捨てられた聖女は穢れた大地に立つ

宵森 灯理

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第17話 相談

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 私は日中の治療を終え、イレーナさんとダグラスさんと共に陽が沈んだ頃、図書室に出向いた。案の定、アンリさんが中に居る。

「アンリさん、少しよろしいですか?」
「どうしましたか?」

 私の呼び掛けにアンリさんは本を読んでいた顔をあげる。

「シルフィス周辺の地図を見たいのですが……」
「地図ですか、しかしなぜ?」
「実は……」

 私は王都でのピオニウスさんとの会見の内容をアンリさんに話した。

「ピオニウス殿がそのようなことを……」
「アンリさんはピオニウスさんのことをご存知なのですか?」
「勿論です。研究熱心な方でマルバシアスを始め他国の修道院にも足を運んでいたそうです。私も数年前マルバシアスでお話ししたことがあります」
「そうだったんですね」

 神官の一人もピオニウスさんは生き字引のような方だと言っていたし。知識量は相当な方なのね。

「そのピオニウス殿が言うなら、まずはシルフィス周辺の浄化を進めるのが正しいでしょう。そして、最後には水の湧きだす神聖な泉の浄化すると」
「泉?」
「ええ。私も目にした訳ではありませんが、シルフィスの中心部にある聖堂には万病を癒す水の湧き出る源泉があります。そこから水路を伝って街中に水を供給しているそうで。源泉のある聖堂は厳重に管理されており、一般には解放されておらず、限られた神官のみ入ることが出来る場所でした」
「つまり、その聖堂に近づくように動くべきだということでしょうか?」

 私がそう尋ねると、アンリさんは然りと頷いた。

「ええ。そうするべきでしょう。今でもここへ魔物に襲われる危険を冒してでも治療に来られる方がいます。なるべく早く街の中心部に近づく必要があります。具体的に計画を立てる必要がありそうですね」

 アンリさんは立ち上がり、書庫の中から巻かれた大きな紙片を持ってきて、机に広げた。ランプの火がそれを照らす。シルフィス周辺の地図だわ。

「巡礼用に書かれた地図です。ただ古いもののようなのでどこまで正確かは分かりかねますが、役には立つでしょう」
「ありがとうございます」
「なぁ、ちょっと良いか?」

 ダグラスさんが遠慮がちに口を開く。アンリさんの冷ややかな視線がダグラスに向いた。

「何か?」
「あ、いやな、勿論大地を浄化して回るのに異存はないんだが、その前に騎士達が宿営しているところを浄化してくれやせんかね?」
「どういうことでしょう?」

 私が尋ねるとダグラスさんは気まずいのか、弱った顔で頭を掻く。

「ソフィー様も知ってるでしょう。宿営地だって安全じゃないのは」
「ええ。確かに」

 私がファウロス殿下を尋ねて行ってときも、確かに魔物に襲われたわ。

「いつ襲われるか分からねぇ中で戦って、神経が休まることもねぇ。民を助けるのが騎士なのは分かってはいるが、その騎士達がへばっちゃ意味がねぇと思うんだ」
「ダグラス……」

 イレーナさんが窘めるようにダグラスさんの名前を呼んだ。けれど、イレーナさんの顔には葛藤が刻まれている。ダグラスさんの言うことにも共感出来るに違いないわ、同じ騎士だもの。

「俺は戦ってる仲間達に安心して休める場所を作ってやって欲しいんすよ」
「ダグラスさん……」

 いつにない真面目さで頼むダグラスさんに、私は胸が痛む。きっと苦しむ仲間を何人も見てきたに違いないわ。

「……それでは、まず先に宿営地周辺から浄化を始めては? 殿下もおられる場所なら尚更安全を確保しておいた方が良いでしょう」
「でも……」

 殿下はきっと自分より民を優先しろ、と言う気がするわ。

「それに、私としてもまだ地図を精査してないですから、どこから始めてどう進むのか、決めるのには時間が掛かるでしょう。昼間は、人や物資の手配をしなければなりませんから、時間も余り取れませんし」

 困る私にアンリさんが助け舟を出してくれた。

「それなら明日、宿営地に向かうことにします」

 私がそう言うと、ダグラスさんは嬉しそうな、イレーナさんはほっとしたような表情を見せた。

 ***

 
 次の日、私は護衛の二人を連れてファウロス殿下のいる宿営地へ向かう。その道中私は護衛の二人に雑談がてら質問をする。

「そう言えば、お二人はシルフィスの出なのですか?」
「私はシルフィスではありませんが、この周辺の村の出です」
「へぇ、それは知らなかったぜ」
「お前には言ってないからな」

 軽口を言うダグラスさんをイレーナさんが睨む。

「ダグラスさんはどちらの出身なんですか? やはりこの周辺ですか?」
「こいつは王都の、それも貴族の出ですよ」

 イレーナさんが忌々し気に言い放った。

「お、良く知ってるな」
「お前がべらべら喋るからだっ」

 ふんっとイレーナさんがあからさまに嫌そうな表情をする。イレーナさんの説明によると、現在シルフィス周辺に駐留している部隊は、ファウロス殿下の率いる近衛騎士と元々シルフィス周辺を護っているシルフィス地方の騎士の混成状態で、ダグラスさん近衛、イレーナさんは地方の騎士ということ。それでダグラスさんは銀色の、とイレーナさんは茶色の鎧で、装備が違ったのね。
 それで何でイレーナさんがダグラスさんのことを毛嫌いしているのかと言うと、貴族のボンボンのくせに地方騎士と同じだぜ、みたな感じで馴れ馴れしく接してくるのがとても嫌ということみたい。

 うーん……何と言って良いか分からないわ。私もどちらかと言えば、ダグラスさん側だもの。それにしても、やはり騎士団それぞれに縄張り意識みたいなものがあるのかしら?
 ギルレーヌの騎士達にも似たようなことがあるのは聞いたことがあるもの。どこの国も変わらないのね。
 イレーナさんの説明を苦笑いしながら聞いているダグラスさんには、そういう縄張り意識というものは感じられない。仲良くしたいと思っているみたいだわ。その余裕綽々な態度もまたイレーナさんの癪に障るみたいだけど……。私は内心で苦笑いする。

 こればっかりは当人同士で折り合いを付けるしかないわよね。仲良くなってくれると良いけれど……。
 なんて思っていたら、小高い丘の修道院跡に天幕が広がっている光景が目に入って来た。以前訪れた時と変わらない様子だったけれど、騎士達が私達に気が付いて一瞬目を見開て、その後すぐに敬礼の姿勢を取った。私は何となく居心地が悪い。

「私達のことはお気になさらず……」

 私は小さくなって彼らの間を抜け、一番大きな天幕の前まで来た。天幕の前に立っていた騎士に声を掛ける。

「あの、ファウロス殿下にお会いしたいのですが……」
「お待ちください」

 騎士が天幕の中へ入って行く。天幕の前で待っていると、慌ただしく中からファウロス殿下とハーシズさんが出てきた。

「どうした、ソフィー。修道院の方で何かあったのか?」
「いえ、あちらは問題ありません」
「では一体……」

 ファウロス殿下が怪訝な顔をする。

「王都でピオニウスさんからお話しを聞いたでしょう? 大地を浄化する必要があるって」
「ああ。勿論覚えている」
「それで、私まずはここから始めようと思って」
「ここから?」
「はい。ただ、上手く出来るかどうか分からないですけど……」

 人の体に憑りついた穢れを祓うのは修道院でやってきたけれど、地に残る穢れを祓うという大規模なことはやったことがない。
 私の力でどこまで出来るかしら、と不安になる。

「大丈夫。君ならきっと出来る」
「ファウロス殿下……」

 殿下の力強い言葉と視線に私は慰められ、心が軽くなる。
 大丈夫、きっと出来るわ。

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