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精霊使いになりました

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それは地響きのような振動でした。次元をつなぎ、精霊を召喚したのです。

精霊使いになったんですが、実際ぼくになんの変化も現れなかったです。幸いなことにゴーレムくんもまだいましたし、どうやら錬金術師もまだ所有しているようです。だけど精霊なんてどうやって召喚したらいいのかわかりません。そもそもそういう知識もなしでそんなものになっても、意味がなかったとわかりました。錬金術師は前にマンガで見て、まったくその通りだったのでよかったのですが、精霊使いのマンガは見たことがありませんでした。もっとマンガ読み込むべきでした。

でも外の魔獣はこちらを襲う気満々です。早く何とかしなければ。

とりあえずそれらしい召喚陣を床に描きます。文字はいい加減。デザインもそれらしく。あと、何か供物が必要なのかな?ぼくは食べ残した焼き鳥を供物にすることにした。こんなんでいいのかはわからなかったが、とりあえずチャレンジは必要だ。

「召喚!」

そう言ったとき、ちょっとラフレシアとアリアのことを思い出してしまった。精霊がかわいい女の子だったらいいなと、つい不埒なことを考えてしまったのだ。これがこののち、ぼくにさまざまな災いを招きよせる結果となったのを、ぼくはまだ知らずにいた。

「うーん、だーれー?」

超かったるそうにあくびと伸びをする変わった格好の女の子が召喚陣の中に現れた。歳はぼくと同じ十三ぐらいだが、何だか人間のようで、どう見ても精霊には見えない。

「あのー、どちらさまでしょうか?」
「はあ?あんただれ?」
「ぼくはデリアズナル・ローゲン・オルデリス。デリアでいいよ」
「あっそ」



「で?」
「で、とは?」

これはしまった。弱いとか強いとかじゃなない。この子はおバカだ。強いて言うならおつむが弱いやつや。

「きみの名ですよ」
「あ、ああそうね。忘れていたわ。あたしは精霊ミローネ。まあぶっちゃけ精霊界じゃ敵なしよ」

そういうやつに限ってヘタレだ。ろくなやつじゃないだろう。こいつはますますやっちまった感が半端ない。


「そういうことならちょうどいい。精霊ミローネに命ずる。外の魔獣をやっつけなさい」
「なんで?」
「なんでって、あのままじゃここに来ます。来たらぼくは食われちゃいます」
「あらそう。お気の毒」
「お気の毒じゃないだろ!いいから外行って魔獣やっつけて来いよ!」
「無理よ」

ああ、やっぱ失敗だった。

「じゃいいよ。ぼくは逃げるから囮になって」
「冗談じゃないわよ!なんであたしがそんなことしなくちゃならないのよっ!」
「いやいや、きみはぼくに召喚された精霊だよ?そもそもぼくの命令には従うんじゃないのかよ」
「あのね、命にかかわる命令なんか聞かなくてもいいって組合で決まったの」
「組合?どういうことだよ」
「労働組合よ。精霊だって労働環境は大事だわ。そういう活動をしているところよ。あんたそんなことも知らないの?」
「ニートはね、労働とは無縁なの。したがって労働組合も知りません!」
「あきれた。つまりあんたはブラックね。ブラックさんなのね」
「人の名前にすんな、そんなもん」

ああ、もうダメだ。

「だいいちあたしは殺したりはできない。そういうなにか制約があるみたいなの」

そうか、ぼくの願いの条件だからか。

「じゃああいつらをなんとかできないのか…」
「何とかすればいいの?」
「ああ、おとなしくするとかどっかに行かせるとか」
「そんなことなら簡単よ」

早くそれをやれって言ってんだよ!

