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ニート、教祖になる
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こうしてぼくらは村々を渡り歩いた。
驚いたことにどこも水不足。それはいつもの手で。うっひっひっひ、信者倍増!お布施も順調。いやあ、宗教やめられませんなあ。そのうちどこかに教団本部を構えて、お布施を徴収する者もおかないとな。
「というわけでトム・ヤムさま。どうかお力を」
なにがというわけなんだ?いきなり脈絡もなく話振るなよ。
「えと、トムヤムくんでいいよ。で、あんた誰?」
「もうお忘れですか?わたしはこの町の町長でセコイネンと申します」
嫌な名だな。まあこの名前はもう出てこない気がする。
「で、ぼくに頼みってこと?」
「そうさっきから申し上げている次第で…」
「どうしろっていうのよ」
「だーかーらー、盗賊にね、狙われてんだっていう話をさっきからね」
「盗賊?なんでまた」
いやこれはぼくの方がアホだ。盗賊の目的って金とか食料、あと女だな。この町はけっこう大きい。しかし駐留する軍隊は少ないし、しかもどう見てもポンコツだ。これじゃ狙ってくれと言っているようなもんだ。
「それが、毎年このガゼルの町では大きな市が立ちます。近隣の村々から農産物が集まり、そして各地の商人も来ます」
へえ、この町ってガゼルって言うんだ。知らなかった。
「つまりそこらじゅうからモノやカネが集まるってこと?」
「その通り!」
「そいつはヤバいんじゃない?そのときだけでも軍隊呼ぶとかさあ」
「それが…リスタリア王国とのいくさになるということで、そちらに兵が。いまはこのダルメシア中の兵が王都グリージアに集められております」
あれ?ぼくらいつのまにかダルメシア領に入っていたんだ。もう、国境線とかないからわかんないじゃないか。ちゃんと線引いておいてくれないとねっ!
※異世界人のあなたに解説――主人公はニッポンという世界から転生しています。そこは国土になんと国境がありません。だから国境のある国同士、そこには国境線というものが引かれていると思い込んでいます。実際、観光地でそういうものがあるところもあり、それが知識として知れ渡ってしまっています。これはマジです。
ぼくは誰に解説してんだ?
そうか、そうだったんだ。いつの間にかぼくらは敵地に乗り込んでいたのか。だけど待てよ?もう戦争準備始めちゃってんのか?そういや秋の刈り入れって時期を狙うんじゃないかってラフレシアと話したことあったな。これはまずいんじゃないかな?
まあ国がなくなっちゃったってぼくはべつに困らないけど。ニートだし。ニートに国なんか関係ないもんね。
「だけど盗賊か…これは困ったねえ」
「前回は戦争がないので兵も大勢いましたが…」
「どうりでポンコツしかいないと思った」
「そこにまさかの救世主さまが」
「え?ぼく?マジで?」
「そのように皆申しております。神のお使いと近隣の村々のものが」
あー、そうかー、布教活動ねー。ちょっと大げさに言ったんだけど、そこまで誤解するとはねー。いやもう取り消しきかないよねー。
「んで、その盗賊って多いの?」
仕方ないね。まあ十人くらいならぼくのステルスゴーレムでなんとかなるし。
「五百人くらいですね。ざっと」
さあ逃げる準備だ。もう急いでここを離れないとね。盗賊なんか相手にしてらんないよ。
「ど、どちらへ?」
こらこら、服の裾をつかむなつーのっ!
「さ、作戦会議に決まってるでしょう。まさか逃げるとでも思っていましたか!」
「そっちは出口ですから」
「あれえ?もうヤダヤダ。ぼくの方向音痴」
「はあ…」
どうにもこうにも切羽詰まった状態になった。五百人の盗賊の相手なんかできっこないだろ。
「だから言ったじゃない。ハッタリだけで世の中渡ろうなんて、虫が良すぎんのよ」
「そうは言うけどラフレシアちゃん、いままでうまくやって来たじゃない?ここも何とかならないかなあ。ねえ、ミローネちゃんも何か考えてよ」
「話だけ聞いてると、もうクズとしか思えないんですけど!」
言いすぎじゃん?それって言いすぎだよね?
