悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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5話 獣と血

4.困惑

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 檻の鍵は、男の服を探ってみたらあっさりと見つかった。
 あんな檻を馬車に積んでいるということは、おそらく似たようなことを普段からよくやっているのだろうと知れた。 

 セノンは急いで馬車へと戻り、檻を開ける。ただ檻の扉を開ける瞬間、安く質の悪い檻だったのかギギギと大きな音と振動が発生した。

 そのせいで、一角獣の子供は目を覚ましてしまう。 


「…!!」 
「あっ、と…困ったな…」 


 仔馬はすっかり怯え切っていて、檻の奥から出て来ようとしなかった。
 檻の扉を開けたまま馬車から離れても、出てくる様子がない。

 あまりモタモタしていると、男が目を覚ましたり仲間が近寄ってくる可能性もゼロではない。 


「ほら、もう逃げていいから…!」 
「抱えて出してやるしかないのでは?」 


 セノンは提案通り檻に半ばまで入って手を伸ばすが、怯えた仔馬は暴れて触られることを拒絶した。

 狭い檻なので中腰にならざるを得ず、無理やり抱き抱えることも出来ない。
 子供といっても、何十キロもあるのだ。 


「駄目ですね。もう、檻を開けたまま放っておきましょう。万が一様子見しているのを見つかると不味いので、出来ればこの場を離れたいところですが…」 
「でも、このまま立ち去るのは気がかりだよ。…そうだ」 


 セノンはふと思いつき、荷物の中からひとつの包みを取り出した。
 それは、セノンがたまにおやつとして食べている干しブドウだ。
 掌に乗せて仔馬の目の前に差し出すと、においを嗅ぎ食べたそうにするが食べない。

 そこで、顔が届く位置に置いてやるとすぐに食べた。
 もう一つ与え、その後は掌に乗せたまま差し出すとそのまま食べた。 


「よしよし…いい子だ…!」 


 新しく掌に乗せて少し下がると、仔馬は立ち上がってセノンを追いかけた。

 そのまま馬車の外まで出ると、大人しくついてくる。
 馬車の外で干しブドウを与えると、掌を掲げて見せてもうないことを仔馬に示して見せる。 


「はい、おしまい!」 


 だが干しブドウを与えるのをやめて離れても、仔馬はセノンの傍から離れようとしなかった。 


「…逃げてくれないね」 
「脅かしますか?」 
「それはちょっと可哀そうだし…なんとなくそんな気はしてたけど、もう親元まで送り届けないとダメかなぁ…」 


 ここまで来たら、最後まで面倒を見ないと安心できそうにないとセノンは感じた。
 ここで無理に追い立てて逃がしたとしても、迷って街道付近に戻ってきて再び捕まったりしたら目も当てられない。 


「分かりました。では、その前に少し手伝いをお願いします」 


 セノンの言葉を受け、カイオは淀みなく指示を出す。
 その言葉に、厄介ごとを抱え込んだセノンへの悪感情は読み取れない。

 セノンは指示された通り、強化された身体能力で檻のカギを壊した。
 その行為の意味はセノンには分からなかったが、指示を疑うことなく実行する。 


「あとは、その仔馬を連れて馬車から見えないところまで離れていて下さい」 
「分かった。カイオは?」 
「私はさっきの男を起こして、仲間を回収するよう伝えてきます。このまま他の魔獣に襲われてたりしても寝覚めが悪いでしょう」 


 カイオが馬車から離れると、セノンは言われた通り、馬車からは間違っても見えないような位置まで離れた。 

 カイオが全て後始末を終えセノンの元に戻ると、セノンは仔馬の頭を撫でてじゃれていた。

 すっかり懐かれ、仔馬も顔をセノンの体にこすり付けて甘えている。
 角でセノンを傷つけないよう、気遣っているのが一目で分かる。 


「随分懐かれましたね」 
「あ、カイオ。この子、おとなしくて全然鳴かないし、すごく人懐っこいよ。カイオも撫でる?」 
「私はいいです」 
「そう?…あっもう無いって!あはは!」 


 少し目を離した隙に背嚢に鼻を押し付けておやつを欲しがる仔馬に、セノンはくすぐったそうに笑い声をあげた。 


「ひとまず、親を探しましょう。幻影であちらへ誘導したので、まずはそちらに向かいましょう」 
「了解。…ほら、おいで」 


 セノンが先を歩いて手招きすると、仔馬は大人しくついてくる。
 最後尾にカイオが並ぶ形で、二人と一匹は歩き出した。 


「すぐに見つかるかな?」 
「向こうもこちらを探しているでしょうし、セノン様が音を見つければすぐでしょう」 
「そうならいいけど」 


 そのまましばし歩き続けたところで、再びセノンが口を開く。 


「…というかさ、子供返したら親からは許してもらえるかな…?」 
「どうでしょうね」 
「出来れば、これ以上傷つけることなく、穏便に済ませたいんだよね…カイオ、何かいい手ない?」 
「一応、無いこともないですよ」 


 カイオのあっさりとした返事に、思わずセノンは振り返った。 


「えっ、なになに?」 
「一角獣はなぜか、『清らかな乙女』に弱いとされています。理由は知りませんし実際に見たこともありませんが、『清らかな乙女』が親愛の情を込めて招けば、心を許し傍で眠ると言われています」 
「清らかな乙女、って?」 
「要は、男性経験の無い女性ですね」 


 カイオの率直な言葉に、セノンは動揺しつい足を止めてしまった。 


「えっ、と…?」 
「セノン様、足が止まっていますよ。歩きながら話しましょう」 


 カイオに促され、セノンは再び歩き始める。

 だがその歩みはどことなくぎこちなく、挙動不審だ。 


(それを「いい手」として言うってことは、カイオって…あれでも、それが通用するならなんでさっき…?ってことは…?んん?) 


 セノンはひどく混乱した。上手く思考がまとまらない。

 考えたいような考えたくないような、結論を導き出すのがどこか怖いような気がして、自分がどうしたいのか分からなくなる。 


「まあ、その手があのような怒り狂った個体に通用するかどうかまでは、分からないのですがね」 
「あ、そ、そうなの…へえ…?」 


 つい黙り込んでしまってからそう声が掛けられ、ますますセノンは混乱する。 


「そもそも、一角獣が清らかな乙女以外に心を許すことはなく、触れることすら叶わないそうです」 
「えっ?でも…」 


 セノンは傍の仔馬を見やる。
 この仔馬はセノンに懐いているし、触っても嫌がる素振りすら見せなかった。 


「そうですね、その仔馬とセノン様は例外のようです。一角獣が子供だからなのか、セノン様が特別なのかまでは分かりませんが。…本来男性は、経験の有無関係なく駄目らしいですしね」 
「ふうん…」 
「子供の一角獣などほぼ情報がないはずなので、そっちが疑わしいですかね」 
「…結局、どうなるかは遭遇してみないと分からないってことか」 
「そういうことですね」 


 それきり二人の会話は止まり、しばらく無言で歩き続ける。

 その間仔馬はずっとセノンに寄り添っており、カイオに近づく様子は一切見せなかった。 
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