「じゃあやってくれよ!あいつらもうこっちに来ちゃうよ!」
「しょうがないわねー。でもこれって報酬の焼き鳥じゃ足りないわねー」
「つべこべ言わずはよやれ!お前を焼き鳥にすんぞ!」
「怖いわねー、近頃の若者って。あれ彼女絶対できない人よね」
「ほっとけ!」

ぶつぶつ言いながら精霊は外に出た。魔獣どもが群がってくる。あいつにゃ悪いが当初の計画通り囮になってもらい、その隙にぼくは逃げるのだ。

「デリア、うまくいったよ」
「え?」

のほほんとした声だった。てっきりぼくはまた悲鳴とか断末魔の叫びとか想像してたのに。

「どうなったの?」
「これ見て。みんな懐いた。ハイお手」

がう

本当に魔獣がお手してる。まあみんなきちんとお座りしてしっぽを振っている。でも、かわいくねえ。怖すぎるぞこいつら。

「いいからどこかにやっちゃえよ」
「えー、捨てちゃうの?ノラ魔獣になっちゃうよ?可哀そうよ」
「こいつらは捨て猫ちゃんじゃありませんから。それに飼ってもいないんだから捨てるとは言わないし、そもそも野生なんだからもとからノラです」
「理屈はいいけど」
「だめです。うちはペット禁止です」
「どこの賃貸マンションよ」
「おかしな知識はあるんだな」
「当たり前でしょ。これでも精霊なんだから」
「いやどういう根拠なんだ、そもそも」
「まあ霊界じゃAIなみってこと言われてっけどね」

ぜったい嘘だ。

とりあえず危機は去った。確かにこいつのおかげだし、その後も恐ろしい魔獣をどんどん手なずけていった。まあそのたんびに飼え飼えとうるさくせがんできやがったが。

「全部却下だ!」

ぼくは毅然とした態度でこいつに対処しなければならなかった。なぜなら、こいつの言うことをいちいちきいていたら、魔獣だらけになってしまう。ぼくは精霊使いになったのであって、けっして魔獣使いではないのだ。だから森に放してやった。野生は野生でいるのが一番いいのだ。

「デリア!今度は魔獣じゃないから飼っていい?」

ある晩、いきなりそうミローネが言ってきた。ミローネは何者かが近づいてくると察知する能力を持っている。

「もう勘弁してよ」
「今度は弱そうなやつよ。珍しいわね、こんなところに」
「ふーん。でも飼うのはなし。お引き取り願って」
「でももう来ちゃったよ」
「なにやってんですか」

ぼくは野営地に立てた小屋の小窓から恐る恐る外を見て、そしてぶったまげた。外には女の子がひとり、立っていた。甲冑姿でも女の子だとわかる。だってそれはあのラフレシアだったから。これはどういうことだ?

なぜ彼女がここにいる?これは何かの罠か?それとも魔獣が化けているのか?そうならすげえ。いやいやちがうだろ。だがどう見てもラフレシアだ。どうしたもんか。そういうときはしらばっくれるのが一番だ。

ガシャッ

柵を蹴り倒す音だ。あいつ、柵を壊しやがった。

ドンドンドン

すごい力で戸を叩く。なんなんだ。ここには誰もいないぞ。

「出てきなさいよ、デリア!いるのはわかってんのよ!出てこないと小屋に火をつけるわよ!」

なんて物騒なやつなんだ。信じられない。それ犯罪だからな!

「な、なんの用だ」
「デリア!やっぱ本当だった!昨日会った猟師に、あんたに似た人相の男がこの森に入って行ったって聞いたから、来てみたら…デリアいた」

そう言って急に泣き出してしまった。なんなんだ。

「ラフレシア。いったい何しに来たんだ?」

ぼくが恐る恐る出ていくと、ラフレシアは急に泣くのをやめ、すんごい形相でぼくを睨みつけた。

「あたしに断りなくあんたが出ていっちゃうからでしょ!あんたをつかまえてとっちめるためよ」
「そんな理由で来るな!」
「来るな、ですって?あたしによくそんなことが言えるわね!」
「いえない理由をむしろ知りたい」
「まあー、ああ言えばこう言って、まったく変わんないわね、あんた」
「変わるか!そんなに時間経ってないだろ。何懐かしそうに言ってるんだ」
「まあいいわ。とりあえずなかに入れて。ここは寒いわ。おなかも減ったし」

と、小屋に入ろうとする。いやいまちょっとまずいかな?

