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王都グリージア

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ああそうですよ。後悔してます。ニートはね、いつも後悔してるんですよ。夜中に目が覚めたとき、今日一日を後悔する。朝いやいや目覚めたとき、なんでまた一日が始まるんだと後悔する。

まあ、そんなの一秒後には忘れちゃうんですけどね。猫以下です。

でも今日のぼくは、ずっと後悔していました。もちろんこの世界に生まれてからの十三年間のことも、こうしてわけのわからないうちに敵国の王都まで、ぞろぞろとわけのわからない者たちと行かなきゃならないことも、そしてラフレシアのことも…。

もうちょっと優しくしてあげればよかったのかな?いや、そもそもぼくがクズだったからいけないんじゃないのかな?いったいぼくはどうすればよかったのかな?

「そう落ち込むな、小僧」
「オッサン…」
「オッサンじゃねえよ、ジークだ。それより小僧、大したもんじゃねえか。死霊の大軍に魔獣の大軍。王都からやってきたダルメシアの軍隊は、みんなビビっちまって近づいても来れやしねえ。笑っちまうぜ」
「ぼくも小僧じゃないですよ、ジークさん」
「おお、すまん。そのデリアさまがこんなすごいことをなさってんるんだ。俺たちの国のやつが知ったらたまげるぜ」

べつにぼくの国のためにやってるわけじゃないんですけどね。成行きでしょうがなくやってんですよ。


それはどう見ても異常な行進だった。

亡霊の群れ…死者の行列…幽霊が飛び交い、死霊が踊る。その周りを無数の魔獣が走り回る。そのあとを大勢の人間が申し訳なさそうに進んでいる。ぼくのステルスゴーレムくんは、その行進を助けるように目前の森や荒れ地をきれいに整地している。もちろん誰の目にも見えない。

「ちょっとこれって王都まで無敵よね?すっごいわ。あのミローネとネクロちゃんて本当にすっごいのねー」

そうラフレシアは言ってくれる。べつにぼくは褒められてないんだ。いいけどね。

「アルフロッドもさー、感心してんのよ。これなら王都までたどり着けるって」

もう、そういう呼び方するんですね、恋する乙女。なぜかぼくはどこかに置き去りにされた気分です。なんだか自分の存在が、大好きなトンカツに添えられたキャベツの千切り…いや、パセリみたいなものに思えてしまう。

ぼくはこうしてここにいるんだよ。

「王都に入ってからが問題だよ。幽霊や魔獣で王都を制圧したって、誰の共感も得ない。むしろ反感を買うだけさ」
「そこはあんたがチャチャっと教皇を倒しちゃえばいいんだし」
「なにお気楽なこと言ってんだよ。そんなの無理に決まってる。相手は虎視眈々とぼくらを待ち構えてるさ。場合によっては魔法で攻撃されるかもしれない。いや、あの女は大規模魔法も使えるようだ。そんなものに幽霊たちや魔獣はともかく、人間のみんながさらされたら大変なことになるよ」

あの女盗賊、女豹ミランダは火炎系の魔法使いだ。ぼくに魔法は効かないが、広範囲に魔法を放たれたらとてもじゃないが守り切れない。

「じゃあ、みんな安全なところにいて、あんたが王宮に乗り込めばいいって話じゃない」

ぼくが?ぼくが一人犠牲になれって?よくそんな…いやそうなんだ。大事な王子を…そうだよな。ぼくみたいな無気力最低ニートのクズが、役に立つって…そういうことなんだね。

「そうだね。ぼくが行けばいいんだからね…」
「なんかあんた昨日からおかしくない?」

きみがそれを言ってはいけないよ。ぼくの変化をどうしてきみが気づくのか…そういうのって…絶対ダメだよ。

ぼくはあきらめたんだよ。いろいろな意味で。だからぼくのスキル『一日一回』も、ぼくのために使っちゃいそうなんで…もちろんぼくときみが、みたいなことで…だから昨日も今朝も、きみたちの幸せにって、そう祈って使った。ぼくといて不幸になるより、王子と幸せになる方が、いいに決まってるじゃないか。

「おかしくないよ。ふつーだよ」
「左」
「はい?」
「あんたなんか誤魔化そうとするとき、ぜったい左上見んのよね」
「う」

心はごまかそうと必死だったが、ぼくはすでにあきらめていた。もうぼくがぼくであること自体、あきらめていた。

「デリア、王都だ」

そうジークのオッサンの声に助けられた。目の前に現れたのはきらびやかな王都。城壁に囲まれた都市。そしてその中央にたつ瀟洒な城。王都グリージアだ。

「楽しいピクニックもここまでか」
「がんばろうね、デリア」
「がんばろうねって、きみはここにいろよ。王子と」
「はあ?なんでよ?」
「なんでって…」

ラフレシア、気持ちはありがたいよ。でもそういうのって、もっとぼくを落ち込ませる。ぼくはね、ぼくであり続けるため、そしてきみを吹っ切るため、ぼくは行くんだから。

「まあ好きにすれば。あんたは強いんだから、あたしは足手まといよね」

そうじゃないんだ。ああ、なんて言ったらいいんだ?ああぼくは何でこんなところでひねくれてるんだ?

