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10話 犠牲と約束
23.目的
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マルーの言葉に、セノンは眉をひそめる。
優先順位を間違っているのではないかと感じ、それを正そうと口を開く。
「けど、それじゃ…」
「まず初歩的な魔法だけを身に着けて実践を重ねるというのも、まあ悪い話ではありません。実戦経験を経て構築能力や魔力操作の技術が向上すれば、高度な魔法の習得も容易になります。…セノン様の、お好きなように」
マルーに対しセノンは難色を示そうとしたが、カイオの言葉によってそれは阻まれた。
そうして判断を任されたセノンはしかし、さらに眉をひそめカイオを見る。
「あのさカイオ、ちょっと…」
セノンはカイオに手招きをし、それに従い身を寄せたカイオの耳元に口を寄せる。
マルーに聞こえないよう口元を手で隠して、耳打ちをした。
それを聞いたカイオは何やらくすりと笑い、今度は逆にカイオがセノンに耳打ちをする。
そしてまたセノンが不満そうに眉をひそめる。
「あの…」
二人は何度かそれを繰り返し、その仲睦まじい様子に思わずマルーは声をかけた。
「ひょっとしてお二人って…お付き合いされているんですか?」
ついマルーは、そう問いかけた。
今だけでなく、二人が村に戻った時から、マルーにはそう見えていた。
「いや別に、そんなんじゃ…」
「そうですね。そういう関係ではありません」
しかしその問いかけを、セノンは苦り切った表情で、カイオはにこやかに微笑みながら口をそろえて否定した。
その様子にも、なんだかマルーは違和感を覚えた。
…この従者の女性は、こんな表情をする人だっただろうか。
だが二人のその反応に、マルーはひとまずほっと胸を撫でおろす。
自身がセノンに抱いている感情の正体はまだ分からないが、恋人二人で旅をしていたのであれば、自分がそこに混ぜてもらえる可能性などまずない。
違うのであればお願いを続けようと、話を再開する。
「すみません、突然不躾な質問をして…でも、お願いです。私も連れて行ってください」
「…それなんですけど、やっぱり無理ですよ」
繰り返し懇願するマルーに対し、しかしセノンははっきりとそう口にした。
マルーはそれに納得がいかず、追いすがる。
「どうしてですか?私、きっと役に立ちます!どんなことだってやってみせます!だから…!」
「…現状、回復魔法は僕だけでほぼ間に合ってるんです。それに、僕たちは結構厄介な魔獣の討伐を積極的にこなしています。正直、初歩的な魔法が少し使えるくらいでは、戦力として心許ないんです」
セノンは加入が許容できない理由を、丁寧に説明をし始めた。
実はこれまでにも、何度か他の討伐者を仲間に迎え入れたことはあった。
だがその多くは二人の戦いについてこれず、実力的な問題で早々に離脱している。
まあ異なる理由で離脱したことも少なくはないのだが。
ある程度経験を積んだ討伐者でこれなのだから、いくら豊かな才能があるといえ、実戦経験ゼロのマルーがついてこれるはずがない。
それは試すまでもなく、明らかなことだ。
「僕たちが戦う魔獣は、はっきり言ってとても危険です。術師として駆け出しですらないマルーさんが、相手をするべきじゃないです。…せっかく助かった命を、必要以上に危険に晒すべきじゃない」
セノンの言葉に、マルーは言い返せずしばし沈黙した。
その言葉はマルーの身の安全を気遣ってのものだったが、今のマルーにとってそれは嬉しくない言葉だった。
だが今のままでは、助けるどころか足手まといにしかならないのだという事を、マルーは理解した。
「…強くなれば、いいの?」
「え?」
唐突なつぶやきに、セノンは聞き返す。
「私が強くなれば、あなた方と並んで戦えるくらい強くなれば、一緒に連れて行ってもらえますか?」
「それは…まあ…」
「なら私、強くなります。魔法をたくさん身に着けて、あなた方を助けます。…待ってて下さい!」
マルーは決意を新たに、そう宣言する。
一度離れてしまうのは、もう避けられそうにない。
でもそれなら急いで役立てるように力を蓄え、一刻も早く再開を目指せばいいのだと、そう思いなおした。
マルーは明確にこれから自身のやりたいこと、やるべきことを見定めた。
「えっと、あの…?」
「すぐに、すぐに追いついてみせます。見ててください!」
マルーの力のこもった声に、セノンはたじろぐ。
セノンは生まれて初めて、他者が自身の生きる目標を見つける瞬間を目撃してしまった。
だがそれはきっと、ずっと死ぬために生きていた少女にとって、必要なものだったのだ。
「は、はい…頑張って、ください…?」