「ま、まて。なんだ?か、帰るんじゃないのか?もう夜は遅い。早く帰れ」
「はあ?わざわざ来たのに帰れって?っていうか女の子こんな森にほっぽり出すって言うの?マジあんたサイテーよ」
「勝手に来てそれはないだろ?いいから早く帰れ」
「いやよ。あんたと一緒に行くって決めたんだもん」
「いやダメだろそれ。伯爵家は大騒ぎですよ。なにやってんの!」
「ざーんねん。パパはあたしの味方よ。がんばってつかまえて来いって」

おバカな娘だと思ったらその上におバカなおやじがいたのね!

「いいから帰れ。若い男女がふたりっきりでこんなところで!間違いでも起きたらどうすんの!」
「いいじゃない。そん時はそん時で」
「倫理観いい加減吹っ飛ぶようなことは言うなっ!帰れ」
「なんか怪しいわね」

ギク

「な、なにが?」
「なんか隠してない?」
「な、なんかってなにがさ」
「なーんか匂うわね」
「なんにも匂わないぞ」
「そこどいて」
「こ、ことわる!」
「どけ!」
「あ」

そりゃそうですよ。小屋の中にはいますもん。精霊ちゃん。だがこいつを精霊だって言っても、絶対信じてはくれないのはわかってる。ぼくだって信じない自信がある。

「説明してくれないかな?」

こういうのって前世じゃ浮気現場を押さえられて修羅場突入て言うやつですね。ああ、こんなところで再現するとは。

「いえ、話せば長くなりますし」
「時間はたっぷりあるわ」
「そうですか。では何から話しましょうか」
「最初から、わかりやすくねっ」

すっげえ怒ってる。でもなんで怒られなきゃならないんだ?

「ねえー、あんたたちなんなの?それにあんた。いきなり人んち入ってきて、人の彼氏つかまえてお説教とか、ないわー」

火に油を注ぐバカもいましたね、ここに。

「ああ?誰が彼氏なのよ」
「こいつに決まってるでしょ」
「はあ?なんであんたの彼氏ってことになってんのよ」
「しょうがないじゃない。ある日突然呼び出されて、俺の女になれって。ほんと強引なんだから」

おいおいおい、もうそれ救いようがないぞ、それ。誤解とかじゃすまされないんだぞ。もう完全にロックかかってんぞ。

「なに馬鹿なこと言ってんのよ、精霊のくせに」

え?なんで?

「ふん、なんでって顔してるわね、デリア」
「な、なんでそれ知ってんだ?」
「ふふん、驚いた?なーに、簡単よ。昨日会った猟師から、精霊みたいなのを連れた若い男って聞いたからね。猟師も森で何度か精霊を見かけたことがあるって言ってたわ」
「なーんだ」
「だから、なんで精霊なんか連れてんだって話っ!」
「ひいいい」
「吐け、こら!」
「すいません。ぼく、精霊使いになったんです」
「え?マジ?」
「はい」
「すごいわ、デリア!」

ラフレシアはマジで驚いたようだ。そして喜んでくれた。ラフレシアはぼくが錬金術師だとは知らないし、ましてあの『一日一回』はもっと知らないのだ。だからそういうスキルが手に入ったってことをすごく喜んでくれた。

「もう探したのよ。でも途中から追跡は楽になった。なんたって、おかしな若者が森に道を作りながら旅をしてるって。絶対あんただと思った」

その根拠の絶対ってなんだ?

「何でぼくなんか追いかけてきたんだよ」
「父が宰相から強引に聞き出したのよ。いくら口答えしたからって追い出すのはおかしいって。王に直訴するって言ったらしぶしぶ打ち明けたわ。あんたの任務ってやつ。やるわね。さすがデリアよ。あたしの見込んだ男だわ」

勝手に見込まんで欲しい。

「ということであたしもダルメシアに行くわ」
「はあ?」
「いいわね。わかったら何か食べさせなさいよ。こっちはもうおなか減っちゃってんの」
「もう勝手にしろ」

ぼくはもうあきらめた。この子には何を言っても無駄なような気がしたんだから。だがそんな重ーい思いをよそに、精霊とわがまま姫が勝手に意気投合していた?

「焼き鳥しかないけど、食べる?」
「なにそれおいしそう」

何故かこいつら仲良くなっている。ああ、これからぼくはどうなるんだ?ちゃんとまともなニートになれるんだろうか!




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