「行くよ。あの女の気配が強い。きみは王子を守って」

心にもないことを言っちゃったよ。ぼくの人生で最悪なセリフだよ。ぼくの言葉に嘘はないけど、いま心に嘘をついた。



ひとり、王都の門をくぐった。なぜ門が固く閉じられていないのか?それはすでに町は死霊たちに占拠されているからだ。市民は家から出ない。死霊がそこら中にいるからだ。

とことことネクロがついてきた。

「もうあたしたちに歯向かう人間はいない。あとはあの王宮にいる魔法使い。あんたがどうしたいかわからないけど、あたしはあいつを殺して、屍にしてあたしのペットにしたい」
「ネクロマンサー的には健全な考え方かもしれないけど、殺してペットとかありえないから」
「殺さないといけない。じゃないとあんたが殺される。主人のあんたが死んだら…」
「ぼくが死んだら?」
「想定していない。あんたがいないと困るのは確かだが、自分でもよくわからない。ただなんとなく、このコートの裏に張り付けている数千億の死霊の魂を、この世にばらまいてしまおうかと思っている」

意味わかんないよ!こいつ、数千億の死霊で運動会?盆踊り?ありえねえー。

「それってここにいるやつらみたいに害のない連中だろ?」
「死霊に害のないものなどいない。みなこの世に未練を残し、恨みや苦しみをかかえて死んだ者たち。天国にも行けず地獄にも行けない。どいつもこいつも生者を見ればすがり着き執着し怨みの焔を燃え立たせる。祟り憑りつき殺すことしかあいつらにはない」

いやな話だ。生きているときはさんざん苦汁をなめ、怨嗟とともに死ねば死後も呪怨のなかでさ迷わなくちゃならないのか。

「なんでお前の死霊は害がないのさ」
「あたしがそうしているからさ。あんたがそう望むから。あたしが死霊を解放すれば、それはすべて悪霊となり世を滅ぼすだろう」

神さまごめんなさい。ぼくはとんでもない子を召喚してしまいました。

「で、できればそれは持続してほしいものですね」
「あんたがこのさき死ななければ、それは保証される」
「がんばります」

人類のために。

「ヤッホー!」

ミローネが魔獣に乗ってこっちに来た。ミローネには王都の兵隊たちをけん制するように頼んだのだ。

「首尾はどうだい?」
「バッチリよ。兵たちは兵舎から一歩も出られなくしてある」
「怪我はさせてないよな?」
「ぬかりないわ。まあ破れかぶれになった兵が飛び出してきても、相手にしちゃダメと言ってある。とはいえお腹をすかせた野生の魔物だから、どこら辺まで言うことを聞くかは彼ら次第ということね」

兵隊さんたち、兵舎から出ないでー。

「じゃあ王宮に、行きましょう」
「あれ?ずいぶん積極的じゃないの」

ミローネがおかしそうにそう言った。

「早く終わらしたいだけ。ニートはね、自分のため以外に使う時間は惜しいの。ぼくはもうこんなところとサヨナラして、どこか暖かいところに行くんですから」
「暖かいところって、これから冬だぞ。もうそんなところはない」

ネクロが呆れたようにそう言った。

「え?南とか行けば暖かいんじゃないんですか?」

ミローネとネクロは二人そろって首を振った。どうなってんだよこの惑星!もしかしてここ惑星じゃないのか?

「まあいいよ。どこだってここよりはましかもしれないし」
「どこまでもクズの言い分だな」
「クズだな」

はいはいわかってますよ。どうせそうですよ。まあこれがほんとに片付いたら、ぼくは当てのない旅に出ようと思う。この精霊と死霊使いの契約を解除してね。こいつらには自由を与える。いままでの給料がわりってことで。そしてほんとにひとりになったぼくは、どこかでニート出来そうな場所を見つけるんだ。暖かくて働かなくてもいい、天国みたいな場所。もう、天国でも構わないんだけど、また転生させられたら嫌だし、できれば寿命まで無職無気力人生を謳歌したい。

「あれ?ツッコミ入れないんですか、ふたりとも」
「それどころじゃない。あれ見ろ」
「最悪だぞ」

王宮の大きなテラスに人が三人立っていた。そのまわりを真っ黒な火焔が取り囲んでいる。

「黒い炎?に見えるけど?なにあれ!」
「暗黒炎といって冥界の火焔魔法だ。最悪な秘術とだとも言える。あの女盗賊がどうやってこの技を得たかはあとでゆっくりと考えることにして…それも生きてたらってことで」
「なんだそれ。そんなに恐ろしいものなんですか?」
「それ見て生き残った者はないとされる。よかったな、おまえが初かも知れない」
「意味わかんない!ちゃんとわかるように説明してよ」
「あーそれな。まあつまり…ある化学種が直接反応して最初の段階で遷移状態を作り出し生成物に至る化学反応、ってことだ」

化学でいう素反応のことらしい。燃焼とは酸化である。だがそれは不完全な化学変化でもある。完全な形の化学反応において物質収支が、質量保存則を超えた基を持たない元素によって急速に化学結合が解裂し、エネルギーを連鎖的な高速爆轟状態になりうる状態?いまぼくに考えられるのはひとつしかない。

どうしたら魔法でウラン濃縮ができるのか。いや、そもそもその物理学理論をどこで知ったのか?まあ、核分裂など日常些末な現象で、あえて言えば魔法という精神と物質の均一性がもたらした非日常的で非科学的な変化、ということなら物理のあらゆる法則を無視するなんてことは可能なんだろう。

でもぼくは、いま垣間見えるあの憎悪に打ち勝たなくてはならない。それがこの世界の、あらゆる人々の正義のためなんだから。

「ねえ、ミローネ。あの暗黒炎を破る方法知ってる?」
「さあ、知らないわ。ただの焚火だったら水かけりゃ消えるけど、物質の根幹についた火を消す方法なんてあたし知らないから」

それって核分裂のことかな?やっぱ来なけりゃよかった。



「やっと来たか、クソガキ!待ちくたびれちまったよ!」

女豹ミランダさんはご立腹のようです。ああ、ぼくもう死ぬの?



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