悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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2話 鬼と色

4.黒魔法と白魔法

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 槍は猛烈な勢いと鋭さをもって大型種の股の間に突き刺さり、一瞬にして体内を貫き肩口から穂先を飛び出させる。 


「ガ…!?」 
「爆ぜろッ!!」 


 カイオが言葉とともに魔力を解放すると、圧縮された炎で形成された槍は轟音とともに爆発した。

 爆発の規模自体は先ほどの火球に劣るが、さすがに体内で爆発されれば、さしもの大型種であってもひとたまりもない。


「ゴ…ァ…」


 ほとんど体を真っ二つに千切れさせながら、大型種は崩れ落ちた。
 明らかに致命傷で、二度と立ち上がる気配はない。

 それを見ていた残り僅かな鬼人たちは、恐怖に駆られたのか慌てて逃げていく。 


「やっと、終わった…」 
「さすがに疲れましたね。少し休みましょう」 


 追いかける気力も湧かず、セノンはその場に座り込んだ。
 肉体の強度を超えた強化の反動で、体中の筋肉や骨が痛む。

 カイオも大規模な魔法を連発したため、魔力を失い顔から血の気が引いている。 


「お怪我はありませんか」 
「大丈夫…過剰強化の反動で体はあちこち痛いけど…いてて」 
「前から思っていたのですが、それは回復魔法で治せないのですか?」 
「反動で傷んだ体を治すのって、外傷を治すのとは勝手が違ってあんまりうまくいかないんだよ…」 


 言いながら、自分の胸に手を当てて回復魔法をかける。完治は出来ないが、痛みは多少よくなる。 


 そこでセノンは、カイオの肩のあたりに血が滲んでいるのに気付いた。
 身に着けている皮鎧も少し損傷している。


「というか、カイオが怪我してる。珍しい」 
「おや本当ですね。気が付きませんでした」 
「治すよ」 
「いえ、そこまでの怪我では…」 
「その場所だと、腕動かすと傷むでしょ。そのくらい簡単に治せるし、見せて」 


 おそらく、幻惑魔法を使った際につけられた傷だろう。
 遠慮するカイオを制し、近づいて肩の傷口に手をかざす。

 魔法を構築し回復魔法をかけると、大した傷ではなかったため数秒の治療で傷は癒えた。すぐに跡も見えなくなる。 


「ありがとうございます。やはり、回復魔法が使えると便利ですね」 
「…僕としては、カイオみたいに黒魔法を使いこなせるほうが羨ましいけどね」 


 苦々しげにセノンは言う。
 このコンビはこと魔法においては、綺麗に得意分野が分かれていた。 

 黒魔法と白魔法。
 それは対象に害を与えるか、変化を及ぼすに留めるかの違いを持つ。
 

 セノンは白魔法、特に回復と強化には高い適性を見せるが、黒魔法は苦手だ。

 全く使えないわけではないが、カイオほどの威力は出せず、また低威力の魔法でも魔力消費が大きく効率がすこぶる悪い。

 広範囲への攻撃や、大型魔獣でも屠りうる高威力の黒魔法は、セノンとしては羨ましくてしょうがなかった。 


「私の黒魔法は、専門家に比べれば大したものではありませんがね」 


 一方でカイオは黒魔法…特に火炎魔法と幻惑魔法は見事に使いこなすが、白魔法は一切使えない。
 その指にはめられた発動体は、セノンのものとは性質の違う、黒魔法用のものだ。 


「そんなことないよ。いつもうまく敵を仕留めてくれるじゃないか」 
「以前にもお伝えしましたが、私の黒魔法が普段十分な効果を発揮しているのは、ひとえにセノン様のサポートが優れているからです」 


 なおも羨むセノンの言葉を、カイオが諫める。 


「セノン様に当たらないよう配慮したり、魔獣に当てやすいよう投射速度に気を使ったりすれば、私の能力では大した威力は出せません」


 通常の場合であれば、術師は仲間を巻き込んだりしないように合図を出したり魔法の軌道・発射タイミングを工夫したりする必要がある。 

 だがセノン相手であればそれが不要だ。

 ただ魔力を高め切った適切なタイミングで魔法を放つことにだけ専念でき、ほぼ威力以外に気を使う必要がない。
 加えて、魔法が当たりやすいようかく乱してくれるオマケつきだ。

 僅かな音で発動を聞き分けられるセノンには合図が必要ないため、発動を敵に気づかれにくいのもプラスに働く。 


「ただ今日の最後は特に、十分な威力を出すためにセノン様に無理をお願いしてしまいました」


 カイオはどことなく申し訳なさそうに、そう述べる。
 やむを得ずとはいえ、セノンに負担を強いたのは本意ではなかったらしい。


「あまりにも威力に力を注ぎすぎたせいで射程も効果範囲を極めて低く、セノン様が上手く動きを止めてくれなければまず当たりませんでした。普通ならあんな魔法、まったく使い物になりません」 
「確かに、今日のは少し極端だったかな…それでも、頑丈な魔獣を仕留められるのは羨ましいけど」


 セノンの言葉に、しかしカイオはかぶりを振る。 
 

「私からすれば、セノン様の強化魔法の才能の方が羨ましいです。前線に立つものにとっては、そちらがからきしの方が痛いです。中途半端なんですよ、私は」


 程度の差はあれど、ある程度の自己強化魔法は前衛あるいは単独行動にはほぼ必須とされている。

 これがない黒魔法特化型は、一般的には仲間なしには自らの身を守れず、単独ではほぼ何も出来ないと言われるのが半ば常識だ。

 他者に効率良く強力な強化魔法を施せる者もまた、あまりにも少ない。 

 しかしカイオは自らの黒魔法の才能にも早々に限界を感じ、剣も扱い接近戦時は幻惑魔法を絡めて戦うという、やや変わったスタイルを用いているのだと言う。 

 セノンから強化魔法をかけて貰うという手段もあるが、セノンも他者への強化魔法は自己強化ほど得意でない。
 かなり魔力効率が悪くなるため、滅多に行わない。

 正確には、セノンは時たま提案するがカイオに遠慮されているのだ。


「そうかなぁ…?」 
「そんなものですよ。得てして人とは、自分に足りない物や出来ない事が羨ましく見えるものです。私も一緒です。いままでどおり、足りないところを補い合えばいいのですよ」


 他者を害する黒魔法と、自分や他者の肉体・魔力などを変質させる白魔法。
 一般的には相反するとされる才能で、高いレベルで同居させているものはほぼいない。

 だからこそ、討伐者たちは徒党を組むのだ。 


「少し話し込みすぎましたね。残党を殲滅し、町に戻りましょう。索敵をお願いします」 
「…了解。さて、どっちに逃げたかな…」 


 聴覚を頼りにされることにわずかに嬉しく感じながら、言われた通りカイオは耳を澄ませる。 


 今の調子ならおそらく殲滅するのに大した時間は必要ないだろうと、セノンは考えた。
 そしてそれは、すぐに間違っていないことが証明された。
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