悪役令嬢として断罪された過去がありますが、よろしいですか?~追放されし乙女は、そして静かに歩みだす~

宵森 灯理

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最終章 この愛が全て

第101話 アデレード、帰る

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「本当に、伯爵に会われないで帰るんですか?」

 アデレード達が帰ると言うので見送りに来たマックスが彼女に尋ねる。クラウスの言う通り、カールは劇場での事件の翌日、法務院から解放されていた。それから数日経っていた。

「えぇ。帰されたからといって、すぐ所領には戻れないでしょうし。向こうでお帰りを待ちますわ。それに……」
「それに?」
「私が劇場で大暴れしたって聞いたら、絶対渋い顔をされますもの。怖い顔が更に怖くなってしまいますわ。マイヤール家もきっと頭を抱えてるでしょうし。ですから、面倒な事になる前に消えるのが一番ですわ」

 アデレードが悪戯っぽく笑う。

「だな。俺も昔の知り合いに見つかったら色々煩いからな」
「ホテルの方も心配ですしね」

 荷馬車に荷物を積んでいたゲアハルトとクリスも同意する。行きに持ってきていたリンゴの箱の代わりに、荷台はビールの樽が3つ置かれていた。アデレードが感謝の印にゲアハルトに買ったものである。

「それに、ここではこの子も思い切り散歩できませんから」

 そう言ってアデレードは隣のディマの頭を撫でる。王都の中では自由に走り回らせることも出来ない。

「そうですか……」

 マックスが残念そうな顔をする。

「でも、まさかクラウス様が王族方だったなんて……よく、護衛もなくリーフェンシュタール領に来られましたわね」
「それについては僕も驚いてますよ。本人は、王位継承順位が低いから、割とその辺は自由なんです、なんて言ってましたけど」
「本当かしら?」
「さぁ……」

 アデレードとマックスは首を傾げた。これについては考えても答えはではない。

「フラウ・シュミットも色々お世話になりましたわ」

 アデレードが深々と頭を下げる。見送りには今回関わった人々が集まって来ている。

「あら、良いのよ。気にしないで頂戴。私も楽しませてもらったから。芸術家の2人も良い作品が出来そうって喜んでるし」

 シュミット夫人が横目で隣に立つブッフバルトとシュナイダーを見る。

「あぁ、我が女神! この間の寸劇、とても面白かったですよ」
「寸劇?」

 アデレードはブッフバルトの言葉に若干の引っ掛かりを覚えた。

「私の創作意欲に火が付いて、ここ数日寝ずに書き上げました。ぜひ、見て下さい」

 ブッフバルトから歌劇の台本の草案を渡され、アデレードはパラパラとめくる。

「って、また私死んでるっ!」

 彼が書いた筋書きは、エーリック王子と貧しいが心優しいラベルという美しい少女との恋物語で、死の魔女アデリーナが横恋慕して2人の恋路を邪魔する役どころだが、最終的には火の海に投げ込まれて死んでしまい、王子と少女は結ばれめでたしめでたし、というものであった。

「どう考えてもこの魔女の名前は私から取ったでしょう? それにエーリックとラベルって……」

 勿論、エーリッヒとイザベルをもじったものだろう。

「不敬罪で捕まっても知りませんわよ」
「芸術の為なら」

 そう言って、ブッフバルトは典雅に一礼する。

「まぁ、でも美しい恋物語ですもの。きっと人々を感動させるでしょうね」
「私の方も大筋は出来上がった。本になったら送ろう」
「……一体どんなことになっているのかしら?」

 シュナイダーの発言に不安になるアデレード。

「まぁ、良いですわ。折角ですもの、お二人とも素晴らしい作品に仕上げて下さいましね」

 2人は自信満々に頷いた。

「親分さんもご協力ありがとうございました」

 アデレードが頭を下げると、赤毛の親分が面倒くさそうに手を振る。

「別に良いさ。こっちも厄介な連中が減って、少しはやりやすくなるってもんさ」
「今度、リーフェンシュタール領にも遊びにいらして下さいな。精一杯おもてなしさせて頂きますから」
「……は?」

 アデレードの言葉に親分は呆れた顔になった。

「任侠の親分にそんなこと言うなんて、アンタ変わってるよ」
「そうですの?」

 アデレードが目を丸くし首を傾げる。

 朗らかな笑いに包まれて、アデレード達は王都を後にした。
 秋風が吹き抜ける田園風景の中を荷馬車はのんびりと進んでいく。行きは景色を楽しむ余裕も無かったが、今はそのゆとりがあった。紅葉を迎えた木々の美しさや、きらきらと輝く湖を楽しむ。

「そう言えば、任侠ってどういう意味ですの?」
「えっ」

 アデレードの質問に荷台に一緒に乗っていたクリスが困った顔をする。

「えーと、そっすね……自警団を下町風に言った言葉ってところですかね……」
「まぁ、下町にはずいぶん独特な言い回しがあるのね」
「え、えぇ、まぁ……あはは」

 クリスは誤魔化すように笑った。すると、懐から何かが落ちて、チャリッと金属のような音を鳴った。

「あら、何か落ちましたわよ」

 アデレードはクリスの足元を見る。黒い小さな袋に何か入っているようだ。クリスが恥ずかしそうに急いで拾い上げる。

「それは?」
「え、えっと、その、折角王都に行ったので、その、メグさんに髪飾りでもと……」
「若いねぇ」

 御者台で話を聞いていたゲアハルトがニヤニヤと笑う。

「ちょっ、そんなんじゃないですって……」
「あら、素敵じゃない。ねぇ?」

 顔を真っ赤にして首を振るクリスにアデレードも楽しそうに笑った。
 のどかな田園風景の先にリーフェンシュタールの遠い山並みが見えてくる。

「あぁ、ようやく愛すべき場所に帰れるのね」

 アデレードが雪を被る山々を見つめ、万感を込めて呟く。徐々に近く大きくなる山脈を見ながら、ついに枯れ木の間に懐かしい猫の耳のように2つの切り妻屋根を持つホテルの姿が見えてきた。

「メグ!」

 アデレードが荷台から叫ぶ。荷馬車の蹄と車輪の音を聞いてメグがホテルの前庭に立っているのが見えたからだ。荷馬車がホテルの前に停まると同時に、アデレードが急いで荷台から降りる。すると、メグが走ってきてアデレードに抱きついた。

「お嬢さん! 良かったぁ」

 ぎゅっと主人を抱きしめながら、メグは涙ぐむ。

「メグ……留守にしてごめんなさいね」

 アデレードもメグの背中に手を回す。

「泣かないで頂戴。伯爵ももうすぐ帰ってくるわ」
「じゃぁ、上手くいったんですねっ」
「えぇ。何もかも元通りよ」

 アデレードはにっこりと笑った。

「ディマもおかえり」

 次に尻尾を千切れんばかりに振っているディマがメグに抱きつく。

「おっと……」

 メグはよろけつつも嬉しそうに頭や背中を撫でてやった。アデレードはその様子を微笑ましく見ていたが、後ろでクリスがそわそわしているのに気が付くと、わざとらしく体を伸ばす。

「んー、何だか疲れてしまったわ。部屋でゆっくり休ませてもらおうかしら。おいでディマ」

 アデレードは愛犬をつれて、ホテルの入口へ向かう。その背後では、メグとクリスが恥ずかしそうにもじもじしている。アデレードは密かに笑いながら、ホテルの中へ入る。木のぬくもりを感じられるどこか懐かしさのある室内。

 ようやく家へ帰って来たのね。安心したら何だか眠くなってきたわ。本当に寝ようかしら?

 しかし、アデレードはゆっくり休むことが出来なかった。アデレード達の帰還を喜んだ住民達が次々、食料を持って現れ、さながらホテルの中で宴会のようになってしまったからだ。宴は夜通し続き、持って帰ってきたビールもあらかた飲まれてしまった。
 ゲアハルトの嘆き節が夜明け頃に聞こえたとか聞こえなかったとか。
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