8 / 103
2話 鬼と色
4.黒魔法と白魔法
しおりを挟む
槍は猛烈な勢いと鋭さをもって大型種の股の間に突き刺さり、一瞬にして体内を貫き肩口から穂先を飛び出させる。
「ガ…!?」
「爆ぜろッ!!」
カイオが言葉とともに魔力を解放すると、圧縮された炎で形成された槍は轟音とともに爆発した。
爆発の規模自体は先ほどの火球に劣るが、さすがに体内で爆発されれば、さしもの大型種であってもひとたまりもない。
「ゴ…ァ…」
ほとんど体を真っ二つに千切れさせながら、大型種は崩れ落ちた。
明らかに致命傷で、二度と立ち上がる気配はない。
それを見ていた残り僅かな鬼人たちは、恐怖に駆られたのか慌てて逃げていく。
「やっと、終わった…」
「さすがに疲れましたね。少し休みましょう」
追いかける気力も湧かず、セノンはその場に座り込んだ。
肉体の強度を超えた強化の反動で、体中の筋肉や骨が痛む。
カイオも大規模な魔法を連発したため、魔力を失い顔から血の気が引いている。
「お怪我はありませんか」
「大丈夫…過剰強化の反動で体はあちこち痛いけど…いてて」
「前から思っていたのですが、それは回復魔法で治せないのですか?」
「反動で傷んだ体を治すのって、外傷を治すのとは勝手が違ってあんまりうまくいかないんだよ…」
言いながら、自分の胸に手を当てて回復魔法をかける。完治は出来ないが、痛みは多少よくなる。
そこでセノンは、カイオの肩のあたりに血が滲んでいるのに気付いた。
身に着けている皮鎧も少し損傷している。
「というか、カイオが怪我してる。珍しい」
「おや本当ですね。気が付きませんでした」
「治すよ」
「いえ、そこまでの怪我では…」
「その場所だと、腕動かすと傷むでしょ。そのくらい簡単に治せるし、見せて」
おそらく、幻惑魔法を使った際につけられた傷だろう。
遠慮するカイオを制し、近づいて肩の傷口に手をかざす。
魔法を構築し回復魔法をかけると、大した傷ではなかったため数秒の治療で傷は癒えた。すぐに跡も見えなくなる。
「ありがとうございます。やはり、回復魔法が使えると便利ですね」
「…僕としては、カイオみたいに黒魔法を使いこなせるほうが羨ましいけどね」
苦々しげにセノンは言う。
このコンビはこと魔法においては、綺麗に得意分野が分かれていた。
黒魔法と白魔法。
それは対象に害を与えるか、変化を及ぼすに留めるかの違いを持つ。
セノンは白魔法、特に回復と強化には高い適性を見せるが、黒魔法は苦手だ。
全く使えないわけではないが、カイオほどの威力は出せず、また低威力の魔法でも魔力消費が大きく効率がすこぶる悪い。
広範囲への攻撃や、大型魔獣でも屠りうる高威力の黒魔法は、セノンとしては羨ましくてしょうがなかった。
「私の黒魔法は、専門家に比べれば大したものではありませんがね」
一方でカイオは黒魔法…特に火炎魔法と幻惑魔法は見事に使いこなすが、白魔法は一切使えない。
その指にはめられた発動体は、セノンのものとは性質の違う、黒魔法用のものだ。
「そんなことないよ。いつもうまく敵を仕留めてくれるじゃないか」
「以前にもお伝えしましたが、私の黒魔法が普段十分な効果を発揮しているのは、ひとえにセノン様のサポートが優れているからです」
なおも羨むセノンの言葉を、カイオが諫める。
「セノン様に当たらないよう配慮したり、魔獣に当てやすいよう投射速度に気を使ったりすれば、私の能力では大した威力は出せません」
通常の場合であれば、術師は仲間を巻き込んだりしないように合図を出したり魔法の軌道・発射タイミングを工夫したりする必要がある。
だがセノン相手であればそれが不要だ。
ただ魔力を高め切った適切なタイミングで魔法を放つことにだけ専念でき、ほぼ威力以外に気を使う必要がない。
加えて、魔法が当たりやすいようかく乱してくれるオマケつきだ。
僅かな音で発動を聞き分けられるセノンには合図が必要ないため、発動を敵に気づかれにくいのもプラスに働く。
「ただ今日の最後は特に、十分な威力を出すためにセノン様に無理をお願いしてしまいました」
カイオはどことなく申し訳なさそうに、そう述べる。
やむを得ずとはいえ、セノンに負担を強いたのは本意ではなかったらしい。
