捨てられた聖女は穢れた大地に立つ

宵森 灯理

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第10話 思いも寄らぬ提案

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 それから数日後、ダグラスさんが再び修道院にやってきた。また私を尋ねて来たみたい。

「今日はどうされたんですか?」
「おう、ちょっとまた殿下が呼んでてな」

 広間でいつも通り患者さん達にに浄化の力で穢れを祓っていたところだった。私は治癒を切り上げ、私はダグラスさんについていく。この前の人気の無い場所とは違う所へ案内される。避難している人々の規則性の無い荒っぽい天幕の横を通り抜け、緩やかな坂を上がって行く。すると一つ大きな建物の残骸の近くに造りのしっかりした天幕が連なっている場所があった。

「あれは……一体?」
「元々は病人が静養する為の建物だったんだと。イレーナが言ってたぜ。で、今は俺達が拠点にしてるってワケ。ま、建物の中はご覧の通り使えないけどな。見晴らしが良いからこの場所に陣取ってるんだ」
「そうだったんですね」

 ダグラスさんの説明に、私は頷いた。確かに建物は大きな爪で抉られたように、屋根と壁は壊されて中が剥き出しになっている。その周囲に張られた天幕の中で一番大きい物に案内された。
 その入口の前に、一人の20代前半か半ばくらいの男性が立っている。ファウロス殿下に以前会った際にも、殿下の傍に居た人で、その柔和な雰囲気に見覚えがあった。

「ご足労頂いて申し訳ございません。ソフィー様」

 その人は私に向かって優雅な所作で礼をした。
 この人、私の身元を知っているんだわ。確証は無いけれど何となく、そんな気がする……。

「申し遅れました。私はファウロス殿下の補佐をしております。ハーシズと申します。殿下が中で待っておりますので、どうぞ」

 ハーシズさんが中へ入るよう手振りで促す。

「はい……」

 ファウロス様が私に今更一体何の用なのかしら。まさか、帰れなんて言わないわよね……。
 私は緊張した面持ちで天幕の入口に垂れている布をそっと手で退かして、中へ入った。中には簡易な寝台とテーブルとそれに付随する椅子4脚、荷物が入っているであろう木箱が何個か、それに剣や槍といった武器が並べられていた。飾りっ気のない実用的な物ばかりだわ。

「来てもらって済まないな、ソフィー」

 テーブルの近くに立っていたファウロス殿下が紫紺の瞳を細める。以前と同じように疲労の色が濃い。

「いえ。それは良いのだけど、何の為に呼ばれたのか聞いても良いかしら?」
「そうだな……とりあえず、座って話さないか」
「ええ」

 殿下は椅子に座るよう促し、私は椅子の一つに座った。少し気まずそうにファウロス殿下が咳払いする。

「その、君に一つ提案がある」
「何でしょう?」

 ファウロス殿下は私の隣の椅子に座り、じっとこちらを見つめてくる。精悍さの増した眼差しに私は妙に落ち着かない気持ちになった。
 これは一体なに……?

「ソフィー、私と結婚してくれ」
「えっ……あの、今何とおっしゃいました?」」

 私はファウロス殿下の言葉が呑み込めず、思わず聞き返してしまった。言葉の意味は分かってる。けれどそれが何故ファウロス殿下の口から出て来たのか理解出来ない。

「私と結婚して欲しい、と言ったんだ」

 ファウロス殿下の表情はあくまで真面目だ。でも、とても本気でそんなことを言うとは思えない。

「一体、何の冗談です?」
「冗談ではないよ。私は本気だ。君が必要なんだ」
「…そんなことを急に言われても困ります。もしかして、私に同情していらっしゃるのですか? 婚約破棄されたから?」

 私はきっと彼を睨む。返答次第では今すぐここから出ていく腹積もりだった。

「ソフィー、どうか冷静に聞いてくれ。私は別に君に同情している訳ではない。いや、勿論、”友人”として気掛かりではあるが」
「それでは何の為です?」
「マルバシアスは今危機的な状況にある。それは分かってくれていると思う」
「ええ。それは分かっています」
「人々には希望が必要だ」
「それは確かにそうです。けれど、それがどうして私と殿下の結婚に繋がるのです?」
「君は聖公家の人間だ」
「今は関係ありませんっ」

 私はムスッとした。家から離れたくてここまで来たのに。聖公家の名前を出されるのは不快だった。

「君はそうでも世間はどうかな? 血には”力”がある。望もうと望むまいと。それは君にも分かっているだろう」
「それは……」
「人々は聖公家の人間がマルバシアスの王家と結び付けば、我が国民は見捨てられていない、と希望が持てる」
「今の私にそんな価値は……」