「ラフレシア、それ言い足りなさすぎ」
なに言ってんだバカ精霊。
「じゃさあ、あんたのその精霊術でたくさん精霊召喚して盗賊と戦わせたら?」
「それムリ。こいつら戦うことはしないの。それに精霊って何が召喚されるかわかんないし。またこんなのだったら…」
ぼくとラフレシアはミローネを見た。
「そうね、ダメか」
「ちょ、ちょっと!なにあたしの顔見てガッカリしてんのよ!ぶっ殺すわよ」
「それができないから悩んでんじゃないか」
「あー、まあそうっすねー」
「いいな、おまえ。幸せそうなバカで」
「いやあ、照れる、わけねえだろボケ!」
「ふたりともやめなさい!それより盗賊をどうするかよ!」
ごもっともですラフレシアさん。
「で、いつ盗賊が襲ってくるかだけど…」
「町長が言うには三日間開かれる市の最終日だろうって。一番お金や物が集まるからだってさ」
「じゃあ二日間だけにして、あとは町の門しめちゃえば?」
「いいアイディアだけどそれはどうかな」
「なんでよ」
「やつら町に手下を必ずもぐりこませてるって。そんなのすぐに感づかれちゃうよ」
だいたい盗賊が来るのを知っててなんで市なんか開くんだろう?それっておかしくないか?
「これは探ってみる必要があるな」
「なんかかっこいいわね」
「うん、ちょっとイケてるかな」
「おまえらにも働いてもらうからな!」
さあそこで問題です。アホ町長、ヘタレ軍隊、そしてお気楽町民。こいつらに強引に市を開く能力なんて皆無だ。誰かいるな。それもきっと大物だ。そしてそいつは盗賊とつるんでるはずだ。
「まいどあり!」
「もう来ねえよ」
ぼくたちは武器屋を出た。すっげえ高かった。ぼったくりじゃね?
「なんだか悪いわね。でもこれすっごくいい剣よ。王族でもこんなの持ってないわ!高かったんじゃないの?」
「い、いいんだ。この前きみの大事な剣くれたお返しとお礼。ぼくは約束は守る男だ」
「うん、ちょっと惚れなお…」
「あ?」
「あん、なんでもない!」
ラフレシアは新しい剣でご満悦だ。まあ仕方ない。約束だし、剣がないとね、騎士は…。
騎士とは身分だ。そんじょそこらの平民がなれるものじゃない。だからああして下級貴族のぼくでも騎士になれたのだ。平民だったら兵にしかなれない。
ということで騎士はどんな所にも制約なく入れる。まあ、王都の王宮なんかは無理だけどね。
「で、あたしがいちいち金持ちんところに行かなきゃいけないわけ?」
「そのとおり。きみはガザン王国の騎士バレリナということにしてある」
「バレリナ?おかしな名前ね」
まあバレリーナからもじったからね。ほかに思いつかなかったの。深く追求すんな!
