鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

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待ち受ける人物

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 カラン、と鉄片が地に落ちた。

 あまりにも信じられない光景だった。

 ふうっと大きく息を吐き、そして大きく吸う。どうやら緊張のあまり呼吸をすることも忘れていたようだ。

 どういう原理で動いていたのか、リビングメイルはもう消滅した。辺りに散らばるのはグシャグシャにひしゃげた鉄板と挽き潰された鉄くずと、鉄粉。ゴーストだったのか、ゴーレムだったのか、それはもう分らないけれどさすがに鎧が消滅してしまってはもう動くことは出来ない。黒い霧もいつの間にか霧散していた。

「魔石がどうとか言っていたな……こいつにはなさそうだが」

 アルグスさんは息ひとつ切らしていない。

 全身鎧というものは基本的に矢や槍の穂先を逸らすのが第一の目的であり、重量軽減のためあまり厚くは作られてはいない。とはいえ。

 アルグスさんは初手で相手の剣を盾で受けながら無理やり押し込み、洞窟の壁とトルトゥーガで圧し潰した。その後は相手に一切体勢を立て直すことを許さず、トルトゥーガで殴り、潰し、引きちぎり、踏み潰す。

 圧倒的な力押しで一瞬で鉄塊に変えてしまった。

 その姿にアンセさん達は驚きの声をあげもしない。

「竜の魔石っていうのか、これ」

 アルグスさんは懐から緑色に光る石を取り出して眺めている。前回ブロンズゴーレムの体内から取り出した石だ。あれを取り戻そうとしていた……?

「思ってるよりも……もっと複雑な事情があるかもね」

 そう呟くアルグスさんの声に私は不安を覚えたけれど、とりあえず一行は先に進むことにした。途中何度かオークやゴブリンが襲ってきたけれど、アルグスさんにとっては藪を払うようなものだった。ダンジョンに入って2時間もしないうちに前回の『落とし穴の部屋』まで私達はたどり着く。

「崩落した瓦礫が積もってて、下りられないことはなさそうだな……」
「気を付けて、アルグス。ゴーレムがまだいるかもしれないわ」

 アンセさんが心配するが、アルグスさんは瓦礫を伝って下に降りていく。あんなに大きな盾を持っているのに全くそれは苦にならないようだ。

「まだまだ続きそうだな……ゆっくり行こう」

 穴はだんだんと先細りになっていったがしかし緩やかな傾斜をもってダストシュートのように続いていく。私達も慎重にそれに続いていく。後ろ向きになって、瓦礫に掴まり、ゆっくりとゆっくりと。アルグスさんに置いて行かれないように、でも滑らないように慎重に。

「ん? ちょっとドラーガさん、いつまでそこにいる気ですか」
「…………」

 ドラーガさんは部屋の上から見下ろしているだけだ。何で来ないの。

「別に全員で行く必要はないだろう。俺はここで待ってるからお前らだけでちょっと行ってこいよ」
「はぁ!?」

 何を言ってるのこの男は? そもそもこの先がどのくらいの探索になるか分からないのにここで待ってるつもりなの? めんどくさいから降りたくないだけじゃん。

「バカ言わないで、ドラーガさんも来るんですよ!」

「……まあ、俺がいないと不安な気持ちも分からないでもないがな。だがお前たちの極小脳みそでは分からないか? 全員が罠にはまったらいったい誰が助けに行くんだ? いよいよとなったらこの俺様が……」
「いいから来る!!」
「はい」

 怒気を孕んだ私の怒鳴り声でドラーガさんはあっさりと意見を翻し、こちらにお尻を向けてゆっくりと足を延ばし、下り始める。

 ……いや、下り始めようとする。伸ばした足先はふらふらと足場を探し、いつまでも場所が定まらず宙を彷徨い続ける。なんかこう、立ち上がり始めたばかりの乳幼児を見ているみたいだ。

 ああ、落ちちゃう、危ない、気を付けて。

 こんなことなら私がおんぶして降りるべきだったか、早くも私が後悔し始めた頃、ドラーガさんの身体が下にスライドした。なんと、一歩目で滑落しやがったのだ。

「わあっ! ちょっ!!」

 私だって両手両足を瓦礫に引っ掛けてかろうじて体重を支えてる状態だ。当然の如くドラーガさんの身体を支え切れずに滑落に巻き込まれてしまう。

「きゃあっ!」
「なに!?」

 さらにクオスさん、アンセさんを巻き込んで大きくなりすぎてしまった雪玉のように私達はぶつかり、絡まり、急斜面を転げ落ちていく。

「ぐえ!!」

 とうとうアルグスさんまでも巻き込まれた。上の異常事態には気づいてはいたものの、だからと言ってさすがに全員の体重を支えるほどの力はなく、かといって避けるわけにもいかず。せめてトルトゥーガをの代わりにしてシュートを滑り落ちていく。

 ガランガランと音を立てて滑り落ち、ようやく少し広めの部屋に吐き出されて私達は止まった。

「くっ……いたたた……」
「こんなことならドラーガを先に下ろすべきだった……」

 何とか体勢を整えて、先ず私達はそれぞれ大きな怪我がないか確認をする。

「あら?」

 だがすぐに異常に気付いた。怪我があったのではない。誰かが部屋にいる。というか向こうから声をあげてきた。距離にして10メートル余り。部屋の奥に真っ黒いフード付きのローブを羽織った小柄な人影が見える。

「ンふふふふ、本当に来ちゃったンですね」

 アルグスさんに聞いた話では、ダンジョン内で他の人に会うことはまずない。死体を見つける事なら稀にあるが、観光地でもないのに他の冒険者に鉢合わせする確率なんて砂漠に落したゴマ粒を偶然拾い上げるようなもんだ、と。

 フードを目深に被っており、その相貌は杳として知れず。カンテラを右手に持ってはいるが腕も足も、その先までローブに隠されていてそれが人間なのかどうかは分からない。声は女性のようであるが……

「なんで来ちゃったンですか? 自分が前回罠にはまりそうになった場所なのに。危険なのは分かってまシたよね?」

 しかしあくまで敵意は感じさせずに穏やかな口調。とはいえ私達がここで罠にかかりそうになったことを知っているという事はおそらく敵対勢力……アルグスさんが毅然とした態度で口を開く。

「知りたいからだ」

「知りたい……?」

 話している最中にふんふんと静かにクオスさんが鼻を鳴らす。クオスさんの特異体質はエルフの中でも特別で、聴覚だけでなく嗅覚も優れているという。「何か匂いますか?」と私が聞くと、クオスさんは小声で答えた。

「逆です……匂いが全くしない……ゴーレムか……もしくは」

 もしくは……しかしその先を言葉にせずにクオスさんは口を噤んでしまった。

「たとえ直接的に益がなくても、自分を陥れようとしたものの正体を知りたいと思う、そんなに不思議な事か?」

「ンふふふ……」

 アルグスさんの答えに小柄な人影は不気味な笑いを返す。

「いいですネ。実に愚かで。ワタシ、そう言うの大好きなンです」

「なにっ!?」

「おっと、そんなに怒らないでッ! 愚かなのは素晴らしい事ですよッ……それこそが人間を人間たらしめるものなンですから」

 アルグスさんが腰に差してある剣に手をかけると人影はすぐに後ろに下がる。戦う意思はないのだろうか。

「でもネ、せっかくここまで来ていただいたんですから、ここは当初の予定通り進まさせていただきましょうかネ」

 そう言うとその人物の後ろの扉が開く。

「テューマさん達、あとはよろしくお願いしますよ。あっ、『勇者』はなるべく新鮮な状態でお願いしますネ」

 「逃げられる」……そう思って駆け寄ろうとしたアルグスさんと私達。しかしその見知った名前を聞いたことによって思わず動きが止まってしまった。そして案の定ローブの人影と入れ違いに扉から出てきたのは……

「てめえの冒険はここで終わりだ、アルグス。遠慮なく俺達の踏み台になることだな!」

 テューマさんと、そのパーティーメンバーだった。

 私は、心の中でガッツポーズをとった。
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