鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

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蘇る姫

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 噴き出す鮮血は少女の石像をくまなく濡らし、祭壇をも紅く染め上げてゆく。

「おお、やっぱこんだけデカいと血の量も多いな。喜べピューマ、お前みたいなザコでもドラゴニュートの姫の復活の糧となれるんだ」

 カルナ=カルアはテューマの出血が収まってくると雑巾でも絞るかのように首の裂目の部分を中心に頭と体を捻り、最後の最後まで血を絞り出した。

「こんなもんかな」

 そう言って身長2メートル近いテューマの死体をぽい、と人形のように後方に捨てる。

「ちょっと! 汚い! 血が飛ぶじゃない!」

 ダークエルフのビルギッタが不満の声をあげるが彼はそんな事には構いはしない。

「搾りかすの方はいらないよね? 貰っていい?」

 獣王ヴァンフルフは先ほどのアルグス達との戦闘で体力を使い果たしたせいか、腹が減っているようだった。カルナ=カルアが肯定の意を示すと、荒い息を吐きながらテューマの亡骸に近づき、そしてその肉に牙を突き立てて貪り始めた。

「んん~……何も起きねぇな」

「そうですネ」

 カルナ=カルアは答えたリッチのブラックモアの方に振り返り、不快感を表した。

「そうですネ、じゃあねえよ。やっぱりこんなザコじゃだめだったんじゃねえのか?」

「人の命の重さに大小はありませんヨ……多分ですけど」

 カルナ=カルアはいまいち納得がいかない。「大小はない」というならなぜ最初は勇者アルグスを生贄として欲したのか。それにも納得がいかないし、彼の考えはやはり他人の命には大小がある。

 人間を裏切り私利私欲に走ったセゴーやテューマと、高潔でヴァンフルフを退けるほどの強さを持つ勇者アルグスが同じ価値とは到底思えないからだ。

「勇者アルグス……是非この手でぶっ殺してみてえもんだぜ……」

 その独り言には誰も答える者はいなかったが、ふと祭壇の方に視線をやってカルナ=カルアは不自然なことに気付いた。

「ん……血は、どこにいった……?」

 違和感の正体。

 石像にまんべんなく吹き掛けた筈の血がない。祭壇には血だまりができているが、しかし先ほど噴き出した血の量から考えるとおそらく半分もないように感じられた。

 血は一体どこに消えたのか。

 カルナ=カルアはふと思いついて、試しに鋭い犬歯で自分の右手親指の皮膚を噛みちぎり、石像の上に血液を垂らしてみた。

 ぽたっと落ちた血液は、そのまま石像に染み入る様に消えていった。

「マジか……この石像……やっぱり生きてんのか」

 そう呟いて思わずカルナ=カルアは少女の、唇に触れる。その表面はまだ石のようにざらついてはいたが、不思議と弾力が感じられたような気がしたが……

「!?」

 思わず触れた手を引っ込める。

 魅入られるような、取り込まれるような、そして吸い込まれるような感覚があった。

 何か……何かおかしい。

 既に絶滅してしまった竜人族ドラゴニュートと魔族の間にはそれほど大きな違いは無かったと聞いている。

 普段の外見は人と変わりないが、魔族と同じように人間の数倍の寿命を持ち、体力と魔力に優れるものの、繁殖力が弱い。そして任意に半竜形態に変身できる。その程度の力しかないと聞いていたはず。

 だが今、目の前にいる復活を遂げようとしている少女の石像からは言いようもない恐怖感を彼は受けていた。

「まさカ……カルナ=カルアさん……? 」

 その異常事態にブラックモアが気づいたようであった。ヴァンフルフとビルギッタも祭壇の方に近づいていく。しかしブラックモアだけはなぜか祭壇から離れる。

 特異点に達したのか、それまで表面はザラザラの意思のようであったが唐突に少女の肌が瑞々しい人のそれへと変貌した。

 しばらく眺めていると控えめな少女のふくらみがゆっくりと上下を始める。呼吸が戻ったのだ。

「如何なる仕組みで仮死状態になっていたのかは分かりませンけど……どうやらようですネ……」 

 カルナ=カルア達は言葉を失ってそのまま呼吸をする生まれたままの姿の少女を見つめていた。あまりにも美しく、言葉をかけることを忘れてしまっていたのか。

 やがて、ゆっくりと少女は目を開ける。

 篝火の明るさに瞳孔を広げ、夢か現か、なんとも曖昧な表情を浮かべている。まさしく寝起きで頭がはっきりしないのだろう。やがて自分の周りに人が集まっていることに気付き、その中でも一番近くにいたカルナ=カルアに焦点を定めたようだった。

「ドラゴニュートの姫、イリスウーフだな……? 答えろ、魔剣野風はいったいどこにある」

「かっ、カルナ=カルアさん、寝起きでそんなこと急に聞いても答えられませんヨ……」

 ブラックモアの指摘は真っ当なものであったが、しかしカルナ=カルアは興奮を抑えきれない。にっくき人間どもをこの土地から排除するための切り札となるであろう魔剣野風、その在処に繋がる女が、今目の前に姿を現したのだ。

「答えるんだ! 魔剣野風はどこに……!!」

 そう言って彼女の肩に手を伸ばした時だった。イリスウーフは彼の手を払って横に避ける。それだけならばなんてことない拒絶の態度であったが、しかしカルナ=カルアはそのままバランスを崩して祭壇に突っ伏してしまった。

「あ? ……なにが……?」

 そのまま立ち上がることができない。腰が抜けてしまっている。イリスウーフは何事もなかったかのように祭壇から降りて立ち上がった。射干玉ぬばたまの如く黒く輝く美しい髪は床まで達している。

「てっ、てめえ! なにしやがった!!」

 ビルギッタが彼女を睨みつけ、怒鳴るが、しかしイリスウーフは相変わらず曖昧な表情で彼女の顔を見つめるだけ。しかし如何なることか。睨みつけて目を三角にしていた憤怒の表情のビルギッタはすぐに眉をㇵの字にして恐怖の表情を浮かべ、その場にへたり込んでしまった。焦点の合わない目で俯き、自分の肩を抱いてカタカタと震えている。

「ひぃっ! 助けて!!」

 二人がへたり込んでしまうとヴァンフルフは即座に後ろにはね跳び、部屋の隅で尻尾を股の間に挟み、両手で自分の頭を隠すように覆って恐怖に震えている。イリスウーフはそれから残る一人、同じように部屋の端に移動しているブラックモアに視線をやった。

「あっ、わ、ワタシもパスです……アンデッドのワタシは、多分それやられると死にます……」

 イリスウーフは興味なさげに視線を前に戻すと、ゆっくりと歩き始め、そして鉄製の扉を開ける。

 カルナ=カルアとビルギッタの二人を戦闘不能にし、ヴァンフルフとブラックモアを恐怖で支配する。しかしその姿は「強者」には見えなかった。幽鬼の如く頼りない足取りに焦点の定まらない視線。まるで戦火に焼きだされ、何もかもすべて失った孤児のようにふらふらと、部屋から出て通路を歩いて行った。
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