呪われた死神侯爵と美味しいハーブティーを

宵森 灯理

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第10話 嫉妬も恋のスパイス?

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 ハーブティーを売り出すことに決め、エレイン、ハイラム、アーロンは詳細を詰めるべく話し合いを始めた。
「ハーブティーと言いましても、ブレンドによって味も風味も様々ですから……」
 すっきりした味わいのものから、甘みのあるもの、緑の香りのあるもの等々。ハイラムの言う通りハーブと一言で言っても何種類もある。
「そうだなー死神らしい味が良いんじゃないか?」
「死神らしい味って、適当な」
「うーん、死神らしいというと……こう、寝る前に飲んだら死んだようにぐっすり眠れるハーブティーとか、ですかね?」
「エレインさん、ハーブティーは薬ではないので、そんな劇的な効果はありませんよ。昂った神経を落ち着かせるとか、緊張を解すとか、あとは継続的に飲めば弱った胃腸やアレルギーに対して効果があるかな、という程度で」
「なるほど。それなら、気持ち良く眠れるようになるハーブティー、というのはどうでしょう?」
「良いんじゃないか、それ。安らかに眠れる感じがして」
「それって、安眠って意味じゃないですよね、絶対。もうっ、真剣に考えて下さいっ」
 半眼でエレインがアーロンを睨むが彼は飄々として意に介さない。
「何だよ、お前も言うようになったじゃないか」
「エレインさん、アーロンに言っても無駄ですよ。内容はこちらで考えましょう」
「はいはい。夫婦水入らずの邪魔はしませんよ。いよいよ売り出すってときになったら呼んでくれ」
 肩を竦めて、アーロンは立ち上がる。
「……呼ばなくても来るでしょう、貴方は」
 ハイラムの恨み節を聞きながら、アーロンは二人に背中を向け手を振って部屋から出て行った。
「……言い過ぎてしまったでしょうか?」
 エレインは自分の言葉を反芻し、考えるように顎に手を当てる。
「気になりますか、アーロンが」
「え?」
 やや険の有るハイラムの言葉に、エレインが当惑した顔で彼を見た。
「いえ、何でもありません。ハーブティーを淹れ直してきましょうか」
 エレインの視線を避けるように、ハイラムは立ち上がり茶器を盆に載せ、いそいそと部屋を出て行く。一人残されたエレインはポカンと彼の去った扉を見つめている。
「私、何か不味いこと言っちゃったかしら……?」

 アーロンさんはハイラムさんの従弟兼お友達だし。らしくないけど伯爵家のお坊ちゃんだし。私みたいな新参者で身分も低い人間が言うのは、やっぱり失礼だったわよね……。

「どうしよう……」



 ***



 ああ、やってしまった。

 ハイラムは厨房に戻り茶器を使用人に渡すと、隣の食物貯蔵庫パントリーに入り、深いため息を吐く。心なしか仮面の表情も悲し気だ。

 別にエレインさんがアーロンを気にしているからといって、私に止める権利などないのに。ハイラムとエレインは本当の夫婦ではない。彼女が嫌になればいつでも別れる。それが約束だった。

 エレインさんがアーロンを好きになったって、それは彼女の自由なのに。アーロンは自分よりもずっと社交的で陽気で大らかで、何より呪われていないのだから。

「それでも……」

 離れて欲しくないと思っている自分がいる。こんな自分の為に一生懸命になってくれる彼女に惹かれている。彼女が来て、この屋敷は明るくなった。自分だけなら、きっと何もかも諦めて静かにただ時が過ぎるのを待つだけだった。けれど、今は呪いを解きたいと再び思い始めている。呪いさえ解けたら、エレインさんは出て行かないのでないか?

「……考えても詮無いことですね」
 自嘲的に言葉を吐いて、ハイラムは貯蔵庫の中でハーブが置いてある棚の前に立つ。乾燥させた植物の茎や葉が、種類別にガラスの瓶に詰められ並べられていた。
「さて、どれにしましょうか……」
 気を取り直して、ハイラムがガラス瓶の一つに手を伸ばした。心を落ち着けるには、ハーブの調合を考えるのが一番良い。ハイラムがペパーミントの瓶を手に取った時、後ろから小さく鈴の鳴る音がした。
「アローネ?」
 ハイラムが振り返るとチーズや乾物が置いてある棚に子猫が乗っていた。拾った時より、幾分大きくなった所為か、少々高いところも跳んで乗ることが出来るようになっていた。
「駄目ですよ。アローネ。ここはお前にとって有毒な物もありますからね」
 人には無害でも猫には有害な野菜やハーブはある。それを猫のアローネが食べてしまったら大変である。ハイラムは猫を貯蔵庫から出そうとして手を伸ばすが、彼ははっと手を止めた。アローネはハイラムを怖がって威嚇するので抱き上げることが出来ない。おろおろと両手を胸の前で動かすばかりのハイラムに猫はキョトンとしている。
「あの、侯爵……」
 ハイラムが困り果てていると、エレインが少し躊躇いがちに貯蔵庫に入って来た。アローネはエレインに気が付くと、甘えたような声を出し、抱っこをせがんだ。エレインはアローネに近付いて抱き上げてやる。
「エ、エレインさん。どうしました?」
 ぎこちなくハイラムがエレインに質問する。二人の間には少々ぎくしゃくした空気が流れていた。
「えっと……そう! 私にもハーブを教えて頂けませんか?」
 戸惑ったように視線を彷徨わせていたが、エレインは何か思い付いたようにはっとしてハイラムを見る。
「え?」
「その、やっぱり売り物にするわけですし、私も詳しくなった方が良いかな、と」
「なるほど……」
「どうでしょうか?」
「え、ええ。勿論良いですよ。あ、でもアローネは離さないで下さいね。ここには猫にとって良くない物もありますから」
 上目遣いにエレインから懇願され、ハイラムは断れず頷いてしまった。
「分かりました。離しません」
 エレインは胸にアローネをしっかり抱き締め直す。

