23 / 40
第3章 ゾムベル町編
第23話 勇者との約束
しおりを挟む―――あの男がランプを取りに行ってから、果たしてどれほどの時間が経過しただろうか。
太郎に『おっさんゾンビ』と呼ばれていたアンデッドの男は、ドラゴンゾンビとの戦闘の最中ふとそんな事を思う。
太郎が立ち去ってからかなりの時間が経過したのだろうか、周囲には既に夜の帳が降りている。
しかし、いつまで経っても一向に太郎が来る気配はない。
―――俺は結局、あの男に捨て駒にされたんだろう。
……そんなことは初めから分かっていた。
見捨てるつもりは無いと言っていたが、なにしろ相手はゾンビとはいえドラゴンである事に代わりない。
ドラゴンの恐ろしさはこの世界の人間ならば小さな子供ですら分かっている。
大人達は自分の子供達が小さな頃からこう言い聞かせるからだ。
――ドラゴンを見つけたら、こちらの存在に気付かれないように急いでその場から逃げなければならない。
何故ならば、もしドラゴンに気付かれた場合は、万に一つも助かる可能性は残っていないからだ――
それほどまでにドラゴンという存在は強力なのだ。
まともな奴なら絶対に戻ってくる訳が無い。
戻ってくる事はドラゴンと戦う事……つまり『死』を意味しているからだ。
だが、あの男の言葉には、あの男の目には、言葉では言い表せないが信用に足る何かが宿っていたのは間違いない。
でなければ、あの男が言ったからといって、わざわざドラゴン相手に喧嘩を売るわけがない。
「……今はただ来る事を信じて、この棒切れ振り回すことしか出来ねぇってか」
男が来なければいつかは食われる、諦めて抵抗を止めれば当然食われる、逃げ切る事もかなり厳しいだろう。
どちらにせよ、ドラゴンに食われずこの場を乗り切る為には、戻って来るかどうか分からないあの男を信じるしかない。
覚悟を決めた男は、太郎に手渡された角材を構え直し、隙を見せないように気を付けながらドラゴンと向かい合う。
しかし、ドラゴンのぶら下がっている白く濁った眼には男の姿は写っておらず、その目に映るのはただひたすらに空虚のみである。
加えて、どんな生き物でもなにかしらの行動に移る際は、予備動作は必ずあるものだが、その常識は生き物である事を辞めたアンデッドには通用しない。
そのため次の行動が全く読めない。
ほんの一瞬だけその事に気を取られた男の隙を、ドラゴンは見逃さなかった。
その腐った筋肉をどう使えばそんなバネが生まれるんだ、と言いたくなるような凄まじい動きを予備動作なしで行い、ドラゴンは男との距離を一気に詰める。
生命の限界を超えたレベルで肉体を酷使できるアンデッドゆえの利点、といったところだろう。
ドラゴンは跳躍した勢いをそのまま利用し、振りかぶった前脚に加速をつけて男を薙ぎ払おうとする。
「俺もアンデッドなんだが、生憎ついさっき生者から亡者に転職したばかりの新人なもんでよ。その動き……参考にもらうぜ、先輩?」
男は咄嗟に屈む事でこれを躱した。
ドラゴンゾンビの腕が頭の上スレスレを通過する。
空を切った腕は唸りのような轟音と、体制が崩れそうになるほどの風圧を放ち、それを男は間近で浴びる。
だがここはチャンスだ。
男は崩れかけた体制から無理やりに攻撃に転じる。
大振りな攻撃を外した事でガラ空きになったドラゴンの脇腹めがけて、右手に握り締めたヒノキの棒を叩き付けた。
人間は常に自分の身体を守る為、無意識に力を抑えるリミッターが掛けられているという。
アンデッドであるこの男はそのリミッターが解除された状態だ。
その一撃を並のモンスターが喰らえば即死してしまうほどだろう。だが。
「……全く効いてねぇとか、冗談にしてもタチが悪すぎるだろ……」
男が諦めかけた瞬間、その耳に微かだが何かの声が届いた。
再び襲い来るドラゴンの攻撃を必死で躱しながら、その声を聞こうと耳を凝らす。
そうして聞こえてきた声は、絶対に見捨てないと言い残してランプを取りに行ったあの男、心の底から待ち望んだあの男の声だった。
「おーーーい!!!!おっさーーん!!こっちだ!!こっちに走って来い!!」
声の聞こえた方向を振り向く。
暗闇の中に2つの光が浮かび上がっている。
そして、その光を手に持った太郎の顔がはっきりと照らされた瞬間、男は安堵で思わず頬を緩めた。
「ったく!遅すぎだッ!!馬鹿野郎がッ!!」
「しゃーねーだろ!!今までずっと道に迷ってたんだから!いいからこっちに走ってこいっ!」
チラリと後ろを向いてドラゴンが追い掛けてくるのを確認する。そうしながらも男は必死に走り続けた。
その間も太郎は指示を出し続けている。
「いいか!俺が合図したら走り幅跳びの要領で俺の方に飛んでこい!!後は俺がなんとかする!」
「……分かった!」
太郎が何を考えているのか、恐らくさっき話していたランプを使うのだろうが、それ以外の詳しい事は男には分からない。
ただ、この絶望的な状況を打破する何かがある……そう、太郎の声の様子から確信した。
今はただ信じるしかない。
「3!!」
「2!!」
「1!!」
「今だ跳べっっっ!!!!」
太郎の合図と同時に、男は走った勢いを利用して前方に跳躍する。
しかし、宙に浮かんでいる間は男は当然何も出来ず、完全に無防備な状態となる。
その事を理解しているのか、ドラゴンゾンビの口がガパリと大きく開かれ、男を捕食する体制に入った。
さらに首を普通では考えられないほど真っ直ぐに伸ばし、距離をさらに縮める。
元々の首の長さから考えても明らかに生命の限界を超えており、そのため首からはプチプチと筋肉が断裂する音が聞こえてくる。
これもアンデッド……生命を持たぬ肉体であるからこそ可能な荒行と言わざるを得ない。
駄目だと思ったその時、ドラゴンゾンビはガクンと何かに引っ張られたように、後ろに体制を崩してその足の動作を止めた。
ギリギリのところで助かった男は、勢い良く飛びすぎたためバランスを崩し地面に叩きつけられた。
すると、太郎が男を守るようにすっと前に出てくる。
状況が全く理解出来ない―――理解するだけの知能すら残っていない―――ドラゴンは、目の前にいる2匹の獲物に向かって、尚も大きく口を開く。
青藍色の口腔内がまるで奥へ誘うかのように、うねうねと蠢いている。
「いやー、本当にドラゴン相手にはスライムガムが効果抜群だな。もっとも、二度と戦いたいとは思わないがな」
男の前に立った太郎は、ドラゴンゾンビを見据えたまま緊張感の欠片もない口調で飄々と語る。
「お前……戻って来たのか」
男がそう言うと、太郎はゆっくりと後ろを振り返り男の方を向いて、お世辞にも勇者には見えないような邪悪な笑みを浮かべた。
「……言ったろ?『絶対に見捨てない』って。仮にも勇者を名乗る奴が、一回決めた約束をほっぽり出して、その約束を信じて戦ってる奴を見殺しにしてみろ。そんな奴に世界を救えるとは俺は思わねぇ」
「……そういうセリフはせめて真剣な表情で、その足の震えを止めてから言ってもらいてぇな?ガクガクじゃねぇか、産まれたての小鹿かお前は」
「う、うるさいっ!こんな化け物を間近に見てビビらないような強靭な精神は持っちゃいねぇよっ!サラリーマン舐めんなコラ!ったく……」
そう言って太郎は膨れたようにフイッと正面に視線を戻した。そのまま何かを躊躇うような仕草をみせ、やや顔を俯かせる。
数秒の沈黙の後、太郎は意を決したように顔を上げて再びこちらに振り返った。
その時の太郎の表情はさっきのような邪悪な笑みではなく、純粋な笑顔が浮かんでいた。
「……信じてくれてありがとう。よく生きててくれた」
「……こっちこそ、来てくれてありがとう。信じたかいがあったよ」
そうして男と太郎は、お互いの顔を見てニヤリと笑った。
「しつこいようだが、俺は既に一回死んで――」
「――この雰囲気の中でそれ言うの!?」
0
あなたにおすすめの小説
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる