35 / 103
5話 獣と血
4.困惑
しおりを挟む
檻の鍵は、男の服を探ってみたらあっさりと見つかった。
あんな檻を馬車に積んでいるということは、おそらく似たようなことを普段からよくやっているのだろうと知れた。
セノンは急いで馬車へと戻り、檻を開ける。ただ檻の扉を開ける瞬間、安く質の悪い檻だったのかギギギと大きな音と振動が発生した。
そのせいで、一角獣の子供は目を覚ましてしまう。
「…!!」
「あっ、と…困ったな…」
仔馬はすっかり怯え切っていて、檻の奥から出て来ようとしなかった。
檻の扉を開けたまま馬車から離れても、出てくる様子がない。
あまりモタモタしていると、男が目を覚ましたり仲間が近寄ってくる可能性もゼロではない。
「ほら、もう逃げていいから…!」
「抱えて出してやるしかないのでは?」
セノンは提案通り檻に半ばまで入って手を伸ばすが、怯えた仔馬は暴れて触られることを拒絶した。
狭い檻なので中腰にならざるを得ず、無理やり抱き抱えることも出来ない。
子供といっても、何十キロもあるのだ。
「駄目ですね。もう、檻を開けたまま放っておきましょう。万が一様子見しているのを見つかると不味いので、出来ればこの場を離れたいところですが…」
「でも、このまま立ち去るのは気がかりだよ。…そうだ」
セノンはふと思いつき、荷物の中からひとつの包みを取り出した。
それは、セノンがたまにおやつとして食べている干しブドウだ。
掌に乗せて仔馬の目の前に差し出すと、においを嗅ぎ食べたそうにするが食べない。
そこで、顔が届く位置に置いてやるとすぐに食べた。
もう一つ与え、その後は掌に乗せたまま差し出すとそのまま食べた。
「よしよし…いい子だ…!」
新しく掌に乗せて少し下がると、仔馬は立ち上がってセノンを追いかけた。
そのまま馬車の外まで出ると、大人しくついてくる。
馬車の外で干しブドウを与えると、掌を掲げて見せてもうないことを仔馬に示して見せる。
「はい、おしまい!」
だが干しブドウを与えるのをやめて離れても、仔馬はセノンの傍から離れようとしなかった。
「…逃げてくれないね」
「脅かしますか?」
「それはちょっと可哀そうだし…なんとなくそんな気はしてたけど、もう親元まで送り届けないとダメかなぁ…」
ここまで来たら、最後まで面倒を見ないと安心できそうにないとセノンは感じた。
ここで無理に追い立てて逃がしたとしても、迷って街道付近に戻ってきて再び捕まったりしたら目も当てられない。
「分かりました。では、その前に少し手伝いをお願いします」
セノンの言葉を受け、カイオは淀みなく指示を出す。
その言葉に、厄介ごとを抱え込んだセノンへの悪感情は読み取れない。
セノンは指示された通り、強化された身体能力で檻のカギを壊した。
その行為の意味はセノンには分からなかったが、指示を疑うことなく実行する。
「あとは、その仔馬を連れて馬車から見えないところまで離れていて下さい」
「分かった。カイオは?」
「私はさっきの男を起こして、仲間を回収するよう伝えてきます。このまま他の魔獣に襲われてたりしても寝覚めが悪いでしょう」
カイオが馬車から離れると、セノンは言われた通り、馬車からは間違っても見えないような位置まで離れた。
カイオが全て後始末を終えセノンの元に戻ると、セノンは仔馬の頭を撫でてじゃれていた。
すっかり懐かれ、仔馬も顔をセノンの体にこすり付けて甘えている。
角でセノンを傷つけないよう、気遣っているのが一目で分かる。
「随分懐かれましたね」
「あ、カイオ。この子、おとなしくて全然鳴かないし、すごく人懐っこいよ。カイオも撫でる?」
「私はいいです」
「そう?…あっもう無いって!あはは!」
少し目を離した隙に背嚢に鼻を押し付けておやつを欲しがる仔馬に、セノンはくすぐったそうに笑い声をあげた。
「ひとまず、親を探しましょう。幻影であちらへ誘導したので、まずはそちらに向かいましょう」
「了解。…ほら、おいで」
セノンが先を歩いて手招きすると、仔馬は大人しくついてくる。
最後尾にカイオが並ぶ形で、二人と一匹は歩き出した。
「すぐに見つかるかな?」
「向こうもこちらを探しているでしょうし、セノン様が音を見つければすぐでしょう」
「そうならいいけど」
そのまましばし歩き続けたところで、再びセノンが口を開く。
「…というかさ、子供返したら親からは許してもらえるかな…?」
「どうでしょうね」
「出来れば、これ以上傷つけることなく、穏便に済ませたいんだよね…カイオ、何かいい手ない?」
「一応、無いこともないですよ」
カイオのあっさりとした返事に、思わずセノンは振り返った。
「えっ、なになに?」
「一角獣はなぜか、『清らかな乙女』に弱いとされています。理由は知りませんし実際に見たこともありませんが、『清らかな乙女』が親愛の情を込めて招けば、心を許し傍で眠ると言われています」
「清らかな乙女、って?」
「要は、男性経験の無い女性ですね」
カイオの率直な言葉に、セノンは動揺しつい足を止めてしまった。
「えっ、と…?」
「セノン様、足が止まっていますよ。歩きながら話しましょう」
カイオに促され、セノンは再び歩き始める。
だがその歩みはどことなくぎこちなく、挙動不審だ。
(それを「いい手」として言うってことは、カイオって…あれでも、それが通用するならなんでさっき…?ってことは…?んん?)
