悩める勇者と偽り従者

無糖黒

文字の大きさ
94 / 103
10話 犠牲と約束

23.目的

しおりを挟む
 マルーの言葉に、セノンは眉をひそめる。
 優先順位を間違っているのではないかと感じ、それを正そうと口を開く。


「けど、それじゃ…」 
「まず初歩的な魔法だけを身に着けて実践を重ねるというのも、まあ悪い話ではありません。実戦経験を経て構築能力や魔力操作の技術が向上すれば、高度な魔法の習得も容易になります。…セノン様の、お好きなように」 


 マルーに対しセノンは難色を示そうとしたが、カイオの言葉によってそれは阻まれた。
 そうして判断を任されたセノンはしかし、さらに眉をひそめカイオを見る。 


「あのさカイオ、ちょっと…」 


 セノンはカイオに手招きをし、それに従い身を寄せたカイオの耳元に口を寄せる。
 マルーに聞こえないよう口元を手で隠して、耳打ちをした。

 それを聞いたカイオは何やらくすりと笑い、今度は逆にカイオがセノンに耳打ちをする。
 そしてまたセノンが不満そうに眉をひそめる。 


「あの…」 


 二人は何度かそれを繰り返し、その仲睦まじい様子に思わずマルーは声をかけた。 


「ひょっとしてお二人って…お付き合いされているんですか?」 


 ついマルーは、そう問いかけた。
 今だけでなく、二人が村に戻った時から、マルーにはそう見えていた。 


「いや別に、そんなんじゃ…」 
「そうですね。そういう関係ではありません」 


 しかしその問いかけを、セノンは苦り切った表情で、カイオはにこやかに微笑みながら口をそろえて否定した。 

 その様子にも、なんだかマルーは違和感を覚えた。
 …この従者の女性は、こんな表情をする人だっただろうか。

 だが二人のその反応に、マルーはひとまずほっと胸を撫でおろす。

 自身がセノンに抱いている感情の正体はまだ分からないが、恋人二人で旅をしていたのであれば、自分がそこに混ぜてもらえる可能性などまずない。

 違うのであればお願いを続けようと、話を再開する。


「すみません、突然不躾な質問をして…でも、お願いです。私も連れて行ってください」 
「…それなんですけど、やっぱり無理ですよ」 


 繰り返し懇願するマルーに対し、しかしセノンははっきりとそう口にした。
 マルーはそれに納得がいかず、追いすがる。 


「どうしてですか?私、きっと役に立ちます!どんなことだってやってみせます!だから…!」 
「…現状、回復魔法は僕だけでほぼ間に合ってるんです。それに、僕たちは結構厄介な魔獣の討伐を積極的にこなしています。正直、初歩的な魔法が少し使えるくらいでは、戦力として心許ないんです」 


 セノンは加入が許容できない理由を、丁寧に説明をし始めた。

 実はこれまでにも、何度か他の討伐者を仲間に迎え入れたことはあった。
 だがその多くは二人の戦いについてこれず、実力的な問題で早々に離脱している。

 まあ異なる理由で離脱したことも少なくはないのだが。

 ある程度経験を積んだ討伐者でこれなのだから、いくら豊かな才能があるといえ、実戦経験ゼロのマルーがついてこれるはずがない。
 それは試すまでもなく、明らかなことだ。


「僕たちが戦う魔獣は、はっきり言ってとても危険です。術師として駆け出しですらないマルーさんが、相手をするべきじゃないです。…せっかく助かった命を、必要以上に危険に晒すべきじゃない」 


 セノンの言葉に、マルーは言い返せずしばし沈黙した。
 その言葉はマルーの身の安全を気遣ってのものだったが、今のマルーにとってそれは嬉しくない言葉だった。

 だが今のままでは、助けるどころか足手まといにしかならないのだという事を、マルーは理解した。


「…強くなれば、いいの?」 
「え?」 


 唐突なつぶやきに、セノンは聞き返す。 


「私が強くなれば、あなた方と並んで戦えるくらい強くなれば、一緒に連れて行ってもらえますか?」 
「それは…まあ…」 
「なら私、強くなります。魔法をたくさん身に着けて、あなた方を助けます。…待ってて下さい!」 


 マルーは決意を新たに、そう宣言する。
 一度離れてしまうのは、もう避けられそうにない。

 でもそれなら急いで役立てるように力を蓄え、一刻も早く再開を目指せばいいのだと、そう思いなおした。
 マルーは明確にこれから自身のやりたいこと、やるべきことを見定めた。


「えっと、あの…?」
「すぐに、すぐに追いついてみせます。見ててください!」


 マルーの力のこもった声に、セノンはたじろぐ。

 セノンは生まれて初めて、他者が自身の生きる目標を見つける瞬間を目撃してしまった。
 だがそれはきっと、ずっと死ぬために生きていた少女にとって、必要なものだったのだ。 


「は、はい…頑張って、ください…?」 


 その熱量に、セノンは馬鹿みたいな返事を返すことしかできなかった。

 一方そのやりとりを眺めるカイオ眼差しは、まるで無風の湖面のように穏やかであり、一切の揺らめきも見られなかった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...