鈴木よしお地獄道

haniwaba

文字の大きさ
24 / 30

愛の伝道師①

 ◆

 鈴木よしおは愛を知らない。

 これは比喩ではなく、文字通りの意味だ。彼は施設で育った。両親の顔を知らない。名前すら知らない。物心ついた時にはもう施設にいて、同じような境遇の子供達と共に、誰にも選ばれない日々を過ごした。

 施設の職員は親切だった。少なくとも虐待はなかった。しかし職員の親切と親の愛は別の物質でできている。化学式が違う。味も匂いも手触りも違う。よしおはその違いを幼少期に肌で理解し、しかし「本物」がどんなものかを知らないまま大人になった。

 これは致命傷だ。

 致命傷であるにもかかわらず、人間は死なない限り生きていかなければならない。よしおは学業を修め、大手証券会社に就職し、激務と罵声と不条理を煮詰めたような環境で揉まれ、その過程で驚くべき処世術を身につけた。

 人間が他者に求めるものは畢竟二つしかない。「理解してほしい」と「認めてほしい」だ。この二つを適切な配分で供給してやれば、大抵の人間関係は上手くまわる。よしおは賢かったから、この法則を二十代前半で発見した。

 発見してからの彼は無敵だった。上司にも同僚にも顧客にも好かれた。飲み会では聞き役に徹し、相手の自尊心を傷つけない角度から的確に相槌を打ち、時折だけ自分の意見を挟むことで「この男は信頼できる」という印象を刷り込んだ。

 善良、誠実、聡明。それが鈴木よしおの代名詞と言えよう。

 しかしこれは愛ではない。

 よしおが構築した人間関係は精密だが、精密であるがゆえに脆い。安全装置を十重二十重に施した弾薬庫が想定外の衝撃で誘爆するように、計算で築いた関係は想定外の力が加わった瞬間に崩壊する。

 礼子との結婚がまさにそれだった。

 ◆

 よしおは礼子を愛していた。これは間違いない。

 しかし「愛している」という感情と「愛を実行する」という行為は別の問題だ。水泳の理論を完璧に理解している人間が溺れるように、よしおは愛の理論を構築する能力はあっても、それを実践する方法を知らなかった。

 礼子に対してもよしおは処世術を使った。自覚はなかった。よしおにとってはそれが人間関係の全てだったのだから仕方がない。

 結果として礼子は、自分が愛されているのか管理されているのかの区別がつかなくなった。よしおの傍にいるとなぜか息苦しい。なぜか孤独を感じる。なぜかこの人と一緒にいるほうが独りでいるよりも寂しい。

 その隙間に別の男が入り込んだ。よしおが信頼していた元上司だ。

 経緯としては陳腐な不倫劇であり、よしおが特別に不運だったとは言い切れない。こんな話は掃いて捨てるほどある。離婚の原因の何割かは確実によしお側にあっただろう。

 だが、よしおにとってはそんな客観的分析など何の慰めにもならない。

 礼子は去った。

 去っただけではない。裏切った。

 ただの裏切りでもない。元上司との間に子供を儲けた。

 この三重の打撃は骨の髄まで罅を入れるには十分すぎた。よしおの精神は決定的に歪んだ。

 ◆

 さて、ここからが本題である。

 精神を歪ませたよしおは、その歪みから噴出する膨大な負の感情を霊力に変換し、祓い手として生きる道を選んだ。これは偶然の産物であり、本来よしおに祓い手の素養があったわけではない。ただ負の感情の量と質が常軌を逸していたために、結果として霊力を発現させたに過ぎない。

 いわば後天的なスピリチュアル・バーサーカーである。

 よしおが祓い手を続ける理由は二つある。

 一つは金だ。ビルメンの手取り16万円では生活が厳しい。祓いの副業で得る報酬は、案件の大きさにもよるが馬鹿にならない。隠し鬼の件では5000万円を手にしている。

 だがこれは表向きの理由であり、本質ではない。

 本質は二つ目だ。

 よしおは愛を知りたいのだ。

 彼の異常な祓い方──怨霊や死霊を物理的に殺霊するのではなく、精神世界に取り込んで「教材」にする殺り方は、この目的から逆算された行為だ。霊的存在というのは、言ってしまえば感情の結晶体である。生前の愛憎、執着、後悔、そういった感情が凝縮されて現世に残ったものだ。

 よしおはそれを取り込むことで、他者の感情を追体験しようとしている。

 呪いの電話の少女霊には親への愛があった。隠し鬼には子を失った母達の慟哭があった。よしおはそれらを吸収し、分析し、カタログ化し、「愛とはこういうものか」と学ぼうとしている。

 これは狂気だ。

 狂気であるが、よしおの論理の中では整合性がとれている。愛を知らない人間が愛を知るために他者の愛を摂取する。食事と同じだ。栄養を外部から取り入れなければ人間は死ぬ。よしおは愛の栄養失調なのだから、外部から愛を摂取しなければ精神が死ぬ。

 だがよしおはこの方法論に亀裂を見出してしまった。

「打算では──たどり着けない気がします。愛の秘密には」

 依子から愛を教わろうとした動機が打算だったと気づいた瞬間、よしおの中で何かが軋んだ。打算で愛を学べるなら証券マン時代に学べている筈だ。打算は彼の最も得意とする領域なのだから。

 ではどうすればいいのか。

 よしおには分からなかった。

 分からないので、とりあえず従来のやり方を続けるしかなかった。愛を摂取し、分析し、カタログを充実させる。いつか量が質に転換する瞬間が来るかもしれない。来ないかもしれない。しかしやめるわけにはいかない。

 なぜなら、やめてしまったら礼子と向き合う資格すら失われるからだ。

 これが鈴木よしおの地獄道である。

 ゴールのない道を、ゴールがあると信じて歩き続ける。信じているというよりは、信じていなければ生きていけないから信じているのだ。信仰と言ってもいい。

 よしおにとって愛の探求は宗教であった。

 そして──。

 ◆

 よしおの休日は質素だ。

 起床は午前7時。平日と変わらない。休日に寝坊をする習慣がない。これは施設育ちの名残であり、また証券マン時代に叩き込まれた規律の残滓でもある。

 起床後は洗顔、歯磨き、体操。体操といっても大した事はしない。腕立て伏せを50回、腹筋を50回、スクワットを30回。祓い手としての肉体を維持するためというよりは、朝の儀式として惰性で続けているだけだ。

 朝食はトーストとコーヒー。パンの耳は食べない。彼はパンの耳が嫌いなのだ。理由は本人にも分からないが、食感が嫌いなのだという。ちなみにパンの耳を捨てるのは勿体ないので、小さく千切って冷凍し、後日フレンチトーストの材料にしている。よしおは意外と合理的な男であった。

 それから掃除。自室の掃除はビルメンとしての矜持にかかわる問題であり、よしおの部屋は常に光沢度でいえば50は下らない状態が維持されている。一般家庭の床に光沢度を持ち出す男は日本に何人いるのか定かではないが、少なくとも一人はいる。

 掃除が終わると映画鑑賞の時間だ。

 ◆

 よしおはハッピーエンドの映画が好きだ。

 これは一見すると彼の陰鬱な性格に似合わないが、よく考えれば当然のことだ。日常的に怨霊や死霊と対峙し、人間の暗部を吸い込み続けている男が、余暇にまで陰惨なものを摂取したいとは思わないだろう。

 よしおの映画鑑賞にはもう一つの目的がある。

 愛のケーススタディだ。

 恋愛映画、家族映画、友情映画。よしおはそういった作品を観ながら、登場人物達の愛の形を観察し、自分なりに分析する。「この場面で主人公が恋人を抱きしめたのは、相手の不安を感知したからだ」「この父親が息子を叱ったのは、息子の将来を心配しているからだ」といった具合に。

 まるで試合のビデオを研究するアスリートのような視線で、よしおは映画の中の愛を分析していた。

 だが、よしおも馬鹿ではない。

 映画の中の愛が創作であることは理解している。脚本家が書き、俳優が演じ、監督が編集した「理想の愛」だ。現実の愛はもっと不格好で、もっと面倒で、もっと分かりにくい。

 それでも観る。他に参考資料がないのだから仕方がない。

 この日よしおが観たのは二〇一〇年のアメリカ映画で、末期癌の妻を介護する夫の物語だった。よしおは映画の終盤、夫が妻の手を握りながら「君と出会えてよかった」と言う場面で、自分が泣いている事に気づいた。

 涙の理由はよしおにも判然としない。感動したのか、羨ましかったのか、あるいはただ単に自分にはこういう経験が永遠に訪れないであろうことを悟ったからなのか。

 よしおは涙を拭い、映画を停止し、靴を履いた。

 本屋に行こうと思ったのだ。

 素晴らしい愛の映画を観て、よしおは何かがつかめそうな気がしていた。

 こういう時はイケイケドンドン、押せ押せドンドンである。

 何事も勢いが大事なのだ──よしおはそれを証券会社で体得していた。

 ◆

 よしおが向かったのは自宅から徒歩15分ほどの場所にある中規模の書店だった。

 チェーン展開している書店で、品揃えは可もなく不可もない。しかしよしおがこの書店を選ぶ理由は品揃えではなく、人文書のコーナーが奥まった場所にあり、長時間の立ち読みをしても店員の視線を感じにくいという一点に尽きる。