 殿下の言うことは分かる。けれど、私は聖公家からは勘当同然の身。殿下はそれを知らない。

「それでも、君は聖公家の人間だ。ギルレーヌ王家セルジュ王子と、何があったとしても」

 ファウロス殿下のその物言いが引っ掛かる。まるで、何があったのか知っているような。

「……私に何があったか、ご存知なのですか?」
「向こうに居る読書クラブの友人から手紙であらましは知っている」

 なるほど。それで経緯を知ったのね。卒業パーティーには皆も出ていたもの。手紙を送って尋ねたに違いないわ。私は知らず嘲笑を漏らしていた。

「ソフィー……」

 何だか殿下の方が傷ついているみたいな声だわ。

「下の兄弟というのは、とにかく兄や姉の物を欲しがるものだ……そしていざ手に入れたら興味を失くす、ということは往々にしてある。俺だって兄の……。まぁ、それは良い。上の兄弟の物をやたら欲しがるのも、十を超える前には治まるものだが。その頃には自分の好きな物が分かって来るからな。だからつまり、その、婚約破棄の件は君の所為じゃない」

 どうやら殿下は私を励ましてくれているみたい。私はそれに応えるように明るい表情を作った。

「あ、えっと、私はセルジュ王子に別れを切り出せれたこと自体は別に良かったと思ってますから。大丈夫です」
「そうか……まぁ、何にせよ私としてはセルジュ殿が貴女を手放してくれて良かったと思う。貴女がここに居てくれることは、我が国にとって心強い。聖公家のというのはそれだけで威力がある」

 殿下はそこで一旦言葉を切って、表情を引き締める。

「だからこそ、聖公家の人間が気まぐれで君を連れ戻すか分からないのは、余りに心許ない」
「それは……」

 ないとは言えない。父が私に利用価値を再び見出せば連れ戻しに来る可能性は充分ある。

「それならば、君がここに居て当然だという理由を作ってしまえば良い」
「それが、貴方との結婚だと?」
「そうだ。これは愛だの恋だの、という話ではない。契約の話だ。それに君にもメリットがある。正式にマルバシアスの人間となれば、聖公家としてもそう無謀なことは言えないだろう。聖公家の人間ではなくなるのだから。それに……」
「それに?」

 私が聞き返すと、ファウロス殿下が一瞬苦しそうな顔をした後、笑みを見せた。

「もし、君が望めば離縁にも応じるつもりだ。何処へでも好きなところへ行ける。誰にも邪魔はさせないと約束しよう……しばらくは、王子の妻を演じてもらう必要はあるが」
「……」
「ソフィー。これは今しか出来ない方策なんだ。今なら聖公家もギルレーヌの王家も君に負い目がある。人の口に戸は建てられない。君の妹とセルジュ王子がしたことは水面下ではかなり広まっている。だが、マルバシアスが君を引き受けるとなれば、危機に瀕した国の為に君は嫁ぐことになった、と大手を振って言うことが出来る」

 私が考えているとファウロス殿下が畳み掛けてくる。

「彼らに言い訳を与えるとおっしゃるの?」
「そうだ。そうなれば君も心置きなく活動出来るだろう?」
「それはそうですけど……」

 私は俯いて己の手を見つめる。自分の中に流れる血をどれほど嫌がっても、私はそれを享受してきた。それに殿下の言う通り、聖公家の血脈には影響力という”力”がある。
 マルバシアスの王家からすれば聖公家の直系の人間が国内に居ることに意味がある。それに聖公家もマルバシアスの信者を見捨てていない、というアピールにもなる。ギルレーヌも王子の”気まぐれ”を幾ばくかは払拭出来る。
 マルバシアス、ギルレーヌ、聖公家、三者全てにおいて都合が良い。

 では、私にとっては?

 ここで聖女としての務めを果たしたとき、ギルレーヌ国、いえ聖公家に帰らなくても良い。これは有難いわ。もうあの家に戻る気はさらさらないもの。それどころかそのときが来たら私が望めば離縁も自由に出来る。
 ファウロス殿下はかなり譲歩して下さったのね。自由に離縁して良いなんて。通常王族の婚姻は結ぶにせよ離れるにせよ、当人同士の気持ちだけでどうにかなるものではないはず。
 それを私が嫌になれば、離婚に応じるなんて。そこまでしても聖公家の人間に居てもらいたいくらいマルバシアスは危機的な状況なんだわ。

 ……どこまでも私の結婚は政治的なのね。
 私は思わず自嘲的な気分になる。

 けれど、それで良いのかもしれない。愛だの情だのが絡むと碌なことにならないのは、もう分かっている。それなら困っている人々の役に立つほうがずっと建設的というもの。利害が一致しているほうが、政略結婚はきっと上手くいくだろうから。
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