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41 恋心の消去~2~
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「え、なんで謝って……。まさか、聞いたのか?」
頭を下げた体勢はそのままに頷いた。
「一体誰に聞いたんだよ……」
カイルさんはチッと舌打ちをした。
「謝るな。顔を上げてくれよ。それにまた敬語に戻ってるじゃないか」
カイルさんの慌てたような声が耳に届いても、私は顔を上げなかった。カイルさんは優しすぎるのだ。
「ティアは何も悪いことなんてしてねえよ」
カイルさんに、優しく、それでいて強引に顔を上げさせられた。その瞳には怒りでも悲しみでもない感情が浮かんでいる。
「俺がティアに会いたいから、俺の意思でここに来ていたんだ。ティアから俺に会いに来たことはないだろ? 全部俺の行動が招いたことだ」
でも、魔女という立場をより理解していたのは私の方のはずだ。私が身の程知らずにも恋なんてしてしまったから。
「ほら、泣かないで」
ざらついたカイルさんの指で涙をぬぐわれて初めて、泣いていたことに気がついた。恋心を消すための涙は流せないのに、こんな涙は簡単に流せてしまうなんて。
カイルさんの眉尻は、今まで見たこともないくらいの角度で下げられていた。
「申し訳……」
「敬語はだめだ」
「……ごめん」
もう親しげにする権利は私にはないだろうと無意識に戻していた敬語を、言い終わる間に遮られた。
改めて頭を下げて、謝罪を口にした。謝らずにはいられなかった。
「ごめんなさい。カイルさんとの時間が心地よくて、楽しくて、好きで。少しくらい大丈夫だろうと思ってしまったの。そのせいでこんなことに……」
カイルさんは何も言わない。
思わず「好き」という言葉を漏らしてしまった。この想いは一生伝える気はないのだ。直接的でなくても言うべきではなかった。カイルさんが私の気持ちに気づいていませんように。
「……こちらこそ。迷惑をかけてしまった。申し訳ない。今日は、戦争に行く前に最後にティアの顔を見ておきたかったというのもあるんだが……。記憶の魔女に依頼をしに来たんだ」
予想外なカイルさんの言葉に目を見開いた。依頼? 一体何を消したいの。
「戦場が、怖いんだ。恐怖を消してくれないか。戦場に立てばすぐに思い出してしまうだろうが、今だけでも」
すがるようなカイルさんの瞳に、胸が締め付けられた。
その場しのぎのような魔法はあまり大きな効果は得られない。しかし、カイルさんはそれを理解しているし、これだけ迷惑をかけてしまったカイルさんの頼みだ。私の魔法がお詫びになるなら、どんなものでも消そうと思った。
「分かりました。お代はいただきません」
頷くと、カイルさんはほっとしたように強張った顔を緩めた。
「ありがとう」
頭を下げた体勢はそのままに頷いた。
「一体誰に聞いたんだよ……」
カイルさんはチッと舌打ちをした。
「謝るな。顔を上げてくれよ。それにまた敬語に戻ってるじゃないか」
カイルさんの慌てたような声が耳に届いても、私は顔を上げなかった。カイルさんは優しすぎるのだ。
「ティアは何も悪いことなんてしてねえよ」
カイルさんに、優しく、それでいて強引に顔を上げさせられた。その瞳には怒りでも悲しみでもない感情が浮かんでいる。
「俺がティアに会いたいから、俺の意思でここに来ていたんだ。ティアから俺に会いに来たことはないだろ? 全部俺の行動が招いたことだ」
でも、魔女という立場をより理解していたのは私の方のはずだ。私が身の程知らずにも恋なんてしてしまったから。
「ほら、泣かないで」
ざらついたカイルさんの指で涙をぬぐわれて初めて、泣いていたことに気がついた。恋心を消すための涙は流せないのに、こんな涙は簡単に流せてしまうなんて。
カイルさんの眉尻は、今まで見たこともないくらいの角度で下げられていた。
「申し訳……」
「敬語はだめだ」
「……ごめん」
もう親しげにする権利は私にはないだろうと無意識に戻していた敬語を、言い終わる間に遮られた。
改めて頭を下げて、謝罪を口にした。謝らずにはいられなかった。
「ごめんなさい。カイルさんとの時間が心地よくて、楽しくて、好きで。少しくらい大丈夫だろうと思ってしまったの。そのせいでこんなことに……」
カイルさんは何も言わない。
思わず「好き」という言葉を漏らしてしまった。この想いは一生伝える気はないのだ。直接的でなくても言うべきではなかった。カイルさんが私の気持ちに気づいていませんように。
「……こちらこそ。迷惑をかけてしまった。申し訳ない。今日は、戦争に行く前に最後にティアの顔を見ておきたかったというのもあるんだが……。記憶の魔女に依頼をしに来たんだ」
予想外なカイルさんの言葉に目を見開いた。依頼? 一体何を消したいの。
「戦場が、怖いんだ。恐怖を消してくれないか。戦場に立てばすぐに思い出してしまうだろうが、今だけでも」
すがるようなカイルさんの瞳に、胸が締め付けられた。
その場しのぎのような魔法はあまり大きな効果は得られない。しかし、カイルさんはそれを理解しているし、これだけ迷惑をかけてしまったカイルさんの頼みだ。私の魔法がお詫びになるなら、どんなものでも消そうと思った。
「分かりました。お代はいただきません」
頷くと、カイルさんはほっとしたように強張った顔を緩めた。
「ありがとう」
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