捨てられた聖女は穢れた大地に立つ

宵森 灯理

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第22話 精霊と聖女

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 皆が戦っている音がする。闇を切り裂く剣の音。息遣い。
 私にはやり遂げる義務がある。聖女かどうかなんて関係ない。精霊よ、私の、いえ、全ての生きとし生ける者の叫びを、祈りを、どうか汲んで下さい。

 精霊よ、お願い!

 その祈りがついに届いたのか、弱々しいながらも光が降って来る。私は意識の中でそれを抱き締める。すると、その光は強く瞬いて、光がさざ波のように広がっていく。黒い靄が消えて行くのを直感的に感じて、私は目を開いた。皆も手を止めて成り行きを見守っている。
 どす黒く汚れていた水が、再び透き通り水源から吹きあがった。光を受けてきらきらと反射している。重く苦しく不快な空気が、爽やかなものへと変わった気がした。

 ”私の願いを叶えてくれてありがとう。人の子よ”

 どこからともなく声がして、私達はきょろきょろと周囲を見回す。

「一体誰です? どこから声が……」

 敵意がなさそうなのは分かるけれど、姿が見えないのは不安だわ。すると、散光していた光が少しずつ集まってきて人の形のようになった。

 ”我は人の子が精霊と呼ぶもの。時代によって呼び名は様々だが、本質は変わらない。光に、大地に、水に、風に、我は宿っている。”

 人の形をした光から低くも高くもないけれど、心地良い不思議な声が漏れてくる。

「あなたが……精霊、なのですか?」

 ”そうだ。人の子には視認出来ない故、今は人に似た姿を模っている”

「どうして私達の前に姿を現わして下さったのですか?」

 毎日のように祈っている相手を目の前にしているのに、少しも威圧感がない。それどころか暖かみのある声に心が安らぐ気がした。

 ”礼だ”

「礼?」

 ”そう。穢れを祓ってくれたことへの”

「力がありながら、何故ご自身で浄化しない?」

 ファウロス殿下がそう尋ねる。最もな疑問だった。

 ”ドラゴンもまた、我の一部だからだ”

 その言葉に全員がぎょっとした。

「それは、一体どういうことでしょうか?」

 精霊の言葉がすぐには呑み込めず、私は尋ねた。ドラゴンは精霊の力を穢す邪気の塊ではなかったの?

 ”恨み、憎しみ、嫉妬……それは我にとって汚濁となる”

「それは聞いたことがあります」

 ピオニウスさんが言っていたことと同じだわ。

 ”澱が溜まり、堪え切れなくなると澱はドラゴンの姿になり暴れ、吐き出す”

「だから誰も、ドラゴンの住処がどこにあるのか知らなかったのか……」

”吐き出せばドラゴンは消える。ただ、我にもドラゴンが何処に出現するかは分からぬ”

「俺の国が襲われたのもただの偶然、だったわけか……だが、吐き出す前に穢れを浄化することは出来ないのか?」

 ファウロス殿下の声音には苦いものが混じっている。
 
”我はただこの世界の自然に満ちる精霊に過ぎない。自然に浄化出来る容量を超えれば溜まっていくしかない。そしてそれも限界が来れば吐き出すしかない。ただ、かつては我の姿が見えなくとも、感応に優れた者が多かった。そういった者らが大地を浄化していた。だが、時代が下ると共に居なくなった”

「それで聖女が特別視されたのか。その時代におそらく唯一精霊の力を浄化に使うことが出来た。ピオ爺の言う通りだったという訳だ」

 私はその言葉を聞いて、はっと気が付いたことがあった。

「そう。そうなんだわ」
「ソフィー?」
「だから、聖女様は人々に説いていたのですね。他者を敬い、自然を愛し、より良く生きよ、と。精霊の力を感じられないなら、なるべく澱を溜めないようにと、人々を諭していた」
「なるほど。それて歪な形ながらギルレーヌ王家と聖公家を中心としたこの大陸の秩序が出来上がった、ということか。人々が無用に争わぬように」
「そうなんだと思います。ただ、時代を経ていく内に途中から目的が変容してしまったようですけれど……」

 私は自嘲的に笑った。聖女様が生きていた時代には、各国が領土や富を巡って小競り合いが絶えず、睨み合っていた。そして、溜まりに溜まった穢れが、ドラゴンの形を取って人々を襲った。
 その吐き出された瘴気を浄化した聖女様とその協力者だった大公様は、何とか争いの無い世にしようとした。それがギルレーヌ国と聖公家の権威付けだったとしても。
 恐らく組織的に聖教を纏めたのも、いつかこういう事態になった時のことを考えて、少しでも精霊の力を感じ取れる者を育成しようとしたのだわ。ただ、聖公家はその目的を忘れ、贅沢と政治に身を置くようになってしまった。

「ですが、それもそろそろ限界が来ているのかもしれません」

 私はふとそう思った。こうしてドラゴンが現れて穢れを撒き散らした以上、何か変わらなければいけないのだわ。具体的にどうして良いのか、は分からないけれど。

 ”それではな、人の子よ”

 最後にそう言って、光は薄れ、やがて中空へと消えて行った。

「さようなら……」

 私は目を細めて、それを見送った。
 壊れた噴水から、清水が止めどなく溢れている。ほどなく大地に染み渡り、残った穢れを浄化していくに違いないわ。

「……まずは壊れた物を直すのが先だな」

 やれやれ、と殿下が呟く。けれど、どこか嬉しそうでもあった。
 これで、私の仕事は終わったも同然ね。聖女の力が無くても、大地は蘇る。
 嬉しいような悲しいような、そんな気持ちだった。

 私はこの後、どうしたら良いのかしら……。
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