その熱量に、セノンは馬鹿みたいな返事を返すことしかできなかった。
一方そのやりとりを眺めるカイオ眼差しは、まるで無風の湖面のように穏やかであり、一切の揺らめきも見られなかった。
優先順位を間違っているのではないかと感じ、それを正そうと口を開く。
「けど、それじゃ…」
「まず初歩的な魔法だけを身に着けて実践を重ねるというのも、まあ悪い話ではありません。実戦経験を経て構築能力や魔力操作の技術が向上すれば、高度な魔法の習得も容易になります。…セノン様の、お好きなように」
マルーに対しセノンは難色を示そうとしたが、カイオの言葉によってそれは阻まれた。
そうして判断を任されたセノンはしかし、さらに眉をひそめカイオを見る。
「あのさカイオ、ちょっと…」
セノンはカイオに手招きをし、それに従い身を寄せたカイオの耳元に口を寄せる。
マルーに聞こえないよう口元を手で隠して、耳打ちをした。
それを聞いたカイオは何やらくすりと笑い、今度は逆にカイオがセノンに耳打ちをする。
そしてまたセノンが不満そうに眉をひそめる。
「あの…」
二人は何度かそれを繰り返し、その仲睦まじい様子に思わずマルーは声をかけた。
「ひょっとしてお二人って…お付き合いされているんですか?」
ついマルーは、そう問いかけた。
今だけでなく、二人が村に戻った時から、マルーにはそう見えていた。
「いや別に、そんなんじゃ…」
「そうですね。そういう関係ではありません」
しかしその問いかけを、セノンは苦り切った表情で、カイオはにこやかに微笑みながら口をそろえて否定した。
その様子にも、なんだかマルーは違和感を覚えた。
…この従者の女性は、こんな表情をする人だっただろうか。
だが二人のその反応に、マルーはひとまずほっと胸を撫でおろす。
自身がセノンに抱いている感情の正体はまだ分からないが、恋人二人で旅をしていたのであれば、自分がそこに混ぜてもらえる可能性などまずない。
違うのであればお願いを続けようと、話を再開する。
「すみません、突然不躾な質問をして…でも、お願いです。私も連れて行ってください」
「…それなんですけど、やっぱり無理ですよ」
繰り返し懇願するマルーに対し、しかしセノンははっきりとそう口にした。
マルーはそれに納得がいかず、追いすがる。
「どうしてですか?私、きっと役に立ちます!どんなことだってやってみせます!だから…!」
「…現状、回復魔法は僕だけでほぼ間に合ってるんです。それに、僕たちは結構厄介な魔獣の討伐を積極的にこなしています。正直、初歩的な魔法が少し使えるくらいでは、戦力として心許ないんです」
セノンは加入が許容できない理由を、丁寧に説明をし始めた。
実はこれまでにも、何度か他の討伐者を仲間に迎え入れたことはあった。
だがその多くは二人の戦いについてこれず、実力的な問題で早々に離脱している。
まあ異なる理由で離脱したことも少なくはないのだが。
ある程度経験を積んだ討伐者でこれなのだから、いくら豊かな才能があるといえ、実戦経験ゼロのマルーがついてこれるはずがない。
それは試すまでもなく、明らかなことだ。
「僕たちが戦う魔獣は、はっきり言ってとても危険です。術師として駆け出しですらないマルーさんが、相手をするべきじゃないです。…せっかく助かった命を、必要以上に危険に晒すべきじゃない」
セノンの言葉に、マルーは言い返せずしばし沈黙した。
その言葉はマルーの身の安全を気遣ってのものだったが、今のマルーにとってそれは嬉しくない言葉だった。
だが今のままでは、助けるどころか足手まといにしかならないのだという事を、マルーは理解した。
「…強くなれば、いいの?」
「え?」
唐突なつぶやきに、セノンは聞き返す。
「私が強くなれば、あなた方と並んで戦えるくらい強くなれば、一緒に連れて行ってもらえますか?」
「それは…まあ…」
「なら私、強くなります。魔法をたくさん身に着けて、あなた方を助けます。…待ってて下さい!」
マルーは決意を新たに、そう宣言する。
一度離れてしまうのは、もう避けられそうにない。
でもそれなら急いで役立てるように力を蓄え、一刻も早く再開を目指せばいいのだと、そう思いなおした。
マルーは明確にこれから自身のやりたいこと、やるべきことを見定めた。
「えっと、あの…?」
「すぐに、すぐに追いついてみせます。見ててください!」
マルーの力のこもった声に、セノンはたじろぐ。
セノンは生まれて初めて、他者が自身の生きる目標を見つける瞬間を目撃してしまった。
だがそれはきっと、ずっと死ぬために生きていた少女にとって、必要なものだったのだ。
「は、はい…頑張って、ください…?」
その熱量に、セノンは馬鹿みたいな返事を返すことしかできなかった。
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