捨てられた聖女は穢れた大地に立つ

宵森 灯理

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第26話 故郷へ

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 数日の後、私達はギルレーヌの王都に入った。素晴らしい石畳と煉瓦の街。懐かしいのに今は何となく重たい空気を感じる。窓の外から街を見ても、何となく活きがないよう気がする。何だか街全体が沈んでいるみたいな。
 祝祭の準備で人々は忙しなく動き、街でも大いに華やいでいるはずなのに、どうしてそう思うのかしら……戻ってくるつもりのない場所へ戻ってきたから? 私自身が気乗りしないから、そう見えるだけなの?
 漠然とした不安とも焦りともつかない気持ちのまま、私はマルバシアスの大使が使っている館へと入った。入口では大使の出迎えを受ける。大使は黒い口髭を綺麗に整えた壮齢の男性でモノクルの眼鏡を掛けていた。一目見て身嗜みにとても気を遣っていると分かる。

「バーマン!」

 ファウス殿下が嬉しそうに大使の名を呼ぶと、大使も目尻を下げた。お二人は旧知の仲みたい……よくよく考えてみればファウロス殿下はギルレーヌに留学されたんだもの、当然知り合いよね。

「ファウロス様、ソフィー様、ようこそお越し下さいました」

 バーマン大使は恭しく頭を下げた。

「ソフィー様も、お初にお目に掛かります。マルバシアスの大使バーマンでございます」
「バーマン大使。こちらこそよろしくお願いいたします」
「長旅でお疲れでしょう。ゆっくりお休みになって下さい」

 大使の言葉に私は殿下と顔を見合わせ、首を振った。

「いや、今は時間が惜しい。現状がどうなっているのか、聞いておきたい」
「分かりました。こちらへ」

 大使は笑みを消し、一転きりっとした顔つきになった。大使に案内され、談話室に通される。広さはそれほどでもないが、趣味の良い木調の調度品が居心地の良い空間を作り出している。私達は席に座り、詳しい話をする体制をとった。

「それではまず、何かお知りになりたいですか?」
「ギルレーヌと聖公家はどのくらいソフィーを欲しがっている?」

 ファウロス殿下の問いに、大使は口髭を撫でながら答える。

「聖公家の方が意欲的ですね。 ソフィー様が本物の聖女であらせられるなら、聖公家は手駒として手元に置いておきたいと思うのは当然でしょうな」
「ギルレーヌ王家の方は?」
「一度、ソフィー様との縁談を無にしておりますからな。声高に主張する気はないようです。まあ、聖公家にソフィー様がいれば、ギルレーヌの手中にあるのと同義ですから、聖公家の手助けにするにしても、表だっては動きますまい」
「なるほど……」
「人々の反応はどうでしょう?」
「ソフィー様がが聖女であるかどうか、半信半疑といったところです。この国で起きたことではないので、人々にはウワサ程度の認識で間違いないかと」
「すると、問題は聖公家か……」

 ファウロス殿下は腕を組んだ考えるそぶりを見せた。

「私の父が聖公家の権威の為に、どこまでするかですね」
「君のお父上はどのような人物なんだ?」

 私は少し困ったように苦笑する。

「残念なから聖職者というよりは、金と利権と権力が大事な大貴族といったところです」
「現にマルバシアスがドラゴンに襲撃されても、さしたる興味は示さなかったんですもの。建前は、ギルレーヌの聖職名や信徒に穢れが移ったら困るという言い訳ですけれど」
「その筋をつくのはありかもしれませんぞ」

 大使のモノクルが得意気にキラリ、と光る。

「というと? どういう意味だ」
「マルシーヌ聖公にとって体面が大事、というなら、マルバシアスから聖女を取り上げる方が損っていうか名声を損なうと思わせれば良いのです」
「しかし、どうかって? 理詰めで説得でもするのか?」
「いいえ。ソフィー様のお話しを聞く限り、評判をとても気にする方のようですから、ファウロス様とソフィー様を引き離す方が評判に差し障ると思えば手を引くのではありませんか? それにギルレーヌ以外の王族と繋がりを持つことは、聖公家にとって悪くないと思わせればこの問題はカタがつくかと思います」

 そこで大使はいったん話を切り、軽く咳払いした。

「そこで、早い話が人気取りです」
「人気取り?」

 当惑して私と殿下は顔を見合わせる。

「ええ。お二人の仲むつまじい姿を積極的にお見せになって、人々にこの二人を引き裂くなくなんて聖公も酷い人だと思わせると効果的だということです」
「そんなことで良いのか……」