セノンはひどく混乱した。上手く思考がまとまらない。
考えたいような考えたくないような、結論を導き出すのがどこか怖いような気がして、自分がどうしたいのか分からなくなる。
「まあ、その手があのような怒り狂った個体に通用するかどうかまでは、分からないのですがね」
「あ、そ、そうなの…へえ…?」
つい黙り込んでしまってからそう声が掛けられ、ますますセノンは混乱する。
「そもそも、一角獣が清らかな乙女以外に心を許すことはなく、触れることすら叶わないそうです」
「えっ?でも…」
セノンは傍の仔馬を見やる。
この仔馬はセノンに懐いているし、触っても嫌がる素振りすら見せなかった。
「そうですね、その仔馬とセノン様は例外のようです。一角獣が子供だからなのか、セノン様が特別なのかまでは分かりませんが。…本来男性は、経験の有無関係なく駄目らしいですしね」
「ふうん…」
「子供の一角獣などほぼ情報がないはずなので、そっちが疑わしいですかね」
「…結局、どうなるかは遭遇してみないと分からないってことか」
「そういうことですね」
それきり二人の会話は止まり、しばらく無言で歩き続ける。
その間仔馬はずっとセノンに寄り添っており、カイオに近づく様子は一切見せなかった。
あんな檻を馬車に積んでいるということは、おそらく似たようなことを普段からよくやっているのだろうと知れた。
セノンは急いで馬車へと戻り、檻を開ける。ただ檻の扉を開ける瞬間、安く質の悪い檻だったのかギギギと大きな音と振動が発生した。
そのせいで、一角獣の子供は目を覚ましてしまう。
「…!!」
「あっ、と…困ったな…」
仔馬はすっかり怯え切っていて、檻の奥から出て来ようとしなかった。
檻の扉を開けたまま馬車から離れても、出てくる様子がない。
あまりモタモタしていると、男が目を覚ましたり仲間が近寄ってくる可能性もゼロではない。
「ほら、もう逃げていいから…!」
「抱えて出してやるしかないのでは?」
セノンは提案通り檻に半ばまで入って手を伸ばすが、怯えた仔馬は暴れて触られることを拒絶した。
狭い檻なので中腰にならざるを得ず、無理やり抱き抱えることも出来ない。
子供といっても、何十キロもあるのだ。
「駄目ですね。もう、檻を開けたまま放っておきましょう。万が一様子見しているのを見つかると不味いので、出来ればこの場を離れたいところですが…」
「でも、このまま立ち去るのは気がかりだよ。…そうだ」
セノンはふと思いつき、荷物の中からひとつの包みを取り出した。
それは、セノンがたまにおやつとして食べている干しブドウだ。
掌に乗せて仔馬の目の前に差し出すと、においを嗅ぎ食べたそうにするが食べない。
そこで、顔が届く位置に置いてやるとすぐに食べた。
もう一つ与え、その後は掌に乗せたまま差し出すとそのまま食べた。
「よしよし…いい子だ…!」
新しく掌に乗せて少し下がると、仔馬は立ち上がってセノンを追いかけた。
そのまま馬車の外まで出ると、大人しくついてくる。
馬車の外で干しブドウを与えると、掌を掲げて見せてもうないことを仔馬に示して見せる。
「はい、おしまい!」
だが干しブドウを与えるのをやめて離れても、仔馬はセノンの傍から離れようとしなかった。
「…逃げてくれないね」
「脅かしますか?」
「それはちょっと可哀そうだし…なんとなくそんな気はしてたけど、もう親元まで送り届けないとダメかなぁ…」
ここまで来たら、最後まで面倒を見ないと安心できそうにないとセノンは感じた。
ここで無理に追い立てて逃がしたとしても、迷って街道付近に戻ってきて再び捕まったりしたら目も当てられない。
「分かりました。では、その前に少し手伝いをお願いします」
セノンの言葉を受け、カイオは淀みなく指示を出す。
その言葉に、厄介ごとを抱え込んだセノンへの悪感情は読み取れない。
セノンは指示された通り、強化された身体能力で檻のカギを壊した。
