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第13話 王と王妃
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王宮の門が見え、馬車の到着と共にその鉄門が重々しく開いた。その中に入ると、水をふんだんに使った噴水や人工的に使った滝などが配された美しい庭園が宮殿の前に広がっている。
「まぁ……」
私は思わず感嘆の声をあげた。
「マルバシアスは水が豊富なんだ。だから、王宮の庭を水を活かした作庭になっている」
「すごいですね」
私が見惚れている間に馬車は宮殿の入口に到着し、私達は馬車を降りた。白亜の宮殿が陽を照り返し輝いている。
「兄上に会おう。こちらへ」
ファウロス殿下に導かれ、長い廊下を進む。規則正しく並ぶ窓から大理石の床を照らしていた。私は初めて来る場所、初めて会う方に緊張しつつ彼の後に続く。
「兄上、ファウロスです。只今戻りました。入ります」
王宮の一室、細やかな彫刻の施された扉をファウロス殿下が叩いた。中から扉を開けてくれたのは、20代半ばのぐらいの女性で、ファウロス殿下を見て安心したように微笑む。青色のドレスがよく似合っていた。
「陛下も待ち焦がれていたわよ。さぁ、入って」
その女性が中へ入るように促す。品の良い調度品が心地良く配された部屋のさらに奥の部屋へ進むと、大きな寝台があった。その真ん中に一人の男性が寝ている。年の頃は、案内してくれた女性と同じ20代半ばくらいに見える。けれど、余り顔色が優れないみたい。
女性の方が男性の傍に行き、身を起こすのを手伝う。
「兄上、お加減は如何ですか?」
ファウロス殿下が声を掛ける。では、この御方がジュリアス国王陛下。
「ああ。大丈夫だよ。皆が過剰な心配をするから寝ているだけさ」
「兄上、義姉上、紹介します。こちらはマルシーヌ聖公家のソフィー嬢です」
私はお二人に向かって、膝を折って礼をする。
「こんなお見苦しい姿で申し訳ない。私がマルバシアスの国王、ファウロスの兄のジュリアス。こちらは王妃のアンナ。貴女の話は弟からよく伺っているよ」
殿下によく似た紫紺の瞳が優しく細められる。ジュリアス陛下の頬はこけ気味でお体が悪いのが一目で分かる。けれどそれでも、落ち着いた佇まいに風格があった。そして、そんな陛下を支えてらっしゃるのがアンナ王妃なのね。ジュリアス様を見つめるヘーゼルの瞳には気遣いと確固たる愛情が感じられた。
「ソフィー殿、こちらへ来てくれるかな」
ジュリアス陛下に呼ばれ、私は寝台の脇に近寄る。
「留学中から弟が世話になっているね。弟はよく手紙でも貴女の話を書いていたよ。可憐で清楚で……」
「兄上っ……!」
ジュリアス陛下が悪戯っぽく笑いながら言うと、ファウロス殿下が慌てたように割り込んだ。どうやら弟を揶揄って遊んでいるようだ。普段から仲の良い兄弟のようで微笑ましい。
「お世話になっただなんて、そんな。私の方こそ仲良くさせて頂いて楽しかったです」
「弟の言う通り素敵なお嬢さんだ。さて、可愛い弟の願いだ。私の命を賭して、二人の結婚を認めさせよう」
「兄上、軽率に命を賭けるなんて言わないで下さい」
「そうですわ、陛下。冗談にしても笑えません」
ファウロス殿下に続いてアンナ妃にも窘められて、ジュリアス陛下は苦笑を浮かべた。
「二人とも心配性なんだ、すまないね。弟と共にマルバシアスの民を助けてやって欲しい」
「はい。及ばずながら精一杯務めさせて頂きます」
「さぁ休んで下さい、陛下。体に障りますわ」
「ああ、分かったよ。アンナ」
陛下は再び寝台に横になって瞼を閉じた。その体にアンナ妃がシーツを掛ける。ファウロス殿下と私は部屋を辞して、廊下へ出た。殿下は険しい顔になる。
「兄上は元々体が弱い上に、ドラゴンの襲撃の対応に追われて、心身ともに消耗しておられる……」
「お辛いですね……」
治癒術は外から加わる変化、例えば怪我や毒などは癒すことが出来る。けれど、体の内側からくる変化を抑えることは出来ないし、持って生まれた性質を変化させることも出来ない。治癒術では体の老化を抑えられないのと同じように。
それが分かっているからこそ、ファウロス殿下も歯痒いのでしょうね……。
「それならば、ファウロス様がお傍に居た方が……」
私の言葉に王子は首を振った。
「いいや。私がここに居ても出来ることは兄上を心配することだけだ。それに兄上にはアンナ義姉上がついている。義姉上はとてもしっかりした人だから、王宮のことは彼女に任せておけば安心だ」
「アンナ王妃様のこと、信頼されていらっしゃるのですね」
「小さい頃から知っているんだ。彼女は公爵家の令嬢で、兄上とも早い段階で縁組されていたんだ。だから、王宮へも度々出入りしていた」
「そうなんですね……」
何となく自分の境遇と重ねてしまって、私は何とも言えない気分になった。
「ただ兄上は体が弱い。自分は長生き出来ないだろうし、子供も持てないだろうと考えていて、彼女の人生を縛るのは申し訳ないから婚約は無効にすると言い出したんだ」
「まあ……」
お二人の様子はとても愛情に溢れていたわ。私は意外な事実に驚く。
「だが、義姉上は兄上と結婚出来ないなら、修道院に入るっと言い出してな」
「それは……」
修道院に入る、ということは良家の子女にとって世俗との関りを一切断ち誰とも結婚しない、と言っているのも同じだわ。
「私が一緒に居たいのはジュリアス様だけ、と何度も強硬に主張して兄上がとうとう折れた」
「アンナ様はお強い方なのですね」
「ああ。強く、愛情深い方だ。尊敬している」
ファウロス殿下は目を細めて頷く。その表情には親愛の情が見て取れる。
……まさかファウロス殿下はアンナ王妃様のことを……。
私はハッとして殿下の言葉を思い出した。
そう言えばこの前会ったときに、後から生まれた者を先に生まれた者の物を欲しがるものだって仰っていたし。勿論、それを口にしたり、まして実行したりするなんてことは、ファウロス殿下ならしないでしょうけど。
もしかして、私と結婚すると言い出したのもその気持ちを悟らせないため、というのもあるかもしれない。私は一瞬胸が痛んだ気がしたけれど、これはきっとファウロス殿下の心の痛みを感じてのことよ……たぶん、きっとそう。
自分を懸命に抑えてらっしゃるのね。いじらしいファウロス殿下……私も出来る限り協力しなくては。
「ファウロス様、私、頑張ります!」
「あ、ああ……ありがとう、ソフィー」
唐突な私の宣言に驚いたのか、殿下はぎこちなく頷いた。ちょうどその時、アンナ妃が部屋から出て来て、私達に追いついた。
「待って、二人とも。これからもうシルフィスへ戻るの?」
「はい。兄上に挨拶も済ませたので」
ファウロス殿下が答えると、アンナ妃は目を大きく見開いた。
「そんな! ちょっと顔を見せただけじゃない。せめて数日、せめて今日だけでも泊っていって頂戴」
「ですが……」
殿下と私は顔を見合わせた。二人ともなるべくならシルフィスをあまり空けたくないと思っている。
「大変な状態なのは勿論分かっているけれど、陛下も弟君の顔が見られて嬉しいはずよ。どうかお願い……」
「義姉上……分かりました。そこまで言われるなら。ソフィー、良いだろうか?」
「はい。構いません」
ドラゴンに襲撃されて対応に追われて、きっと兄弟でゆっくり過ごすことも出来なかったに違いないわ。アンナ妃もそのことを気になさってるのね。仲が良くて羨ましいわ。
自分と妹、セルジュ王子との関係を思い出して、私は少し沈んでしまった。
仲良しだと思っていたけれど……。
「まぁ……」
私は思わず感嘆の声をあげた。
「マルバシアスは水が豊富なんだ。だから、王宮の庭を水を活かした作庭になっている」
「すごいですね」
私が見惚れている間に馬車は宮殿の入口に到着し、私達は馬車を降りた。白亜の宮殿が陽を照り返し輝いている。
「兄上に会おう。こちらへ」
ファウロス殿下に導かれ、長い廊下を進む。規則正しく並ぶ窓から大理石の床を照らしていた。私は初めて来る場所、初めて会う方に緊張しつつ彼の後に続く。
「兄上、ファウロスです。只今戻りました。入ります」
王宮の一室、細やかな彫刻の施された扉をファウロス殿下が叩いた。中から扉を開けてくれたのは、20代半ばのぐらいの女性で、ファウロス殿下を見て安心したように微笑む。青色のドレスがよく似合っていた。
「陛下も待ち焦がれていたわよ。さぁ、入って」
その女性が中へ入るように促す。品の良い調度品が心地良く配された部屋のさらに奥の部屋へ進むと、大きな寝台があった。その真ん中に一人の男性が寝ている。年の頃は、案内してくれた女性と同じ20代半ばくらいに見える。けれど、余り顔色が優れないみたい。
女性の方が男性の傍に行き、身を起こすのを手伝う。
「兄上、お加減は如何ですか?」
ファウロス殿下が声を掛ける。では、この御方がジュリアス国王陛下。
「ああ。大丈夫だよ。皆が過剰な心配をするから寝ているだけさ」
「兄上、義姉上、紹介します。こちらはマルシーヌ聖公家のソフィー嬢です」
私はお二人に向かって、膝を折って礼をする。
「こんなお見苦しい姿で申し訳ない。私がマルバシアスの国王、ファウロスの兄のジュリアス。こちらは王妃のアンナ。貴女の話は弟からよく伺っているよ」
殿下によく似た紫紺の瞳が優しく細められる。ジュリアス陛下の頬はこけ気味でお体が悪いのが一目で分かる。けれどそれでも、落ち着いた佇まいに風格があった。そして、そんな陛下を支えてらっしゃるのがアンナ王妃なのね。ジュリアス様を見つめるヘーゼルの瞳には気遣いと確固たる愛情が感じられた。
「ソフィー殿、こちらへ来てくれるかな」
ジュリアス陛下に呼ばれ、私は寝台の脇に近寄る。
「留学中から弟が世話になっているね。弟はよく手紙でも貴女の話を書いていたよ。可憐で清楚で……」
「兄上っ……!」
ジュリアス陛下が悪戯っぽく笑いながら言うと、ファウロス殿下が慌てたように割り込んだ。どうやら弟を揶揄って遊んでいるようだ。普段から仲の良い兄弟のようで微笑ましい。
「お世話になっただなんて、そんな。私の方こそ仲良くさせて頂いて楽しかったです」
「弟の言う通り素敵なお嬢さんだ。さて、可愛い弟の願いだ。私の命を賭して、二人の結婚を認めさせよう」
「兄上、軽率に命を賭けるなんて言わないで下さい」
「そうですわ、陛下。冗談にしても笑えません」
ファウロス殿下に続いてアンナ妃にも窘められて、ジュリアス陛下は苦笑を浮かべた。
「二人とも心配性なんだ、すまないね。弟と共にマルバシアスの民を助けてやって欲しい」
「はい。及ばずながら精一杯務めさせて頂きます」
「さぁ休んで下さい、陛下。体に障りますわ」
「ああ、分かったよ。アンナ」
陛下は再び寝台に横になって瞼を閉じた。その体にアンナ妃がシーツを掛ける。ファウロス殿下と私は部屋を辞して、廊下へ出た。殿下は険しい顔になる。
「兄上は元々体が弱い上に、ドラゴンの襲撃の対応に追われて、心身ともに消耗しておられる……」
「お辛いですね……」
治癒術は外から加わる変化、例えば怪我や毒などは癒すことが出来る。けれど、体の内側からくる変化を抑えることは出来ないし、持って生まれた性質を変化させることも出来ない。治癒術では体の老化を抑えられないのと同じように。
それが分かっているからこそ、ファウロス殿下も歯痒いのでしょうね……。
「それならば、ファウロス様がお傍に居た方が……」
私の言葉に王子は首を振った。
「いいや。私がここに居ても出来ることは兄上を心配することだけだ。それに兄上にはアンナ義姉上がついている。義姉上はとてもしっかりした人だから、王宮のことは彼女に任せておけば安心だ」
「アンナ王妃様のこと、信頼されていらっしゃるのですね」
「小さい頃から知っているんだ。彼女は公爵家の令嬢で、兄上とも早い段階で縁組されていたんだ。だから、王宮へも度々出入りしていた」
「そうなんですね……」
何となく自分の境遇と重ねてしまって、私は何とも言えない気分になった。
「ただ兄上は体が弱い。自分は長生き出来ないだろうし、子供も持てないだろうと考えていて、彼女の人生を縛るのは申し訳ないから婚約は無効にすると言い出したんだ」
「まあ……」
お二人の様子はとても愛情に溢れていたわ。私は意外な事実に驚く。
「だが、義姉上は兄上と結婚出来ないなら、修道院に入るっと言い出してな」
「それは……」
修道院に入る、ということは良家の子女にとって世俗との関りを一切断ち誰とも結婚しない、と言っているのも同じだわ。
「私が一緒に居たいのはジュリアス様だけ、と何度も強硬に主張して兄上がとうとう折れた」
「アンナ様はお強い方なのですね」
「ああ。強く、愛情深い方だ。尊敬している」
ファウロス殿下は目を細めて頷く。その表情には親愛の情が見て取れる。
……まさかファウロス殿下はアンナ王妃様のことを……。
私はハッとして殿下の言葉を思い出した。
そう言えばこの前会ったときに、後から生まれた者を先に生まれた者の物を欲しがるものだって仰っていたし。勿論、それを口にしたり、まして実行したりするなんてことは、ファウロス殿下ならしないでしょうけど。
もしかして、私と結婚すると言い出したのもその気持ちを悟らせないため、というのもあるかもしれない。私は一瞬胸が痛んだ気がしたけれど、これはきっとファウロス殿下の心の痛みを感じてのことよ……たぶん、きっとそう。
自分を懸命に抑えてらっしゃるのね。いじらしいファウロス殿下……私も出来る限り協力しなくては。
「ファウロス様、私、頑張ります!」
「あ、ああ……ありがとう、ソフィー」
唐突な私の宣言に驚いたのか、殿下はぎこちなく頷いた。ちょうどその時、アンナ妃が部屋から出て来て、私達に追いついた。
「待って、二人とも。これからもうシルフィスへ戻るの?」
「はい。兄上に挨拶も済ませたので」
ファウロス殿下が答えると、アンナ妃は目を大きく見開いた。
「そんな! ちょっと顔を見せただけじゃない。せめて数日、せめて今日だけでも泊っていって頂戴」
「ですが……」
殿下と私は顔を見合わせた。二人ともなるべくならシルフィスをあまり空けたくないと思っている。
「大変な状態なのは勿論分かっているけれど、陛下も弟君の顔が見られて嬉しいはずよ。どうかお願い……」
「義姉上……分かりました。そこまで言われるなら。ソフィー、良いだろうか?」
「はい。構いません」
ドラゴンに襲撃されて対応に追われて、きっと兄弟でゆっくり過ごすことも出来なかったに違いないわ。アンナ妃もそのことを気になさってるのね。仲が良くて羨ましいわ。
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