不老不死の四十八手

Atokobuta

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不老不死の四十八手

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「俺達は元々神官だからいいとして、悟空兄者はいつから不老不死になったんだ。石猿と言えども寿命は遠からずあるんだろう?」

 山を降る退屈な道のりの半ばで悟浄が聞いた。妖怪に出くわさない日々がこの所続いている。思索に耽ることの多い悟浄から唐突に脈絡のない質問を繰り出されることにももう慣れた。

「悟浄、知らないのか?弼馬温の斉天大聖が西王母の桃と太上老君の金丹をたらふく食って暴れた一件を。蟠桃と金丹のおかげじゃないか。」

 しんがりをえっちらおっちら付いてくる八戒が俺の代わりに答えた。よく聞こえているじゃないか。いかにも疲弊した風を装っているが、あれは昼飯の托鉢を自分に任されないための体裁と見た。

「それにしたって、不老不死の身体を備えずに天界に昇って来られるものだろうか。天界には石猿の命を狙う天将がうようよいるのだぞ。この用意周到な悟空兄者が不老不死の秘策なしに天界で暴れ回ったとは考えにくい。」

「たしかにな。で、どうなんだ、兄貴。」

 俺は沈黙する。二人の関係を誰にも告げてはいけないと冷たく突き放したあの男との約束に未だ縛られている自分を自覚する。初めて師と仰ぎ、人間の作法から七十とニ通りの術までを手取り足取り教えてくれた須菩提祖師。さらには、数多の兄弟子には許されず、自分だけに授けられた不老不死の秘術をも。

 時には夜更けの布団の中で、時には星の光も通さない暗い木陰で、祖師から身体を使って伝授された四十と八通りの手業。それは、故郷で覚えた、血縁を繋ぐために挿入するだけの行為とは程遠いものだった。果てしない享楽を貪って拍動する命の存在を身体全体で感じ、細胞を震わせ続けることで、森羅万象の理(ことわり)を超え、不老不死の境地に達する。

 俺の奥底にある精魂は彼によって火をつけられた。それはまだ燃えている。ただ、志向する対象は代わった。今、俺の心の深奥にあるのは、そう、三蔵法師だ。あの四十と八通りの手を三蔵に試したくてたまらなくなる夜が今日もきっとくる。あの白い整った顔が、命の亢奮と喝采を知った日にはどのように色づいて脈打つのか。

 俺は馬上の三蔵法師を見やる。三蔵は秋風に誘われるように虚空を仰ぎ見た。その瞳にはまだ見えない天竺がきっと映っている。

 この人はきっと俺がどんなことをしてもきっと許してくれる。だから、きっと試さない。ただ、俺は付いていく。

 



 


 
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