深夜の常連客がまさかの推しだった 短編集

中島焔

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熱の在処   八戒×悟空 過去編

第一章 ②

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 この日から八戒と名乗る、身体も態度もデカい男はおれの周囲をうろつくようになった。八戒の取り巻きたちも同じだ。

「いいかぁ?悟空兄貴は俺の兄貴だ。ってことは、お前たちみんなの兄貴分ってことなんだ。ちゃんと敬えよ~」と、演説ぶる八戒に取り巻きが尋ねる。

「俺たちも兄貴って呼べばいいのかぁ?」

「そうさなぁ……、兄貴もあまりたくさんの弟分ができたら面倒をみきれんだろ。花山を見習って『大将』とでも呼ばしてもらいましょうか?ね、兄貴?」

 鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌で答える八戒におれはため息をついて言う。

「好きにしろよ」

「大将~」

 取り巻きを押しのけて花山が前に出てくる。小柄な花山は(本人はいたって不服なのだが)身体の大きな取り巻きが増えたせいで前に出てこないとすぐ隠れてしまうのだ。

「なんだ、花山」

「大将って呼び方は僕だけの特別だったのに……。僕以外の人が大将って呼ぶの、嫌です」

 花山の小さな瞳が心なしかうるんでいるのは気のせいか。

「……別にお前だけの呼び方ってわけじゃねえだろ」

 おれは目をそらして言う。花山は唇を尖らせている。

「もちろん、俺だって花山には敬意を払ってるさ。兄貴の一の子分だもんな」

「豚はお調子者だから、信用できないよ」

「なんだとお?花山のくせに~。うりゃうりゃ」

 八戒が花山の首根っこを捕まえて、頭をわさわさと乱暴に揺さぶっている。八戒にとっては単なるじゃれあいだが、体格が二回りも違う花山はされるがままだ。

「おい、離してやれよ。花山はお前とは違うんだから」

 おれが口を挟むと、「へ~いよ」と案外素直に八戒は手を離した。八戒の腕から逃れられた花山はおれの後ろに隠れている。

 八戒が弟分を名乗るようになってから、急におれの周りは騒がしくなった。校内にいる時は八戒と取り巻きがあとをついてくるし、学校をフケるときも八戒がついてくる。それなりの集団としてまとまっているからか、校内で喧嘩を売ってくる輩はほとんどいなくなり、代わりに校外ではわかりやすくメンチを切られ、いざこざに発展することが増えた。

 



 目が合った輩から売られた喧嘩に瞬く間に勝ち、奪い取った戦利金で買ったペットボトルもとうにぬるくなった。

 河岸の土手は人目につかない分、喧嘩には最適だが、直射日光の鋭さを増してくる夏の日中はあまり居心地の良い場所ではない。子分たちは花山を連れてゲーセンに涼みに行った。余分な金のない悟空は断ったが、なぜか八戒だけは共に残った。

「なんでお前は行かねえんだ。こんな熱いところにいても仕方ねえだろ」

「そうだな、俺はなるべく快適な場所にいてえよ。でもな、今は実績作りが肝心なんだな。まだ俺は兄貴の側にいるようになってから日が浅いしさ。俺のことを猿田悟空の弟分だ、と誰もが認識するようになったら、距離とってやるから安心しろよ。な、兄貴」

「お前の『兄貴』は全然敬われてる気がしねえよ」

「そうかぁ?親愛の情を込めて呼んでるんだけどな」

 八戒はそう言って俺の耳元に近づくと
「ね、悟空兄貴」と囁いた。

「バッ、……お前、……やめろ」

 耳を抑えて勢いよく離れたおれに、八戒はうひゃひゃと笑った。おれはペットボトルの蓋を開けて水を飲む。ぬるい水はまるで他人の唾液みたいにとろついている気がする。おれはため息をついた。こんな風に遠慮なくからかわれたことなど今までない。

