鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

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霞のイチェマルク

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「みんなちゃんとボランティアしてるかしらぁ~!?」

 ズドン、と雷が落ちる。しかしティアグラが狙いを外したのではない。右上半身を霧化させていたイチェマルクさんの体が元の形を取り戻していく。彼が外させたのだ。

 なんとも締まりのないティアグラの掛け声はそのまま彼女の余裕を現しているのだろう。

「大切よぉ、ボランティアは。因果応報。善い行いをすれば、必ず自分に返ってくるんだから。私みたいにね♡」

 バチリとウインクをしてまた剣を振るう。それに伴い稲光が走る。全く消耗というものを考慮していない攻撃だ。

「分からないかしら? 私がたっぷり愛情を注いであげたからこそ、レタッサは命までも捧げてくれたのよ! 愛はこの世で最も尊いのよ!!」

 ティアグラは何やら訳の分からないことを叫びながら電撃を放ってくる。

「イチェマルクさん!!」

 私は魔剣の射程範囲外から彼に声をかける。

「私が……孤児院の人達を非難させます!!」

「イチェマルク様、俺も!!」

 私の作戦にアルマーさんも乗ってくれた。原理は分からないけれど、どうやらイチェマルクさんは竜言語魔法「夢幻」を使ってティアグラの電撃をある程度コントロールできるらしい。

 ならば、危険だけどその間にティアグラの電撃の射程範囲内にいる人をみんな避難させれば、アンセさんの全力の魔法を撃つことができる。

「はぁ……はぁ……マッピ、危険だぞ」

 不安そうな表情でイチェマルクさんが私を見る。でも、私だって冒険者なんだ。メッツァトルの一員なんだ。クオスさんは倒れ、アルグスさんは心神喪失状態、アンセさんは攻撃のために魔力を練っている。……ドラーガさんは……まあ、このシチュエーションで役に立つとは思えないからじっとしててほしい。ここで私が命を張らなくてどうするっていうの!

 イチェマルクさんはティアグラの方に視線を向けながら私に話しかける。

「俺の『夢幻』は気体ではなく『霧』……つまり、細かい粒子になる技だ。粒子同士をぶつけあって静電気を起こし、ある程度奴の電撃を誘導できるが、しかし絶対ではないし、長くももたない。それでもやれるか?」

 私は無言で頷く。今この場で、誰よりも命を張って戦っているのはイチェマルクさんなんだ。泣き言なんか言えるか。この際全裸なのもどうでもいい。

「うふふ、相談は終わったかしら? もうこの子レタッサがぶっ放したくてうずうずしてるのよ」

「行きますよ!!」
「おうっ!!」

 私はアルマーさんと共に駆け出す。

 それと同時にイチェマルクさんが「夢幻」を発動し、ぱさりとその場にワンピースが落ちる。そしてこれまでの攻撃とは比にならないほどの高密度の稲妻が私達を襲う。これまではまだ手加減をしていたのか!

 すぐそばに雷が落ちる。もう轟音で何も聞こえない。私は近くにいる人から手当たり次第に逃げるように誘導し、腰が抜けて立てない人を引きずり、射程範囲外に避難させる。

「荒れ狂え! 荒れ狂え!! 魔剣レタッサ!! この世の全てを焼き払え!!」

 レタッサ……? そういえば、レタッサさんは、どこに? しかしここにいないのならもう探している余裕はない。ティアグラはどうやらもう狙いは付けずに手当たり次第に攻撃している。

 本当に敵も味方もない。あの女は悪魔だ。

「愚か者どもが! 全員死んでしまえ!! 他人に付き従うことでしか生を表現できない奴隷を使い潰して何がいけないっていうのよ!!」

 成人男性を肩に担いで逃げるのはかなりきつい。何人も担ぎ上げ、息が上がり、酸欠から目の前が真っ暗になる。それでも走り、走り、雷雲の中、閃光が走り回る地獄の底を逃げ続ける。耳鳴りがして、もうティアグラの叫び声も聞こえなくなってきた。

 アルマーさんも、イチェマルクさんも頑張っている筈。アンセさんも控えている。わたしがここで踏ん張らないと。

 そう言えば……イチェマルクさんの「夢幻」には何か弱点があったはず……今、イチェマルクさんはどこに……? 姿は見えない。体全部を霧化させて、私達を守っているんだろう。「卒業生」達が逃げる時間を稼ぐため、ギリギリのところで粘っているんだ。

 雷は、私を避けて、まるで見えないバリアに阻まれるように地面に落ちる。イチェマルクさんが、私を守ってくれている。

「ごほっ、オエッ……アン、セ……」

 声が出ない。汗と涙で視界がかすむ。それ以前に雷鳴で耳が、閃光で目が見えない。でもおそらくは、これで全員助け出せたはず。作戦開始前に当てをつけていた卒業生は全部助け出せたはず。薄目でアルマーさんを見ると、彼も親指を立てて作戦の完了を合図する。

「アンセさん、今です!!」

「オオオォォォ!!」

 かなり距離があるはずだけれど、それでも魔力の奔流を感じる。熱が集まっていく。

「チェストオォォ!!」

 大爆音とともに炎の渦がティアグラに向かって放たれる。その間に私は私とアルマーさんの鼓膜を回復魔法で治す。

 やれるのか、倒せるのか。ティアグラには攻撃の稲妻は使えても、防御の方法はない筈。

「甘い! 電流は磁界を生み出す! 磁界はプラズマを制御する! 炎もプラズマの一種よ! 止めてみせる!!」

 まばゆい光が魔剣から放たれる。

 稲妻の制御ができている……? イチェマルクさんの制御下じゃないのか……?

 でも、ここで流れを止めるわけにはいかない。みんなが繋いだこの状況を止めたくない。私はアンセさんの炎が治まり始める前から駆け出し、自分のメイスを持って、ティアグラがいた場所に走り寄る。もはや酸欠で何も考えられない。ただ、邪悪な敵を、あの悪魔を倒すことだけを目的にして。

 私はメイスを両手で振り上げたが、しかしそこで止まってしまった。

「はぁ……はぁ……もう……」

「……ぅ……」

 そこにいたのは

 顔は焼けただれ、髪は縮れ、真っ白だったドレスは泥とすすが付着し、焦げている。おそらくは、電撃で防御しきれずに……

 魔剣も、もはやその手に持ってはいなかった、瀕死のティアグラ。いや、おそらくはもう助からないだろう。

 私はハッとして辺りを見回す。

「イチェマルクさん!! イチェマルクさんッ!!」

 返ってくる声はない。

「イチェマルクさん!! 戦いは終わったんです!! もう終わったんです!!

 姿を現して、イチェマルクさんッ!!」

 そうだ。

 彼は、ティアグラの屋敷に侵入する前に言っていた。姿を霧に変えていられるのはほんの息を止めていられる程度の時間だと。それを過ぎると、本当の霧になって、存在を消失してしまうと。

「こんな……こんなのって、イチェマルクさん……」

 ぽろぽろと、私の両目から涙が溢れ出した。なんで……なんで私があんな露出狂のために涙を流さないといけないのよ。

「お願い……イチェマルクさん……姿を現して……」
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