【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と

桜井涼

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第3章 理子編「あなたのくちびるで甘やかして」

11.仕事と恋のベクトル

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私たちは抱き合ったまま言葉を交わすことなく、お互いの体を求め続けた。体が二つに分かれていることがもどかしくて、ひとつになることを望んでいるかのように体をくっつけ合った。「離れたくない」という思いが二人を熱くさせた。

帰ったら話し合おうと決めていたのに、お互いの体を、心を、求め離れられず話すことはできなかった。でも、言葉がなくてもお互いを必要としているとわかった。ただ好きとか、付き合っているからとかそんな言葉では片付けられない。私は、そんな思いがあることを初めて知った。

体が元の二つに戻った。それでも離れがたい気持ちが続いてしまう。彼に触れていたくてベッドの中でゆうの腕枕に身をゆだねていると、後ろから抱きしめられた。背中越しに彼のトクントクンという音が聞こえる。
私にとって安心する音だ。その時ゆうが口を開いた。

「理子、オレたち結婚しないか?」
「え!」

体の向きをくるりと変えて彼の方を向き、顔を見た。その顔は真剣で、いつもの優しい笑顔だけではなかった。瞳はまっすぐに私をとらえている。

「オレさ、前から理子と一緒に暮らしたいって言ってただろ。本当は結婚したい気持ちの方が強くて。でも、いきなり結婚とかって言ったら理子は引くと思って言えなかった。恋愛初心者って言ってたし、嫌がられるかもしれないと思ったら言えなかった」
「ゆう…」
「今、この段階で結婚の話をするのは反則だと思うよな。ごめん、でもオレ理子のこと本気だから」
「私、何にもできないよ。料理とか家事とかゆうの方が上手だしさ。その上、仕事までできてさ。私なんかと結婚したらゆうの方が大変になっちゃうし損するよ!」
「理子、落ち着いて。家事とかは今まで通り分担してやればいいんだし、何も心配することはないよ。むしろオレが心配しているのは、理子のキャリアの方なんだ。オレの転勤についてくることになれば、チームリーダーの話はなくなってしまうと思う。だけど、オレが転勤を断れば一緒に暮らすことも理子のキャリアも守れる」
「でも、そんなことしたらゆうのキャリアだって」
「オレさ、わかったんだよ。理子と出会って理子が一番大切だって。一緒にいたいって。それがオレのすべて。生活に支障ないくらいの稼ぎで二人でやっていったらいいんじゃないかって思うようになった。だから、オレのキャリアとか考えなくていいから」

そう言うと、私の頭を優しく撫でて笑顔を見せた。

「でも、それじゃお互いフェアじゃないよ。仕事も恋も両方を手にするのが難しいことくらいわかる。だからもう少し考えようよ」

ゆうの気持ちはうれしい。一緒にいたいという気持ちも同じだ。でも、どちらか何かを諦めなきゃいけない…。それをゆうにさせていいの?私の気持ちには靄がかかっている。

「ねえ理子、もしかして結婚の話、嫌だった?」
「ううん。とってもうれしい。でも…」
「でも?」
「ゆうに出世を諦めさせるとかはちょっと…」
「諦めてないよ。ただ一緒にいるこの関係をやめる方がつらくて嫌なだけ。ねえ、明日って言ってももう日付が変わったけど、今日、結婚のこと部長に話して転勤のこと何とかできないか聞いてみるよ。だから朝になったら一緒に出社しよう」
「う、うん…」

そういうと優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。私を落ち着かせようとするみたいに。しばらくすると、その手が布団の中に入ってきて、私の横腹あたりに添えられた。眠ってしまったのだろうか、彼の静かな寝息が聞こえる。
私は眠ることができなかった。

どこまでゆうに迷惑をかけるんだろう。
彼は一生懸命に考えて、二人でいられるためにどうしたらいいかを考えて動こうとしている。今のままじゃ私は彼のお荷物になるだけじゃないのか。彼に無理をさせていないか。彼のキャリアは?私のキャリアは?
考えても考えても自分の納得のいく答えが見つからなかった。自分がキャリアを捨て彼の転勤について行くと言えば、彼も会社も喜ぶし丸く収まる。それはわかっているがどうしてもその提案をすることができなかった。



一睡もできないまま朝になった。彼を起こさないように静かにベッドを出た。昨晩は入浴していなかったからシャワーを浴びたかった。というか、頭を冷やしたかった。
心地よい温度のお湯が私の体を包み込む。
私は彼よりも仕事を取りたいのだろうか?転職してこれまでやってきたことが評価される。そのことを捨てられないのは当然だ。
なぜ仕事を辞めなければいけない?もっと働きたい!
しかし、彼と別れるつもりはない。すごく好きだし、プロポーズしてくれたから結婚もしたいと思う。
私は、仕事か恋かなんて選べない。この二つはベクトルが違い過ぎる!
ゆうも私もキャリアを諦めないで、一緒にいることはできないか、部長に話をしてみればいいんだという結論にたどり着いた。
今、私が出せる最善の答えだ。部長がどう言うか、それを聞いて判断材料を増やしてみてからまた考えればいいということで落ち着いた。

急いでシャワーから出て身支度を整え、ゆうを起こしに寝室へ行くと、ベッドにはもういなかった。いつもの通り、キッチンで朝食を作っている。

「おはよう」
「おはよう、ご飯できてるよ。一緒に食べよう」
「うん」

ゆうが作ってくれた朝食は、卵焼きにウインナー、サラダにみそ汁と私の好物ばかりだった。

「おいしそう!私の好きなものばかり」
「理子が元気出ますようにって思ってね!さ、座って」
「ゆう、ありがとう!いただきます」
「いただきます」

食べながら、私が考えたことをゆうに話した。結婚の報告をするのはいいけど、他の道があるかもしれないから部長に聞いてみようと。
ゆうもその意見に賛成してくれた。

「なんかごめんね」
「謝ることなんかないよ。オレの方こそごめん。理子と離れたくないことばかり考えて冷静さを欠いてた」
「ううん、大丈夫!でもゆうでも冷静さを欠くことってあるんだね」
「あるさ。今回は大事な人を失うかもしれないって本気で思ったからね」

みそ汁をかき混ぜながら彼を見る。
卵焼きを食べる彼の頬が少しだけ赤くしながらこちらに微笑み返してきた。

「あ…あのさ、オレ先走っちゃったからゆうの気持ち聞いてなかった。結婚のこと、どう思う…?」
「うれしかった!こんな私だけど、よろしくお願いします」
「ありがとう!オレ一生大切にするから!」

そう言い終わるが早いか、立ち上がり私のことを抱きしめた。ゆうと出会えて本当によかった、これからずっと一緒にいたいといってくれる人に出会えて私は幸せ者だ。彼のくちびるが迷いもなく、私に近づき触れ合った。


身支度を整え、初めて一緒に玄関を出た。これまでは時間差で出たり、私が自宅に帰ったりしていて二人で出社することがなかったから、ちょっと照れくさいような変な気持ちがした。そんな私とは裏腹にゆうはニコニコしていた。

「一緒に出勤ってなんかいいね!」

そう言って喜んでいた。家と会社での顔がまるで違うゆう。会社に着いたらどう接するのだろうと、そっちの方が気になって仕方なかった。

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