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とらわれの町
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「どこかに入れそうなところはないかな?」
灰色の、とにかく高い壁を見上げてぼくはそうつぶやいた。
「どうも無理っぽいわね。しっかしなんでこんな厳重に?どこに攻められるっていうの?あの蛮族にかしら。そうとしたらお笑いね。あいつらにそんな攻城技術なんてないから」
「見た目で判断すんなよラフレシア。まあ当たっていると思うけど。とにかくこれは防御のためじゃないよ。見てごらん。どこにも胸壁や狭間窓がない。これは単なる壁だよ」
「ただの壁?何のためよ。外敵から守るためじゃないの?」
「住人が外に出ては困るんだ。おそらく魔王の手下は住人の生命のエネルギーを使って呪縛をかけているんだろう」
「いやね、それって。でもなんであんたがそんなこと知っているのよ?」
「『ケイオスの印』はぼくが全部破壊した。だが魔王の手はまだ執拗に伸びている。恐らく手下がいるんだろう。精霊の国を襲ったのもきっとそいつらだ。その手下が魔法とか使って悪さしているんだろう」
魔王のいるクロイツェルの森まであとどれくらいあるのかわからないが、それまでの間、きっと魔王の手下は何度もぼくらを襲ってくるだろう。いやそれだけじゃなく、人間の世界に争いを生じさせ、暗黒と恐怖の支配を目論み、それを実行させていくんだろう。そうはさせるもんか!
「見て、デリア!ロープが」
ミローネが驚いたように壁を見上げてそう言った。なるほど、ロープがスルスルと降りてくる。これは何かの罠かな?
「ロープの先に何かくっついてる。あれって手紙?みたいよ」
ラフレシアが不思議そうにロープの先を見つめている。降りてくるロープの先に手紙?何だそりゃ?ロープが地面につくと、それはピタッと止まった。ぼくは慌ててその手紙を取る。
「え?これってぼくあてじゃないか」
デリアさまにって書いてあった。でも誰が?知り合いなんてこんなところにいないぞ?
「ちょっと早く読んでよ」
「待ってってば。えーとなになに…遅かったわね、デリアさん。待ちくたびれたわ」
「なにそれ?」
「知るか。いいから続き読むよ。ロープを登ってきてください。兵士は壁の上にはいません。でも気をつけて。使い魔が巡回しています。見つかると厄介です。壁を登ったら反対側にロープで降りてください。すぐに教会があります。そこで待っています。シスチア」
シスチアだって?生きていたんだ!魔王に転移されたと聞いたが、こんなところに転移させられてたなんて!
「シスチアが生きてたの?」
「どうもそうらしい。しかしおどろいたな」
「驚いたなんてもんじゃないわよ!早く登りましょう!さあデリアってば」
「ぼくからかよ」
「あたりまえでしょ!あんたにあたしのお尻見られながら登るなんて絶対いやよ」
「お尻ったって鎧じゃないか」
「鎧だろうと嫌なの!まして、おっきいケツだな、とか思われたらいやだし!」
「思わないよ!」
「いいから早くしろ、おまえら」
ミローネが怒って言った。まあそうだよね。とりあえず『馬』と馬車は置いていくことにした。
「じゃあぼくから行くね。みんなも気をつけて登って来てね」
といっても垂直の壁をロープで登るのは大変だ。だから錬金術で登高器というものを作った。丈夫な金属で作ったロープにつける小さなブレーキみたいなものだ。こいつを介してロープを登る。前世の、ロッククライミングではポピュラーなアイテムだ。
「みんな大丈夫?」
下を見ると、ラフレシアが手こずっているのがわかった。慣れない登攀装置だから苦労しているみたいだ。
「あたしは大丈夫。こんなのコツさえつかめば…」
とか言いながら苦労しているみたいだ。しまいにはくるくると回り出している。あー、だいじょうぶかなー?