「オメーはつい最近知り合ったくせに、遠慮はねえし、態度はデカいし。花山をちっとは見習えよ」

「ひどいなあ。俺は身体がデカいから態度まで大きく見えるだけだろ。本当は俺だっていつも兄貴を怒らせるまいと気を遣ってるんだぜ」

「よく言うぜ」

「本当だよ。『兄貴』、『大将』って俺も、俺の友達も、みんな慕っているだろ?」

 八戒たちがそばにいるようになってから、おれには物思いにふける時間はなくなった。始終、うるさく放屁やげっぷをする奴が隣にいては孤独について考えることなどできやしない。それは仲間ができて唯一良かった点と言えるかもしれなかった。

「お前もお前の取り巻きたちも、物好きだな。いつもおれの後をついて歩いてさ。おれにそんなに人望があるとは思えねえんだが」

 これは正直な気持ちだった。ずっと周りにだれもいなかったおれなのに、急に「兄貴」、「大将」だと呼ばれ、持ち上げられるのは戸惑いしかなかった。

「俺は俺で得があるから兄貴のそばにいるんだよ。人間なんて損得でしか動かねえだろ?兄貴のそばにいるのはさ、強え兄貴のそばにいると美味い汁を吸えるからなんだ。」

「……まあ、お前はそんなもんだろうよ」と言いながらも、八戒の理屈は正直なだけに気は楽だった。妙に気を遣われるのは居心地が悪い。

「俺以外に『兄貴』って呼ばせなかったのは、良い案だったろ?猿田悟空の唯一の弟分は俺だけ。つまり箔がつくってもんよ」

「兄貴と呼ぼうが大将と呼ぼうが、そんなに変わらねえだろ」

「変わるさ、こういうのは一人だけ特別ってのがミソなんだ。兄貴は喧嘩が強えし、俺は兄貴には敵わねえけど、じゃあ兄貴の次にすげえのは誰だってなったら、次点ですげえのは俺だ。だって俺が兄貴の唯一の弟分なんだからさ。ってことは、兄貴に寄ってきた女は兄貴が断った時点で俺のものになるって寸法さ」

「お前の頭の中は女にモテるかどうか、そればっかりだな」

 鼻をふんと鳴らしながらおれが言うと、八戒は心底不思議だという表情で尋ねてきた。

「兄貴はいつも女っ気がねえのな。なんで?タマんねえの?」

「なにが」

「ナニがだよ」

「……」

 無表情のままでいるおれが、理解できていないとでも思ったのか八戒は平然と口にした。

「性欲だよ、性欲。セックスしたくならねえの?」

 本当にデリカシーに欠けるやつだ。おれはそっぽを向いて唾を吐き飛ばす。八戒はおれの肘をつついて尋ねてくる。

「なあ、たまってんだろ?エッチな事したいだろ?」

「……別にたまってねえ」

「うそばっかりだな、兄貴は。俺には全部お見通しなんだぜ」

「別にうそじゃねえよ。女には興味ない」

「ふ~ん」

 八戒はしたり顔でにやついた。

「……なんだよ」

 八戒に凄んでやるが、奴はにやつくだけで何も答えない。おれは気持ちの悪い水を、一気に飲み干した。

「兄貴が女に興味ないのは嘘じゃねえだろうな。でも、男にはどうなんだ?男とはヤりてえんじゃねえの?」

 八戒の一言で水が気管に入り、おれは盛大にむせた。ゲホゲホと大きな咳をするおれの背を見ながら、八戒は、あーあ、汚ねえのと呟く。お前のせいだ。

 うつむいたままおれは横目で八戒を睨みつけた。

「黙ってろ」

「あぁ、やっぱり図星じゃん。俺そういう勘は天才的に冴えてんだよね。ヤりてえけど男にしか欲情しねえから、相手を探すのも大変だなとか悩んでんじゃねえの?」

 大した驚きもなく尋ねてくる八戒の様子におれは若干の焦りを感じる。おれの性的志向は一見してわかるほどあからさまなのだろうか。

「なんでわかった」

「まあ、まず女の話題に乗ってこねえだろ?それに野郎の喉仏とか襟足とか妙に鋭い目つきで見てることあるじゃん。そのくせ別に触るでも近くに寄っていくでもねえし、頬染めて目を逸らしてたりとかさ、童貞ムーブ丸わかりだなあと思って俺同情して見てた」

