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動乱の幕開け
2匹の子犬
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リューとサラを目撃した翌朝。朝食を終えたルーク達は、いつものようにのんびりと開店準備に取り掛かっていた。シノンとカノンも慣れたもので、ルークが作るお菓子を次々と運んで行く。そうして間もなく店を開けられる頃になり、シノンとカノンが異変に気付く。
「お兄ちゃんお外が大変なの!」
「お客さんなの!」
「何だって!?」
お菓子屋を営んでいて客に驚くのもどうかと思うが、3人が驚くのも無理はない。これまでの来店者数はゼロだったのだ。まぁ、本当に商売する気があったのかも怪しかったのだが。
「そうか・・・初めてのお客さんだな。じゃあ、まだ全部揃ってないけど開けて来るか。」
そう呟いてルークは店の入口へと向かい、扉の鍵を開ける。そのまま外へ出て声を掛けようとしたのだが、予想外の事態に言葉を失う。
「は?・・・え?」
「おい!開いたぞ!!」
「孤児院に配っていたお菓子は、この店の物よね!?」
「早く売ってくれ!!」
ルークは1人だと思い込んでいたのだが、店の前には10人程の姿。何とか孤児院という言葉を聞き取る事が出来、大まかな状況を察する。詳しく聞きたい所だったが、これ以上待たせる訳にもいかず後回しにした。とりあえずは客達を店内へと招き入れ、自らは厨房で製作中だったお菓子を急いで仕上げる。
「時々覗いて、無くなりそうなお菓子を運んでくれる?」
「「はいなの!!」」
元気良く返事をする2人にほっこりしながら、ルークは孤児院に配りきれなかったお菓子をアイテムボックスから取り出した。ちなみに2人はアイテムボックスをタンス代わりに使っている為、その希少性には気付いていない。一応内緒になっているので、口外するような真似はしないのだが。
その後も客足は途切れる事無く飛ぶように売れる。危機感を募らせていたルークであったが、昼近くなって客足もまばらとなった段階で胸を撫で下ろした。
(危なかったな・・・。しかし孤児院で何が起こったんだ?)
開店前から並んでいた女性客の言葉を思い出し、店内に残っていた女性客2人に問い掛ける。
「あの・・・失礼ですが、どうしてこの店を?」
「え?あら、ご存知無かったのですね。数日前から噂になっていたんですよ?」
「そうそう。孤児院に配っていらっしゃったでしょう?そのお菓子を聖女様がお召し上がりになって絶賛したみたいなのよ。」
「それでそのお菓子屋を探し出すようにって、もう使用人達が大騒ぎ。」
「貴方、孤児院に店の場所を教えていなかったでしょう?」
「えぇ、まぁ・・・。」
代わる代わる説明する女性達の絶妙なコンビネーションに圧倒されつつ、女性の指摘に頷く。見返りを求めての行動ではなかった為、ルークは自身に関する説明を行わなかった。それだと只の不審者な気がしたので、目の前で毒味をする程度はしていたが。
そして孤児院の関係者もルークの事を想い、胸の内に留めていたのだが、そこは純粋な子供達である。聖女という時折訪れる賓客に、非常に嬉しそうな顔で説明を行ったのだ。問い質された関係者も黙っている訳にはいかない。まぁ、特に黙っている理由も無かった為、現物を差し出して説明したのである。
そこからの流れは予想出来る通り、女性客の説明通りであった。ちなみに先頭に並んでいた人物達が聖女の関係者である。人数制限があるかもしれないとの事で、夜明け前から数人で並んでいたのだ。当然ルークは知らないのだが。
そして女性客の話はまだまだ終わらない。
「この店の事を調べる為に、王都中の商人に聞いて回ったらしいのよ。」
「貴方が事前に教えていたら、ここまでの騒ぎにはならなかったでしょうね。」