「では、こちらに……」
 ハーブの並ぶ棚の前に二人で立って、ハイラムはガラス瓶の一つを手に取り、蓋を開けた。乾燥した緑の葉に先端に黄色の丸いポンポンのような花が付いた茎が入っている。
「これはカモミールです」
「名前は聞いたことあります」
「カミツレとも呼ばれるキク科の植物を乾燥させたもので、ほんのりマスカットのような甘い香りがします。これ一つで飲んでも美味しいですし、他のハーブや紅茶とブレンドしても美味しく頂けますよ」
「なるほど」
 次にハイラムが手に取ったガラス瓶の中には細かく砕かれた濃い緑色の葉が入っていた。
「次はペパーミント。こちらもハーブの中では有名ですね。飲むとすっとするので口の中をさっぱりさせたい時や、鼻が詰まっている時などに飲むと良いですよ。ただし、量が多過ぎると清涼感が強くなり過ぎて飲み辛くなってしまいますが」
 そうしてハイラムがエレインに一つ一つ説明していく。それをエレイン(とアローネ)も真剣な顔で聞いている。静かに聞いていたエレインがふと気になって口を開いた。
「そう言えば、侯爵はラベンダーの香水を付けてらっしゃいますよね。まさか、それもご自身で?」
「ええ。そうです。ラベンダーは違いますが、ハーブの中には成分が水に解けない物もありますので、アロマオイルやエッセンシャルオイルにするんですよ」
「そうだったんですね。私侯爵の香り好きです」
「えっ……すっ……」
 くんくんと鼻で嗅ぐような仕草をしてエレインが笑うと、きっと彼女の冗談だろうと思っても、ハイラムはどきりとして、上手く言葉が紡げなかった。
「お行儀悪かったですよね。ごめんなさい」
 エレインが眉根を下げて苦笑いする。自分の行動に呆れているようだ。
「い、いえ……」
「どのように作るんですか?」
「方法はハーブによって様々で、ラベンダーの場合は溶剤抽出法と言って特定の溶剤を使ってハーブの芳香成分を……」
「ようざいちゅう……?」
 聞き慣れない言葉にエレインが首を傾げる。
「……良かったら、今度一緒に作ってみませんか?」
 口で説明するよりもやってみた方が早い、とハイラムが提案すると、エレインの表情が明るくなった。それを見たハイラムも心が温かくなる。
「良いんですか? 嬉しいです!」
「ええ、勿論です」
 二人で微笑み合う。ただし、ハイラムは不気味な仮面をしているので雰囲気だけだったが。その時、黒猫のアローネが何かを要求するように鳴く。

「そろそろおやつの時間ね」
 宥めるようにエレインがアローネを撫でるが、アローネの要求は止まらない。
「折角ですから、侯爵があげてみては?」
「私は怖がられていますから、また威嚇されてしまいますよ」
 ハイラムの仮面が子猫の恐怖心を呼び起こすのか、ハイラムが近付くだけで凄い形相で威嚇されてしまう。触るどころか餌をやったことさえないのだ。
「大丈夫ですよ。最近ちょっと慣れてきたと思いますし。私が抱いてますから」
「そうでしょうかね……」
 楽観的なエレインに対し、余り気乗りしないハイラムだったが、干した小魚が入った瓶に手を伸ばし、一匹手に取る。尾びれの端を持ち、緊張しつつそろりそろりとアローネの口に持っていく。アローネは耳を平行にして少し警戒している様子を見せたが、口元に小魚が来るとぱくっとそれを食べた。
「見ましたか、エレインさん! アローネが私の手からおやつを…!!」
 感極まったように声を上げるハイラムに、大丈夫だったでしょう、とエレインが得意気に頷いた。余り人にしろ、動物にしろ、怖がられて嫌がられてしまうハイラムにとって、アローネが手ずからおやつを食べてくれたことは望外の喜びだった。

 調子に乗って撫でようとしたら、前足では盛大にたかれてしまったが。それでも慎ましい喜びに満ちた新しい日常が彼にとって、代えがたい物になって来ていた。
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