 ファウロス殿下が呆れたように呟いた。

「ええ、そうです」

 大使に断言されて、私達は少し居心地悪くなる。そこで大使は真剣な顔つきになった。

「冗談で言っているのではありませんぞ。聖公家側はすでに、殿下が強引にソフィー様をマルバシアスに連れていって結婚させたと根も葉もない話を吹聴しているらしいのです」
「なっ……!」
「なんてひどいっ!」

 私もファウロス殿下も余りにも酷い話に憤慨する。事実はまったく違うのに。ギルレーヌのセルジュ王子が、私ではなく妹の方と結婚すると言い出したから、私はここをと飛び出してマルバシアスに行ったのに。
「セルジュ王子の婚約者を辞したのも、マルバシアスの民を救う為に、ソフィー様が自ら決死の覚悟で向かったという筋書きになっているようです」

 大使が語ってくれた話に私は開いた口が塞がらなかった。

「厚顔無恥も甚だしいな」

 殿下の声にも呆れとも怒りともつかない色があり、私も内心で同意する。

「そういう話にすればセルジュ様と私と私の妹の醜聞もうやむやに出来て、聖公家もマルバシアスを支援している、という名分が出来るということなのね……」

 彼らの体裁を保つ為だけに家に連れ戻されるなんて絶対にイヤだわ。

「ですから、市中に出回る噂は嘘であると印象付ける必要があります。 ちょうど明日、シルフィス支援の為のチャリティーパーティーがあります。参加者はギルレーヌ在住のマルバシアス人が主ですが。手始めにそれに参加されては? それにご学友と旧交を温めるのもよろしかと」
「そうだな。明日とは急だが、どうする、ソフィー?」

 私の体調を気づかって、フウロス殿下が尋ねる。私は強く頷いて、出ます、と答えた。
 二人そろってなるべく舞踏会前までに露出しておくことが大事なら、ゆっくりとはしていられない。

「それではせめて、今日だけはゆっくり休んで、明日に備えて下さい」

 大使は優しい笑みを浮かべ私達は割り当てられた部屋へ案内してくれる。建物の最上階に上がり扉を開けると広々とした応接間に背の低いテーブルがあり、その左右にソファが配されている。応接間の左右の壁にはそれぞれドアがあって、右はファウロス殿下の、左は私用の寝室になっているとのこと。部屋の中には私と殿下、それにイレーナさんとダグラスさんもいる。

「で、この後はどうするんです?」

 私達に護衛として随行しているダグラスさんが聞いてきた。それで私たちは大使との話し合いの内容を伝える。

「なんかまどろっこしいですねえ…… もういっそ、胎に子どもがいるって言っちまったらどうです? ホントかどうかなんて誰にも確かめられませんし」

 ダグラスさんのあけっぴろげな言葉に私も殿下も大きく口を開けていた。そして、私達が何かを言うに前にイレーナさんが渾身の力で、ダグラスさんのお腹に一撃を食らわしていた。

「何と失礼なことを言うんだ貴様はっ!」

 怒髪天を衝く勢いで怒るイレーナさんに、ダグラスさんはお腹を抱えてうずくまる。

「だって、それが一番話が早えじゃないですか。ホントか振りかはともかく、そう言われたら引き下がるしかない。そうじゃないですか?」
「黙っていろ!」

 減らず口を言つ募るダグラスさんにイーナさんはさらに怒鳴った。私達は互いに顔を見合ったあと何だか妙に照れてしまって、すぐに顔を逸らした。

「まぁ、そういうのは余り良くないと思うぞ……」
「そう、そうです。シルフィスで救助活動している私たちがそんなことになっていたら、おかしいです」
「そんなモンすかねえ......支えあう二人ならそうにうことになっても別に不自然じゃないと思いますがね……って冗談冗談」

 ダグラスさんはイレーナさんに睨まれて慌てて取り繕った。

「それじゃ、仲むつまじい様子を見せつけるってんなら、お二人ともそれらしく振舞えるよう練習しといたらどうです?」
「練習?」

 立ち上がったダグラスさんは性懲りもなくまだニヤニヤした。

「そうですよ。仲良くみせるのにぎこちなかったら、信じるものも信じてもらえないんすからね。キスするなり抱き締め合うなり………ぐえっ」

 言葉の途中でイレーナさんの拳がダクラスさんの頬に直撃し、ダラスさんは今度は絨毯の上に倒れ込んだ。イレーナさんはそれをむんずと掴むと部屋から出ていく。

「失礼いたしました。こいつの戯言は気にせず、ごゆっくりお休み下さい」
「え、ええ。ありがとう……」

 イレーナさんは慇懃に一礼し、扉を閉めた。二人になって私と殿下の間に奇妙な沈黙が流れる。
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