「ちょっと、あたしの頭の上でクルクル回んないでよ!」
ミローネが文句を垂れている。いいよな、からだの質量を自由に変えられる精霊は。
「知らないわよ!だれか止めて!」
「ラフレシア!体を壁にくっつけて」
「壁ってどこよ?まわっててわかんないわよ!」
「いいからそのでかいケツを壁に押し当てるんだ!」
「ああ?あんたなに言ってんの?」
「ママ大丈夫?あたしにつかまって」
ああリヴァちゃん、飛べたんだっけ。
「いやー、どうなるかと思ったわ。助かったわ、リヴァちゃん。ありがとうね」
「ううん、ママの役に立ててリヴァうれしい」
「じゃあ先に行きましょう。あんまりここにいると見つかっちゃいそうだから」
「はいママ」
「おい」
ぼくをなぜおいていく?そうだ、ミローネ!おまえは…。
「デリア、じゃあねー」
ミローネはちゃっかりリヴァちゃんのしっぽにつかまって行った。ああ、ぼくはひとりこんなところではいずり上がるのか…。いや待てよ?ニャンコはどうした?
「早く登って来い。日が暮れるぞ」
ああそうか、ニャンコも飛べるんだった。バカヤロウ。どうにか壁をよじ登ると、眼下に町の様子が見えた。みな住民は建物のなかにいるのだろうか、ひとっこひとり見えない。
「遅いわよデリア。死ね」
「何してたのよー。おしっこでもしてたの?」
「パパきちゃなーい」
「てめえら殺すぞ、コラ」
が、ぼくのありったけ嫌な顔もこいつらには通用しないようだ。もう下に降りようとしている。
「降りるのは楽そうだから心配ないわね。頑張ってね、デリア。死ね」
「おい、ぼくも乗せろ!ラフレシア」
「ごめーん、あたしのでかいケツのせいでむーりー」
根に持たれた。はいはいそうですよ。みんなぼくが悪いんですよ。
「悪いなデリア。先に行かせてもらう」
「おいニャンコ、お前まで…」
「悪いがとばっちりはごめんだ」
「ああそうかよ」
なんなんだよ。あーもうわかりましたー。いいですよー。ちゃんとひとりでおりられますよーだ。そうしてなんとかえっちらとロープを懸垂下降し、無事に教会に着いたのは、もう日が暮れる頃だった。誰も待っててくれなかった。
「えーと、ここかな…」
ぼくが恐るおそる教会のドアを開けると、うす暗いなかで何かが動くのが見えた。
「デリア!気をつけて!ここには…」
「ラフレシア?」
何か大きなものがゆっくりとぼくの方に向かってくる、そういう気がした。
灰色の、とにかく高い壁を見上げてぼくはそうつぶやいた。
「どうも無理っぽいわね。しっかしなんでこんな厳重に?どこに攻められるっていうの?あの蛮族にかしら。そうとしたらお笑いね。あいつらにそんな攻城技術なんてないから」
「見た目で判断すんなよラフレシア。まあ当たっていると思うけど。とにかくこれは防御のためじゃないよ。見てごらん。どこにも胸壁や狭間窓がない。これは単なる壁だよ」
「ただの壁?何のためよ。外敵から守るためじゃないの?」
「住人が外に出ては困るんだ。おそらく魔王の手下は住人の生命のエネルギーを使って呪縛をかけているんだろう」
「いやね、それって。でもなんであんたがそんなこと知っているのよ?」
「『ケイオスの印』はぼくが全部破壊した。だが魔王の手はまだ執拗に伸びている。恐らく手下がいるんだろう。精霊の国を襲ったのもきっとそいつらだ。その手下が魔法とか使って悪さしているんだろう」
魔王のいるクロイツェルの森まであとどれくらいあるのかわからないが、それまでの間、きっと魔王の手下は何度もぼくらを襲ってくるだろう。いやそれだけじゃなく、人間の世界に争いを生じさせ、暗黒と恐怖の支配を目論み、それを実行させていくんだろう。そうはさせるもんか!
「見て、デリア!ロープが」
ミローネが驚いたように壁を見上げてそう言った。なるほど、ロープがスルスルと降りてくる。これは何かの罠かな?
「ロープの先に何かくっついてる。あれって手紙?みたいよ」
ラフレシアが不思議そうにロープの先を見つめている。降りてくるロープの先に手紙?何だそりゃ?ロープが地面につくと、それはピタッと止まった。ぼくは慌ててその手紙を取る。
「え?これってぼくあてじゃないか」
デリアさまにって書いてあった。でも誰が?知り合いなんてこんなところにいないぞ?
