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第1話 唐突な出会い
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さて、困った。
騎士フリッツはある豪勢な貴族の屋敷の庭で、人目に付かぬように頭を掻いた。紫紺の髪と瞳に甘いマスクの見目の良いこの男は、今その美貌によって困った立場にあった。
今日はフリッツの年下の幼馴染みの貴族令嬢ジェナの誕生日で、彼女たっての希望でフリッツは盛大な彼女の誕生日会にやってきたのだ。
そこで偶然聞いてしまった。ジェナが自分との婚約を勝手に発表しようとしていることに。
勿論、フリッツはそんな話は聞いていないし、婚約を承諾した覚えもない。しかし、発表されてしまえば、彼女の名誉の為に話を進めざるを得なくなるだろう。
しかし、何だってそんなトチ狂ったことをしようなんて……。私に気のある素振りを見せていたのは分かっていたけど。
どうしたのものか、とフリッツは隠れるように庭に出て一人悩んでいると、上からポンッと音がした。フリッツが思わず見上げると、頭上に浮いている金髪の女性の姿があった。
えっと戸惑う間もなく、落下してくるその女性を咄嗟にフリッツは受け止める。抱きかかえた女性の青い瞳と目が合う。お互いに驚いた顔でしばし固まっていると、はっとその女性は我に返り、顔を真っ赤にして手足をバタつかせた。
フリッツが地に降ろすと、金髪の女性は恥ずかしそうに弱り顔で頭を下げた。
「す、すみませんっ……」
「とりあえず、君がどこの誰で、何で急にここへ現れたのか聞いても良いかな? ジェナの知り合い?」
「は、はい。私は街でランプ屋を営んでいるリーネと申します。ランプを作る材料を採取に出掛ける為に、傭兵を雇おうと冒険者ギルドへ行こうとしたいたのですが……」
「ここは貴族の邸宅だよ。冒険者ギルドはもっと南にあるけど」
「……そうなんですね、本当にすみません。隣に住んでいる魔女が最近、転移魔法を覚えたとかで、ギルドまで送ってあげると言われて……」
「失敗したってわけだ」
「はい……」
リーネをがくっと肩を落とした。魔法で唐突に知らない家に飛ばされるなんて恥ずかしいことこの上ない。しかも当然不法侵入である。見つかったら捕まる。
「す、直ぐに出ていきますから。ご迷惑お掛けしましたっ」
頭を下げ、そそくさとこの場を去ろうとするリーネにフリッツは待ったを掛けた。
「な、何でしょうか……?」
呼び止められて、びくびくしながらリーネが振り返る。そして改めて自分を受け止める羽目になった青年の姿を見た。金糸が豪勢に刺繍された青い礼服を纏っている若い男性。
この服装……間違いない、騎士だわ。不味い、捕まっちゃう。
転移魔法なんか頼まなきゃ良かった、とリーネは激しく後悔した。
「本当に悪気は……」
言い募ろうとするリーネを手で制し、フリッツが口を開く。
「君が賊の類でないことは認めるよ。本物ならこんなドジは踏まないだろうしね」
彼の一言にグサッと来たが、ドジなことは事実なのでリーネは項垂れる。
「確か、リーネさんと言ったね」
「はい」
「ランプを作る材料を取りに出掛ける為に護衛を必要としている……」
「そうです」
フリッツはリーネの縮こまった姿を上から下まで眺めた。
金髪に青い目、顔は可愛い。白いブラウスに緑色のシンプルな長いスカートも似合っている。背格好は普通、歳はたぶん自分と同じくらいの20代前半といったところか。
これは使えるかもしれない。
「私にちょっと協力してくれたら、不法侵入の件は隠してあげるよ」
「本当ですかっ!?」
リーネの顔がぱぁっと明るくなる。
「あぁ」
「それで一体、協力とは具体的に何をすれば良いのですか?」
「それなんだけどね……」
フリッツが説明しようとしたとき、幾つもの足音が聞こえてきて、こちらに何人かが早足で近づいてくるのが見えた。その先頭にはブルネットの髪に赤い煌びやかなドレスを着た少女がいる。
「見つかったか……」
困ったように呟き、フリッツは天を仰ぐ。どうやら説明している暇はないようだ。