「マジか・・・。」
悪評のみならず美談もまた、尾ヒレがついて広まるのである。娯楽が少ないこの世界、人々の楽しみと言えば噂話が真っ先に挙げられる。地球の奥様達を思い出し、ルークの冷や汗は止まらない。
「お陰で私達が仕える主にも伝わってね。それでお使いに来たって訳。」
「昨日の午後、結構な人が訪れたみたいだけど、閉まってたんでしょ?朝には売り切れたんじゃないかって噂になってねぇ。」
「今朝は人が少なかったけど、これから一気に増えるわよ?」
「どれも珍しくて美味しいものばかりですもの。間違い無いわよね!」
(昨日は休みだったんだけど・・・何処にも書いてないもんな。今の内に看板作るか。)
少しずつ客足が伸びると踏んでいた為、何処にも営業時間を掲示していなかったのだ。これは2人の教育に掛かり切りだった事で忘れていたのである。口コミでいいや、という適当な考えもあったが。
ちなみに女性客の言う美味しいという言葉は、客の全員がサンプルを試食したからだった。この世界では試食という文化が無い。今回訪れた客の全員が一通り試食し、自分や主の好みに沿った商品を選ぶ事が出来た。これもまたルークの店が高評価を博すポイントでもある。
色々と教えてくれた女性客の会計を済ませ、ルークが改めて感謝を述べる。勿論試食用に用意してあった商品を添えて。
「お話を聞かせて頂いて有難うございました。少ないですけど、宜しかったらどうぞ。」
「あら!ありがとう!!」
「何だか悪いわねぇ。」
「いえいえ。参考になりましたから。」
授業料でもあり、今後の口コミを期待しての行動である。セコいと思うかもしれないが、シノンとカノンを育てなければならない以上、多少の貪欲さは必要である。
「あ、参考と言えば・・・このお店、何て名前かしら?」
「え?・・・・・あっ!?」
女性客の指摘によって、ルークは重大な事実に直面する。別にシノンとカノンの事で頭がいっぱいだった訳ではない。開店当初は1人だったのだから。
そう。ルークは店の名前を決めていなかった。故に看板も無い。それが店を探すのに苦労した1番の理由である。
(店の名前決めてなかったぁ!そうだよな、自分の店を持った事なんてなかったんだし。何か無いか?)
慌てて店内を見回すルークの目に、元気良く揺れる白い尻尾が2つ映り込む。商品を補充するシノンとカノンである。その光景にルークは閃く。
(白い尻尾が2つ。2と・・・白か。看板娘から取るのもアリだよな。よし!決めた!!)
「この店の名は『ドゥーブランシュ』と言います。」
「あら!何だか素敵な名前ね!!」
「早速奥様とお嬢様に報告しなくちゃ!!」
長く引き止めてしまっていた為、その後女性客は慌ただしく店を後にした。店内に客の姿が無くなったのを確認し、ルークは急いで看板を作り始める。2階へと走り去ったルークにシノンとカノンも続く。何事も気になるお年頃である。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「お絵かきなの!?」
大きな木の板に向かって文字や絵を書き始めたルークに、シノンは首を傾げる。カノンに至っては遊んでいると思ったのか、目を輝かせていた。後で紙とペンを買ってあげようと思ったのは言うまでもない。
「お客さんに言われるまで気付かなかったんだけどね。この店の名前、決めてなかったんだよ。だからさっき決めて、こうして看板を作ってるんだ。」
ルークは説明しながらも着々と仕上げて行く。元々絵心もあって字を書くのも上手かった。それなりにセンスがあったのだろう。迷うこと無く筆を走らせ、あっという間に看板が完成する。
「可愛いの!」
「白い子犬が2匹なの?これって・・・。」
「シノンは気が付いたかな?これはシノンとカノンをイメージしてるんだよ。」