「まあどうでもいいっしょ。それよりやることはわかっているね?」
「うん。金持ちのやっている商会に行ってこの金貨を銀貨に両替してもらう。そして次のとこで銀貨を金貨に両替してもらう。これを繰り返す」
「いいですねえ」
「ってなんでこんな馬鹿げたことすんのよ?それにあたしじゃなくてもよくない?」
はあこれだからお嬢さまははほんと…。
「あのね、盗賊はまずお金を狙ってくる。だから盗賊とグルになっているやつは持ち金をどこかに隠すはずだ。いやもうすでに隠しているとみて間違いない。だからそれを確かめるのさ。こんな大金の両替だ、両替できなきゃそいつが盗賊とグルってこと。それにそんな大金を持ち歩けるのって金持ちか貴族だ。金持ちは顔がきっと知れている。だからきみさ」
「ま、まあ理屈はわかったわよ」
「それからこうも言ってくるはずだ。このお金を預けませんか、と」
「なんでそんなことわかるのよ?」
「きみが預けりゃ自動的に盗賊のものってこと」
「あ!」
ラフレシアはちょっとぼくを見直したようだ。
「そうしたら今度はミローネの出番だ」
「あたしは何をすればいいの?」
「簡単だ。預けたお金を取り戻す。かわりにこれだ。こいつを置いてきてね」
ぼくは袋に詰まった蛇口をみせた。
「こんなものどうすんの?」
「ああ、こいつは少しの衝撃で水が出るようにしてある。だから落とさないようにね」
「なんでこんなものを?」
「まあそのうちわかるさ」
「ふうん」
まあ市まであと二日。それまでのんびりしよう。飯でも食いに行くか。
「なかなか栄えてる町だな」
「王都が近いせいね、きっと」
「そんな王都に近いところで盗賊暴れんのか。どうなってんだかな、この国」
「さあね。あっ!」
急にラフレシアが立ち止まった。
「どうかした?」
「しっ、あれ見て」
教会のようだ。ずいぶん古めかしい。
「あれがライネントルフ教のやつらよ」
教会の入り口に黒の僧衣をまとった男たちが数人たむろしていた。信者だろうか、長い行列ができている。みんな供物を捧げに来ているようだ。だがみんなの表情は暗い。なんでだ?
「ああやって強引に供物を徴収してんの。出さなきゃ呪われるって。みんなそれを恐れて従っている」
「よく知っているな。誰か知り合いでもいるの?」
「前に話したでしょ?母があいつらに殺されたって」
「でもなんできみのお母さんがこいつらに?国が違うじゃん」
「母はこの国の前王の娘だったのよ」
「え?」
つまりラフレシアのお母さんはリスタリアの伯爵家に嫁いだダルメシアの王女だったのだ。むかしはダルメシアとは仲が良かったらしいのだが、ライネントルフ教団がはびこってから、そして前王が死んでから急速にその関係が冷えていったという。
「教皇ゼルセルという男のせいよ。あいつが何もかも悪いの。前王が病で倒れたとき、真っ先に駆けつけた母を捕らえ、異端の罪で処刑した。魔女だと言ってね。あいつらは魔法を恐れてるの。だって自分たちの力を脅かすからよ」
勝手なやつらだ。
「だからあなたがダルメシアに行くと聞いて、あたしもと思ったの。あいつらに一泡吹かせてやるって」
ぼくはちょびっとラフレシアの健気さに感動した。まあ、そのために何かしようとは思わないけどね。
それでもなんか気は重い。ラフレシアはずっと黙ったままだし、ミローネは…。
「ねえねえ、デリア!あそこにおいしそうな店があるよ!」
「おまえ、店食うのか?怒られるぞ」
「だれが食うかそんなもん!怪獣か、あたしは!」
まあ救いはこの天然百パーの精霊だな。
「こ、これはトム・ヤムさま!」
ん?
「あんたのことじゃないの?」
「え、ぼく?」
「こんなところにおわしましたか!先日はありがとうございました!」
「だれ?」
真っ黒に日焼けした農夫のようだ。だが覚えがない。
「いやですなあ、シシリア村のゴッピスですよ」
「ああー」
「そうですー」
「いや知らん」
だが村の名はかすかに覚えてる…ような気がする。
「ほら、子供たちにサッカボーという遊びを教えていただいたじゃないですか」
「ああ、サッカーね。そういや覚えてる。きみの息子だったね確か双子で。理想的なミッドフィルダーだったな。ふたりをウイングハーフに起用してから守備よりむしろ攻撃力が上がって、とくにトラップ力と速攻でのミドルシュートは…」
「おい!なに言ってんのかわかんないわよ!」
ラフレシアが怒った。よかった。ちょっと元気が戻ったようだ。
「で、なにやってんの?」
「ここの市に村の農産品を売りに」
「ああ、そうか。そいつはごくろうさま」
「教祖さまもお変わりなく。どうかまた村に来てください。お布施もたまっておりますよ」
おお、なかなかじゃん。え?教祖?なにそれ。
「おお!トム・ヤムさまだ!」
「おお、こんなところに!」
「きょ、教祖さま!」
すっごい人だかりになった。うわ、みんなぼくが奇跡と称して布教した村の連中だ。みんな服や腕に、ひどいやつは額にまで蛇口の絵を描いてやがる。これいったい何人ぐらいいるんだ?
