俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水の関係〈4〉新たな展開

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学食の隅のテーブル席を陣取った集団の中に1人の男の姿がある。周りの野郎共に紛れてはいるが、俺の目は瞬時にその男を捉えていた。

《アイツ…、最初の頃に見た奴だ…!》

入学した当初、新入生だけを集めた説明会や健康診断&体力測定等があった。その時に何度か目にした記憶がある。集団の中では長身というだけで目立つものだが、その中でも一際「俺の目を惹きつけた男」だった。
だが、それ以降は目にする事も無くなっていた。そして、俺自身も用心深くなった事で「余計なもの」を見なくなっていた。

《へぇ…、こんな所で見るとはな…!?》

小さな衝撃に胸の中で「何か」が動く。思わず食い入るように見てしまう。

《……ダメだ!見るな!……》

不意に「直感」が警告を発する。ハッとして視線を外す。妙にザワザワする感覚に心臓がドキドキしている。そんな自分を打ち消すように全否定する。

《フン…!あの男が何だっていうんだよ?!どうせ、得してるだけの男に変わりない…!》

世間では「長身」というだけでも注目を集める。世界的に見ても日本人は小柄な民族だからだろう。歴史を見れば良く分かる。昔に比べると平均寿命も身長も伸びた。この際、平均寿命はどうでも良いが身長は重要だ。俺にとっては人生を揺るがす大問題と言っても良い。もっと身長が高ければ…俺の人生も違っていたのではないかとさえ思う。
こんな事を言うと「背の低い男の僻み」等と軽々しく笑い飛ばされるのだろうが、これは笑い事ではない。実際に、俺は身長で女に負けている。その上、小柄というだけで可愛いとバカにされ、女共にも見下され、女のように扱われる。この事実は曲げようがない。

『男の身長が高いなど誰が決めた?!背が低い俺は男じゃないのか?!俺は人類の歴史からも外れた人間か?!』

そんな文句を言ったところでどうにもならない。余りにも酷い現実だ。俺の性格が歪むのも当然と言える。

それだけに「長身の男」は見ているだけでもコンプレックスを刺激される。だが、長身でも大柄過ぎる男は野生の熊と同じだ。逆に、痩せている男はヒョロ長いだけのガイコツか栄養失調だ。他にも、女みたいにナヨナヨした奴やブサイク顔も除外だ。そもそも、都会ではないのだからTVで目にするような「長身のイケメン」がゴロゴロ存在しているはずもない。

ちなみに「イケメン」といっても受け止め方は人それぞれに違うらしい。女共がキャーキャー騒ぐ野郎共が必ずイケメンとは限らない。ターゲットにもならないふざけた部類も存在する。俺の品定めでは「遊び人タイプ」に属する。見るからに女を食い物にしてセックスを楽しんでいるだけの尻軽野郎だ。男としても人間としても最低な生き物だろう。それに比べると俺の方が男らしい。その違いも分からないような人間共は、もっと最低な生き物だ。

一般的に「尻軽」という言葉は女に対して使うらしい。男の場合は「ヤリチン」とか言うらしい。正に「下半身だけの生き物」という事だ。それを堂々と口にするバカ共の多さにも呆れる。これも無駄な知識だ。そんな言葉の定義などはどうでも良い。要は「男の中でも最低ランク」という事だ。外見など問題ではない。そういう部類は顔を見ただけでも一発で分かる。それが分からない女共は余程に頭が悪いらしい。又は、ヤリチンと同じレベルの「ヤリマン」とか言うやつだ。俺に言わせれば、どちらも「尻軽」に変わりはない。
付け加えて言うなら「イケメン」とは「イケたメンズ」又は「イケた面構え」の事を言う。だが、どんなに顔が良くても見れば分かりそうなものだ。そんな部類は男でもなんでもない。ただの「ド腐れ外道」だ。

結局、周りの人間が使う「言葉」の定義などに大した意味は無い。誰が決めたか知らないが、何でもかんでも軽々しく口にするものではない。分かったような口振りで平然と使う言葉の意味を何処まで理解しているのかも怪しいところだ。世の中では「女の勘」などという言葉もよく使われるが、俺の「直感」の方が何十倍も鋭いだろう。

《……フン!バカバカしい!》

小さなキッカケから始まる「不満の連鎖反応」だ。一度始まると止まらなくなる。芋づる式に次々と引き出されて行くものがある。不安定な状態だけに思考が乱れ飛ぶ。

《クソッ…!そんな事はどうでもいい!》

今は、何をしても何を見ても落ち着かない。その全てを一気に振り払う。

《あああ~~!ホント、鬱陶しい!だから嫌なんだよ!》

鬱陶しいのは自分自身だ。だが、それも認めない。

《こんな場所に居るから悪いんだ!無駄に疲れるだけだ!》

今では考える事もしたくない「怒りの要因」は数多い。それらを考えるだけでも煩わしい。だが、慣れない場所では無駄に刺激を受けてしまう。それが脳に影響を及ぼし、様々な思考が頭の中を駆け巡る。所謂「過剰反応」だろう。普段とは違う環境に置かれている事が大きく影響し始めている。

《全部、速水のせいだからな!》

全くもって無駄な時間に無駄な思考の浪費だ。右を向いても左を向いても、目を閉じて耳を塞いでも、様々なものが襲いかかって来る。そんな状態では神経が休まる事もない。「無駄に神経を使う」とはこの事だ。

《クソッ…!イライラするだけ神経がすり減る!ここは我慢だ!》

気を取り直して周囲をシャットアウトする。ひたすらに念仏を唱えるように自己暗示をかける。

《……我慢…、我慢…、我慢……》

《……クソッ!速水の野郎、早く戻って来いってんだよ!》

苛立ちの中では念仏集中など直ぐに途切れる。それが余計にイライラの原因となる。

《あぁ~!クソ速水!速水!速水!……速水…、速水…、速水……》

気がつけば念仏が「速水」に変わっている。

《うああぁ~~!何で速水なんだよ?!速水じゃなくて我慢だろ!?》

思わず頭をブンブン振って思考を払い除ける。何か他の事に気を向けなければ「速水」で脳が侵されそうになる。

《クソッ!何もかも速水のせいだ!アイツが悪い!クソ野郎!このままで済むと思うな!キッチリ利息付きで返してもらうからな!覚悟しやがれ!速水のクソ野郎~~!!》

速水への怒りが「強い執着」に変わる。その一方で、頭の中から排除しようとする俺の行動は相反している。既に、この段階で「速水に取り憑かれている」ようなものだ。

《フン!大体、速水はターゲットにもならない奴だからな!ターゲットにするならアイツだろ!》

直にぶつけられない怒りを他に向ける。その矛先が自然と壁際の男に向かう。速水にがんじがらめにされて行く意識が勝手に逃げ道を探す。

《……アイツ…、何者だ…?》

本来、復讐の最中に他の男に目を向ける事はしない。ターゲットだけに集中するのは慎重に行動する為でもあるが、余計な問題を増やしたくない意味もある。問題が重複すれば厄介事が増えるからだ。要は、「二股禁止」という事だ。それは危険極まりない行為でしかない。そんな愚かな事をするようなバカではない。常に、攻撃対象になるターゲットは「1人だけ」と決めている。
当然、速水との勝負においても条件は同じだ。ただ、速水の場合は状況が異なり過ぎている。このままでは勝敗が決まるまでに脳の芯までやられそうだ。

《フン!速水なんてクソ喰らえだ!考えるだけで脳が腐る!》

頭の中が速水で埋め尽くされて行くのを感じる。本来、勝負の相手から目を背けるなど有り得ない事なのだが、俺は目を背けるしかなくなる。自分の中で決めたルールとはいえ、縛り付けられるのは苦痛でしかない。

《もう、俺の勝ちは見えてる!後は、結果を待つだけだ。速水の事なんてどうでもいい!俺の知った事かよ!》

嫌な事から逃げ出したい気持ちが先に立ち、頭の中から速水を追い出す。

この時から、俺は「勝負の行方」を見失って行く事になる。
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