「リーネさん、とりあえずここは私に任せてくれる?」
騎士フリッツはある豪勢な貴族の屋敷の庭で、人目に付かぬように頭を掻いた。紫紺の髪と瞳に甘いマスクの見目の良いこの男は、今その美貌によって困った立場にあった。
今日はフリッツの年下の幼馴染みの貴族令嬢ジェナの誕生日で、彼女たっての希望でフリッツは盛大な彼女の誕生日会にやってきたのだ。
そこで偶然聞いてしまった。ジェナが自分との婚約を勝手に発表しようとしていることに。
勿論、フリッツはそんな話は聞いていないし、婚約を承諾した覚えもない。しかし、発表されてしまえば、彼女の名誉の為に話を進めざるを得なくなるだろう。
しかし、何だってそんなトチ狂ったことをしようなんて……。私に気のある素振りを見せていたのは分かっていたけど。
どうしたのものか、とフリッツは隠れるように庭に出て一人悩んでいると、上からポンッと音がした。フリッツが思わず見上げると、頭上に浮いている金髪の女性の姿があった。
えっと戸惑う間もなく、落下してくるその女性を咄嗟にフリッツは受け止める。抱きかかえた女性の青い瞳と目が合う。お互いに驚いた顔でしばし固まっていると、はっとその女性は我に返り、顔を真っ赤にして手足をバタつかせた。
フリッツが地に降ろすと、金髪の女性は恥ずかしそうに弱り顔で頭を下げた。
「す、すみませんっ……」
「とりあえず、君がどこの誰で、何で急にここへ現れたのか聞いても良いかな? ジェナの知り合い?」
「は、はい。私は街でランプ屋を営んでいるリーネと申します。ランプを作る材料を採取に出掛ける為に、傭兵を雇おうと冒険者ギルドへ行こうとしたいたのですが……」
「ここは貴族の邸宅だよ。冒険者ギルドはもっと南にあるけど」
「……そうなんですね、本当にすみません。隣に住んでいる魔女が最近、転移魔法を覚えたとかで、ギルドまで送ってあげると言われて……」
「失敗したってわけだ」
「はい……」
リーネをがくっと肩を落とした。魔法で唐突に知らない家に飛ばされるなんて恥ずかしいことこの上ない。しかも当然不法侵入である。見つかったら捕まる。
「す、直ぐに出ていきますから。ご迷惑お掛けしましたっ」
頭を下げ、そそくさとこの場を去ろうとするリーネにフリッツは待ったを掛けた。
「な、何でしょうか……?」
呼び止められて、びくびくしながらリーネが振り返る。そして改めて自分を受け止める羽目になった青年の姿を見た。金糸が豪勢に刺繍された青い礼服を纏っている若い男性。
この服装……間違いない、騎士だわ。不味い、捕まっちゃう。
転移魔法なんか頼まなきゃ良かった、とリーネは激しく後悔した。
「本当に悪気は……」
言い募ろうとするリーネを手で制し、フリッツが口を開く。
「君が賊の類でないことは認めるよ。本物ならこんなドジは踏まないだろうしね」
彼の一言にグサッと来たが、ドジなことは事実なのでリーネは項垂れる。
「確か、リーネさんと言ったね」
「はい」
「ランプを作る材料を取りに出掛ける為に護衛を必要としている……」
「そうです」
フリッツはリーネの縮こまった姿を上から下まで眺めた。
金髪に青い目、顔は可愛い。白いブラウスに緑色のシンプルな長いスカートも似合っている。背格好は普通、歳はたぶん自分と同じくらいの20代前半といったところか。
これは使えるかもしれない。
「私にちょっと協力してくれたら、不法侵入の件は隠してあげるよ」
「本当ですかっ!?」
リーネの顔がぱぁっと明るくなる。
「あぁ」
「それで一体、協力とは具体的に何をすれば良いのですか?」
「それなんだけどね……」
フリッツが説明しようとしたとき、幾つもの足音が聞こえてきて、こちらに何人かが早足で近づいてくるのが見えた。その先頭にはブルネットの髪に赤い煌びやかなドレスを着た少女がいる。
「見つかったか……」
困ったように呟き、フリッツは天を仰ぐ。どうやら説明している暇はないようだ。
「リーネさん、とりあえずここは私に任せてくれる?」
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