鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

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絶体絶命

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「俺は……いったい何がしたいんだ……」

 混乱にその日常を飲み込まれ、ムカフ島から少しでも離れよう、離れようと市民が移動していくカルゴシアの町。

 その町の中、とある民家の屋根の上で、人間達とモンスター達の戦闘を見ながらひとりの男が立っていた。

 その上半身に刻まれているのは複雑怪奇な紋様のタトゥー、甚だしくは眼球にまでその模様は及んでいる。

 しかしその瞳は普段のようにギラギラと獲物を狙う野獣の目ではなく、愁いを帯びているようであった。

 狂犬ゾラ。


――――――――――――――――


「アルグスさん! 大丈夫ですか!?」
「大きな音がしたかと思ったら、四天王が来てたなんて……」

 アルグスのもとに、別の場所に援護に行っていたクオスとアンセが戻り、駆け寄ってきた。

「ふぅ……」

 アルグスはようやく拳を止め、そして血まみれになってもはや顔を判別することも困難となったカルナ=カルアから視線を外し、ゆっくりと立ち上がった。その両の拳から滴る血の雫を見ても、アンセとクオスが怯えるような様子も見えない。この二人はアルグスの強さをよく知っているのだ。

 彼の象徴的な武器でもある丸盾、トルトゥーガ。それを破壊されてもアルグスは動揺一つ見せずにカルナ=カルアの一瞬のスキを突いてタックル&パウンド。

 通常、人間は魔族よりもはるかに力が弱い。それは大人と子供と比喩されるほどの力量差があるのだが、鍛え上げられたアルグスの膂力と、反撃の隙を与えずに一方的に殴り続けるマウントポジションによりその差を覆していた。

「ブラックモアを除いても、魔族は後二人いるはずだ……ダークエルフのビルギッタに、狼男のヴァンフルフが」

 顔に付着した血痕をふき取りながらアルグスがそう言った。カルナ=カルアを倒してもまだモンスターは撤退を始める様子はない。残りの二人の四天王を倒してはっきりとモンスター達に負けを認めさせる必要がある。そうでなければ最悪の泥沼的状況、最後の一匹を殺すまで掃討作戦をしなけらばならなくなってしまうのだ。

「クオス、四天王の匂いを追えるか? 近くにいるかどうかは分からないけど……」

「分かった。あのビルギッタと、ヴァンフルフとかいう奴の匂いは覚えているわ、周囲にいないか探してみる」

 三人は動かなくなったカルナ=カルアの身体をその場に置き去りにし、少しずつ、少しずつムカフ島の方向へ。モンスター達が攻めてきた方角へと歩みを進めていく。その方向に敵の本拠地、総大将がいると考えて。


――――――――――――――――


「ひ、ひいぃぃぃ……」

「お、落ち着いて、ヴァンフルフさン……ッ!!」

 そのアルグス達のやり取りを見ていた二人の人物の影、いや、人物という言葉が正しいのかどうか。一人は巨大な狼男。一人はフード付きのコートを被っているので分かりづらいが、アンデッドのリッチである。

「こ、これが落ち着いていららるわけな、ないでしょ!? あのカルナ=カルアを素手で倒しちゃったんだよ? ただの人間が!! は、早く逃げないと……!!」

 もはや恐怖のあまり呂律もまわっていない。
 リッチのブラックモア、その正体は七聖鍵のアルテグラが魔族に扮した姿であるのだが、彼女は大いに困惑していた。そして後悔もしていた。

 突然のモンスター達の襲撃、その全容を掴むために魔族の四天王と接触を図ったのだが、カルナ=カルアがアルグスにあっさりと負けてしまったことで一気に状況が悪くなってしまったのだ。

(まいったなァ……こんな事なら魔族なんて放っておけばよかった。戦力的には結構数も質も高い筈なんだけど、カルナ=カルアさんがやられるだけで総崩れになるなんて……)

「と、とりあえずあそこの小屋に入って冒険者達をやり過ごしてから改めて離脱しましょう、ヴァンフルフさん」

 すぐ近くに人間の気配を感じる。ブラックモアは焦ってとりあえずの避難先として適当な小屋を選んだ。

 人とモンスターの戦っている最前線は、ビルギッタがそこを離れ、そしてカルナ=カルアがアルグスとの一騎打ちに敗れてしまったことで大分魔族の旗色が悪くなってきている。カルゴシアの正規兵も戦闘に参加し始め、すでに掃討戦の局面に入り始めているのだ。

 そして、このころまだヴァンフルフは知らないことであるが、天文館に向かったビルギッタも戦意を喪失して投降。さらに当のヴァンフルフ自身もモチベーションが非常に低い状態。おまけに最初っからブラックモアは戦う気がない、とすでにどん詰まりの状態なのだ。

 町はずれの小さな民家、その納屋にブラックモアとヴァンフルフは逃げ込んだ。どうやら住民は既に避難した後らしい。まあ、モンスターに食われたのかもしれないが、とにかくいない。

 冒険者達もまさか魔族が民家の納屋に息をひそめて逃げ込んでいるとは思うまい。そう考えての避難行動である。

 外には殺気立った人間の気配がする。だが当然ながら納屋はスルーされる。ブラックモアとヴァンフルフはホッと一息つく。

「よ、よかった……これでもう少し人の気配が離れたらすぐにここを出てムカフ島に戻ろう」

「そうですネ……ヴァンフルフさんは外の気配に集中してください」

 小屋の外から聞こえる音に神経を全集中させるヴァンフルフ。しかし彼の耳は新たに小屋に近づく人間の気配を感じていた。

「ここか、クオス……? 納屋? こんなところに四天王が本当にいるのか?」

「!?」

 聞き覚えのある声。ブラックモアとヴァンフルフは戦慄した。それは数人の足音、しかも聞こえたのは勇者アルグスの声だったのだ。

「ええ、アルグスさん。間違いなくこの小屋からヴァンフルフの匂いがします。もしかしてですけど、戦いが終わるまで適当にやり過ごすつもりなんじゃ……?」

 ビンゴである。

 しかし盲点であった。エルフが聴覚に優れるという事はブラックモアもヴァンフルフも知っていたが、まさか匂いを追えるとは思ってもみなかったのだ。納屋に出入り口はいくつもない。二人は袋小路に閉じ込められてしまったのだ。

「どどどど、どうしよう、どうしよう、どうしよう? 町を襲ったモンスターの指揮者だと思われてるよね? なぶり殺しにされちゃう!!」

 両手を顔に当ててヴァンフルフは絶望の表情を見せる。もはや彼は最期の意地を見せるだとか、一矢報いてやるだとか、そんな考えは持っていない。どうにかして許してもらえないか、逃げ延びる方法は無いか。それだけしかないのだ。

「仕方ありませンね……私の真の実力を見せるしかありませンか……」

 呼吸を整え、ゆっくりとブラックモアが呟いた。

「見せてあげましょウ……無刀新陰流の奥義を」
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