悪役令嬢として断罪された過去がありますが、よろしいですか?~追放されし乙女は、そして静かに歩みだす~

宵森 灯理

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第3章 アデレードの挑戦

第37話 優しい幻

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 カールは少し気恥ずかしそうに窓を見た。外は暗くなってきているが、吹雪は止みそうにない。

「これでは本当に帰れなくなりそうだ……」
「困りましたわね……」

 2人で窓辺へ行ってしばし吹雪を睨むが、勿論そんなことで空は晴れない。

「伯爵、私夕食の準備しますわ。その前にランプに火を灯さないと」
「大丈夫か? 良ければ手伝うぞ?」

 アデレードの言葉にカールは不安げな表情を見せる。

「っもう、私だってちゃんと上達してます!」

 可愛らしく口を尖らせて、机の上の食器を片付けるとさっさとアデレードは台所へ行ってしまった。カールは小さく笑って、その姿を見送ったあと、残された愛犬のディマに話し掛けた。

「ランプを灯しておこうか」

「本当に大丈夫か? まぁ、何かあれば見に行けば良いか。先にランプを灯しておこう」

 カールは机の上に置かれたランプに点火した後、また窓辺に立った。窓の硝子にランプの明かりが反射する。まるで暗い吹雪の中にゆらゆらと揺れる光が浮いているようだ。

 フロイラインの言う通り、あの世で両親が幸せなら私も嬉しいが。父は母に、母は父に、互いに負い目があった。結果として父は母を買ったような形となってしまったし、母は望まれて嫁いだわけではなく、父に自分が押し付けられたと思っていた。
 幸せだっただろうか、2人は。

 そんな思いで吹雪の中の炎を見つめていると、その光が淡く広がっていく。その光の中には、舞踏会である若い男女が出会い、恋に落ち、幸せに暮らすという物語が繰り広げられていた。
 現実では叶わなかった、美しく幸福で、それでいてとても悲しい幻想。その男女が寄り添い合いカールを見つめている。

 父上、母上……。

 2人はにっこり笑い頷く、そして揃って吹雪の中へ歩いて消えていった。

「伯爵?」

 カールがはっとして振り返るとアデレードが料理を盆に乗せて戻ってきていた。

 そんなに時間が経っていたのか。

「簡単なものしか出来ませんけど……」

 彼女が恥ずかしそうにしながら、料理を机に並べる。アインプフというソーセージにじゃがいもや人参、玉ねぎなどを煮込んだトマトスープにブレッツェルと呼ばれる塩気の効いたパンを用意した。ディマにも餌を持ってきて床に置くと、尻尾を振って嬉しそうに食べ始める。

「いや、充分だ。ありがとう」

 カールは席に戻り、料理を口にする。

「ふむ、旨いな」
「本当ですか?」
「あぁ」

 ホッと胸を撫で下ろすアデレードを見て、カールは目を細める。

 野菜の切り方がかなり不揃いで不格好なのは言わないでおこう。

「吹雪はどうですの? 先ほど窓を見ていらっしゃいましたけど」
  「止む気配すらないな」
「まぁ……」

 外はすっかり暗くなり、暖炉とランプの炎が2人を照らす。

「吹雪の中に幻を見た」
「幻…?」
「あぁ。幸せそうな両親の姿だった。君の言う通り、今は幸せなのだろうな」

 カールの濃紺の瞳が優しく揺れる。

「おかしな話だろう? 幻を見るなど」
「そんなことはありませんわ。私も見たことがありますわ。あの冬狩りの日に」
「冬狩りの時に?」
「はい。古き人々の厳かでいて冒険心に満ちた姿で狩りに向かう様子が。あたかもまるで、山の王に率いられたかのような。伯爵もそう見えましたわ」
「私が? 私は山の王などど、そんな立派な者ではないぞ」
「そんなことはありませんわ。あの日の伯爵は何というか……本当にいつもと違いましたもの。もっと、こう野性味があったというか……」

 アデレードはそこまで言って顔が赤くなった。あの時のことを思い出したからだ。
 密着した体、匂い、息、今でも生々しくアデレードの中に残っている。

「あの時は……」

 カールも気まずくてそれ以上は言えなかった。奇妙な沈黙の中で、2人は夕食を食べ終えた。しかし、吹雪は止まない。

「全然、止みませんわね……」
「そうだな……」

 眉間に皺を寄せ、カールは溜め息を吐いた。

 未婚の女性の家に泊まるなど、フロイライン・アデレードの評判に差し障るな。だが、陽も落ちて吹雪の中を歩いて帰るのは危険過ぎる。ここで、明るくなるのは待つしかないが……。

「そうだわ、伯爵」

 アデレードが何か思い立ったように手を合わせた。

「客室お使いになります? と言っても、ベッドぐらいしかありませんけど。壊れては居ませんから、休んで頂けますわ」
「……そうだな、こんな状態では帰るに帰れん」
「良かったですわ。では、そうなると伯爵がこのホテルの最初のお客様ということになるのかしら?」

 おどけたようにアデレードが笑う。

「まだ開業してないみたいだが……」
「細かいことは良いんです」

 彼女の言い草に呆れしつつ、カールもまた小さく笑った。
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