「お姉ちゃんとカノンなの!?」
「・・・恥ずかしいの。」
カノンは喜んでくれたようだが、シノンは恥ずかしがっている。そうそう気付く人がいるとは思えないので、上手く誤魔化したルークであった。どうか2人はこんな大人にならないで欲しい、そう思いながら。
魔法を使ってあっさりと看板を取り付け、いよいよ本格的にスタートしたお菓子屋。ルークの夢が微妙に叶った瞬間である。まぁ人の夢とは儚いものなのだが、無粋な事は言うまい。
店名の横に2匹の白い子犬が並んだ、可愛い看板が目印のお菓子屋。『ドゥーブランシュ』の名は世界中に轟く事となる。当然ルークのみならずシノンとカノンも、そんな先の事はわかっていない。
昼時を挟んで途絶えた客足も戻り、バタバタしながらも順調に営業を続ける。しかし慣れない仕事に疲労の見える2人を気遣い、売り切れという体で早めに店を閉めた。無論それだけが理由ではない。短時間ながらもエリド村の住人達を探そうと考えていたのだ。
遅い昼食を与えて2人に留守番を頼むと、ルークはリューとサラが向かった通りへと進む。しかし何の手掛かりも得られないまま、1時間が経過した所で捜索を断念する。あまりウロウロするのはマズイのだ。何人居るのか不明だが、リューとサラだけとは考え難い。相手の目が複数ある以上、自分が見つかるリスクの方が遥かに高いだろう。
その後帰宅したルークは翌日移行も自分が接客する為、大量のお菓子作りに励む。忙しくも充実した日々というものは、そう長く続かないとも思わず。ルークの穏やかな生活は、わずか2日後に破られる事となる。
同日昼過ぎ。完全に復活したカレンに連れられ、嫁達はラミス神国の王都へと足を踏み入れていた。しかし迂闊に情報収集も出来ない事情もあって、自分達の足での捜索である。当然やみくもに歩き回るしかなく、椅子に座ってばかりのスフィアにとっては拷問に等しい。夕暮れ前には足が棒のようになっていた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ティナさん。ありがとうございます。大丈夫です。」
気遣ったティナに対し気丈に振る舞うスフィアではあるが、その疲労具合は誰の目にも明らかだった。見兼ねたエミリアが思い付いた事を提案する。
「折角ですから、聖女様の所へ参りませんか?」
「下手に情報を漏らす訳にはいかないのよ?」
エミリアの気遣いが理解出来たのか、ナディアがやんわりと拒絶する。当然エミリアもそんな事は承知の上である。
「いえ、ですから我々の目的は伏せておきます。普段お世話になっている皆さんを紹介する為に帰省した、という事にでもしておきましょう。それに私の部屋がありますから、そこを転移の拠点にして頂ければ楽ですよね?」
「あぁ・・・そういう事ならいいかもしれないわね。」
続く説明にフィーナが賛同し、それならばと全員が頷いた。このまま歩き回れば、スフィアが足手まといになるのは確実である。最悪、エミリアとスフィアを聖女の下に残して捜索を続ける事も出来る。まだまだ元気な冒険者組が視線で会話し、エミリアに案内を頼んだ。それから歩く事20分。いよいよ限界を迎えそうなスフィアが音を上げる既の所で、聖女の住まう神殿へと到着する。
エミリアの案内で聖女との初対面を果たした嫁達は、訓練でもしたかのように全く同じ感想を抱く。
「皆さん、エミリアがお世話になっております。私が聖女と呼ばれているアナスタシアです。」
(((((聖女!?)))))
嫁達の目の前に居るのはアナスタシアと名乗る1人の老婆。恐らくは90歳を超えていると思われる。ルークが居合わせたなら、思わず叫んでいただろう。詐欺だと。
流石に同じ女性である嫁達はそこまで失礼な感想を抱いてはいない。しかし数名、それに近い想いを抱いていたのも事実。
(((『元』聖女でしょ!!)))
後が怖いので誰とは言わない。獣人2名にエルフ(ティナではない)1名である。そんな3人の思考を読み取られないようにと、冷静だったスフィアが頭を下げる。
「突然押し掛けてしまい申し訳ありません。私はスフィアと申します。」
「構いませんよ。まずはエミリアの部屋でお休み下さい。積もる話は食事の時にでも。エミリア、案内して差し上げて。あら?王妃様に対してこんな言葉遣いは失礼かしらね。」
「聖女様!ご冗談はよして下さい!!」
「あらあら。うふふふ。」
スフィアの疲れが見て取れた為、自己紹介もそこそこに休むよう告げる。その際、久々に再会したエミリアをからかう事は忘れない聖女に、真っ赤な顔のエミリアが声を荒げた。そんなエミリアを優しい笑みを浮かべて躱すと、そのまま部屋を後にしてしまった。
そんな聖女に対する感想は真っ二つに割れる。先程の3人は『クソババア?』、残る者達は『素敵な方』と。別に3人の性格が捻くれている訳ではない。事実、エミリアも内心で似たような事を考えていたのだから。
想定外に実現したエミリアの里帰りではあったが、この日は遅くまで語らい合って翌日に備えた。そして翌日、2手に別れての捜索も虚しく、何の成果も上げられぬまま夕食を迎える事となる。そしてその夕食後、聖女との歓談にて出されたお菓子によりルークの所在が明らかとなるのであった。
「お兄ちゃんお外が大変なの!」
「お客さんなの!」
「何だって!?」
お菓子屋を営んでいて客に驚くのもどうかと思うが、3人が驚くのも無理はない。これまでの来店者数はゼロだったのだ。まぁ、本当に商売する気があったのかも怪しかったのだが。
「そうか・・・初めてのお客さんだな。じゃあ、まだ全部揃ってないけど開けて来るか。」
そう呟いてルークは店の入口へと向かい、扉の鍵を開ける。そのまま外へ出て声を掛けようとしたのだが、予想外の事態に言葉を失う。
「は?・・・え?」
「おい!開いたぞ!!」
「孤児院に配っていたお菓子は、この店の物よね!?」
「早く売ってくれ!!」
ルークは1人だと思い込んでいたのだが、店の前には10人程の姿。何とか孤児院という言葉を聞き取る事が出来、大まかな状況を察する。詳しく聞きたい所だったが、これ以上待たせる訳にもいかず後回しにした。とりあえずは客達を店内へと招き入れ、自らは厨房で製作中だったお菓子を急いで仕上げる。
「時々覗いて、無くなりそうなお菓子を運んでくれる?」
「「はいなの!!」」
元気良く返事をする2人にほっこりしながら、ルークは孤児院に配りきれなかったお菓子をアイテムボックスから取り出した。ちなみに2人はアイテムボックスをタンス代わりに使っている為、その希少性には気付いていない。一応内緒になっているので、口外するような真似はしないのだが。
その後も客足は途切れる事無く飛ぶように売れる。危機感を募らせていたルークであったが、昼近くなって客足もまばらとなった段階で胸を撫で下ろした。
(危なかったな・・・。しかし孤児院で何が起こったんだ?)
開店前から並んでいた女性客の言葉を思い出し、店内に残っていた女性客2人に問い掛ける。
「あの・・・失礼ですが、どうしてこの店を?」
「え?あら、ご存知無かったのですね。数日前から噂になっていたんですよ?」
「そうそう。孤児院に配っていらっしゃったでしょう?そのお菓子を聖女様がお召し上がりになって絶賛したみたいなのよ。」
「それでそのお菓子屋を探し出すようにって、もう使用人達が大騒ぎ。」
「貴方、孤児院に店の場所を教えていなかったでしょう?」
「えぇ、まぁ・・・。」
代わる代わる説明する女性達の絶妙なコンビネーションに圧倒されつつ、女性の指摘に頷く。見返りを求めての行動ではなかった為、ルークは自身に関する説明を行わなかった。それだと只の不審者な気がしたので、目の前で毒味をする程度はしていたが。
そして孤児院の関係者もルークの事を想い、胸の内に留めていたのだが、そこは純粋な子供達である。聖女という時折訪れる賓客に、非常に嬉しそうな顔で説明を行ったのだ。問い質された関係者も黙っている訳にはいかない。まぁ、特に黙っている理由も無かった為、現物を差し出して説明したのである。
そこからの流れは予想出来る通り、女性客の説明通りであった。ちなみに先頭に並んでいた人物達が聖女の関係者である。人数制限があるかもしれないとの事で、夜明け前から数人で並んでいたのだ。当然ルークは知らないのだが。
そして女性客の話はまだまだ終わらない。
「この店の事を調べる為に、王都中の商人に聞いて回ったらしいのよ。」
