深夜の常連客がまさかの推しだった 短編集

中島焔

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熱の在処   八戒×悟空 過去編

第二章 ④

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 花山はトラ夫たちにからまれたあとすぐにその場を離れ、交番へ走ったらしい。

 花山に急かされながら駆けてきた青い制服を着た初老の警官は、息があがっている。両ひざに手をおいてふうふう息をつきながら言った。

「喧嘩は……はぁはぁ……しちゃいかんよ」

「向こうが勝手に絡んできたんです」

「うちの大将はまだ一発も殴ってないですよ」

 花山が弁明し、取り巻きABCも口を揃える。八戒は逃げたまま戻らない。

「大将だって?」

 警官がおれの顔を見てから、相貌を崩した。

「なんだ、猿田じゃないか、またお前か」

「大将、知り合いですか?」

「別に……」

「知り合いじゃなくて、マブダチだよな?なあ、猿田」

「キモ……」

 警官という人種は補導だなんだで顔見知りになると、すぐに慣れ慣れしい態度に出てくるところがむかつく。こいつは托塔たくとうといって、何度か話したことがある程度の警官だ。

「猿田、寮母さんも心配してたぞ。そろそろ夕飯の時間だろ?早く帰ってたくさん食べろ。たくさん食っとかないといつまでもチビのまんまだぞ」

 そのままべたべたと肩を触ってくる托塔の手を払いのける。

「ほっとけよ」

「おいおい、帰らないんならさっきの喧嘩、立件しちまうぞ。お前ら全員、署に連れて行って事情聴取だ。面倒で時間がかかる上に、寮の先生たちに迎えに来てもらわにゃあ帰れんぞ」

 絶対に負けるしかない取引をもちかけてくる大人は汚い。背後の花山がくい、と腕を引いてくる。

 オメーの言いたいことはわかってる。

「……」

 何を言う気もおこらず、とぼとぼと回れ右をしておれは歩き出す。帰る他ない。

「寄り道せずに帰れよ~」

 托塔は、「八戒というのが奴らを煽って……」と説明している取り巻きたちに囲まれながら、声をかけてくる。

 本当にうぜー。

 花山はおれの後ろから蠅のようについてくる。

「大将、帰るんですか」

「……腹減ったし」

「ファミレスでも行きます?」

「金がねえよ」

「僕、出します」

「余計なお世話だ。つーか、お前が警察なんか連れてくるから面倒なことになったんじゃねえか」

「……すいません。でも今回は未遂ですんだけど喧嘩になったらまた大変じゃないですか。それこそまた警察に捕まっちゃいますよ」

「おれが捕まろうがオメーに関係ねえだろ。もう帰んだからついてくんな」

「大将……」

 置いていかれる犬みたいな花山の目はあえて見なかった。おれの口調がきつかったからか、花山はもうついてこなかった。

 クソが。イライラする。腹も減った。

「やあ、兄貴」

 自販機の陰から怪しげな男が陽気に現れた。待ち伏せしていたらしい。八戒だ。喧嘩から一人だけ逃げ出したことなどなかったかのように、当たり前に八戒はおれの隣を歩く。

「どこ行ってたんだ」

「あいつらの狙いは俺だったじゃん?だからほとぼりが冷めるまで、俺がいない方が兄貴にも負担かけないかなって思ってさ」

 ぬけぬけと八戒は言う。罪悪感や後ろめたさという感情はもちあわせていないらしい。

「ほら、肉まん」

 コンビニの袋から肉まんを出して、おれに渡してきた。生温かい。八戒の持つ袋にははちきれそうなほどまだたくさん食べ物が入っている。

「……何かの罠か?」

 食欲と性欲が異常に強いこの男から食べ物をもらえば、あとでどんな請求をされるかわからない。

「嫌だなあ、兄貴。違うよ。腹が減っては戦はできぬって言うだろ?」

「今日はもう喧嘩しねえよ」

「あいつらまた俺を見たら喧嘩ふっかけてくるだろ?だから兄貴に助けてもらえるように恩を売っとこうと思ってさ」

 自分は逃げていたくせに、肉まん一つで恩を売る気になっているあたりが適当すぎる。

「ふーん」

 どうせ奴らと再び会えば喧嘩になることはわかりきっている。おれは肉まんにかぶりついた。夏に食べる肉まんは口の中がもさもさする気がする。

「食べてくれたね?俺を守ってくれるってことでいいよね?」

 八戒が太い腕を巻きつけて、おれと腕を組んでくる。

「やめろっ」

 おれは腕を振りほどく。暑苦しい。

「なんだよ、つれないなあ。でも、俺は本当は兄貴が優しい人だって知ってるもんね。水もあるよ。飲む?」

「……ああ」

「ほら、おれって役に立つでしょ?さすが猿田悟空の弟分じゃないか。なあ、兄貴?」

「ちょっと黙ってろ」

 八戒と肩を並べて、歩く。アーケードを抜けると鮮やかな夕日を邪魔するようにどんよりとした雲が立ち込めていた。空気もどことなくべたついて湿気ている。

 降るかもな、とおれは思って歩く速度を上げる。八戒がどたどたとついてくる。

 この時のおれは、おれらを背後から見つめている冷たい視線に気が付かなかった。



 
 
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