記憶の魔女の涙と恋

瀬野凜花

文字の大きさ
35 / 48

35 不穏の足音~4~

しおりを挟む
 私自身の気持ちを落ち着けるためにも紅茶を用意して、お客さまにもお出しする。一口飲めばハーブの香りが口の中に広がって、ふうっと息をついた。
 咳払いをして、お客さまに謝罪する。

「先ほどは大変失礼いたしました。本日はどういった御用でしょうか」

 お客さまは、部屋の端に移動させた椅子に座って悠々と紅茶を飲んでいるカイルさんにちらりと視線を送った。

「あの人が噂の助手さんですか?」
「はい。彼にはお話を聞かせたくないようであれば退出させますが」
「……いえ。かまいません」

 お客さまは背すじを伸ばした。

「実は、恋人が戦争に行くことに決まったんです」

 私は思わずはっと息を呑んだ。視界の端で、カイルさんの紅茶を飲む手がピクリと震えたのが見えた。

「彼に、別れてほしいと言われました」

 お客さまは目を伏せた。相手の男性の覚悟とお客さまの悲しみを思うと、胸が痛んだ。

「彼が最後にわがままを聞いてほしいと私に言ったんです。見送りに来てほしい。そして、絶対に泣かないでほしい。最後には私の笑顔を目に焼き付けたいと」

 お客さまは静かにはらはらと涙を流した。

「わ、わたし。泣き虫だから。泣かないで済むように、魔法で助けてください」

 私は静かに頷いた。
 笑顔で見送りたい、見送ってほしい。その気持ちは痛いほど理解できる。

「訓練を受けるために、一時間後には出発するそうです。だから、今すぐお願いします」
「分かりました」

 お客さまの手が震えている。そっと手を添えると、お客さまは潤んだ瞳で見上げた。

「お客さま、大丈夫ですか?」

 お客さまは首を横に振った。結ばれた髪が左右に揺れる。

「ごめんなさい。いっそのこと、恋心を丸ごと消してください。悲しみを少し癒やしてもらったところで、彼の顔を見たらきっとまた泣いてしまいます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】君を迎えに行く

とっくり
恋愛
 顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、 ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。  幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。 けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。 その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。 やがて彼は気づく。 あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。 これは、不器用なふたりが、 遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

婚約者の命令により魔法で醜くなっていた私は、婚約破棄を言い渡されたので魔法を解きました

天宮有
恋愛
「貴様のような醜い者とは婚約を破棄する!」  婚約者バハムスにそんなことを言われて、侯爵令嬢の私ルーミエは唖然としていた。  婚約が決まった際に、バハムスは「お前の見た目は弱々しい。なんとかしろ」と私に言っていた。  私は独自に作成した魔法により太ることで解決したのに、その後バハムスは婚約破棄を言い渡してくる。  もう太る魔法を使い続ける必要はないと考えた私は――魔法を解くことにしていた。

【完結】綺麗なだけじゃ、生きていけない

とっくり
恋愛
 美しく素直なだけの“可愛い妹”として愛されてきたアナベル。 だが、姉の婚約者に告白されたことで、家族の歯車は狂い始める。 両親の死、姉からの追放。何も知らないまま飛び出した世界で、 アナベルは初めて「生きること」の意味を知っていく。  初めての仕事、初めての孤独。 そして出会った一人の青年・エリオット。 彼との出会いが、アナベルを“綺麗なだけの私”から変えていく、 恋と成長の物語。

処理中です...