法のランプを知ってるな?アレだと思えばいい。では有効利用を。また天国で会いましょう!」

こうしてぼくは異世界に転生した。誤算だったのは、このことが記憶からすべて抹消される、ということだ。どんなにいいスキルをもらっても、覚えてなければ意味がない。まだイケメンスキルの方がましだった。なんにも知らないまま転生されてしまうのかよ。ありえねえ!


「おぎゃあ」


リスタリアというとんでもなく弱小の国の、とんでもない弱小貴族の家にぼくは転生した。日本から見たらとんでもなく異世界なのだが、前世の記憶がないぼくは、ここが当たり前の世界にしか映らない。


ぼくはデリアズナル・ローゲン・オルデリスという名をもらった。みなはデリアとぼくをよんだ。




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