「あまりにも威力に力を注ぎすぎたせいで射程も効果範囲を極めて低く、セノン様が上手く動きを止めてくれなければまず当たりませんでした。普通ならあんな魔法、まったく使い物になりません」
「確かに、今日のは少し極端だったかな…それでも、頑丈な魔獣を仕留められるのは羨ましいけど」
セノンの言葉に、しかしカイオはかぶりを振る。
「私からすれば、セノン様の強化魔法の才能の方が羨ましいです。前線に立つものにとっては、そちらがからきしの方が痛いです。中途半端なんですよ、私は」
程度の差はあれど、ある程度の自己強化魔法は前衛あるいは単独行動にはほぼ必須とされている。
これがない黒魔法特化型は、一般的には仲間なしには自らの身を守れず、単独ではほぼ何も出来ないと言われるのが半ば常識だ。
他者に効率良く強力な強化魔法を施せる者もまた、あまりにも少ない。
しかしカイオは自らの黒魔法の才能にも早々に限界を感じ、剣も扱い接近戦時は幻惑魔法を絡めて戦うという、やや変わったスタイルを用いているのだと言う。
セノンから強化魔法をかけて貰うという手段もあるが、セノンも他者への強化魔法は自己強化ほど得意でない。
かなり魔力効率が悪くなるため、滅多に行わない。
正確には、セノンは時たま提案するがカイオに遠慮されているのだ。
「そうかなぁ…?」
「そんなものですよ。得てして人とは、自分に足りない物や出来ない事が羨ましく見えるものです。私も一緒です。いままでどおり、足りないところを補い合えばいいのですよ」
他者を害する黒魔法と、自分や他者の肉体・魔力などを変質させる白魔法。
一般的には相反するとされる才能で、高いレベルで同居させているものはほぼいない。
だからこそ、討伐者たちは徒党を組むのだ。
「少し話し込みすぎましたね。残党を殲滅し、町に戻りましょう。索敵をお願いします」
「…了解。さて、どっちに逃げたかな…」
聴覚を頼りにされることにわずかに嬉しく感じながら、言われた通りカイオは耳を澄ませる。
今の調子ならおそらく殲滅するのに大した時間は必要ないだろうと、セノンは考えた。
そしてそれは、すぐに間違っていないことが証明された。
「ガ…!?」
「爆ぜろッ!!」
カイオが言葉とともに魔力を解放すると、圧縮された炎で形成された槍は轟音とともに爆発した。
爆発の規模自体は先ほどの火球に劣るが、さすがに体内で爆発されれば、さしもの大型種であってもひとたまりもない。
「ゴ…ァ…」
ほとんど体を真っ二つに千切れさせながら、大型種は崩れ落ちた。
明らかに致命傷で、二度と立ち上がる気配はない。
それを見ていた残り僅かな鬼人たちは、恐怖に駆られたのか慌てて逃げていく。
「やっと、終わった…」
「さすがに疲れましたね。少し休みましょう」
追いかける気力も湧かず、セノンはその場に座り込んだ。
肉体の強度を超えた強化の反動で、体中の筋肉や骨が痛む。
カイオも大規模な魔法を連発したため、魔力を失い顔から血の気が引いている。
「お怪我はありませんか」
「大丈夫…過剰強化の反動で体はあちこち痛いけど…いてて」
「前から思っていたのですが、それは回復魔法で治せないのですか?」
「反動で傷んだ体を治すのって、外傷を治すのとは勝手が違ってあんまりうまくいかないんだよ…」
言いながら、自分の胸に手を当てて回復魔法をかける。完治は出来ないが、痛みは多少よくなる。
そこでセノンは、カイオの肩のあたりに血が滲んでいるのに気付いた。
身に着けている皮鎧も少し損傷している。
「というか、カイオが怪我してる。珍しい」
「おや本当ですね。気が付きませんでした」
「治すよ」
「いえ、そこまでの怪我では…」
「その場所だと、腕動かすと傷むでしょ。そのくらい簡単に治せるし、見せて」
おそらく、幻惑魔法を使った際につけられた傷だろう。
遠慮するカイオを制し、近づいて肩の傷口に手をかざす。
魔法を構築し回復魔法をかけると、大した傷ではなかったため数秒の治療で傷は癒えた。すぐに跡も見えなくなる。
「ありがとうございます。やはり、回復魔法が使えると便利ですね」
「…僕としては、カイオみたいに黒魔法を使いこなせるほうが羨ましいけどね」
苦々しげにセノンは言う。
このコンビはこと魔法においては、綺麗に得意分野が分かれていた。
