悩める勇者と偽り従者

無糖黒

文字の大きさ
17 / 103
3話 森と少女

3.保護

しおりを挟む
 魔獣が確かにこと切れたのをカイオが確かめ、その間にセノンは周囲の様子を探った。
 入念に確かめ、不審な音は聞こえてこないと確信を得る。


「よし、周囲に他の魔獣もいない。あの子のところに戻ろう」 


 魔獣の爪と角を取るのを後回しにして、少女のところへ戻る。
 少女はセノンが離れた時のまま、服の胸元を固く握りしめ、地面に座り込んで震えていた。 

 セノンが声を掛けようとしないので、代わりにカイオが声を掛ける。 


「大丈夫でしたか?」 
「あ…は、はい。助けてくれて、ありがとうございます…依頼を受けてくれた、討伐者の方、ですよね…?」 
「ええ、そうです」 


 少女はおそらくセノンより少し年下に見え、濃い茶髪に幼い顔つきの少女だった。
 カイオは転んだ時についたであろう少女の足の怪我を見て取り、セノンに声を掛ける。 


「セノン様、足を怪我しています。魔法で治してあげて下さい」 
「あ、うん。…ちょっとごめん」 


 少女の傍らにしゃがみ、回復魔法をかけて治す。
 大した怪我ではなかったためすぐに治ったが、治療の間少女は居心地悪そうにもじもじしていた。 


「よし、終わり」 


 言葉とともに立ち上がって離れると、少女はほっとした顔をする。 


「あなた、この付近の村の住人ですね?さすがにこのまま放置するわけにもいきませんし、村まで送りましょう。立てそうですか?」 
「はっはい、村は、しばらく歩けば近くに…ただちょっとまだ、足に力が入らなくて…ごめんなさい…」 


 カイオの問いかけに少女はびくりと身を震わせながらも、申し訳なさそうにおずおずと答える。
 その様子をみてカイオは溜息をつく。 


「だとしたら、おぶっていくしかありませんね。セノン様、お願いできますか?」 
「えっ…いや、それはカイオが…僕は出来れば…」 


 二人の会話を聞き、少女はあわあわと落ち着きをなくした。
 女の子座りのまま簡素なワンピースの太もものあたりを両手で握りしめ、妙にもじもじしている。 


「えっと、その、おんぶされるのは、ちょっと…ごめ、ごめんなさい…」 


 少女が恥ずかしそうに顔を赤くし、身を震わせて泣きそうになっているのに気付いてセノンはぎょっとする。
 一方でカイオは目ざとく何かに気づいた。 


「…セノン様、ちょっと私たちの姿が見えないよう、離れてあちらを向いていてください。耳をしっかりと塞ぐのも忘れないように」 
「えっな、なんで?それにその子、なんか様子が…」 
「いいですから。早く」 


 有無を言わさない指示に訝しみながらも、セノンは素直に従う。
 セノンが五メートルほど離れて耳を塞いだのを確認して、カイオは自分の荷物を漁る。
 そしてあるものを取り出すと、少女に差し出しながら再び話しかけた。 


「これ、使って下さい。男物で申し訳ありませんが、未使用の綺麗な物ですので安心して下さい」 


 そう言いながら、少女に丸めた布の塊…ショートパンツ型の下着を渡した。

 少女は恐怖のあまり、粗相をして下着を濡らしていた。
 この状態で背負われたりしたら、ひどいことになってしまう。
 恥ずかしさのあまり言い出すことも出来なかったのだろう。 

 少女は羞恥に再び顔を赤くしつつも、驚いたようにカイオの顔を見上げた。
 カイオは何でもないことのように、涼しげな表情をしている。 


「あ…ありがとう、ございます…」 
「服の方はまあ大丈夫だと思いますが…ああ、拭くものもいりますね。ちょっと待って下さい、ちょうど捨てるつもりだったのがあります」 


 カイオは再び荷物を漁り、布を取り出す。
 少女はちらちらセノンの方を気にしながらも、それらを受け取った。 


「本当に、何から何まで、ごめんなさい…」 
「どういたしまして。…年の近い彼に気づかれるのも、嫌でしょうしね」 


 カイオの指摘に、三度少女は顔を赤くする。
 そのままカイオが背を向け離れると、少女はもぞもぞと身を清め、着替えを済ませた。 

 少女に声を掛けられ、カイオは全て終えたことを確認する。 


「セノン様!もういいです!戻って下さい!」 


 カイオの大声が塞いだ耳越しに微かに聞こえ、セノンは振り返った。
 そのまま少女とカイオの元へ戻る。
 少女は少し落ち着いたようだったが、まだ足に力が入らないのか座り込んだままだ。 


「ではセノン様、彼女をおぶって下さい」 


 カイオの何気ない言葉に、セノンは再び動揺し狼狽する。 


「いや、カイオでいいでしょ…わざわざ僕がやらなくても…」 
「何を仰いますか。私より強化魔法を使えるセノン様が適任でしょう。まあ私もこのくらいの少女一人を抱えるくらい訳はありませんが、先ほど変な魔力の使い方をして少し疲れました」 


 カイオはふうと息を吐く。

 魔獣を引き付けるために無駄に魔力をまき散らしたのが、思った以上にこたえたらしい。
 またカイオは、「自分に下着を貸した男には背負われたくないだろう」とも考えていた。
 少女はおろおろとセノンとカイオの顔を交互に見る。 


「な、なら、カイオかこの子が落ち着くまで、少し休憩したって…」 


 そう言葉を連ねた瞬間、セノンの聴覚は魔獣の足音を捉えた。
 すぐ近くではないが、そう遠くもない。
 このままここでのんびりしていると、遭遇してしまうかもしれないことがセノンには分かった。 


「…」 
「どうかしましたか?」 
「……わかった、やるよ…」 


 黙り込んだ理由を見透かすようなカイオの追及に、ついにセノンは折れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...