 よしおは人文書のコーナーに直行した。

 彼が手に取ったのはエーリッヒ・フロムの『愛するということ』だった。1956年に出版された古典的名著であり、日本語訳は紀伊國屋書店から刊行されている。定価は本体1,300円。まあよしおはこの本を過去に三回読んでいるのだが。

 三回読んで、三回とも途中で本を閉じた。

 フロムは愛を「技術」であると主張している。才能ではなく技術であるから、学び、訓練すれば誰でも習得できると。この主張はよしおにとって希望の光であると同時に、残酷な宣告でもあった。

 技術であるならば習得できる筈だ。よしおは技術の習得が得意だ。証券マンとしてのスキル、ビルメンとしてのスキル、祓い手としてのスキル、全て後天的に獲得した技術だ。

 だがフロムが説く愛の技術の核心は「自分自身を愛する能力」にある。

 ここでよしおは躓く。

 よしおは自分が嫌いなのだ。

 嫌いというよりも、自分という存在の価値が分からないのだ。施設で育ち、誰にも選ばれなかった子供は、自分が愛されるに値する存在だという確信を持てないまま大人になる。そしてその確信のなさが礼子との関係を蝕み、蝕まれた関係が崩壊し、崩壊の痛みがさらに自己評価を削り取る。

 自己承認のデフレ・スパイラルである。

 よしおはフロムの本を棚に戻し、隣にあったアラン・ド・ボトンの『なぜその人を好きになるのか』を手に取り、パラパラとめくり、やはり棚に戻した。次にベル・フックスの『オール・アバウト・ラブ』を手に取ったが、翻訳が肌に合わず三ページで断念した。

 よしおは溜息をついた。

 書籍から愛を学ぼうとする行為自体が打算ではないのかという疑問が、いま彼の脳裏をよぎったからだ。

 打算ではたどり着けないと自分で言ったくせに、打算以外のやり方が思いつかない。地図なしで砂漠を歩いているようなものだ。方角も距離も分からない。分からないが歩くしかない。歩くしかないから歩いている。

 結句、よしおは手ぶらで書店を出た。

 ◆

 書店の自動ドアを抜けた瞬間、よしおの鼻腔を甘い匂いが掠めた。

 焼き芋の匂いではない。香水だ。しかし安い香水ではない。ブルガリかシャネルか、その辺りの価格帯の、控えめだが確実に「良い匂い」だと分かる香りだった。

 匂いの主は書店の入口脇に立っていた若い女だった。二十代半ばくらいだろうか。清潔感のあるブラウスにロングスカートという格好で、髪は一つに束ねている。首元に小さなペンダントが光っていた。

 よしおは彼女の存在を認識はしたが、特に意識はしなかった。良い女になど興味はない。よしおが興味あるのは良い愛のみだ。

 だが──女の方がよしおに声をかけたではないか。

「あの、すみません」

 よしおは足を止めた。

 道を聞かれるのかと思った。よしおはそういう時に無視ができない性格だ。狂ってはいるが基本的には善良なのだ。

「はい」

 よしおが応じると、女は柔らかい笑顔を向けた。

「お一人ですか?」

 初めにいっておくが、この女はかなりタチの悪い新興宗教の勧誘員である。無論、よしおはそれを知らない。

 ◆

 カルト教団の勧誘術には一定のパターンがある。

 これは宗教社会学の分野では既に体系化されており、大まかに分けると以下の三段階で構成される。

 第一段階は「接触」だ。ターゲットの選定と初期コンタクト。狙われやすいのは一人で行動している人間、表情が暗い人間、何かに悩んでいる様子の人間だ。書店の前、駅前、公園、図書館。そういった場所に勧誘員は配置される。

 第二段階は「共感」だ。ターゲットの悩みに寄り添い、「あなたの気持ちは分かります」と伝える。この段階ではまだ教団の名前は出さない。あくまで個人的な善意として接触する。心理学でいうラブ・シャワーの初期段階であり、ターゲットに「この人は味方だ」という印象を植え付ける。

 第三段階は「誘導」だ。共感で築いた信頼関係をてこに、「同じような悩みを持っている人達の集まりがある」と切り出す。勉強会、座談会、交流会。名目は何でもいい。要するに教団の拠点に足を運ばせることが目的だ。

 このプロセスはフット・イン・ザ・ドア技法の典型例であり、小さな要求(話を聞いてもらう)から始めて段階的に大きな要求(集会への参加)へと誘導していく。成功率は接触者全体の約3パーセントから5パーセントとされており、100人に声をかけて3人から5人を釣り上げられれば上出来だ。

 勧誘員に求められる資質は三つ。清潔感、共感力、そして何より「普通っぽさ」だ。異様な風体の人間が声をかけてきたら誰でも警戒する。だからカルトの勧誘員はことさらに普通を装う。普通の服を着て、普通の笑顔を浮かべ、普通の言葉遣いで話しかけてくる。

 書店の前に立っていた女は、この三つの資質を完璧に備えていた。

 ◆

「お一人ですか?」

 女の問いかけに、よしおは特に警戒もせず答えた。

「ええ、一人です」

「なんだか、すこしお疲れのようにお見受けしたので……余計なお世話だったらすみません」

 女は申し訳なさそうに微笑んだ。

 よしおは女の目を見た。目は口ほどにものを言う。証券マン時代に上司から叩き込まれた教訓の一つだ。相手の目を見れば、その人間が何を売りつけようとしているかが大体分かる。

 女の目は穏やかだった。しかし穏やか過ぎた。

 よしおの経験則では、初対面の人間に向けるにしてはやや過剰な好意が込められている。これは営業の目だ。何かを売りつけようとしている人間の目だ。よしおはかつて同じ目をしていた。証券を売っていた頃の自分と同じ目だ。

 しかし、よしおはその場を離れなかった。

 なぜなら女が次にこう言ったからだ。

「実は私、愛について学ぶ会をやっていまして」

 ◆

 !!!! 

 その単語がよしおの聴覚を打ち、脳の奥の何かを震わせた。

 冷静に考えれば、これは勧誘だ。よしおだって分かっている。書店の前で一人の人間に「お疲れですか」と声をかけ、「愛について学ぶ会」を持ち出す。典型的なカルトの導線だ。

 分かっている。

 分かっているのだが。

「愛について、ですか」

 よしおの声に、ほんの僅かだが色が混じった。

 女はそれを聞き逃さなかった。勧誘のプロだ。ターゲットの声のトーンの変化、目の動き、体の向き。微細な反応を読み取ることに長けている。

「はい。さまざまな方が参加されています。人間関係に悩んでいる方、孤独を感じている方、大切な人との関係を修復したいと思っている方……」

 最後の一言が、よしおの肋骨の隙間を縫って心臓に届いた。

 大切な人との関係を修復したい。

 礼子の顔がよしおの脳裏に浮かんだ。

「……詳しく聞いてもいいですか」

 よしおは自分でも驚くほど自然にそう言っていた。

 打算ではたどり着けないと言ったくせに、本で学ぼうとした。それも打算だった。映画で学ぼうとした。それも打算だった。怨霊を教材にした。それも打算だった。

 ならば、人間から直接学ぶのはどうだろう。

 それもまた打算には違いないのだが、よしおの思考回路は疲弊しており、その矛盾を指摘する機能が一時的に麻痺していた。

 女は嬉しそうに微笑んだ。

「もちろんです。近くに集会所があるんです。よかったら少しだけ、覗いてみませんか?」

感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

実話怪談・短編集◆とほかみ◆

茶房の幽霊店主
ホラー
■【実話怪談】を短編・読み切りでまとめています。(ヒトコワ・手記も含む) ■筆者自身の体験談、お客様、匿名様からのDM、相談者様からの相談内容、  体験談をベースとしたものを、小説形式で読めるようにしました。 ■筆者以外の体験談の場合、体験者ご本人からの掲載許可をいただいています。 ■実話怪談と銘を打ってはいますが、エンタメとして楽しんでいただけたら幸いです。 ※pixiv・カクヨムへ掲載した作品の【完全版】です。

きさらぎ駅

水野華奈
ホラー
親友から電話があった。 きさらぎ駅という場所にいるらしい… 日常の中の小さな恐怖が今始まる。 触れてしまったが最後。 二度と戻れない。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】 ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。 八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。 === エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中 【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】 【怖さレベル】 ★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度 ★★☆ ふつうに怖い話 ★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話 ※8/2 Kindleにて電子書籍化しました 『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』

終焉列島:ゾンビに沈む国

もちもちほっぺ
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。