「あーみなさん落ち着いて。今日みなさんに会えたのは幸いです。きっと神のお導きでしょう。みなさんに祝福を!」
「ハレルヤ!」
あ、これもぼくが教えたの。まあ異世界だからね、パクっても怒られないよね。
「どうなってんだ?」
「祝福だと?」
「供物も取らないでか?」
「そんなのありか?」
なんか町民どもが騒いでいる。祝福と言ったのがまずいのか?ぼくがいぶかしんでるんでゴッピスがそっと教えてくれた。
「ただで祝福なんてありえないからですよ」
「え?金とるの?」
「ライネントルフやほかの教団じゃ当り前ですよ。みんな横柄で横暴なんです。それに奇跡も起こせないのにお布施ばかりむしり取る。出さなきゃ呪われる、だ。だから蛇口教団にみんな入ってんです。お布施は気持ち。なんて清々しいんでしょうか。ですからもうわれわれ教団はすでに五万人ほどと」
「はあっ?」
「何を驚かれているのです?まだまだ増えてますよ。毎日倍増してますからね。しまいにはダルメシアの人口を越えますね、あっはっはっは」
なにがダルメシアの人口越えるだ!それちょっとまずくね?いやぜったいまずい!どうするぼく!だれか助けて!
驚いたことにどこも水不足。それはいつもの手で。うっひっひっひ、信者倍増!お布施も順調。いやあ、宗教やめられませんなあ。そのうちどこかに教団本部を構えて、お布施を徴収する者もおかないとな。
「というわけでトム・ヤムさま。どうかお力を」
なにがというわけなんだ?いきなり脈絡もなく話振るなよ。
「えと、トムヤムくんでいいよ。で、あんた誰?」
「もうお忘れですか?わたしはこの町の町長でセコイネンと申します」
嫌な名だな。まあこの名前はもう出てこない気がする。
「で、ぼくに頼みってこと?」
「そうさっきから申し上げている次第で…」
「どうしろっていうのよ」
「だーかーらー、盗賊にね、狙われてんだっていう話をさっきからね」
「盗賊?なんでまた」
いやこれはぼくの方がアホだ。盗賊の目的って金とか食料、あと女だな。この町はけっこう大きい。しかし駐留する軍隊は少ないし、しかもどう見てもポンコツだ。これじゃ狙ってくれと言っているようなもんだ。
「それが、毎年このガゼルの町では大きな市が立ちます。近隣の村々から農産物が集まり、そして各地の商人も来ます」
へえ、この町ってガゼルって言うんだ。知らなかった。
「つまりそこらじゅうからモノやカネが集まるってこと?」
「その通り!」
「そいつはヤバいんじゃない?そのときだけでも軍隊呼ぶとかさあ」
「それが…リスタリア王国とのいくさになるということで、そちらに兵が。いまはこのダルメシア中の兵が王都グリージアに集められております」
あれ?ぼくらいつのまにかダルメシア領に入っていたんだ。もう、国境線とかないからわかんないじゃないか。ちゃんと線引いておいてくれないとねっ!
