俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤 対 佐久間 衝撃

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「………マジ…か…よ…。」

身動き一つしないまま、佐久間が酷くかすれた声で呟いた。

雲の切れ間から覗いた月が佐久間の表情を照らし出す。整った顔立ちの男前が驚いたように目を見開いて俺を見据えている。その目に嫌悪の色は無く、ただ「信じられずに驚いている」という感じだろうか。

やがて、その瞳が揺らぎ始める。僅かに眉根を寄せた表情は何処か苦しげにも見える。薄く開いた口唇が微かに震える。それがなんとも妖艶でゾクリとした。

月明かりの下では不思議な魔力が働くのだろうか…?

《……手に入れたい……》

俺は本気でそう思った。復讐心からの衝動なのかどうかは分からない。嫉妬なのか逆恨みなのかも分からない。だが、初めて感じる本能的な強い「欲望」があった。俺が男を相手に「その気」になるなど初めての事だった。

微動だにしない佐久間の顔に手を伸ばす。次の瞬間、佐久間の目がギラリと光った。強い意志のような鋭さが俺に向けられる。

《逃すものか!》

それが俺の中の魔性を刺激した。男を手玉に取る時と同じだ。一気にスイッチが切り替わる。こうなると、俺は自分が自分でなくなる。

その頬を両手で捕らえる。端正な顔を見上げるように口唇を寄せてゆく。佐久間の口唇から漏れる吐息が微かに震えているのを感じてゾクリと身体がザワついた。その吐息ごと吸い込むように口唇を重ねる。小さく怯えて居竦んだ獲物を捕らえたような感覚だった。今までにない興奮が押し寄せる。

男にしては柔らかな感触の口唇だ。佐久間の動揺を表すように引きつったまま乾燥している。それを宥めて解きほぐすように舌先で軽く舐めては緩く吸い上げる。その口唇を我が物にしようと自分の唾液で濡らしながらキスの密度を上げてゆく。

佐久間が応えてくる気配はないが抵抗もしてこない。俺にされるがままの身体は固まったように動かない。まるでマネキン相手にキスをしているような感じだ。
更に身体を寄せて、両手に力を込めて軽く顔を引き上げる。口唇の間に舌を滑り込ませると綺麗な歯列に触れる。軽く開いた歯の隙間から強引に舌を割り込ませると、呆気に取られたような口元は力を失いポカンと開く。そのまま一気に押し入って口内を舐め尽くす。
佐久間がピクリと小さく反応したが、俺の勢いは止まらない。欲しいものを手に入れたい一心で無我夢中にキスをする。

「……ウグッ……」

突然、佐久間の喉が小さく呻いた。その身体がブルブル震えたかと思うと、物凄い力で顔を跳ね退けられた。だが、俺も逃す気はない。完全に頭に血が上っていたのだろう。興奮状態の俺に平常心などは無い。男を誘惑するように佐久間に追い縋る。甘えるように誘うように抱きついてキスを迫る。身に付いた習慣というものは恐ろしい。魔性と化した俺は思った以上に大胆だ。

「ウェッ…!オェ…ェ……」

佐久間がえづいて身体を捩る。

《!?!》

それは余りにも衝撃的過ぎる展開だった。一瞬、何が起きたのかさえ分からなかった。

「ウ…ゲェ……、ゲホ、ゴホゴホッ…」

俺の腕から逃れるように上体を捻って屈み込むと、酷くえづいて咳き込んでいる。

《………な…、何……?》

一気に興奮が冷める。頭の血がみるみる下がる。それどころか、全身の血が抜けて行くような感覚。正に「血の気が引く」とはこの事だ。頭の中が真っ白になり、自分が何をしでかしたのかさえも理解出来ないほどだった。

「ひ、酷い!そんな!?」

俺は飛び退きながら悲痛な声で叫んでいた。頭をぶん殴られた気分だった。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