「貴方が事前に教えていたら、ここまでの騒ぎにはならなかったでしょうね。」
「マジか・・・。」
悪評のみならず美談もまた、尾ヒレがついて広まるのである。娯楽が少ないこの世界、人々の楽しみと言えば噂話が真っ先に挙げられる。地球の奥様達を思い出し、ルークの冷や汗は止まらない。
「お陰で私達が仕える主にも伝わってね。それでお使いに来たって訳。」
「昨日の午後、結構な人が訪れたみたいだけど、閉まってたんでしょ?朝には売り切れたんじゃないかって噂になってねぇ。」
「今朝は人が少なかったけど、これから一気に増えるわよ?」
「どれも珍しくて美味しいものばかりですもの。間違い無いわよね!」
(昨日は休みだったんだけど・・・何処にも書いてないもんな。今の内に看板作るか。)
少しずつ客足が伸びると踏んでいた為、何処にも営業時間を掲示していなかったのだ。これは2人の教育に掛かり切りだった事で忘れていたのである。口コミでいいや、という適当な考えもあったが。
ちなみに女性客の言う美味しいという言葉は、客の全員がサンプルを試食したからだった。この世界では試食という文化が無い。今回訪れた客の全員が一通り試食し、自分や主の好みに沿った商品を選ぶ事が出来た。これもまたルークの店が高評価を博すポイントでもある。
色々と教えてくれた女性客の会計を済ませ、ルークが改めて感謝を述べる。勿論試食用に用意してあった商品を添えて。
「お話を聞かせて頂いて有難うございました。少ないですけど、宜しかったらどうぞ。」
「あら!ありがとう!!」
「何だか悪いわねぇ。」
「いえいえ。参考になりましたから。」
授業料でもあり、今後の口コミを期待しての行動である。セコいと思うかもしれないが、シノンとカノンを育てなければならない以上、多少の貪欲さは必要である。
「あ、参考と言えば・・・このお店、何て名前かしら?」
「え?・・・・・あっ!?」
女性客の指摘によって、ルークは重大な事実に直面する。別にシノンとカノンの事で頭がいっぱいだった訳ではない。開店当初は1人だったのだから。
そう。ルークは店の名前を決めていなかった。故に看板も無い。それが店を探すのに苦労した1番の理由である。
(店の名前決めてなかったぁ!そうだよな、自分の店を持った事なんてなかったんだし。何か無いか?)
慌てて店内を見回すルークの目に、元気良く揺れる白い尻尾が2つ映り込む。商品を補充するシノンとカノンである。その光景にルークは閃く。
(白い尻尾が2つ。2と・・・白か。看板娘から取るのもアリだよな。よし!決めた!!)
「この店の名は『ドゥーブランシュ』と言います。」
「あら!何だか素敵な名前ね!!」
「早速奥様とお嬢様に報告しなくちゃ!!」
長く引き止めてしまっていた為、その後女性客は慌ただしく店を後にした。店内に客の姿が無くなったのを確認し、ルークは急いで看板を作り始める。2階へと走り去ったルークにシノンとカノンも続く。何事も気になるお年頃である。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「お絵かきなの!?」
大きな木の板に向かって文字や絵を書き始めたルークに、シノンは首を傾げる。カノンに至っては遊んでいると思ったのか、目を輝かせていた。後で紙とペンを買ってあげようと思ったのは言うまでもない。
「お客さんに言われるまで気付かなかったんだけどね。この店の名前、決めてなかったんだよ。だからさっき決めて、こうして看板を作ってるんだ。」
ルークは説明しながらも着々と仕上げて行く。元々絵心もあって字を書くのも上手かった。それなりにセンスがあったのだろう。迷うこと無く筆を走らせ、あっという間に看板が完成する。
「可愛いの!」
「白い子犬が2匹なの?これって・・・。」
「シノンは気が付いたかな?これはシノンとカノンをイメージしてるんだよ。」
「お姉ちゃんとカノンなの!?」
「・・・恥ずかしいの。」
カノンは喜んでくれたようだが、シノンは恥ずかしがっている。そうそう気付く人がいるとは思えないので、上手く誤魔化したルークであった。どうか2人はこんな大人にならないで欲しい、そう思いながら。
魔法を使ってあっさりと看板を取り付け、いよいよ本格的にスタートしたお菓子屋。ルークの夢が微妙に叶った瞬間である。まぁ人の夢とは儚いものなのだが、無粋な事は言うまい。
店名の横に2匹の白い子犬が並んだ、可愛い看板が目印のお菓子屋。『ドゥーブランシュ』の名は世界中に轟く事となる。当然ルークのみならずシノンとカノンも、そんな先の事はわかっていない。
昼時を挟んで途絶えた客足も戻り、バタバタしながらも順調に営業を続ける。しかし慣れない仕事に疲労の見える2人を気遣い、売り切れという体で早めに店を閉めた。無論それだけが理由ではない。短時間ながらもエリド村の住人達を探そうと考えていたのだ。
遅い昼食を与えて2人に留守番を頼むと、ルークはリューとサラが向かった通りへと進む。しかし何の手掛かりも得られないまま、1時間が経過した所で捜索を断念する。あまりウロウロするのはマズイのだ。何人居るのか不明だが、リューとサラだけとは考え難い。相手の目が複数ある以上、自分が見つかるリスクの方が遥かに高いだろう。
その後帰宅したルークは翌日移行も自分が接客する為、大量のお菓子作りに励む。忙しくも充実した日々というものは、そう長く続かないとも思わず。ルークの穏やかな生活は、わずか2日後に破られる事となる。
同日昼過ぎ。完全に復活したカレンに連れられ、嫁達はラミス神国の王都へと足を踏み入れていた。しかし迂闊に情報収集も出来ない事情もあって、自分達の足での捜索である。当然やみくもに歩き回るしかなく、椅子に座ってばかりのスフィアにとっては拷問に等しい。夕暮れ前には足が棒のようになっていた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ティナさん。ありがとうございます。大丈夫です。」
気遣ったティナに対し気丈に振る舞うスフィアではあるが、その疲労具合は誰の目にも明らかだった。見兼ねたエミリアが思い付いた事を提案する。
「折角ですから、聖女様の所へ参りませんか?」
「下手に情報を漏らす訳にはいかないのよ?」
エミリアの気遣いが理解出来たのか、ナディアがやんわりと拒絶する。当然エミリアもそんな事は承知の上である。
「いえ、ですから我々の目的は伏せておきます。普段お世話になっている皆さんを紹介する為に帰省した、という事にでもしておきましょう。それに私の部屋がありますから、そこを転移の拠点にして頂ければ楽ですよね?」
「あぁ・・・そういう事ならいいかもしれないわね。」
続く説明にフィーナが賛同し、それならばと全員が頷いた。このまま歩き回れば、スフィアが足手まといになるのは確実である。最悪、エミリアとスフィアを聖女の下に残して捜索を続ける事も出来る。まだまだ元気な冒険者組が視線で会話し、エミリアに案内を頼んだ。それから歩く事20分。いよいよ限界を迎えそうなスフィアが音を上げる既の所で、聖女の住まう神殿へと到着する。
エミリアの案内で聖女との初対面を果たした嫁達は、訓練でもしたかのように全く同じ感想を抱く。
「皆さん、エミリアがお世話になっております。私が聖女と呼ばれているアナスタシアです。」
(((((聖女!?)))))
嫁達の目の前に居るのはアナスタシアと名乗る1人の老婆。恐らくは90歳を超えていると思われる。ルークが居合わせたなら、思わず叫んでいただろう。詐欺だと。
流石に同じ女性である嫁達はそこまで失礼な感想を抱いてはいない。しかし数名、それに近い想いを抱いていたのも事実。
(((『元』聖女でしょ!!)))
後が怖いので誰とは言わない。獣人2名にエルフ(ティナではない)1名である。そんな3人の思考を読み取られないようにと、冷静だったスフィアが頭を下げる。
「突然押し掛けてしまい申し訳ありません。私はスフィアと申します。」
「構いませんよ。まずはエミリアの部屋でお休み下さい。積もる話は食事の時にでも。エミリア、案内して差し上げて。あら?王妃様に対してこんな言葉遣いは失礼かしらね。」
「聖女様!ご冗談はよして下さい!!」
「あらあら。うふふふ。」
スフィアの疲れが見て取れた為、自己紹介もそこそこに休むよう告げる。その際、久々に再会したエミリアをからかう事は忘れない聖女に、真っ赤な顔のエミリアが声を荒げた。そんなエミリアを優しい笑みを浮かべて躱すと、そのまま部屋を後にしてしまった。
そんな聖女に対する感想は真っ二つに割れる。先程の3人は『クソババア?』、残る者達は『素敵な方』と。別に3人の性格が捻くれている訳ではない。事実、エミリアも内心で似たような事を考えていたのだから。
想定外に実現したエミリアの里帰りではあったが、この日は遅くまで語らい合って翌日に備えた。そして翌日、2手に別れての捜索も虚しく、何の成果も上げられぬまま夕食を迎える事となる。そしてその夕食後、聖女との歓談にて出されたお菓子によりルークの所在が明らかとなるのであった。
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