悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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3話 森と少女

13.完遂

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 その後、半日かけてセノンとカイオは魔獣を殲滅した。

 特に昨晩村を襲撃した鬼人は間違いなく根絶やしにしていた。
 鬼人はある程度決まった住処を持つ性質があるため、村に近づきうる距離の住処を徹底的に潰した。  

 重量型魔獣についても、すでに二人にとっては単体を狩ることは単純な作業と化しており、それほど時間も必要なかった。
 こちらは決まった住処などはないため討ち漏らしが僅かに生き残っている可能性はあったが、数は大きく減らしていた。 


 十分な成果を確認すると、一度村に戻って殲滅の報告をする。
 その際にすでに暗くなり始めていたため村への再宿泊を勧められたが、カイオはすぐに断った。 

 そして村から離れる直前、セノンは最後にネリの家を訪れた。
 出迎えた両親にネリに一目会いたい旨を告げると、少しの時間のあとにネリの部屋の中へ通された。
 ネリは直前まで寝込んでいたようだったが、セノンの訪問を伝えられ身を起こしていた。 


「勇者さま…」 


 部屋に入りベッドの傍に近づくと、ネリが弱弱しい声で呼びかけてくる。
 ネリは目を赤く腫らし、虚ろな表情で酷い有様だった。
 その様子に、セノンは胸が痛くなる。 


「ネリ、さようなら。…君は僕のことを恨んでるかもしれないけど、僕は君と会えて嬉しかったよ」 
「わ、たし…恨んでなんか…けっして…!」 


 セノンのその言葉に、ネリはまたぽろぽろと涙をこぼし始めた。
 そして思わずといった様子でベッドから身を乗り出し、セノンに追いすがる。 


「勇者、さま…!お願いです…わたしを、わたしを…!!」 


 勢いのままにセノンに言葉をぶつけようとするが、続く言葉が出てこない。
 喉に何か詰まってしまったかのように、苦しそうに口元があえぐ。 

 しばらくセノンは待ったが、いつまで待ってもその後に「助けて」という言葉は続かなかった。 


「…さようなら、ネリ」 


 そのまま泣き崩れるネリに別れの言葉を改めて告げ、部屋から出る。

 両親に声を掛けて家から出ると、カイオと合流してすぐに村を離れた。
 暗くなりつつあったが、カイオは気にせず村を振り返ることもなく、次の町へと向かう。 


「何もこんなに急いで村を離れなくても…」 


 少し歩いて、セノンが半ばぼやくようにカイオに話しかける。 


「セノン様、私たちがあそこで為すべき役割は果たしました。あのまま居ても不当な期待を掛けられるだけです」 
「でもやっぱり…」 


 セノンはなおも言い募る。
 一度情けを持ってしまうと、いつまでも迷いを振り切れないのはセノンの優しさでもあるが、はっきり言って悪い部分だ。 


「それに、今は良くても住民たちの胸の内には確実に不満とストレスがくすぶっています。やがて近いうちに、それが爆発し部外者である私たちにぶつけられるのは想像に難くありません」 
「だったらなおさら、そんなところにネリを置いてきたのは…」 


 セノンはどうしても、ネリが心配だった。
 不穏な空気で針のむしろになりかねない中に、重い罪悪感を抱える彼女を置いてきてしまうのが心残りだった。 


「そのことは事前にしっかりと話し合ったはずです。仕方ありません」 
「でもさ、彼女はカイオが見るに黒魔法の才能があったんでしょ?それなら一緒に来てもらえば、きっとどこでだってうまくやれたんじゃ…」 
「そうですね、それは確かにそう思います。…ですが、今の恐怖と罪悪感に支配された様子のままでは、まず無理でしょう」 


 セノンの淡い希望を、カイオは容赦なく断ち切る。 


「それが上手くいくのは恐らく、自分の意志で、罪滅ぼしのために行きたいと望んだ時のみです。人にすがり、ただ救ってもらえるのを望むだけでは、彼女はいつまで経ってもあのままです。…そんな人間には、何事も成し遂げられません」 


 カイオの言葉は、いつも厳しくて苦しく、正しいとセノンは思った。
 同時に、自分の考えが甘すぎるとも理解していた。 


「せめて最後に、自分から行きたいと言えていれば少しは違ったのですがね」 
「…うん、そうだね」 


 最後にネリが見せた表情は、はっきりと物語っていた。

 あれはセノンに一方的に助けを求め、しかし罪悪感から自分だけが助けられることを強くためらい、言葉にすることが出来ていなかった。 


(ごめん、ネリ。やっぱり僕は、君の勇者にはなれなかったよ…) 


 移動しながらも、セノンは救えなかった少女の事を想った。
 その少女のことは、セノンにとって忘れられない記憶となった。
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