悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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6話 雨と隠蔽

9.恩返し

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 手がかじかんで震え、火に適量の油を注ぐことができないようなイメージだろうか、とセノンは考えた。 


「…」 


 たがそうなると、当分暖まれるのは小さな焚き火だけになってしまう。
 冷え切った体に火の温もりは小さすぎて、簡単にはカイオの体の震えが治まることはない。   


(うーん…)


 それを理解したセノンは、なにやら悩み始めた。

 眉根を寄せ、口を開きかけては閉じていたが、少ししてようやくカイオに問いかけた。 


「…カイオ、寒い?」 
「はい?それはまあ、それなりに」 
「…つらい?」 
「それほどでもないです。少し耐えれば済む話ですし。…なんですか、さっきから?」 


 カイオが胡乱気な表情をするのも、セノンは見ていなかった。
 何やら思い悩み、考えていることを口に出すのを躊躇う。 

 しかし結局は、もごもごと小さな声でカイオに尋ねた。 


「えっと…さっきカイオがしてくれたみたいに…今度は僕がカイオを温めたほうが、いい…?」 


 セノンのその言葉に、カイオは少し驚いたような表情を見せた
 セノンがそんなことを言うとは思っていなかったのか、暫し返事が返ってこなかった。
 
 ごく簡単なことで、さっきと立場が逆になったのなら、同じことをし返してあげれば良いのだ。
 だがカイオの反応がないため、余計なことを言ったかとセノンは不安になる。


「…ああ、いいですね、それ。ぜひお願いします」 


 数秒の間をおいてからカイオは微笑みとともに腰を上げ、セノンの傍に座り直した。
 ただ一度目とは異なり、セノンに対して自分からは手を伸ばさない。 


「…」 


 だからセノンは黙ってカイオの後ろに回り込むと、その背中に寄り添った。
 自身がされたようにカイオの背中に胸を当て、カイオの肩を覆うように腕を回す。 


「ああ、温かくて気持ちいいですね。ありがとうございます」 
「…やっぱり、体が冷え切ってるじゃないか。無理しないでよ」 


 触れたその体は驚くほど冷たく、触れ合っているセノンの体温まで奪われてしまう。
 だがすでに一度同様にして温めてもらっているのだから、そのことは離れる理由にはならない。

 しばしセノンの体の暖かさを楽しむように目をつむった後、おもむろにカイオが声を掛けた。 


「セノン様。少し、手をお借りしていいですか?」 
「手?いいけど…」 


 許可を得て、カイオはセノンの両手を掴んだ。

 そしてそのまま、セノンの掌を己のへそのあたりに触れさせる。 


「ちょっ…!?」 
「出来れば、あまり内臓を冷やしたくないのです。すみませんが、少し我慢してください」 


 思わず手を剥がしかけたのを、カイオが上から自分の掌を重ねて押さえる。

 服の上からではあるが、思いがけず柔らかな感触にセノンは激しく動揺した。

 頭に血が上り、顔が熱くなる。
 顔が見られにくいのは不幸中の幸いだったと、素直にそう思った。 


「セノン様の手は、温かいですね。熱いくらいです」 
「…別に、そんなことは…それは、カイオが寒い思いしてるからだと思う、よ…?」 


 しかしカイオの言葉に焦りを見透かされた気がして、言い訳がましくセノンは否定した。
 それを気にせずカイオは、気分良さげに言葉を続ける。 


「セノン様の方からこんな風にして下さるなんて、思ってもみませんでした。今日は良い日ですね」 
「いやまあ、非常事態だし…僕もやってもらったし…っていうかいい日って…」 


 珍しいくらいに上機嫌なカイオに、ちょっとセノンは怯んだ。
 こちらへと無遠慮にぐいぐい背中を押し付けてくるので、立てた膝でさり気なく抑える。 


「たまにはいいですね、こんな夜も」 
「いや、たまにでもやらないからね?こんなこと。大体、カイオが――」 


 恥ずかしさを誤魔化すためセノンが文句を口に出そうとしたその瞬間、突如轟音が響き渡った。

 思わずセノンは飛び上がる。 


「うわっ、何!?」 


 轟音には、閃光も伴っていた。
 天候が悪くなり、ついには雷まで落ち始めたらしい。 


「雷ですか。かなり近くに落ちたようですね」 
「びっくりした…」 


 その後も雷が落ちるたびに、セノンはびくりと身を震わせた。
 カイオを抱える腕にも、その度に力が加わっていく。 


「すみません、少し苦しいです」 
「あっご、ごめん…」 


 セノンは慌てて力を緩める。
 それでも、恐る恐るカイオに触れていた時とは比べ物にならないほど、体が緊張している。


「雷が恐ろしいのですか?」 
「い、いや、怖いというか、大きな音がするからちょっとびっくりするだけで…いつ来るか分かんないし…」 


 言葉では否定しつつも、明らかに委縮していた。
 実際、耳のいいセノンにとっては突然の轟音はこたえるのかもしれない。 


「ここ、大丈夫だよね?壁がないからって、危ない目にあったりしないよね?」 
「さあ、どうでしょうかね。雷は高い木に落ちる、とは聞いたことがありますが」 
「えっなにそれ、近くの木に落ちたら危ないんじゃないの?」 


 セノンはこわごわと外の木を見ようとする。
 しかしその瞬間に再度雷が落ち、またも身をすくめた。 


「多分大丈夫ではないですか?よく分かりませんが」 
「たぶんって…やだなぁ…」 


 あえてセノンの不安を払拭しないまま、カイオは痛いくらいに自らを抱きしめる腕の感触を楽しんだ。

 冷えた体を温めていたはずが、いつの間にかセノンはカイオの背中に隠れるような形になってしまっていた。 
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