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強さのひみつ

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「でやぁぁぁぁぁっ!!」

アルフロッド王子のもの凄い気合とその力を感じる。絶叫に近い。声だけで三人は倒せんじゃない?というくらいすごい声だ。正直うるさい。

ガキン!

それはぼくの剣に、その薄い刃に王子の剣の切っ先が止められていた。突風は轟音を残して消えた。まわりにいた人たちはみんな頭を抱えて地面に突っ伏している。立っているのはぼくと王子と、そしてぼくが庇ったラフレシアだけだ。

「どうして…だ…」

王子は死にそうなくらい衰弱していた。ようやくそれだけ絞り出して言ったみたいだ。

「あら、面白いことしてるわね」

ネクロが帰ってきていた。後ろに死霊をぞろぞろ連れている。それまだいるんか!とりあえずそいつら消せっ!死霊見つかったらやばいからどっかにやっとけ!ぼくは心でそうネクロに言った。えー、という顔をしてたが、渋々従うようだ。

「や、やあネクロ、お帰り。いろいろ助かったよ」
「あたしこそひさびさに楽しかった。お礼を言うのはこっちよ」

やっぱ死霊で遊んでいやがったんだ。こんにゃろめ。

「ところでそいつ、どうしたの?」
「ああ、アルフロッド王子っていうんだぜ。見るからにイケメンで嫌なやつだろ」
「あんたイケメンに反感あるってモロ聞こえしてるよ」

だってそうなんだもん。

「基本イケメンは敵だからね」
「そんなこと言ってると女の子みんな敵にまわすわよ?」
「それはいやだな。善処します。イケメン万歳」

主義をすぐ変えるのもニートのいいところ。いや特権です。

「ふ、ふざけた…やつだ…」

そう言ってついに王子は倒れた。力尽きたのだ。あらら。

「アルフロッド王子!おのれ!王子の仇!」

ゼネリスがそう言って剣を抜いてかかってきた。ああ、ついに恐れていたことが!王子だけならまだしも、こいつはダルメシア最強の剣士だったんじゃないか!

なーんてね。あーこいつ、いままでの見てなかったのかなあ?まだ気がつかないのか。まったくしょうがないレベルだね。

などと言ってもわからないのは当たり前だ。ぼくは強くなんかないからだ。強ければ絶対誰かを直接的に傷つけたり殺したりしてしまう。天国契約を破棄されてしまう。弱いままで勝たなくて、それでもぼくが生き残る方法。

それがあのスキルに願ったこと。三日間あるうちの二日間分をそれに使った。

ぜったい勝たない
ぜったい負けない


ただそれだけ。勝つのがダメなら負けなきゃいい。平和的解決なら最初、引き分けということを考えた。だがそれじゃ同等の傷を負う。下手すりゃ両方の死、ということも引き分けの定義に入ってしまう。それじゃ意味がない。ニートは死ぬのが一番嫌いだ。

勝負で勝たず負けないって、引き分けか、そもそも勝負自体をしないことか、それだけだ。はじめからゼロなのだ。ゼロになにしてもゼロはゼロ。相手がシャカリキになればなるほどその力は相殺される。ぼくはなんら苦労することなく勝負しない状態を保てる。したがって相手は消耗し、自滅する。結果的に見ればぼくの勝ちに見えるだろうが、相手は傷ついていないし死んでもいない。そもそもかかって来なけりゃそんなことにもならない。ぼくのせいじゃない。高速道路に飛び込んで百キロで走るトラックに全速力で体当たりするようなものだ。

まあ逆に言えば、ぼくが赤ん坊としケンカをしても、ぼくは絶対に赤ん坊に勝てない。これが天国ロジックなんだ。もっとも、赤ん坊とケンカする段階でぼくはもう人間終ってるから、もうぼくの負けだけどね。でも負けないからどうなるのかな?今度試してみよう。

などとつらつら考えていたら、バタッとひとが倒れる音がした。

「おおおー!」

大勢のひとの感嘆の声が続いた。あれ?ゼネリスっていうやつが倒れてる。ああ、力尽きたのか。気の毒に。

「バッカみたい。デリアのそのスキルに敵うわけないのにね」

ネクロは知っているのか?ぼくの天国スキルのこと。

「まったく、どんなスキルかわかんないけど、空間異常値だけはごまかされないのに」

ああ、そういうこと。スキル自体はわかっていないのね。スキル発動時は空間そのものが異常になる。だからぼくはすべての攻撃をかわせるし受け止められる。それは見事に自動的に、だ。最強と言った意味がわかるかな?

「あのさ、ぼくの秘密をみんなの前でそうベラベラしゃべらないでくれる?」
「すんません」
「わかればよい」

実害ないし、また例えそれ知ったからってどうすることもできないもんね。

「すごい!デリアあんな強そうな人たち倒しちゃった!やっぱあんたできる子だったのね!」
「ぼくが倒したんじゃないよ、ラフレシア。それに彼らは負けていない。勝手にやめたんだ」
「なにそれ言っている意味わかんない」

まあいいか。さあ、おなかもへったし宿屋に帰って何か食べよう。まあ、あのミートパイだけどね。

「さあ、みんな解散解散!」

散れ、ホレどっか行け!

「トム・ヤムさま!どうか宴を!お祝いをさせてください!町を守ってくださった救世主さまにお礼をいたしませんと、神のばちが当たります!」

い、いや、神はそんなめんどくさいことはしないと思うよ。

「気さくにトムヤムくんでいいよ。いやー困っちゃうなー」
「そうおっしゃらず、ぜひぜひ!」
「お言葉はありがたく受け取っておきます。ですが今宵は少々疲れました。また明日にでも、祝ってくれませんか?」

明日になったら逃げちゃうけどね。

「わかりました。明日、支度をいたしましょう。町中挙げて盛大なる祝いの宴をいたしましょう!」

町の人や農民、そして商人たちはペコペコお辞儀をし、振り返り振り返り帰って行った。そのころには王子たちも息を吹き返していた。まだヘロヘロだったけどね。地面に座り込んで大きなため息をついていた。

「ああ、不覚を取った。だが、なぜか負けた気がしない…」

そりゃそうだ。負けていないんだもんね。

「お、王子、わたしも剣士として腕を磨き、そして境地に達したと…思いあがっていました。まったく上には上がいる。まるで勝負にならなかった。まったく恥じ入るばかりです」

勝負してないし―。ってかそんなに深刻になんなくてもいいのに。

「バルキリーどの、いや、デリアどのと申されたか。もはや貴殿はこのふたりの命、どうすることもできます。いかようにもしてください」

そう言ってアルフロッド王子は地面に手をついた。そんなもんどうしたくもないんですけど。

「アルフロッド王子、お手をお上げください。ぼくはあなたたちの命を求めません」
「そんな…」

わかっている。武人なら情けこそ恥辱。敵に命を助けられるなんて恥でしかないと考えているんだろう。こいつらほっといたら自殺してしまうかもしれない。まあ、そうなってもぼくのせいじゃない。きっかけはぼくかもしれないが、高速道路に飛び込んできたやつが悪いのだ。

そうは言っても、ほんとにそんなことされたら目覚めが悪い。とはいえ、恨まれて化けて出て来られても、ぼくにはネクロちゃんがついているから平気だけど。

「ではいたしかたありません…」
「じゃあぼくのお願いを聞いていただけませんか?」
 
王子たちは二人顔を見合していた。

「な、なにをすればいいのでしょうか…?」

よしよし乗ってきた。まあ、命は惜しいんだ。くだらない掟や主義、信条で死ぬのなんかバカバカしいって。と考えるニートだった。

「あの盗賊団さ。あいつらと、教団のやつら。あとはあのアホ将軍をしょっ引いて行ってくれませんか?」

邪魔だし。あれ?また二人、顔を見合わせた。何こいつら、BL関係?気持ち悪い。

「そうは言ってもわたしの父、いや国王はやつらの思いのままに操られている。こいつらをしょっ引いて行ったってこっちが逆賊の汚名を着せられてしまう」

まあそうだろうね。どのみちこの人たちの命はない。まあ気の毒っちゃ気の毒だけど、ぼくは関係ないからなあ。

「やっぱりここはひとおもいに…」
「王子、お供します」
「ゼネリス、すまん」
「何をおっしゃいます。このゼネリス、常に王子のおそばにと。これこそ武人の誉れ、臣下の喜び!」
「ああゼネリス!」

あーなに盛り上がってるのかな?

「あっはっはっは、まあそれくらいにしましょう、王子、ゼネリス」
「ハインツェ?」

忘れてたー、こいついたんだー。ねっから食えないやつだと思ってたんだ。王子やゼネリスとの対決のとき、こいつは眉一つ動かさないで見ていた。そして確信していた。王子たちは勝てないって。知っていたんだ。なぜかは知らないが、こいつぼくが王子たちを絶対殺さないって、だから一言も、いや手を出そうともしてこなかった。

「この勝負はわたしが預かりましょう。その方がいいでしょう…ねえ、デリアさん?」
「え?ええ」

マジくえねー。計算している。こいつが勝負を預かることでリターンマッチの権利を得るのと、そして何よりも王子たちの命を救った。そうすりゃ自殺なんてできないからね。再戦するのに自殺したらそれこその不名誉だ。

「ではどうすりゃいい?どう転んだところで父上には逆賊の汚名を着せられるんだぞ!」
「お父上に、ではございません、殿下」
「い、いやそういう話だろ」

いかん、またぼくのニートセンサーが警報を鳴らしている。このままここにいちゃいけないって。今回は早いぞ。褒めてあげなくちゃ。

「ということでデリアどの、お力をお貸し願えますでしょう?」

バカバカ!遅かったよぼくのニートセンサー!

「な、なんでぼくが?っていうか、ぼくはあなたたちの言う敵国人ですよ?あなたたちに協力するいわれはないんじゃないですか?」

ここはおかしな詭弁を弄するより、正論で切り抜けなくっちゃね。ああいう策士然とした人にはこの手しかない。

「それはおかしいですね。そもそもなんであなたたちはここに?敵国人たるあなたが何ゆえに?」

う、そこをつかれたか。こいつ、なにを知っているか知らないが、ぼくの弱みだけは見抜いているようだ。ぼくが嘘をつかないってことを。だからこの質問はキツイ。こんにゃろめ。まあ反す方法はいくらでもあるけどね。

「ぼくはあなた方を敵だとは思っていませんよ。だからここにいてもおかしくありません。すべては蛇口教の教えのため。神のお導きに一片の曇りもありません」

どうだー、やったねー。転生前はエリートサラリーマン。プレゼンには絶対の自信があります。

「あくまで布教活動だと?そうおっしゃりたいのですね」

うっわー、なにこいつ。まだ奥の手がありそうな口ぶりじゃないか。こんなの相手にしてたら、こっちの化けの皮なんてあっという間に剥がされる予感。

「ねえデリア、そんなの放っておいて行きましょうよ」
「そうですよ。時間の無駄です」

ナイスタイミングだラフレシア、ジークのオッサン。

「おふたかたは…リスタリアのお方たち、ですよね?」

しまったー、嘘つくように言うの忘れてた!おまえらは嘘ついてもいいんだぞ!

「いかにもだけど、あたしはこの人の恋人なの。だから国は関係ないの」
「ほう」

さすがラフレシア。できる女の子だ。

「俺もこのおねえちゃんと一緒だ」
「あなたもデリアさんの恋人なんですか?」
「ちがーう!どうしてそうなる!一緒の意味が違うだろ!国は関係ねえってとこだ!」

あーオッサンだめだー。そんなに感情的になったらこのハインツェっていうやつの思うつぼだー。これは何とかしないと。

「オッサンはぼくの教団の司祭なんだ」
「ほー、そうでしたか。これは失礼」

あ、これ失敗したかも。むしろあくまでBL路線にしとけばよかったんじゃないかな?

「いや、その、なんというか…」
「司祭ならばこの度のライネントルフ教団は許せませんよね?」
「それはぼくらには関係ないことで…」
「わたしは司祭さまにお聞きしているのです。本当に司祭さまであれば、ね」
「本当とは何事だね、疑っているのかね?」

やめろオッサン、相手にするな!とぼくは目で合図を送った。オッサンは見てないけどね。

「あなたはこのまま見過ごすのですか?このよう信者の財産や命が奪われそうになっていても」
「ゆ、許しがたき所業。信仰者を守るべきものが盗賊のまねをし、あまつさえ信者から生命財産を奪おうなどと言語道断!」

それ以上しゃべるなーっ!

「ならば放っておけませんよね?」
「お?おお」
「フィフスタイン、こっちに来てくれ」
「?」

ああー、奥の手だな、あれ。しかもぼくじゃなくあのオッサンに使うとは。やはりとんでもない策士なんだ、あのハインツェっていうやつは。

「こいつはフィフスタイン。わがダルメシアの騎士にして蛇口教の信者です」
「え?」

みれば若い騎士を先頭に三百人くらいの兵がそれにしたがっている。

「みなデリアくんのしもべ、ですよ」
「ええ?」
「よもやお見捨てに、なりはしませんよ、ね?」


話はとんでもない方向に向かおうとしていた。


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