黒魔法と白魔法。
それは対象に害を与えるか、変化を及ぼすに留めるかの違いを持つ。
セノンは白魔法、特に回復と強化には高い適性を見せるが、黒魔法は苦手だ。
全く使えないわけではないが、カイオほどの威力は出せず、また低威力の魔法でも魔力消費が大きく効率がすこぶる悪い。
広範囲への攻撃や、大型魔獣でも屠りうる高威力の黒魔法は、セノンとしては羨ましくてしょうがなかった。
「私の黒魔法は、専門家に比べれば大したものではありませんがね」
一方でカイオは黒魔法…特に火炎魔法と幻惑魔法は見事に使いこなすが、白魔法は一切使えない。
その指にはめられた発動体は、セノンのものとは性質の違う、黒魔法用のものだ。
「そんなことないよ。いつもうまく敵を仕留めてくれるじゃないか」
「以前にもお伝えしましたが、私の黒魔法が普段十分な効果を発揮しているのは、ひとえにセノン様のサポートが優れているからです」
なおも羨むセノンの言葉を、カイオが諫める。
「セノン様に当たらないよう配慮したり、魔獣に当てやすいよう投射速度に気を使ったりすれば、私の能力では大した威力は出せません」
通常の場合であれば、術師は仲間を巻き込んだりしないように合図を出したり魔法の軌道・発射タイミングを工夫したりする必要がある。
だがセノン相手であればそれが不要だ。
ただ魔力を高め切った適切なタイミングで魔法を放つことにだけ専念でき、ほぼ威力以外に気を使う必要がない。
加えて、魔法が当たりやすいようかく乱してくれるオマケつきだ。
僅かな音で発動を聞き分けられるセノンには合図が必要ないため、発動を敵に気づかれにくいのもプラスに働く。
「ただ今日の最後は特に、十分な威力を出すためにセノン様に無理をお願いしてしまいました」
カイオはどことなく申し訳なさそうに、そう述べる。
やむを得ずとはいえ、セノンに負担を強いたのは本意ではなかったらしい。
「あまりにも威力に力を注ぎすぎたせいで射程も効果範囲を極めて低く、セノン様が上手く動きを止めてくれなければまず当たりませんでした。普通ならあんな魔法、まったく使い物になりません」
「確かに、今日のは少し極端だったかな…それでも、頑丈な魔獣を仕留められるのは羨ましいけど」
セノンの言葉に、しかしカイオはかぶりを振る。
「私からすれば、セノン様の強化魔法の才能の方が羨ましいです。前線に立つものにとっては、そちらがからきしの方が痛いです。中途半端なんですよ、私は」
程度の差はあれど、ある程度の自己強化魔法は前衛あるいは単独行動にはほぼ必須とされている。
これがない黒魔法特化型は、一般的には仲間なしには自らの身を守れず、単独ではほぼ何も出来ないと言われるのが半ば常識だ。
他者に効率良く強力な強化魔法を施せる者もまた、あまりにも少ない。
しかしカイオは自らの黒魔法の才能にも早々に限界を感じ、剣も扱い接近戦時は幻惑魔法を絡めて戦うという、やや変わったスタイルを用いているのだと言う。
セノンから強化魔法をかけて貰うという手段もあるが、セノンも他者への強化魔法は自己強化ほど得意でない。
かなり魔力効率が悪くなるため、滅多に行わない。
正確には、セノンは時たま提案するがカイオに遠慮されているのだ。
「そうかなぁ…?」
「そんなものですよ。得てして人とは、自分に足りない物や出来ない事が羨ましく見えるものです。私も一緒です。いままでどおり、足りないところを補い合えばいいのですよ」
他者を害する黒魔法と、自分や他者の肉体・魔力などを変質させる白魔法。
一般的には相反するとされる才能で、高いレベルで同居させているものはほぼいない。
だからこそ、討伐者たちは徒党を組むのだ。
「少し話し込みすぎましたね。残党を殲滅し、町に戻りましょう。索敵をお願いします」
「…了解。さて、どっちに逃げたかな…」
聴覚を頼りにされることにわずかに嬉しく感じながら、言われた通りカイオは耳を澄ませる。
今の調子ならおそらく殲滅するのに大した時間は必要ないだろうと、セノンは考えた。
そしてそれは、すぐに間違っていないことが証明された。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる