サラリーマン、現代日本みたいな異世界で勇者に転職、魔王討伐の旅に出ます。……戦闘力?赤ちゃん以下ですが、なにか?

ソリダス

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第3章 ゾムベル町編

第23話 勇者との約束

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 ―――あの男がランプを取りに行ってから、果たしてどれほどの時間が経過しただろうか。
 
 太郎に『おっさんゾンビ』と呼ばれていたアンデッドの男は、ドラゴンゾンビとの戦闘の最中ふとそんな事を思う。
 
 太郎が立ち去ってからかなりの時間が経過したのだろうか、周囲には既に夜の帳が降りている。
 しかし、いつまで経っても一向に太郎が来る気配はない。
 
 ―――俺は結局、あの男に捨て駒にされたんだろう。

 ……そんなことは初めから分かっていた。
 見捨てるつもりは無いと言っていたが、なにしろ相手はゾンビとはいえドラゴンである事に代わりない。
 
 ドラゴンの恐ろしさはこの世界の人間ならば小さな子供ですら分かっている。
 大人達は自分の子供達が小さな頃からこう言い聞かせるからだ。
 
 ――ドラゴンを見つけたら、こちらの存在に気付かれないように急いでその場から逃げなければならない。
 何故ならば、もしドラゴンに気付かれた場合は、万に一つも助かる可能性は残っていないからだ――
 
 それほどまでにドラゴンという存在は強力なのだ。
 
 まともな奴なら絶対に戻ってくる訳が無い。
 戻ってくる事はドラゴンと戦う事……つまり『死』を意味しているからだ。
 
 だが、あの男の言葉には、あの男の目には、言葉では言い表せないが信用に足る何かが宿っていたのは間違いない。
 でなければ、あの男が言ったからといって、わざわざドラゴン相手に喧嘩を売るわけがない。
 
 「……今はただ来る事を信じて、この棒切れ振り回すことしか出来ねぇってか」
 
 男が来なければいつかは食われる、諦めて抵抗を止めれば当然食われる、逃げ切る事もかなり厳しいだろう。
 どちらにせよ、ドラゴンに食われずこの場を乗り切る為には、戻って来るかどうか分からないあの男を信じるしかない。
 
 覚悟を決めた男は、太郎に手渡された角材を構え直し、隙を見せないように気を付けながらドラゴンと向かい合う。
 しかし、ドラゴンのぶら下がっている白く濁った眼には男の姿は写っておらず、その目に映るのはただひたすらに空虚のみである。
 
 加えて、どんな生き物でもなにかしらの行動に移る際は、予備動作は必ずあるものだが、その常識は生き物である事を辞めたアンデッドには通用しない。
 
 そのため次の行動が全く読めない。
 
 ほんの一瞬だけその事に気を取られた男の隙を、ドラゴンは見逃さなかった。
 
 その腐った筋肉をどう使えばそんなバネが生まれるんだ、と言いたくなるような凄まじい動きを予備動作なしで行い、ドラゴンは男との距離を一気に詰める。
 生命の限界を超えたレベルで肉体を酷使できるアンデッドゆえの利点、といったところだろう。
 ドラゴンは跳躍した勢いをそのまま利用し、振りかぶった前脚に加速をつけて男を薙ぎ払おうとする。
 
 「俺もアンデッドなんだが、生憎ついさっき生者から亡者に転職したばかりの新人なもんでよ。その動き……参考にもらうぜ、先輩?」

 男は咄嗟に屈む事でこれを躱した。
 ドラゴンゾンビの腕が頭の上スレスレを通過する。
 空を切った腕は唸りのような轟音と、体制が崩れそうになるほどの風圧を放ち、それを男は間近で浴びる。
 
 だがここはチャンスだ。
 男は崩れかけた体制から無理やりに攻撃に転じる。
 大振りな攻撃を外した事でガラ空きになったドラゴンの脇腹めがけて、右手に握り締めたヒノキの棒を叩き付けた。
 
 人間は常に自分の身体を守る為、無意識に力を抑えるリミッターが掛けられているという。
 アンデッドであるこの男はそのリミッターが解除された状態だ。
 その一撃を並のモンスターが喰らえば即死してしまうほどだろう。だが。
 
 「……全く効いてねぇとか、冗談にしてもタチが悪すぎるだろ……」
 
 男が諦めかけた瞬間、その耳に微かだが何かの声が届いた。
 再び襲い来るドラゴンの攻撃を必死で躱しながら、その声を聞こうと耳を凝らす。
 
 そうして聞こえてきた声は、絶対に見捨てないと言い残してランプを取りに行ったあの男、心の底から待ち望んだあの男の声だった。
 
 「おーーーい!!!!おっさーーん!!こっちだ!!こっちに走って来い!!」
 
 声の聞こえた方向を振り向く。
 暗闇の中に2つの光が浮かび上がっている。
 そして、その光を手に持った太郎の顔がはっきりと照らされた瞬間、男は安堵で思わず頬を緩めた。
 
 「ったく!遅すぎだッ!!馬鹿野郎がッ!!」
 
 「しゃーねーだろ!!今までずっと道に迷ってたんだから!いいからこっちに走ってこいっ!」
 
 チラリと後ろを向いてドラゴンが追い掛けてくるのを確認する。そうしながらも男は必死に走り続けた。
 その間も太郎は指示を出し続けている。
 
 「いいか!俺が合図したら走り幅跳びの要領で俺の方に飛んでこい!!後は俺がなんとかする!」
 
 「……分かった!」
 
 太郎が何を考えているのか、恐らくさっき話していたランプを使うのだろうが、それ以外の詳しい事は男には分からない。
 ただ、この絶望的な状況を打破する何かがある……そう、太郎の声の様子から確信した。
 
 今はただ信じるしかない。
 
 「3!!」
 「2!!」
 「1!!」
 
 「今だ跳べっっっ!!!!」 
 
 太郎の合図と同時に、男は走った勢いを利用して前方に跳躍する。
 しかし、宙に浮かんでいる間は男は当然何も出来ず、完全に無防備な状態となる。
 その事を理解しているのか、ドラゴンゾンビの口がガパリと大きく開かれ、男を捕食する体制に入った。
 さらに首を普通では考えられないほど真っ直ぐに伸ばし、距離をさらに縮める。
 元々の首の長さから考えても明らかに生命の限界を超えており、そのため首からはプチプチと筋肉が断裂する音が聞こえてくる。
 これもアンデッド……生命を持たぬ肉体であるからこそ可能な荒行と言わざるを得ない。
 
 駄目だと思ったその時、ドラゴンゾンビはガクンと何かに引っ張られたように、後ろに体制を崩してその足の動作を止めた。
 
 ギリギリのところで助かった男は、勢い良く飛びすぎたためバランスを崩し地面に叩きつけられた。
 すると、太郎が男を守るようにすっと前に出てくる。
 
 状況が全く理解出来ない―――理解するだけの知能すら残っていない―――ドラゴンは、目の前にいる2匹の獲物に向かって、尚も大きく口を開く。
 青藍色の口腔内がまるで奥へ誘うかのように、うねうねと蠢いている。
 
 「いやー、本当にドラゴン相手にはスライムガムが効果抜群だな。もっとも、二度と戦いたいとは思わないがな」
 
 男の前に立った太郎は、ドラゴンゾンビを見据えたまま緊張感の欠片もない口調で飄々と語る。
 
 「お前……戻って来たのか」

 男がそう言うと、太郎はゆっくりと後ろを振り返り男の方を向いて、お世辞にも勇者には見えないような邪悪な笑みを浮かべた。

 「……言ったろ?『絶対に見捨てない』って。仮にも勇者を名乗る奴が、一回決めた約束をほっぽり出して、その約束を信じて戦ってる奴を見殺しにしてみろ。そんな奴に世界を救えるとは俺は思わねぇ」
 
 「……そういうセリフはせめて真剣な表情で、その足の震えを止めてから言ってもらいてぇな?ガクガクじゃねぇか、産まれたての小鹿かお前は」
 
 「う、うるさいっ!こんな化け物を間近に見てビビらないような強靭な精神は持っちゃいねぇよっ!サラリーマン舐めんなコラ!ったく……」
 
 そう言って太郎は膨れたようにフイッと正面に視線を戻した。そのまま何かを躊躇うような仕草をみせ、やや顔を俯かせる。
 数秒の沈黙の後、太郎は意を決したように顔を上げて再びこちらに振り返った。
 その時の太郎の表情はさっきのような邪悪な笑みではなく、純粋な笑顔が浮かんでいた。
 
 「……信じてくれてありがとう。よく生きててくれた」
 
 「……こっちこそ、来てくれてありがとう。信じたかいがあったよ」
 
 そうして男と太郎は、お互いの顔を見てニヤリと笑った。
 
 「しつこいようだが、俺は既に一回死んで――」
 「――この雰囲気の中でそれ言うの!?」
 
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