※異世界人のあなたに解説――主人公はニッポンという世界から転生しています。そこは国土になんと国境がありません。だから国境のある国同士、そこには国境線というものが引かれていると思い込んでいます。実際、観光地でそういうものがあるところもあり、それが知識として知れ渡ってしまっています。これはマジです。
ぼくは誰に解説してんだ?
そうか、そうだったんだ。いつの間にかぼくらは敵地に乗り込んでいたのか。だけど待てよ?もう戦争準備始めちゃってんのか?そういや秋の刈り入れって時期を狙うんじゃないかってラフレシアと話したことあったな。これはまずいんじゃないかな?
まあ国がなくなっちゃったってぼくはべつに困らないけど。ニートだし。ニートに国なんか関係ないもんね。
「だけど盗賊か…これは困ったねえ」
「前回は戦争がないので兵も大勢いましたが…」
「どうりでポンコツしかいないと思った」
「そこにまさかの救世主さまが」
「え?ぼく?マジで?」
「そのように皆申しております。神のお使いと近隣の村々のものが」
あー、そうかー、布教活動ねー。ちょっと大げさに言ったんだけど、そこまで誤解するとはねー。いやもう取り消しきかないよねー。
「んで、その盗賊って多いの?」
仕方ないね。まあ十人くらいならぼくのステルスゴーレムでなんとかなるし。
「五百人くらいですね。ざっと」
さあ逃げる準備だ。もう急いでここを離れないとね。盗賊なんか相手にしてらんないよ。
「ど、どちらへ?」
こらこら、服の裾をつかむなつーのっ!
「さ、作戦会議に決まってるでしょう。まさか逃げるとでも思っていましたか!」
「そっちは出口ですから」
「あれえ?もうヤダヤダ。ぼくの方向音痴」
「はあ…」
どうにもこうにも切羽詰まった状態になった。五百人の盗賊の相手なんかできっこないだろ。
「だから言ったじゃない。ハッタリだけで世の中渡ろうなんて、虫が良すぎんのよ」
「そうは言うけどラフレシアちゃん、いままでうまくやって来たじゃない?ここも何とかならないかなあ。ねえ、ミローネちゃんも何か考えてよ」
「話だけ聞いてると、もうクズとしか思えないんですけど!」
言いすぎじゃん?それって言いすぎだよね?
「ラフレシア、それ言い足りなさすぎ」
なに言ってんだバカ精霊。
「じゃさあ、あんたのその精霊術でたくさん精霊召喚して盗賊と戦わせたら?」
「それムリ。こいつら戦うことはしないの。それに精霊って何が召喚されるかわかんないし。またこんなのだったら…」
ぼくとラフレシアはミローネを見た。
「そうね、ダメか」
「ちょ、ちょっと!なにあたしの顔見てガッカリしてんのよ!ぶっ殺すわよ」
「それができないから悩んでんじゃないか」
「あー、まあそうっすねー」
「いいな、おまえ。幸せそうなバカで」
「いやあ、照れる、わけねえだろボケ!」
「ふたりともやめなさい!それより盗賊をどうするかよ!」
ごもっともですラフレシアさん。
「で、いつ盗賊が襲ってくるかだけど…」
「町長が言うには三日間開かれる市の最終日だろうって。一番お金や物が集まるからだってさ」
「じゃあ二日間だけにして、あとは町の門しめちゃえば?」
「いいアイディアだけどそれはどうかな」
「なんでよ」
「やつら町に手下を必ずもぐりこませてるって。そんなのすぐに感づかれちゃうよ」
だいたい盗賊が来るのを知っててなんで市なんか開くんだろう?それっておかしくないか?
「これは探ってみる必要があるな」
「なんかかっこいいわね」
「うん、ちょっとイケてるかな」
「おまえらにも働いてもらうからな!」
さあそこで問題です。アホ町長、ヘタレ軍隊、そしてお気楽町民。こいつらに強引に市を開く能力なんて皆無だ。誰かいるな。それもきっと大物だ。そしてそいつは盗賊とつるんでるはずだ。
「まいどあり!」
「もう来ねえよ」
ぼくたちは武器屋を出た。すっげえ高かった。ぼったくりじゃね?
