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第1章 香奈子編「私があなたに惹かれた理由」
6.若だんなの告白
お風呂上りだろうか、首にタオルをかけ、ラフな格好にサンダル履きの若だんなが近づいてきた。両手には缶ビールをつまむようにして持っている。
「眠れないんで海を見に来ただけですから。それに、もう少ししたら部屋に戻りますからお構いなく」
「じゃあ、一緒にビールでもどうですか?」
そう言うと、若だんなは、防波堤にビールの缶を置きひょいと登って私の右側に少し距離を空けて隣に座った。
「ビール、どうぞ。」
「隣に座るんですか?まだ、いいって言ってませんけど、若だんなさん」
「若だんなはやめてください。オレは本間涼太郎っていうんです」
そういうと缶ビールを私のそばに置き、もう1本はプルタブに手をかけていた。
「あっそうですか」
「それにもう座って、ビールも口を開けてしまったので」
「あ~、どうぞご自由に」
ごくごくと喉を鳴らして、おいしそうに飲んでいる。私はさっき飲んだビールの苦さを口が覚えていたせいか、缶を空けることができなかった。
「じゃあ、いただきます」とは言ったものの、自分のそばに置いたままにしていた。
この若だんな、言うことがいちいちカンに触ると思ったけど、なぜだか一人でいるよりは気が紛れるかもしれないとも思っていた。
若だんながタオルで髪を拭きながら言った。
「お名前、香奈子さんって言うんですね」
「宿帳を見たんですか?まあいいですけど」
「…。失恋ってすごくストレスになることだと思います。どんな人だったんですか?泣かなくていいんですか?」
「そこ、聞きます?まあいいですけど。」
私はなぜだか全部話してしまいたい気分だった。真っ暗な海を見ながら話した。
「私、婚約してたんです。でも、式場や指輪を選ぶ段階になって、別れたいって言われて。スパッとその場で別れてきました。承諾するしかなかったというか…。相手からいくら謝られても、納得いかなくて…。しかも同じ会社の人だし、顔を合わせるのもつらくて、会社も休みました。でも、思ったんです。ウジウジするのは、私の性に合わないって。でも、涙が止まらなかったんです。涙ってこんなにずっと流れるものなんだってその時初めて知りました。私、本当につらくて…。」
こんなことまで話すつもりじゃなかったのに。話しているうちに涙がどんどん溢れて、私は顔を見られないように左側を向くしかなかった。
その時、彼は私の頭をポンポンって撫でてきた。予期しない展開でびっくりして、涙は止まったけど顔を上げることができなかった。
「悪いのは香奈子さんじゃありません。それだけは知っておいてほしいと思います。」
人の心に土足で踏み込むようなやつだと思っていたから、若だんなからこんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。
指で涙をぬぐいながら、何でもない顔をしようとがんばってみた。
「若だんなって、そういう優しい言葉をかけられる人だったんですね。驚いて涙も止まりましたよ」
「失礼なこと言いますね。私だって人間です。落ち込んでいる人を見たら、優しく接しますよ」
「最初は違いましたけど?」
少しだけ笑った若だんなは、缶ビールを飲みほした。
「オレ、香奈子さんの話聞いて、自分のことを思い出したんです。実はオレも東京でサラリーマンしていたんです。結婚を前提としていた彼女もいました。でも、親父が病気で宿を継がなきゃならなくなって。一緒にこっちに戻ってくる予定でした。でも彼女は田舎は嫌だって。」
「そうだったんですか…」
「この素晴らしい景色やふるさとを全否定されたように感じたんです。だから、その場でオレも彼女と別れて、こっちに戻ってきました」
「なんか、状況が似てますね」
「オレもそう思いました。でなきゃ普通、お客さんにこんな話しませんよ。でもオレは…。きっとこの話を誰かにしたかったんだと思います」
「えっ?」
「香奈子さん、聞いてくれてありがとうございました」
「いや、私こそですよ。暴言吐いてごめんなさい。急きょ泊めていただいた上に話まで聞いてもらって。これで本当に吹っ切れるかわかりませんが、なんか前進できそうな気分です」
そう言うと、私は防波堤の上に立ち、大きく伸びをした。
打ち寄せる波が暗がりでも見えるような、目の前に明かりがかすかに見えたようなそんな少し肩の力が抜けたような気がしていた。
きっと私は、誰かにこの胸の内を話したかったのかもしれない。誰かに慰めてもらいたかったのかもしれない。
「香奈子は悪くないよ」って頭をなでてほしかったのかもしれない。
「香奈子さん、危ないから座ってください。それにもう休んだ方がいいですよ。朝食は七時からですし」
「なんか眠くないんです。あのことがあってから全然寝てないんです。それなのに明かりが見えたような…、何か急にみなぎっているような感じがして」
「そうだとしても、今日は布団にくるまってみてください。そしたら、次に目覚めた時は何もかもが好転しますよ」
「本当ですか~。でも、今の若だんなの言うことなら信用できそうな気がします。じゃ、部屋に戻ります。お休みなさい。あと、ビールごちそうさまでした」
「お休みなさい。また明日」
若だんなの言った、「また明日」がなんか、すごくすごくうれしかった。彼は、全然タイプな男性じゃないけど、本当の癒しをくれた人かもしれないと思った。
私は一人じゃないっていうか、分かり合えたっていうか、心をほぐしてくれたっていうか。うまく表現できないけど、毒舌な男がたまに見せるすごく優しい部分を垣間見て、心を掴まれたような感じだ。
私は防波堤を降り、もらった缶ビールを持って二階に通じる外階段をゆっくりと登った。部屋に戻って、若だんなが言った通り、布団にくるまってみた。
「悪いのは香奈子さんじゃありません。それだけは知っておいてほしいと思います。」「今日は布団にくるまってみてください。そしたら、次に目覚めた時は何もかもが好転しますよ」って言った彼の言葉が頭の中を心地良く乱していた。
私はそうしている間にすうっと眠りに入っていった。
「眠れないんで海を見に来ただけですから。それに、もう少ししたら部屋に戻りますからお構いなく」
「じゃあ、一緒にビールでもどうですか?」
そう言うと、若だんなは、防波堤にビールの缶を置きひょいと登って私の右側に少し距離を空けて隣に座った。
「ビール、どうぞ。」
「隣に座るんですか?まだ、いいって言ってませんけど、若だんなさん」
「若だんなはやめてください。オレは本間涼太郎っていうんです」
そういうと缶ビールを私のそばに置き、もう1本はプルタブに手をかけていた。
「あっそうですか」
「それにもう座って、ビールも口を開けてしまったので」
「あ~、どうぞご自由に」
ごくごくと喉を鳴らして、おいしそうに飲んでいる。私はさっき飲んだビールの苦さを口が覚えていたせいか、缶を空けることができなかった。
「じゃあ、いただきます」とは言ったものの、自分のそばに置いたままにしていた。
この若だんな、言うことがいちいちカンに触ると思ったけど、なぜだか一人でいるよりは気が紛れるかもしれないとも思っていた。
若だんながタオルで髪を拭きながら言った。
「お名前、香奈子さんって言うんですね」
「宿帳を見たんですか?まあいいですけど」
「…。失恋ってすごくストレスになることだと思います。どんな人だったんですか?泣かなくていいんですか?」
「そこ、聞きます?まあいいですけど。」
私はなぜだか全部話してしまいたい気分だった。真っ暗な海を見ながら話した。
「私、婚約してたんです。でも、式場や指輪を選ぶ段階になって、別れたいって言われて。スパッとその場で別れてきました。承諾するしかなかったというか…。相手からいくら謝られても、納得いかなくて…。しかも同じ会社の人だし、顔を合わせるのもつらくて、会社も休みました。でも、思ったんです。ウジウジするのは、私の性に合わないって。でも、涙が止まらなかったんです。涙ってこんなにずっと流れるものなんだってその時初めて知りました。私、本当につらくて…。」
こんなことまで話すつもりじゃなかったのに。話しているうちに涙がどんどん溢れて、私は顔を見られないように左側を向くしかなかった。
その時、彼は私の頭をポンポンって撫でてきた。予期しない展開でびっくりして、涙は止まったけど顔を上げることができなかった。
「悪いのは香奈子さんじゃありません。それだけは知っておいてほしいと思います。」
人の心に土足で踏み込むようなやつだと思っていたから、若だんなからこんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。
指で涙をぬぐいながら、何でもない顔をしようとがんばってみた。
「若だんなって、そういう優しい言葉をかけられる人だったんですね。驚いて涙も止まりましたよ」
「失礼なこと言いますね。私だって人間です。落ち込んでいる人を見たら、優しく接しますよ」
「最初は違いましたけど?」
少しだけ笑った若だんなは、缶ビールを飲みほした。
「オレ、香奈子さんの話聞いて、自分のことを思い出したんです。実はオレも東京でサラリーマンしていたんです。結婚を前提としていた彼女もいました。でも、親父が病気で宿を継がなきゃならなくなって。一緒にこっちに戻ってくる予定でした。でも彼女は田舎は嫌だって。」
「そうだったんですか…」
「この素晴らしい景色やふるさとを全否定されたように感じたんです。だから、その場でオレも彼女と別れて、こっちに戻ってきました」
「なんか、状況が似てますね」
「オレもそう思いました。でなきゃ普通、お客さんにこんな話しませんよ。でもオレは…。きっとこの話を誰かにしたかったんだと思います」
「えっ?」
「香奈子さん、聞いてくれてありがとうございました」
「いや、私こそですよ。暴言吐いてごめんなさい。急きょ泊めていただいた上に話まで聞いてもらって。これで本当に吹っ切れるかわかりませんが、なんか前進できそうな気分です」
そう言うと、私は防波堤の上に立ち、大きく伸びをした。
打ち寄せる波が暗がりでも見えるような、目の前に明かりがかすかに見えたようなそんな少し肩の力が抜けたような気がしていた。
きっと私は、誰かにこの胸の内を話したかったのかもしれない。誰かに慰めてもらいたかったのかもしれない。
「香奈子は悪くないよ」って頭をなでてほしかったのかもしれない。
「香奈子さん、危ないから座ってください。それにもう休んだ方がいいですよ。朝食は七時からですし」
「なんか眠くないんです。あのことがあってから全然寝てないんです。それなのに明かりが見えたような…、何か急にみなぎっているような感じがして」
「そうだとしても、今日は布団にくるまってみてください。そしたら、次に目覚めた時は何もかもが好転しますよ」
「本当ですか~。でも、今の若だんなの言うことなら信用できそうな気がします。じゃ、部屋に戻ります。お休みなさい。あと、ビールごちそうさまでした」
「お休みなさい。また明日」
若だんなの言った、「また明日」がなんか、すごくすごくうれしかった。彼は、全然タイプな男性じゃないけど、本当の癒しをくれた人かもしれないと思った。
私は一人じゃないっていうか、分かり合えたっていうか、心をほぐしてくれたっていうか。うまく表現できないけど、毒舌な男がたまに見せるすごく優しい部分を垣間見て、心を掴まれたような感じだ。
私は防波堤を降り、もらった缶ビールを持って二階に通じる外階段をゆっくりと登った。部屋に戻って、若だんなが言った通り、布団にくるまってみた。
「悪いのは香奈子さんじゃありません。それだけは知っておいてほしいと思います。」「今日は布団にくるまってみてください。そしたら、次に目覚めた時は何もかもが好転しますよ」って言った彼の言葉が頭の中を心地良く乱していた。
私はそうしている間にすうっと眠りに入っていった。
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