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第1章:押し倒されて始まる異世界生活。

第4話:聖女様の聖水穴。

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 その後の対応は驚くほど速かった。
 僕がとんでもない魔法を使ったというのはすぐに城内に広まり、皆大いに喜んでくれたのはいいんだけど……。
 城に空いた大穴を透明な素材で塞いで、聖女様の聖水穴とかいうギリギリな名前を付けて宴が始まってしまった。

 騎士っぽい人、魔法使い風の人、メイドさん達が入り乱れ、大穴を見上げながらどんちゃんやってる。
 僕が魔法を使った客室の上の階が大広間だったらしく、そこが宴会場になっていた。

 聖女が生み出した水で出来た穴だから聖女様の聖水穴なんだってさ。

 どうやら皆の解釈はクラマが勇者で僕は聖女なんだそうだ。

 聖女……聖女か。
 うふふ、悪くない。
 自分が女の子扱いされるのはなんだか照れ臭いけれど妙に嬉しかった。

 クラマも喜んでくれたらもっと嬉しかったのに。

 とにかく、僕にはとんでもなく魔法の才能があると証明された。
 これは素直に嬉しい。城の人達も怒ってないみたいだし良かった。

 ただ、ひとつだけ問題があって……。

 姫だけは目の前であんな事になったのがトラウマになっちゃったらしくて「み、みずが、みずがぁぁ……!」と繰り返し呟き続け自室に籠ってしまったとの事。

 ほんとごめんだよ……。

「しかしユキナが魔法を使えるようになるとは……」

「えへへ~見直した?」

「……まぁな」

 クラマはメイドさんから渡された葡萄酒みたいなのをちびちびやりながら大穴を見上げる。

「あれ? クラマってお酒飲むんだっけ?」

「いや、ほとんど飲まない。……だが、こんなの飲まずにやってられないだろう?」

 そう言ってクラマは苦笑い。
 なんだかいろいろ思う所があるらしい。

「それ美味しい?」

「む……、あぁ。普段酒を飲まない俺が言うのもなんだがこのワインはかなり美味いな」

 そっか。それやっぱりワインなんだ? 僕もアルコールは飲まないんだけど、クラマがそこまで言うならよほど美味しいんだろう。

 周囲を見渡してみたけれどメイドさんは兵士さん達にお酒を配るので忙しいみたいだった。

「ねぇ、それちょっとちょうだい」

「お、おい……これは俺の飲みかけで……」

「どうしたの? 今までそんなの気にした事ないくせに」

 クラマはほんのり顔を赤くしながら「以前と今では状況が違うだろうが」と言って僕からグラスを遠ざける。

「ちょっと、いじわるしないでよ!」

「ば、馬鹿やめろ密着するな!」

 元の姿よりも背がかなり小さくなってしまった事もあって、以前からかなりあった身長差が更にえぐい事になってる。

 クラマの手からグラスを奪う為にぴょんぴょん飛び跳ねてみたけどまったく届かなかった。

 なんか悔しい。

「まったく……頼むからその身体でひっつくのはやめてくれ。あとできればあまり不用意に飛び跳ねるな」

「……なんで?」

「お前の身体は無駄に煽情を煽るんだよ」

 そう言ってクラマが僕の胸元をチラリと見た。

「……クラマのえっち」

「ば、馬鹿を言うな! 今のは俺じゃなく周りの男どもの視線がだな……!」

「もーらいっ♪」

 慌てふためいているクラマからグラスを奪い取る事に成功した!
 僕の作戦勝ちってやつだね!

「なっ、お前っ、やめとけ! お前は酒を飲むな!」

「大丈夫だってばークラマだって飲んでも平気だったじゃん。どうせそんなにアルコール強くないんでしょ?」

 クラマから奪ったグラスに口をつけ、慌てるクラマを横目に一口。

「……うっま!!」

 なんだこれなんだこれめちゃくちゃおいしい!

「お前なぁ……自分がなんでアルコール飲むの辞めたか覚えてるか?」

 クラマが何か言ってるけどそれどころじゃないこれは美味しすぎる!