 おれは両手で顔を覆ったまま、「やめろ……」と呻くしかない。
「兄貴が横目でチラッチラ見てんの、面白えんだよねえ。汗ではりついて乳首が透けそうな白シャツとか、のびをしたときに見えちゃった白い腹とか……あと、整ってる顔の男、兄貴好きだよね」

「う……、おれ、そんなに見てんのか?」

 八戒はきょとんとした顔をした後、声をひそめて人差し指を立てた。

「あれ、自覚ないの?兄貴、ヤバいよ。学校でも外でも顔の綺麗な男ばっかり目で追ってるの自分で気づいてないの?無自覚でそんなことしてちゃダメだなあ。兄貴の目つきだけで変な輩はすぐ嗅ぎつけてくるよ。こいつ飢えてんなって」

 八戒のひそひそとした声に、おれは背筋が寒くなってくる。おれは危険な橋を渡っていたのか?

「……そ、そうなのか……?」

「DKなんてヤバいよ。売り手市場だよ。DKとヤりたがる大人なんてそもそもアウトなんだからな。ダメ女かクズ男しかいないんだよ。経験豊富なクズ男に兄貴、遊ばれちゃうよ」

「クズ男……」

「怖いよ大人は。ちょっと透けた乳首見て真っ赤になっちゃうような純粋チェリーボーイの兄貴なんかに勝ち目ないよ。ぐっずぐずのどっろどろにされちゃって、身も心もズタボロにされてから捨てられちゃうんだよ。経験者の俺が言うんだから間違いねえよ」

「……経験あんのか。男?女と?」

「どっちもだよ。ぐっずぐずのどっろどろもキモチイイけどさ、こんなの初めて、とか思って本気でクズのこと好きなっちゃったりすると心身の消耗が激しいからな。初心者には勧められねえよ。やっぱり経験値がさ、大人とDKとは全然違うんだから。本当に好きになっちゃった方の負けなんだよ」

「……ふーん」

「ほっぺた赤くなってるよ、兄貴」

「ほっとけ」

 正直おれは人を本気で好きになる、ということがどういうことかよくわからない。その人のことを思うと夜中であろうが会いたくて会いたくて仕方ない、とか心臓が爆発しそうなほどドキドキする、とか相手を救うためには自分なんてどうなったって構わない、とか流行りの歌は簡単に歌うけど、そんなこと本当に起こるんだろうか。

 どう考えても、おれにとって一番大事なのは自分だ。自分より大切な相手などができるとはこれっぽっちも思えない。

 八戒は額から顎に流れてきた汗をぺろっと自分の舌で舐めとりながら言った。汚ねえ豚だ。

「うーん、兄貴に順当な遊び相手としてはさ……一番無難なのが花山じゃないの?経験値も少ないから遊ばれる危険はないし、兄貴が望めば進んで身体を差し出してくれると思うなあ。ちょっと抱かせてくれって言ってみなよ。たぶん泣いて喜ぶよ」

「バカ言うな」

 なぜか頬がと熱くなる。

「ああいうは好みじゃないの?まあ、顔は十人並みだけどさ、いっつも兄貴にしっぽ振っててかわいいじゃん。とりあえず、おれの秘蔵エロ本をいくつか貸してやるよ。それを見て、自分の好みを開拓してみなよ、どんな男にも魅力はあるもんなんだぜ」

 なぜか八戒から大量のエロ本を押しつけられ(持ち歩いているところがおかしいと思う)、おれは自分のロッカーの奥に隠したのだった。


 
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