グッバイ運命

星羽なま

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#4.ふたご座流星群-2-

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 琉志と出会ってから二度目の冬。
 屋上で発情している琉志を見つけたあの日から、もう一年が経とうとしている。
 木々には霜が張り、コンクリートの地面は所々凍っている。空気は白い息が出るほどに冷たく澄んでいる。
 誰も好んで外にいることはなく、生徒は校内で温かい飲み物を手にしながら、寒さを凌いでいる人が増えた。
 悠透の周りはクリスマスの話題も持ち出されるようになり、皆クリスマスを楽しみにしているようだ。
 去年までは、このシーズンが酷く嫌いだった。
 街中にはイルミネーションで光が増え、それに伴い街中にカップルが増えた。夜に煌めく電灯たちと、手を繋ぎ幸せそうにする人たちが、反吐へどが出るほど嫌だった。
 しかし今年だけは少し違い、その独特な世間の雰囲気に嫌悪感は薄れていた。
 クリスマス当日、琉志と一緒に過ごす予定はないが、今までより日々が充実しているだけで、ここまで寛容になれるらしい。
 琉志と一緒にいるようになってから、すさんだ気持ちがほんの少し、マシになっている気がした。

「さすがにかなり寒くなったな~」
「だな」
「外にいるのなんて俺らくらいだぞ」

 そう言い琉志は笑って見せ、つられて悠透も笑ってしまう。
 実際は笑えないほどの寒さだが、ふたりでいれば不思議とこうして笑えるくらいだ。
 出会って一年経つということは、屋上で過ごすのももう一年ほど。
 雪が降っていた極寒の冬から始まり、桜が舞い暖かい陽に包まれた春、風にも熱を帯びていた猛暑の夏、葉が赤く染まり心地よい風に吹かれた秋。そしてまた冬がやって来る。
 この場所で、琉志と一緒に四季を感じ、毎年苦痛だった夏と冬も含め、全て好きだと思える季節に変わった。
 一年も一緒にいれば徐々に距離は縮まっていき、最近では当たり前にお互いの肩にもたれかかるようにして、肩を密着させて隣に座っている。
 空気に直で触れる手と顔は、痛さを感じてくるほどに冷えて赤くなっているが、くっついて共有される体温に、不思議と体は暖かかった。

「あっ、そういえば!」
「なに?」
「今日流星群らしい」

 琉志は先ほどまで下を向きスマホゲームをしていて、急に顔を上げたかと思えば突拍子もないことを言い出す。
 声のトーンで明らかに楽しみなのが伝わって、少し意外だった。
 これまで星はもちろん、空や海など、自然について興味を持っているような話を聞いたことがなかった。だから勝手に、そういうものには無関心なのだと思っていた。

「そうなんだ、星興味あんの?」
「今年は雲がなくてよく見えるって記事回ってきて、ちょっと気になったんだ~」

 無邪気な表情をして、いつものクールな顔立ちは少し幼くなった。
 こんなに可愛い顔もするのかと、新しい一面を見て、好きという感情がまた少し増えてしまう。

「でも俺の家で見えんのかなー」

 琉志はまたスマホを開いて方角や時間帯を調べ、画面と睨めっこをしながらそう呟いた。

「一緒に俺ん家帰って、見る?」

 一年も一緒にいれば、学校外で会っていてもおかしくないはずだが、ふたりはこの場以外で会ったことはない。
 オメガだということを気にして一緒に帰れないのなら、休日に家で会ったりできないかと考えることは度々あった。
 それでも悠透はここから先の関係に踏み出す勇気がなく、琉志も今の距離感を保っているような気がして、誘うことはしてこなかった。
 しかし今は、琉志が珍しい話題を出し、家で見えるかなと言ったことに意味があるのではないかと、期待してしまう。
 ふたりの関係を少し変えられるのなら、今しかないような気がして、断られるかもしれないと思いながら、勇気を振り絞って誘ってみた。

「…うん」

 求めていた言葉だったのか定かではないが、琉志は俯きながら小さく返事をした。
 ふたりはこの日、初めて一緒に屋上を後にした。
 初めて学校の廊下を、帰り道を一緒に並んで歩いた。
 初めて一緒に同じ家へ帰った。



「おまえんち、金持ち?」

 悠透の家に着き、リビングのソファに座ると、琉志はふとそう言った。
 二階建ての一軒家で、豪邸というほどの広さはないが、白で統一された洒落た外観、家具も質のいい物で揃えられていて、そう思うことはおかしくない。
 それに裕福な暮らしを送っていたことは事実だ。

「まあ、じいちゃんが。父親がアルファの弟連れて出てって、この家はじいちゃんが母親と俺の為に建ててくれた。母親は俺のこと育てられなくて急に消えたけどね。その後はここにじいちゃんとばあちゃんと俺で住んでて、俺が大学生になって一人暮らしさせる為に、二人は元の家に戻ったって感じ」
「へえ~、良いじいちゃんとばあちゃんで良かったな」
「うん」

 悠透の祖父はアルファ、祖母はオメガで番関係にあり、夫婦だった。
 番うことと結婚は別物で、男女でも結婚をせず番関係になる人は少なくない。悠透の親は番関係にあったが、結婚はしていなかった。
 それにアルファは番を他にもつくることができる。
 アルファからすれば結婚もしていない番など、簡単に捨ててしまうことができる。
 しかし、祖父は祖母と結婚し、番ったのも祖母だけだった。
 毎日幸せそうに過ごす二人を間近で見て、正直羨ましいと感じることも多かった。
 だから、昔からわかっていた。オメガはアルファと結ばれることが、一番の幸せなのだと。

「ナギサは実家?」
「そう、父親と二人。あ、オメガのな。もう片方の父親は出てったらしいけど、俺が物心ついた時には既にいなかったから、見たことはないなー」
「そっか。ナギサはオメガの親のこと…」

『母親って呼ばないのか?』
 そう聞こうとして、無神経だと思い咄嗟に飲み込んだ。
 この世界では、男性オメガは付き合えば「彼女」、結婚すれば「妻」と呼ばれることが多い。
 そして、子供ができれば「母親」だ。
 おそらく、男性オメガは同性で結ばれることが多いからだろうが、悠透は自分は男なのに、何故そう呼ばれなければならないのかと疑問だった。
 だが、もし産んだ親が男のオメガだったなら、悠透も「母親」と呼んだだろう。それが世間では当たり前だからだ。
 それでも琉志は、世間体など気にせず「父親」と呼ぶ。
 きっと、琉志はこの腐った世界に染まってしまうことはないのだろうと思った。

「ん?」
「その親のこと、好き?」
「うん、好きだよ」

 誤魔化しで振った質問に、琉志は少し照れ臭くなりながら答えた。

「そう言うと思った。ナギサに似てるなら、ちょっと気になるな」

 その言葉を向けられる親が羨ましいと思ったし、自分が好きな琉志を産んで育てた親がどんな人なのか、興味が湧いた。

「顔も性格も似てないな。父さんは顔綺麗だし、性格はかっこいいから」
「いや…」
「まあでも、いつか会って欲しいかな」


 それからふたりは、悠透が作ったオムライスを食べ、それぞれ風呂に入った後、二階のベランダへと向かった。
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