「メイドさーん! おかわりちょうだい! なるはやで!」

「おいもう飲みきったのか!? やめろそのくらいにしとけ!」

「何を焦ってるのさークラマってば変なのーあはは♪」

 あたまふわふわするめっちゃきもちいい。
 もっともっと飲みたい。呑みたい。

「はい聖女様、お気に召して何よりです」

 そう言ってメイドさんが新しいグラスを渡してくれた。でもこれじゃ足りないよ。

「そっちちょうだい」

「え、でも……」

「つべこべいってんじゃーねーよぉぉぉ」

 困惑するメイドさんからワインの瓶をひったくってグラスになみなみと注ぎ一気に流し込む。

「ひゃーっ! うんめーっ!!」

「ゆ、ユキナ、それくらいに、な?」

「うっせーぞクラマぁぁぁ。そんなに止めたきゃ力づくで止めてみればいーでしょーっ?」

 どうせできない癖にこのちきんめーっ!

「お、俺を甘く見るなよ……!」

 僕からグラスを奪おうとしてきたので着てるワイシャツの胸元にグラスを突っ込む。

「ばっ、お前何やってるんだ!」

 身体が小さくなったせいでワイシャツがぶかぶかだけど、胸のあたりだけは結構きつめ。
 ボタンを幾つか外して上から谷間に突っ込んだら固定できた。

「えへへ~っ、取れるもんなら取ってみなよぉぉほーれほーれ」

「だからお前に酒を飲ますのは嫌だったんだ。……う、恨むなよ……!」

 クラマがプルプルと震える指先をこちらに伸ばしてくる。

 おー、結構頑張るじゃん!

 クラマが途中で我慢できなくなったらしく目を瞑ってしまったので狙いがズレて僕の胸にほよんと触れた。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

 クラマが悲鳴を上げて飛びのく。

「なんだぁその反応はーっ! レディに対して失礼だろうがーっ!」

「だ、誰がレディなんだ誰が! くそっ、しかしあながち否定もできん……」

 悔しそうにそんな事を言いながらも、さすがクラマというべきか。きっちりグラスは回収されていた。

「まったく、お前はもう酒を飲むな。いいな?」

「ごっきゅごっきゅ」

「お、おいお前それはズルいぞ!!」

 別にグラスが無いなら瓶から直接飲めばいいじゃない。

「ひゃーっ! さいこーっ! みんなぁぁっ! 盛り上がってるかーいっ!?」

「「「「おぉぉぉぉぉぉっ!」」」」

 その場に居る騎士も兵士も魔法使いもみんな一緒になって拳を上にあげる。

「夜は長いぞーっ! 今日はたっぷり飲んで気持ちよくなろうねーっ♪」

「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」


 クラマが僕を絶望したような表情で見つめていた。

「なんらぁーその辛気臭い顔わーお前ものめーっ!」

 メイドさんからグラスを貰ってワインを注ぎ、クラマに突き出す。

「や、やめろ。こっちに来るな! それと胸元のボタンを閉めろ!」

「聖女様の酒が飲めねーってのかーっ!? おぉぉん?」

 壁際まで追い込まれたクラマはゴキブリみたいにかさかさと壁沿いに逃げようとする。

「こやーまてーっ! にげゆなーっ! はれっ?」

 追いかけようとした所で足がもつれてしまった。
 あー、これ転ぶわ。顔面めっちゃ打つわー。

「何をやってるんだ馬鹿っ!」

 物凄いスピードでクラマが僕と床の間に滑り込み、受け止めてくれた。

「うへへ……やっぱり、クラマは僕のひーろー」

「この酔っ払いめ……無事だったなら早くどいてくれ……!」

 なんれこのおとこはこんなびしょうじょにのしかかられてそんなかおしてんだー?

 かおがあかくなったりあおくなったりしてつらそうなのにいざというときはちゃんとたすけてくれる。

「ふひひ……くらま、すきーっ」

 そのまま彼を思い切り抱きしめた所まではうっすらと記憶にある。ほんとにうっすらね。

 でも僕はこの日の事を忘れようと決めた。
 そして出来るだけもうお酒は飲まないようにしようと思いました。

 ほんとごめんだよ……。

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