「ちょっと早く読んでよ」
「待ってってば。えーとなになに…遅かったわね、デリアさん。待ちくたびれたわ」
「なにそれ?」
「知るか。いいから続き読むよ。ロープを登ってきてください。兵士は壁の上にはいません。でも気をつけて。使い魔が巡回しています。見つかると厄介です。壁を登ったら反対側にロープで降りてください。すぐに教会があります。そこで待っています。シスチア」
シスチアだって?生きていたんだ!魔王に転移されたと聞いたが、こんなところに転移させられてたなんて!
「シスチアが生きてたの?」
「どうもそうらしい。しかしおどろいたな」
「驚いたなんてもんじゃないわよ!早く登りましょう!さあデリアってば」
「ぼくからかよ」
「あたりまえでしょ!あんたにあたしのお尻見られながら登るなんて絶対いやよ」
「お尻ったって鎧じゃないか」
「鎧だろうと嫌なの!まして、おっきいケツだな、とか思われたらいやだし!」
「思わないよ!」
「いいから早くしろ、おまえら」
ミローネが怒って言った。まあそうだよね。とりあえず『馬』と馬車は置いていくことにした。
「じゃあぼくから行くね。みんなも気をつけて登って来てね」
といっても垂直の壁をロープで登るのは大変だ。だから錬金術で登高器というものを作った。丈夫な金属で作ったロープにつける小さなブレーキみたいなものだ。こいつを介してロープを登る。前世の、ロッククライミングではポピュラーなアイテムだ。
「みんな大丈夫?」
下を見ると、ラフレシアが手こずっているのがわかった。慣れない登攀装置だから苦労しているみたいだ。
「あたしは大丈夫。こんなのコツさえつかめば…」
とか言いながら苦労しているみたいだ。しまいにはくるくると回り出している。あー、だいじょうぶかなー?
「ちょっと、あたしの頭の上でクルクル回んないでよ!」
ミローネが文句を垂れている。いいよな、からだの質量を自由に変えられる精霊は。
「知らないわよ!だれか止めて!」
「ラフレシア!体を壁にくっつけて」
「壁ってどこよ?まわっててわかんないわよ!」
「いいからそのでかいケツを壁に押し当てるんだ!」
「ああ?あんたなに言ってんの?」
「ママ大丈夫?あたしにつかまって」
ああリヴァちゃん、飛べたんだっけ。
「いやー、どうなるかと思ったわ。助かったわ、リヴァちゃん。ありがとうね」
「ううん、ママの役に立ててリヴァうれしい」
「じゃあ先に行きましょう。あんまりここにいると見つかっちゃいそうだから」
「はいママ」
「おい」
ぼくをなぜおいていく?そうだ、ミローネ!おまえは…。
「デリア、じゃあねー」
ミローネはちゃっかりリヴァちゃんのしっぽにつかまって行った。ああ、ぼくはひとりこんなところではいずり上がるのか…。いや待てよ?ニャンコはどうした?
「早く登って来い。日が暮れるぞ」
ああそうか、ニャンコも飛べるんだった。バカヤロウ。どうにか壁をよじ登ると、眼下に町の様子が見えた。みな住民は建物のなかにいるのだろうか、ひとっこひとり見えない。
「遅いわよデリア。死ね」
「何してたのよー。おしっこでもしてたの?」
「パパきちゃなーい」
「てめえら殺すぞ、コラ」
が、ぼくのありったけ嫌な顔もこいつらには通用しないようだ。もう下に降りようとしている。
「降りるのは楽そうだから心配ないわね。頑張ってね、デリア。死ね」
「おい、ぼくも乗せろ!ラフレシア」
「ごめーん、あたしのでかいケツのせいでむーりー」
根に持たれた。はいはいそうですよ。みんなぼくが悪いんですよ。
「悪いなデリア。先に行かせてもらう」
「おいニャンコ、お前まで…」
「悪いがとばっちりはごめんだ」
「ああそうかよ」
なんなんだよ。あーもうわかりましたー。いいですよー。ちゃんとひとりでおりられますよーだ。そうしてなんとかえっちらとロープを懸垂下降し、無事に教会に着いたのは、もう日が暮れる頃だった。誰も待っててくれなかった。
「えーと、ここかな…」
ぼくが恐るおそる教会のドアを開けると、うす暗いなかで何かが動くのが見えた。
「デリア!気をつけて!ここには…」
「ラフレシア?」
何か大きなものがゆっくりとぼくの方に向かってくる、そういう気がした。
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