「なんだか悪いわね。でもこれすっごくいい剣よ。王族でもこんなの持ってないわ!高かったんじゃないの?」
「い、いいんだ。この前きみの大事な剣くれたお返しとお礼。ぼくは約束は守る男だ」
「うん、ちょっと惚れなお…」
「あ?」
「あん、なんでもない!」
ラフレシアは新しい剣でご満悦だ。まあ仕方ない。約束だし、剣がないとね、騎士は…。
騎士とは身分だ。そんじょそこらの平民がなれるものじゃない。だからああして下級貴族のぼくでも騎士になれたのだ。平民だったら兵にしかなれない。
ということで騎士はどんな所にも制約なく入れる。まあ、王都の王宮なんかは無理だけどね。
「で、あたしがいちいち金持ちんところに行かなきゃいけないわけ?」
「そのとおり。きみはガザン王国の騎士バレリナということにしてある」
「バレリナ?おかしな名前ね」
まあバレリーナからもじったからね。ほかに思いつかなかったの。深く追求すんな!
「まあどうでもいいっしょ。それよりやることはわかっているね?」
「うん。金持ちのやっている商会に行ってこの金貨を銀貨に両替してもらう。そして次のとこで銀貨を金貨に両替してもらう。これを繰り返す」
「いいですねえ」
「ってなんでこんな馬鹿げたことすんのよ?それにあたしじゃなくてもよくない?」
はあこれだからお嬢さまははほんと…。
「あのね、盗賊はまずお金を狙ってくる。だから盗賊とグルになっているやつは持ち金をどこかに隠すはずだ。いやもうすでに隠しているとみて間違いない。だからそれを確かめるのさ。こんな大金の両替だ、両替できなきゃそいつが盗賊とグルってこと。それにそんな大金を持ち歩けるのって金持ちか貴族だ。金持ちは顔がきっと知れている。だからきみさ」
「ま、まあ理屈はわかったわよ」
「それからこうも言ってくるはずだ。このお金を預けませんか、と」
「なんでそんなことわかるのよ?」
「きみが預けりゃ自動的に盗賊のものってこと」
「あ!」
ラフレシアはちょっとぼくを見直したようだ。
「そうしたら今度はミローネの出番だ」
「あたしは何をすればいいの?」
「簡単だ。預けたお金を取り戻す。かわりにこれだ。こいつを置いてきてね」
ぼくは袋に詰まった蛇口をみせた。
「こんなものどうすんの?」
「ああ、こいつは少しの衝撃で水が出るようにしてある。だから落とさないようにね」
「なんでこんなものを?」
「まあそのうちわかるさ」
「ふうん」
まあ市まであと二日。それまでのんびりしよう。飯でも食いに行くか。
「なかなか栄えてる町だな」
「王都が近いせいね、きっと」
「そんな王都に近いところで盗賊暴れんのか。どうなってんだかな、この国」
「さあね。あっ!」
急にラフレシアが立ち止まった。
「どうかした?」
「しっ、あれ見て」
教会のようだ。ずいぶん古めかしい。
「あれがライネントルフ教のやつらよ」
教会の入り口に黒の僧衣をまとった男たちが数人たむろしていた。信者だろうか、長い行列ができている。みんな供物を捧げに来ているようだ。だがみんなの表情は暗い。なんでだ?
「ああやって強引に供物を徴収してんの。出さなきゃ呪われるって。みんなそれを恐れて従っている」
「よく知っているな。誰か知り合いでもいるの?」
「前に話したでしょ?母があいつらに殺されたって」
「でもなんできみのお母さんがこいつらに?国が違うじゃん」
「母はこの国の前王の娘だったのよ」
「え?」
つまりラフレシアのお母さんはリスタリアの伯爵家に嫁いだダルメシアの王女だったのだ。むかしはダルメシアとは仲が良かったらしいのだが、ライネントルフ教団がはびこってから、そして前王が死んでから急速にその関係が冷えていったという。
「教皇ゼルセルという男のせいよ。あいつが何もかも悪いの。前王が病で倒れたとき、真っ先に駆けつけた母を捕らえ、異端の罪で処刑した。魔女だと言ってね。あいつらは魔法を恐れてるの。だって自分たちの力を脅かすからよ」
勝手なやつらだ。
「だからあなたがダルメシアに行くと聞いて、あたしもと思ったの。あいつらに一泡吹かせてやるって」
ぼくはちょびっとラフレシアの健気さに感動した。まあ、そのために何かしようとは思わないけどね。
それでもなんか気は重い。ラフレシアはずっと黙ったままだし、ミローネは…。
「ねえねえ、デリア!あそこにおいしそうな店があるよ!」
「おまえ、店食うのか?怒られるぞ」
「だれが食うかそんなもん!怪獣か、あたしは!」
まあ救いはこの天然百パーの精霊だな。
「こ、これはトム・ヤムさま!」
ん?
「あんたのことじゃないの?」
「え、ぼく?」
「こんなところにおわしましたか!先日はありがとうございました!」
「だれ?」
真っ黒に日焼けした農夫のようだ。だが覚えがない。
「いやですなあ、シシリア村のゴッピスですよ」
「ああー」
「そうですー」
「いや知らん」
だが村の名はかすかに覚えてる…ような気がする。
「ほら、子供たちにサッカボーという遊びを教えていただいたじゃないですか」
「ああ、サッカーね。そういや覚えてる。きみの息子だったね確か双子で。理想的なミッドフィルダーだったな。ふたりをウイングハーフに起用してから守備よりむしろ攻撃力が上がって、とくにトラップ力と速攻でのミドルシュートは…」
「おい!なに言ってんのかわかんないわよ!」
ラフレシアが怒った。よかった。ちょっと元気が戻ったようだ。
「で、なにやってんの?」
「ここの市に村の農産品を売りに」
「ああ、そうか。そいつはごくろうさま」
「教祖さまもお変わりなく。どうかまた村に来てください。お布施もたまっておりますよ」
おお、なかなかじゃん。え?教祖?なにそれ。
「おお!トム・ヤムさまだ!」
「おお、こんなところに!」
「きょ、教祖さま!」
すっごい人だかりになった。うわ、みんなぼくが奇跡と称して布教した村の連中だ。みんな服や腕に、ひどいやつは額にまで蛇口の絵を描いてやがる。これいったい何人ぐらいいるんだ?
「あーみなさん落ち着いて。今日みなさんに会えたのは幸いです。きっと神のお導きでしょう。みなさんに祝福を!」
「ハレルヤ!」
あ、これもぼくが教えたの。まあ異世界だからね、パクっても怒られないよね。
「どうなってんだ?」
「祝福だと?」
「供物も取らないでか?」
「そんなのありか?」
なんか町民どもが騒いでいる。祝福と言ったのがまずいのか?ぼくがいぶかしんでるんでゴッピスがそっと教えてくれた。
「ただで祝福なんてありえないからですよ」
「え?金とるの?」
「ライネントルフやほかの教団じゃ当り前ですよ。みんな横柄で横暴なんです。それに奇跡も起こせないのにお布施ばかりむしり取る。出さなきゃ呪われる、だ。だから蛇口教団にみんな入ってんです。お布施は気持ち。なんて清々しいんでしょうか。ですからもうわれわれ教団はすでに五万人ほどと」
「はあっ?」
「何を驚かれているのです?まだまだ増えてますよ。毎日倍増してますからね。しまいにはダルメシアの人口を越えますね、あっはっはっは」
なにがダルメシアの人口越えるだ!それちょっとまずくね?いやぜったいまずい!どうするぼく!だれか助けて!
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