苦しそうにえづいた佐久間がペッと乱暴に唾を吐く。手の甲で荒っぽく口元を拭いながら勢い良く振り返る。驚愕と嫌悪を剥き出しにした目で俺を睨む。

《……!?!》

一瞬、ビクンと身体が跳ねた。その瞬間、佐久間に強く拒絶された事を知る。俺の全てを否定されたのだ。暗い地の底に蹴落とされた気分だった。

「あ、あいざわ…?!」

「さ…佐久間君…、酷いよ!こんなのあんまりだよ!」

勝手に涙が溢れ出す。俺は無意識に叫んでいた。何がなにやら分からないが爆発的な感情が噴き出した。

「いきなり何しやがる!?」

佐久間が怒鳴る。

《!?!》

その大声に驚いてビクッと身体が竦むと同時に涙がピタリと止まった。涙が止まったのは良いが、俺の感情は止まらない。言葉が勝手に口をついて出る。

「佐久間君、さっきまで優しかっただろ?!俺の身体に何度も触れたじゃないか?!」

自分でも何を叫んでいるのか分からない。

「え…!?お前、何言ってる…?」

「確かに、俺の片想いだけど…それなら、何で優しくするんだよ!」

もう既に大混乱だ。

「おい、ちょっと待て!何でそうなる?!俺は普通に接しただけだろ!」

「佐久間君って、葉山君の事が好きなんじゃないの?!」

こうなると見苦しい事この上なしだ。

「なっ…、何……!?」

佐久間が引きつった声を上げた。

そのまま沈黙が訪れる。

俺はゼェゼェと息を吐く。感情的になり過ぎた自分に驚く。ただ、佐久間に負けまいと必死になっていた気がする。かなり取り乱していた自分が「女みたいにキャンキャン吠える犬」のように思えた。そんな自分の姿に鳥肌が立つ。

《クソッ!何なんだ!?》

言いようのない不快感にゾワリとする。それは自分に対する嫌悪と憎悪。佐久間を相手に嫉妬を剥き出しにした「女のような姿」がおぞましかった。俺の「男プライド」がズタズタになる。

《ふ…、ふざけるな!俺は女じゃない!!》

誰もそんな事は言っていない。

《何なんだよ?!何でこうなるんだよ!?》

言いようのない悔しさが込み上げる。佐久間相手に手も足も出ない自分にも苛立つ。何もかもに腹が立って仕方がない。

《クソッ!クソッ…!クソ…ッ!》

思考も感情も激しく乱れる。冷静さなどあるはずもない。

《何で俺がこんな目に遭うんだよ!?》

佐久間に拒絶された事がショックでならない。

《お前は葉山が好きなんだろ!男が好きなんだろ?!》

拒まれた事への強い反発が噴き上がる。

《葉山は良くて、何で俺は駄目なんだよ?!》

理解出来ない現実に抗う。

《葉山と俺の何処が違うって言うんだよ?!同じ男じゃないか!》

歪んだ思考展開。

《男が好きなら同じだろ!男でも勃つんだろ!葉山相手に興奮するんだろ!》

そして暴走。

《どうせ葉山とやってるんだろ!男同士でセックスしてるなら俺と同じじゃないか!やってる事は同じだろ!》

無理なこじつけ。

《フン!結局、佐久間も同じって事だ!俺に靡かないだけで他の奴等と同じって事なんだよ!》

そして結論。

《人間なんて…結局、皆同じなんだよ!!》

俺は怒りの視線を向ける。だが、佐久間を落とす事は出来ない。望みのものは手に入らず、復讐劇も失敗に終わった。完全に勝敗はついている。俺が佐久間に勝てる要素など何一つ残ってはいない。有るのは「打ちのめされた感」だけだ。

《クソッ…!もう終わりだ!》

立ち上がった佐久間は無言で俺を見下ろしている。闇に紛れるシルエットは頑なに俺を拒んでいる。その表情は見えないが、強く握り締めた拳が微かに震えているのが見える。

優しかったはずの佐久間の姿は既に無い。

これが現実なのだろう。俺に与えられた人生などこんなものだ。落ちぶれた俺を救ってくれる者など居ないのだ。

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