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ぼくの最大奥義!

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「デリアっ!何すんの?あんたまさか…危険なことはやめて!」
「ラフレシア…いいかよくお聞き。彼は世界最強の勇者なんだ。なまじの力じゃ勝てないし話も聞けない。ここはこうするしかないんだ」
「それ、あんたに負担がかかるんじゃ?」
「まあね。ぼくの精神が持つかどうか…いやもうそんなことを言ってはいられない。国のみんなが待っているんだ。ぼくが何とかしなくちゃ」
「じゃあミローネやネクロちゃんたち、あたしも戦うわ!」
「そんなに優しい相手じゃないんだ。魔王と対決した方がいいくらいさ」
「デリア…」
「お願いだ…みんな目を…閉じていてくれ。すさまじい光景に、みんなの心を凍りつかせたくない」
「わかったわ。頑張ってね、デリア」
「デリア、死なないでね」
「ありがとう、ミローネ」
「あんたならできる。だからまた手を繋いでね、デリア」
「いい子だな、ネクロ」
「パパ、死んじゃ嫌だよ。せっかくリヴァのパパになってくれたのに」
「大丈夫。絶対死なないよ、リヴァ」
「ほんとにいいのか、その…」
「オッサンはしゃべんなくていいです」
「あ、そう」

ぼくは勇者に振り返った。彼は不思議そうにぼくを見た。そりゃそうだ。だってぼくはただの人間だもん。そりゃ錬金術師だの精霊使いだの、おかしな力は持っているけど、どれも勇者にかなう力じゃない。だがぼくは誰にも負けないものがある。まあそいつが通用するかはわかんないけど、とにかくやってみるしかない!

「勇者オルフェス!」
「来るか」
「あ、いや、勇者オルフェスさんっ!」
「かかってきたまえ!」

オルフェスは身構えただけだ。剣は持っていない。剣などなくてもぼくに勝てるってことか。当たってるだけになんか悔しい。

「この通りです!」

ニートが頭を下げるなんて、鼻で呼吸するくらいのようなことです。もう土下座だろうが相手の靴を舐めることなんかまったく平気です。これがぼくの最大奥義、『卑屈』だ。

「や、やめろ…何してんだきみは!」

おお、うろたえてるうろたえてる。強い敵しか相手にしてこなかった勇者にとって、このぼくの奥義はインパクトあるはずだ。もうハッキリ言ってスライム以下だからね。よーし、とどめだ!

「勇者さま、どうかあああああああああ」
「やめろおおおおおおおおおおおおおお」

もう真っ赤になった勇者は恥ずかしさを通り越し、どうしようもない自己嫌悪に陥る。あらゆる物理攻撃や魔法攻撃に耐性を持つ勇者には、この弱者の武器、精神攻撃しかないのだ。

「おねがいしますううううううううう」
「やめてくれえええええええええええ」

ふう、なかなかしぶといな。ここはもう土下座しかないか。

「なにとぞおおおおおおお…」
「はいはいそこらへんにして、みなさんお茶入れましたから召し上がりましょう」
「はあ」

勇者の奥さんがおいしそうな香りのお茶を入れてくれた。あ、お菓子まである。

「もういい加減にしてくださいね。笑っちゃって見てられなくなります」
「すいません」
「ああ、わたしも調子に乗った。ああいった攻撃はなかなか見たことないからな」

勇者もなんかばつが悪そうだ。そうでしょうとも。あんなことされりゃあ誰だって困惑する。正義を標榜する人間にはこれが一番効く。まあこれもニート道を極めないと体得できない技なんですよ。

「あんたに見るなって言われたわけがわかったわ。哀れとしか言いようなかった。まあ途中から殺意に変わったけどね」
「ラフレシア…」
「いまその口からあたしの名は呼ばないで」

ひどい。

「ガッカリ」
「失望」
「パパかっこよかった」

おお、リヴァちゃんだけはぼくの味方。可愛いぼくの娘。

「なによどこが…」

ラフレシアに異論があるみたいだね。

「ああ、危なかったな、勇者さんよ」

ジークのオッサンが訳知り顔でしゃしゃり出てきた。

「な、なに言ってんのジークさん!こいつただ頭下げてただけでしょ!しかも床に額こすりつけてたしっ」

ラフレシアさん、こいつとか…ぼくの評価低すぎっすよ。

「いや、その方のおっしゃる通りだ。ぼくの妻がお菓子とお茶を持ってこなかったら、ぼくの命はなかったかもしれない…」
「なんですって!」

ラフレシアたちが驚いていた。いやぼくも驚いた。そういう技じゃないんだけどね。え?お菓子とお茶?