その行為の意味はセノンには分からなかったが、指示を疑うことなく実行する。
「あとは、その仔馬を連れて馬車から見えないところまで離れていて下さい」
「分かった。カイオは?」
「私はさっきの男を起こして、仲間を回収するよう伝えてきます。このまま他の魔獣に襲われてたりしても寝覚めが悪いでしょう」
カイオが馬車から離れると、セノンは言われた通り、馬車からは間違っても見えないような位置まで離れた。
カイオが全て後始末を終えセノンの元に戻ると、セノンは仔馬の頭を撫でてじゃれていた。
すっかり懐かれ、仔馬も顔をセノンの体にこすり付けて甘えている。
角でセノンを傷つけないよう、気遣っているのが一目で分かる。
「随分懐かれましたね」
「あ、カイオ。この子、おとなしくて全然鳴かないし、すごく人懐っこいよ。カイオも撫でる?」
「私はいいです」
「そう?…あっもう無いって!あはは!」
少し目を離した隙に背嚢に鼻を押し付けておやつを欲しがる仔馬に、セノンはくすぐったそうに笑い声をあげた。
「ひとまず、親を探しましょう。幻影であちらへ誘導したので、まずはそちらに向かいましょう」
「了解。…ほら、おいで」
セノンが先を歩いて手招きすると、仔馬は大人しくついてくる。
最後尾にカイオが並ぶ形で、二人と一匹は歩き出した。
「すぐに見つかるかな?」
「向こうもこちらを探しているでしょうし、セノン様が音を見つければすぐでしょう」
「そうならいいけど」
そのまましばし歩き続けたところで、再びセノンが口を開く。
「…というかさ、子供返したら親からは許してもらえるかな…?」
「どうでしょうね」
「出来れば、これ以上傷つけることなく、穏便に済ませたいんだよね…カイオ、何かいい手ない?」
「一応、無いこともないですよ」
カイオのあっさりとした返事に、思わずセノンは振り返った。
「えっ、なになに?」
「一角獣はなぜか、『清らかな乙女』に弱いとされています。理由は知りませんし実際に見たこともありませんが、『清らかな乙女』が親愛の情を込めて招けば、心を許し傍で眠ると言われています」
「清らかな乙女、って?」
「要は、男性経験の無い女性ですね」
カイオの率直な言葉に、セノンは動揺しつい足を止めてしまった。
「えっ、と…?」
「セノン様、足が止まっていますよ。歩きながら話しましょう」
カイオに促され、セノンは再び歩き始める。
だがその歩みはどことなくぎこちなく、挙動不審だ。
(それを「いい手」として言うってことは、カイオって…あれでも、それが通用するならなんでさっき…?ってことは…?んん?)
セノンはひどく混乱した。上手く思考がまとまらない。
考えたいような考えたくないような、結論を導き出すのがどこか怖いような気がして、自分がどうしたいのか分からなくなる。
「まあ、その手があのような怒り狂った個体に通用するかどうかまでは、分からないのですがね」
「あ、そ、そうなの…へえ…?」
つい黙り込んでしまってからそう声が掛けられ、ますますセノンは混乱する。
「そもそも、一角獣が清らかな乙女以外に心を許すことはなく、触れることすら叶わないそうです」
「えっ?でも…」
セノンは傍の仔馬を見やる。
この仔馬はセノンに懐いているし、触っても嫌がる素振りすら見せなかった。
「そうですね、その仔馬とセノン様は例外のようです。一角獣が子供だからなのか、セノン様が特別なのかまでは分かりませんが。…本来男性は、経験の有無関係なく駄目らしいですしね」
「ふうん…」
「子供の一角獣などほぼ情報がないはずなので、そっちが疑わしいですかね」
「…結局、どうなるかは遭遇してみないと分からないってことか」
「そういうことですね」
それきり二人の会話は止まり、しばらく無言で歩き続ける。
その間仔馬はずっとセノンに寄り添っており、カイオに近づく様子は一切見せなかった。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる