俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水の関係〈7〉内部崩壊

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「相澤、待たせたな。」

「うわっ…?!」

不意に声をかけられて驚く。そこが学食である事も速水の存在も忘れていた。それほどの強い衝撃に飲み込まれていたのだ。
これが、後々に「新たな火種」となるのだが…その時は、まだ実感が無かった。

「何?どうかしたのか?」

速水の方もやや驚いたらしい。不思議そうに俺を見る。

「……いや、別に…。」

動揺を知られないように顔を背けて短く答える。それなりに「速水の対処法」にも慣れてきたらしい。瞬時に思考が切り替わる。それでもヒヤヒヤしてしまうのは「佐久間の出現」によるものだろう。

《ヤバイ、ヤバイ…!速水の事を忘れてた!》

「ふ~ん…。そう?それなら早く行こうぜ。」

速水の態度もそれなりだ。大して気に留める風でもなく足速に学食を後にする。今では俺を先導するのも速水の役割となっている。表向きの関係性は「可もなく不可もなく」といったところだ。

《クソッ…!速水の野郎、ビックリさせやがって…!》

いきなり現実に引き戻された俺の心臓はドキドキしたままだ。

《大体、お前のせいだからな!ホント、いい加減にしやがれってんだよ!》

校舎内では常に速水の後ろを歩く。謂わば「隠れ蓑」のようなものだ。その背中を見ながら歩いてさえいれば周りを見る必要がないからだ。余計なものを見なくて済む上に、俺は自分の事だけに集中出来る。他にも、顔を見たくない、会話をしたくない、並んで歩きたくない、視界に入りたくない等々…理由は様々だ。

《まったく…いい迷惑だ!なんでお前の事を気にしなきゃならないんだよ?!》

そして、背後から睨みつけては手当り次第に不満をぶつける。これも理由の1つなのだろう。そうする事で自分の中の「違和感」を解消している。

そもそも、俺は自分以外の人間を信用しない。それと同じく、自分自身を疑う事もしない。しかも、「計算上での計画」が成り立っているだけに自分が優位だと思っている。その思い込みにより内部の歪みが大きくなっている事にも気付かない。そして、ジワジワと生じる「ズレ」を速水のせいにして軌道修正しているようなところがある。
ある意味で「悪足掻き」とも言えるのだろうが…そんな事にも気付かないほど「孤独の時間」が長すぎたのだ。


《フン!今日も昼寝かよ?!全く、何考えてんだよ…?!》

いつもの場所に座り込んで横目で速水を睨む。相変わらず、無言でパンを食べ終えた後は「昼寝モード」に突入している。この数日間、ずっと同じ状態だ。こうして隣に居ても何も起きない。

《どうせ、腹の中で何か企んでるに決まってる。目的が無い人間なんて居ないからな。絶対に裏があるはずだ…!》

俺の推察によると、速水も「必要以外の行動は取らないタイプ」だ。校内では愛想良く振る舞っているが、2人きりになると雰囲気が変わる。どちらかと言えば「淡々とした男」だ。近寄って来る割には無駄に関心を示して来ない。それはそれで良いのだが、その目的がハッキリしない。

《本当に寝てるのか…?》

気付かれない程度に様子を探る。目を閉じた横顔は気分良さげにも見える。

《何なんだよ?!お前の目的は昼寝かよ?!》

思わずツッコミを入れたくなるほど完全に寛いでいる。小さく身を固める俺とは違い、速水の方は自分の時間を有意義に過ごしているらしい。

《……フン、変な奴!知るかよ!》

フイと顔を背けて溜め息を吐く。これ以上は気にするだけ無駄な事だ。貴重な昼休みを無駄にする気はない。

《一生、寝てろ!永遠に目を覚ますな!俺だって好きにしてやる!》

これも対抗意識のようなものだろう。ある意味で「子供のケンカ」レベルに近い。だが、俺にとっては重要な問題だ。独りの時間を邪魔されているのだから当然だ。

《フン…、キツネ野郎!》

お互いの腹の中を見せないだけに「騙し合い」か「化かし合い」のようなものだ。速水がキツネなら、俺はタヌキになるのだろうか…?

《誰がタヌキだ?!バカヤロー!》

俺も随分と疲れているらしい。それでも、外に出ると気分が変わる。速水の存在が邪魔に思えても校舎内の窮屈さよりは随分マシだ。
今までは独りで過ごしていただけに強く意識した事がなかっただけだろう。ただ「息苦しい孤独」だけを感じていた。

《ハァ……、無駄に疲れる…》

マンネリ化された日常の中で意識する事もなくなっていた部分は多い。自分の中に埋もれていた感覚が次々に刺激される事への疲労感。それと同時に、速水に怒りを向け続けても当の本人は何の反応も示さない。まるで「宙ぶらりん」状態だ。

《フン…、勝手にしやがれ!》

一通りの怒りを吐き出した後は出でくる文句も無くなる。面と向かってやり合う訳ではないので一方通行でしかない。2人きりになっても実害が無い以上は同じ事の繰り返しだ。

《ふぅ…、怒るのも面倒臭いな》

段々と虚勢を張る事にも疲れてくる。速水によって掻き乱される感情とは別に、無駄な事をやっているような気分にもなる。

《ハァ~~、やめた!速水なんて無視してれば良いだけだ!》

大きく息を吐き出して目を閉じる。自然と「佐久間 剛」の姿が頭に浮かぶ。速水の登場で一旦は退いたものの、その存在感が消え去る事はない。

《さっきはマジで驚いたな。まさか、こんな事があるとはな…》

今のところは「軽い衝撃」が残っている程度だが、速水に負けないだけの強烈さがある。

《アイツが…そうだったのか…。確かに、今まで見た野郎の中で一番印象に残ってる》

改めて思い出してもゾクリとする感覚に俺の意識が持って行かれる。

「佐久間 剛」の存在は、突如として胸に突き刺さった「破片」のようなものだった。

《このまま無視出来るような相手じゃない。これは、必ず何かある…!》

俺の「直感」は確認するまでもなく「その正体」を捉えていた。他に同姓が居るなどと疑う余地もないほどに確信めいたものがあった。強く惹き付けられる何かを感じていた。これはもう「直感」を通り越した「超感覚」だ。

《俺の目に狂いはない。あの身体…運動神経…学年トップの頭脳か…。女が目の色を変えるはずだ。男が欲しいものを全部持ってやがる…》

《陸上部か…。他の部活に比べたら目立ってないような気がするけど…個人競技だから派手じゃないのかもな。まぁ、この学校自体が強豪校って訳じゃないし…別に関係ないか。でも、なんでバスケやバレー部じゃないんだ?そっちの方が人気ありそうな気がするけどな…?大体、陸上部があるなんて事も忘れてたな。一体、何処で練習してるんだ?》

《まぁ、焦る必要はない。奴の存在は確認したんだ。これから、じっくり探れば良い…》

速水の事などそっちのけで佐久間に意識を奪われてしまう。

《明日も居るのか…?》

最後には、そんな事を考える。苦痛でしかない日常に「新たな目的」が加わる事で少し気分が紛れ始める。それにより、速水への強い意識も薄れて行く。

相反する2人の男の存在が俺の内部を二分する。まるで「壊れたシーソー」のように右へ左へと比重が変わる。「速水」に向ける意識と「佐久間」に向かう意識は全くの別物だが、どちらも感情的な部分を強く揺さぶられてしまう。これほど強烈な2人が同時に現れるなど初めての事だった。

怠惰な日常に冷めきった感情、マンネリ化現象にマニュアル化された自分。長い孤独の中では起こり得なかった出来事が次々に巻き起こる。既に、バランスを失った俺の「内部崩壊」は始まっていた…。
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