「まったくなんてことでしょうね。まさかこんなところにね」

そう言って奥さんは笑った。

「あ、改めて紹介するよ。彼女はぼくの妻でヨゼーネ」
「はい?ヨゼーネ?ヨゼーネ・グリフォンシュタイン?西の魔女の?」
「あらご存じな方がいらっしゃるなんて」
「あ、あたしはミローネ。氷の精霊フローズン・ミローネ」
「あら、妖精女王の?」
「はい。お初にお目にかかります。お噂はいろいろと」

な、なんだ知ってるのか?い、いやしかしいま西の魔女って言った?

「西の魔女…魔王を凌ぐ力…天変地異と大災害、大陸切断も簡単だと聞いたことがある」
「まああなたは?」
「ネクロマンサー、冥界の王女」
「面白い方々をお連れになってるのね、デリアさんは」
「いや、あははははは」
「ちょっとデリア、どういうことよ?西の魔女ってなによ?」
「ぼ、ぼくに聞くなよ。ぼくだって初めて聞いたんだから」
「そちらは?」
「あ、ああこの子はラフレシア。リスタリアの伯爵家の娘で王宮騎士です」
「まあそのお年ですばらしいわ。ふふ、デリアさん、可愛い彼女ね?」
「い、いえ!そ、そんなんじゃ、いて!」

ラフレシアがぼくの足を思いっきり踏んずけた。こんにゃろー、おまえそれヨロイ着てるの忘れてんじゃないのか?

「まあ仲がいいわね。で、そのおチビさん…」
「ああその子だね…」

ん?リヴァちゃんがどうかしたか?

「もしデリアくんが怒りの感情をぼくに抱いたら、ぼくは一瞬のうちにその子に食い殺されていたか、それとも消し飛ばされていたか、とにかく悪い予感しかなかったよ」
「まさか…?こいつがですか?このちびっ子が?嫌だなあ…あははははは」
「ごまかさなくてもいいよ。ぼくやヨゼーネにはお見通しだ」

バレてんのかー。

「まさかこんなところでドラゴン、いいえ…リヴァイアサンにお目にかかるなんて…」
「ああ、勇者のぼくが言うのもなんだけど、この子は世界最強最悪の生物だ。世界なんて一瞬で終わる。そういう存在なんだけど、なんできみらと一緒に、しかもおとなしく従っている?リヴァイアサン種のドラゴンは至高の知性と気高い心を持つ生物の頂点で、常に孤独で群れをつくらないと聞く」
「さあ、なんでなんでしょうね?」
「見たところ使役する魔法でもないようだし」

いや魔法ぼく使えませんし。

「あたしはね、誰にも使役なんかされない。あたしは自由だってパパとママが言ってくれたの。だからあたしは自由に、大好きなパパとママについて行くの。それはもう一生ね」
「へー、えっと、そのパパとママって?」

決まってるでしょ、みたいな目つきでリヴァはぼくとラフレシアを見た。

「え?こいつらよ」

勇者はぶったまげたようだ。西の魔女さんも口をあんぐり開けている。

「い、いやそれは…ありえない…いやしかしいまこの子がそう言った…」

何か勇者ぶつぶつ言ってる。

「デリアくん、こいつは大変なことなんだよ?」
「はあ、そうですか」
「き、きみはわかっているのかい?この子の力を」
「ま、まあなんとなくみんなから聞いて…」
「あーもーそれだけ?ねえ、星を丸ごと一瞬で粉々…いや跡形もなく消し飛ばせるだけの力がこの子にあるって言ったらきみはどうするんだい!」
「べつに…まあ、危ないことはしないように教えていくだけですけどね」
「はあああ」

頭を抱えているね、勇者。

「この子はきみたちを親だと思っている。いやもう親なんだろう。そしてこの子はきみたちには絶対だ。どんなことも聞くだろう。そしてこれが肝心なのだが、例えば二人に危険が迫ったとき、さあ、この子はどうすると思う?」
「そりゃきっと…守ろうとするでしょう…ね…あっ!」
「気がついた?」
「えらいことだ」
「そう、だれかがきみたちに危害を加えようとする度に、この世界は滅ぼされる。きみたちが生きている限り何度でも、ね」

なんか矛盾した話だけど、この勇者の言う通りかもしれない。

「だからますますきみたちを、この町から出すわけにはいかなくなった」

ああ?それってどういうこと!



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